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マレーナさんと僕(2回目/全3回)

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マレーナさんと僕(2回目/全3回)

リアクション

15.下宿生達を慰めよう 〜夜〜

 日が暮れても、信長の命があってさえ、やはり落ち込んでいるものはいるらしい。
 それが例え、「噂」や、勉強とは全く関係がなかったとしても。
 
 ■

 七刀 切(しちとう・きり)は、長く思い続けた剣の花嫁にこのたびめでたく振られてしまった。
 そんなわけで、明らかに落ち込んでいる……というより、はたから見ればチョーハイテンションでナイスな少年であった。
パッフェルがあるお方とくっついた! 失恋したぜ!」
 ハーハッハッハッ!
 涙目で笑い狂うという体たらくだ。
 
「でも、まぁパッフェルが幸せならそれでいいか。
 パッフェルが笑ってればそれでよし! うん!
 今日も一日頑張っていきまっしょい!」
 
 大げさ言涙を拭うと、いつもの如くマレーナの手伝いに精を出すのであった。
 買い物、見回り、掃除……ついには、【用務員召喚】や温泉掘削業務にまで、手を出すありさまである。
 だが、優しい言葉をかけるのは、菫ただ1人で。
 しかも、ありがとう、 と元気を出し始めたとたん。
 
「大丈夫だよ! 切!
 2度ある事は3度あるっていうしね!」
 
 グササッ!
 
 ニッコリと笑みをたたえつつ、心臓をえぐるような一言を投げつけられてしまうのであった。
(わ、ワイ、もう立ち直れないかも?)
 が、立ち止まると、失恋の思い出が次から次へと噴き出してくる訳で。
 しかたなく、切は頭を振り振り、ひたすら下宿内を動きまわるのであった。
 
 だから、マレーナを夜間飛行に誘ったのも、そんな親切の一幕であった。
(ハプニングの絶えない寮だしなぁ。
 マレーナさんを気分転換に飛空艇でのドライブにでも誘ってみるかな?)
 それに、星を見ながら、夜風に吹かれれば、きっと。
 自分の心も癒されるに違いない。
 切はマレーナを自分の小型飛空艇に誘う。
「ええ、かまわなくてよ。
 私もひと息つきたい頃でしたの」
 マレーナはそれは綺麗に笑うと、切の差し出した手に、自分のを乗せた。
「白くてスベスベだなぁ。
 お姫さんの手みたいだ!」
 パッフェルはどうだったかな? と思う。
 料理が得意な彼女のことだ。
 この時期までは、洗剤でガサガサかもしれないな……。
「いかがしまして? 切さん?」
 マレーナが不思議そうに見上げている。
「女性と一緒の時は、他の方のことを考えるものではなくてよ?」
 マレーナは長い髪を掻き上げる、
 そのまま風になびかせた。
 銀の毛先からよい匂いが立ち上って、切は不覚にもぼうっとする。
 なんというか……この人、やっぱり大人な女性なんだなぁ……。
 切の赤い顔を横目で眺めて、マレーナは悪戯っぽく笑った。
「ま、マーレナさん、寒くない?」
 慌てて【ホワイトコート】をかける。
 星空を見上げて、ゆっくりと発進させた。
「じゃ、行きますよ? マレーナさん!
 しゅぱぁーつ!」

 そしてその切ない夜間飛行は、切の心に長く残るのだった。
 マレーナさんの香りと共に……。
 
 ■
 
 手伝いの久世 沙幸(くぜ・さゆき)はプリーツマイクロミニスカート姿で、階段の拭き掃除をしながらぼんやりと考えていた。
(落ち込んだら、一晩かけてマレーナさんが慰めてくれるだなんて、
 みんな一体何を考えてるんだもん。
 でも、あの心優しいマレーナさんのことだから……とも思う。
 ふるふると頭を振った。
(後で一緒にお風呂行ったときにでも、注意を促すんだもん)

 ハッと気づいて階下を見下ろす。
 涎を垂らして見上げる、受験生達の群れが出来ている。
「ちゃんと、勉強、
 しなさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜い、だもん!」
 必殺の雑巾手裏剣が一同の顔面に炸裂するのであった。
 
 マレーナが夜間飛行から帰ってきたのは、その時だった。
 
「マレーナさん、お風呂行くの?」
「ええ」
 マレーナは入浴の準備をして、共同浴場へと向かう。
「新しく露天風呂になったそうですわ。
 けれど1つしかないので、男女交替制ですの」
 いまは女性専用の入浴タイムなのだという。
「あ! わ、私も!
 一緒に行くんだもん!!」
 そうして、途中で加わった九十九ら受験生達も加わって、風呂へ直行するのだった。
 
 薫らが改装したという露天風呂は、それは立派なものだった。
 証明が丁度よい具合で、足下を照らす。
 だが星空の光を妨げない。
 その淡い光が浮かびあがらせる日本庭園も風情があって、何とも幻想的だ。
 衝立が以前よりも高いのに、周囲の景色と溶け込んで主張しないのもよい。
 
