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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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 ■ お茶会に出かけよう ■
 
 
 
 こっそりと。
 こっそりと。
 今日だけはこっそりと出かけよう。
 
 
 
 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)はそっと音を立てないように起きあがった。
 枕元に置いてあるのはワンピース。着替えしやすい服でちょうど良いからそれを着る。
 いつもは神代 明日香(かみしろ・あすか)に着替えさせてもらっているのだけれど、自分だって独りで大抵の事は出来る。今だってほら、ちゃんとワンピースを……あれ?
 なぜかボタンが1つ余る。
 掛け間違えた箇所を確かめると、また1つ1つボタンを留め直した。ほら、ちゃんと着替えられた。
 次は髪を結んで……結ん、で……。いつもと何か違うような気がするけれど、取り敢えずこれだって独りでちゃんと出来た。
 後は明日香に見つからないように出掛けられれば完璧だ。
「夕菜さん、準備は出来ましたか?」
 まだならば手伝おうかと『運命の書』ノルンは神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)に声をかける。
「はい、済みましたわ。あらノルンさん、その髪……」
「独りで結わきました。子供ではないので何でもちゃんと出来るんです」
 胸を張って答えるノルンに、夕菜はあらあらと微笑んだ。
「こうやって結わいた方が似合いますわよ」
 いつもは明日香がやっているのだろうと察しはしたけれど、夕菜はそれを口にするほど子供な性格ではない。今にも解けそうに緩んでぐちゃぐちゃな髪をきれいに結び直してやると、さあ行きましょうとノルンを促した。
 
 
 空には薄雲がかかっていたけれど、空はまぶしいほど明るい。
 絶好のお出かけ日和だ。
「早くしないと遅れますわよ」
 ブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)に促され、ガレット・シュガーホープ(がれっと・しゅがーほーぷ)が家を出かかったところに、
「あれ、出掛けるのかい?」
 奥にいるとばかり思っていた五月葉 終夏(さつきば・おりが)の声が掛けられた。
「え、っと、これは内緒……じゃなくて、あの、その……」
 嘘を吐くのが苦手なガレットは、すぐに顔に出てしまう。赤くなったり青くなったりとガレットがとあわあわしていると、その間にブランローゼがさっと入ってくれた。
「わたくしたち、買い出しに行くのですわっ」
「買い出し?」
「ええ。行って参りますわね」
 それ以上終夏に質問する隙を与えず、ブランローゼはガレットを連れてそそくさと家を出た。
 家が見えなくなるところまで来ると、ガレットは胸をなで下ろす。
「わー、バレるかと思った。助かったよ、ブランローゼ」
「どういたしまして。助けた代わりといっては何ですけれど、後で1つ質問に答えていただきたいんですの。よろしいかしら?」
「質問ってどんな?」
「それは……お茶会についてからのお楽しみですわっ」
 ブランローゼの楽しそうな様子に、もしかしたら助かったと判断するのは早計かも知れないと、ガレットは厭な予感に尻尾の毛を逆立てた。
 
 
「あれ? 珍しく全員お出かけっ? ……そっか、いってらっしゃーい」
 どこまで気づいているものか、行き先を尋ねることなく水鏡 和葉(みかがみ・かずは)に送り出されて。
 あるいは、
「今は亮司さんもいないし、せっかくの機会だから参加させてもらいましょうか」
 獣人の村の再開発に行っていて留守にしている佐野 亮司(さの・りょうじ)に内緒で。
 次々とお茶会参加者が屋敷に向かって出発する中、ロジエ・ヴィオーラ・バカラ(ろじえ・う゛ぃおーらばから)はおどおどと外に出た。
 陽に当たるのが怖いからと外に出ないでいる日々が続いていたので、お茶会があるという話を聞き、たまには外に出てみようかと思い立ったのだ。
「う……」
 頭上からの光にびくっとしたが、幸い、明るくはあっても太陽は薄雲の向こう側。
 これなら外を出歩いても良いかも知れないと、足を励ましてそろそろと歩いているロジエをトゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)がすたすたと追い越した。
 その歩きっぷりの堂々たるさまに、ロジエはつい見とれる。あんな風に堂々と太陽の下を歩けたら、どんな気分になれるのだろう。
 トゥトゥが進む方向が、ちょうど自分の向かうのと同じだったこともあり、ロジエはそっとトゥトゥの後について歩き出した。
 
 
 
「ではお留守番はよろしくお願いしますねぇ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちが出掛けて行くのを見送ると、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は家の掃除を開始した。
 いつもしているリビングや寝室は当然のことながら、普段やれない場所も皆が出掛けているこういう時なら、念入りに掃除が出来る。
 部屋中を磨き立てているフィリッパにセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言う。
「せっかくのお休みの日なんだから、ゆっくりすればいいのに。ほら、例のお茶会もあることだしさ」
 セシリアから内緒のお茶会に行ってみたらどうかと言われ、フィリッパは微笑んだ。
「やはりこれも性分というものでしょうか。お掃除日和のこんな日はただのんびりと過ごすのには、少々もったいない気がしますわ」
 こういったときに出来ることをしておきたい、と答えてからフィリッパは今度は逆に尋ねる。
「わたくしのことより、ご自分はどうですの?」
「僕?」
 セシリアは自分の抱えていた新じゃがの入った籠をフィリッパに示して見せた。
「メイベルたちが帰ってきたときのために、料理を準備しておこうと思って。パンにポタージュスープ、ボテトサラダとコロッケ。献立は普段と変わらないんだけど、具材にはちょっと凝ってみようと思うんだ」
 高級食材を取り扱う料理人とは違うけれど、美味しく食べてもらえるようにとセシリアははりきる。
「ふふ、わたくしのことは言えませんわね」
 掃除と料理という違いはあっても、家のことがしたいという気持ちは同じ。
 お茶会に行くのはやめて、2人は休日を家で過ごすのだった。