 それに――。
 
「わぁ、広――いっ!」
 沙幸達は思わず頬が緩んだ。
 石造りの丸い露天風呂は、チョットした池のようだ。
「泳げるよ! マレーナさん」
 無邪気な九十九が、中に飛び込んだ。
 まれーなさぁん、早く! 手を力一杯振っている。
「でも温泉なんですよね?
 熱くないのかな?」
 沙幸はそろそろと爪先から入れたが、丁度良い湯加減だ。
 両手両足を思い切り伸ばしても、まだ隣りとの距離がある。
「これぞ! 露天風呂の醍醐味よね!」
 温泉だけに、体のしんまで温まる。
 そうしてのぼせ気味になるまで浸かってから、マレーナの背中を流すことにした。
 
「ねぇ、マレーナさん」
 沙幸は思い切ってマレーナに尋ねてみる。
「噂、本当なのかな?
 受験勉強で落ち込んだ人を、一晩かけて慰めるって」
「まぁ、私が?」
 マレーナは大きな目をパチクリとさせたが。
 緩やかに細める。
「それで、皆様が空大に入れるのでしたら。
 管理人なんて要りませんわね?」
 ふふふ、とおかしそうに笑う。
 それで、沙幸は、ああ、なんだ、やっぱり噂だったのか、と安堵の息をつくのであった。
「でも、やだもん! そんな噂」
 沙幸は眉をひそめる。
 石鹸を泡だてた所だった。
 マレーナの背中は、珠の肌だ。
 沙幸は更に磨きあげようと奮戦する。
「ちゃんと叫んで助けを求めて良いんだからね。
 そしたら、私はゼッタイマレーナさんのこと助けに行くから」
 そんな慰めるだなんて! と、力を込める。
 沙幸は「慰める」の意味を、明らかに間違っているのであった。
「そんな……慰みものだなんて!!」
 背中から、胸の方に……更には脚部にまで手が伸びていく。
 気づけば、自分の体を押し付けるようにして、沙幸は赤い顔をマレーナの背にうずめるのであった。
「だって、皆……こんな、おかしな気分になっちゃうかもしれないし……おかしくないんだもん」
「沙幸さん?」
 異変に気づいて、マレーナが振り向く。
 その拍子に……何せ、必死に磨き上げられた珠の肌。
 つるっと滑って、沙幸は転んでしまう。
 
 スベッて……転んだ……。
 
 目撃した受験生達は全員、湯船の中で再び落ち込むのであった。

 ■
 
 夜露死苦荘管理人・補佐の斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、活気のない下宿に心を痛める一人であった。
「このままでは、マレーナさんも大変だろうしな」
 廊下を歩きつつ、嘆息する。
 この下宿では珍しく常識人な彼は、管理人さんに協力し、支えてやりたいという気持ちで一杯だ。
「しかし『空大絶対不合格圏』……か。
 模試の結果、ストレート過ぎだろ?」
 もっと婉曲な名称はなかったのか?
 担当者のネーミングセンスに文句の一つもいいたくなる。
 そうでなくとも、受験生達はデリケートなのだ……たぶん。
「落ち込む気持ちもわかるが……。
 いつまでも落ち込んでいては、本当にそうなってしまいかねん。
 ここが正念場だな」
 手には買い込んだ食材。
 それは、料理下手な管理人に対する、彼なりの気遣いではあったが。
「夜食でも作る、か」
 
 台所に立った彼は、実に手際よく調理し始めた。
(雑炊を作るかね?)
 米を研ぎ始める。
 食べ過ぎると眠くなるから、少量でも満腹感を得やすいものにしよう。
 彼なりの、受験生達に対する気遣いだ。
 消化や栄養バランスから考えても、悪くない。
(ま、野郎の料理で悪いが。
 これで少しでも元気出してくれれば、いいがな……)
 初めによそった膳の行き先は、既に決まっている。
「後田キヨシ君、か。
 一番落ち込んでいるものから持っていくのが、筋ってもんだろう」
 
 201号室に運んで行くと。
 キヨシはことのほか喜んでくれた。
「カレーだとか、丼だとか……思えば、まともな食事なんて、朝から食ってなかったです……」
 キヨシは目に涙を浮かべる。
 それでも初めは恐る恐るだったが、凄まじい勢いで平らげてしまった。
(カレーや丼もまともな食事だが……まあ、いいか)
 存外、お坊ちゃん育ちなのかもしれん。
 それは大変な誤解だったのだが。
 これまでの食事内容を知らない邦彦は、うむと頷く。
 ことに彼は、契約者でもないのに、この荒野で受験という荒波に揉まれているのだ!
 その苦労は並大抵のものではないだろう。
「頑張れよ!」
 ポンッと肩をたたく。
「俺、いや私も最初パラ実には抵抗があったからな。
 ま、何かあれば相談位乗るかね」
「邦彦さん……て、いい人だったんですね!」
 最後の台詞にこけそうになったが。
 邦彦には使命がある。
 
 こうして1人1人を激励する。
 それでマレーナさん目当てのサボりも減ってくれたら、一石二鳥だな……。
 
 そして、次の下宿生達の部屋を訪れるのであった。
 
 ■
 
 邦彦から諭され、受験生達の多くは美味しい夜食に励まされた。
 再度空大目指して、頑張る決意を固めたようだ。
 
 皆様、お疲れ様でした。