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リアクション
「クク、何だ総帥は負けたのカ」
ヴィクター・ウェストが口の端を吊り上げた。
「あア、そんなことは今はいイ。何を持ってきたんダ?」
東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、ヴィクターに一枚のカードを渡した。
「先日、ポータラカというパラミタの超未来都市に行って参りまして……そこで手に入れたものです。私一人では手に余る代物ですので、ヴィクター様にも有効に使って頂こうかと」
このときは特に、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が用心して護衛を勤めた。万が一にも刺客が送り込まれており、データを強奪されたらたまったものではないからだ。
「しかし……ノヴァ様が負けたとは。ということは、ローゼンクロイツ様も」
「そうだろうナ。しかシ、世の中分からないものダ。だから楽しめるんだがナ」
いつもの嫌らしい笑みを携えたまま、言葉を発した。
「そうそウ、ミスター・テンジュのヤツも死んだそうじゃないカ。オレが言えたものじゃないガ、外道は長生きするものダ。まア、彼は自分の信念を強く持ち過ぎたが故に寿命ヲ縮めたナ」
「ヴィクター様はご存知ありませんか? 彼の真の目的を」
結局、雄軒は天住の真の目的を聞けず仕舞いだった。
「そうだナ……『神』を創ル。そんな壮大な計画だったナ。夢を見すぎたんだヨ、彼ハ」
「では、ヴィクター様が研究をする目的はなんですか?」
「そんなものはなイ。オレはただ『可能性』を追求できればそれでいイ。知識や研究というのは欲望から発すル。だガ、人間は他の動物と違イ、欲望を満たすだけでなク、欲望から『生み出せる』ものダ。おっト、性欲は例外ダ。
科学とはまさに欲望から生み出され発展してきた『人間を人間足らしめる』ものだとオレは思ウ。だったラ、それを楽しもうではないカ? 夢だとか理想だとか希望だとカ、人道だとか倫理だとか禁忌だとカ、どうしてそんな『人間の特権』を縛るような真似を人類はするかナ。そんなものがあるかラ、発展が滞るんダ。ただやりたいようにやル。オレにとってハ、ただそれだけダ」
理由なき探究心。
いちいちそんなことを考えずに、欲望のままに生み出していく。それがヴィクター・ウェストという科学者だ。
「……参りました。とてもヴィクター様には敵いそうにありません」
「そんなことを気にする必要はなイ。しかシ、これは実に面白イ。剣の花嫁……せっかくだから創ってみるカ」
「可能なのですか?」
「元々クローン技術……生物学、遺伝子工学はウェスト家にとっての専売特許ダ。この光条兵器とやらの技術を解明すれば問題なイ」
ヴィクターが、実に楽しそうに解析を進めていた。
「してヴィクター・ウェスト博士。折り入ってお願いしたいことがあるのだが、宜しいか」
ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)が、ウェストにある依頼を行う。
「義手を作って頂きたい。この通り、左腕を失ってしまったのでな」
ロイが左腕に視線を送った。
「そうだナ……義手というガ、オレのところだと新しい腕を生やすことになル。何分、機械は不得手なのでナ」
ご冗談を、と雄軒は思った。
その苦手な機械分野において、クルキアータや「七つの大罪」、マリーエンケーファーといったイコンを開発していたと考えると、この男はとんでもない科学者なのかもしれない。
しかも、信念を一切持たずに「やってみたら出来た」というレベルなのだから。
「むしろ生身の腕が戻せる方がありがたい。が、さすがにタダというわけにもいくまい」
ロイがアイアン さち子(あいあん・さちこ)を見た。
「はい! ではお手伝いするであります。肩こってないでありますか?」
「じゃア、お願いしようカ」
「よし、おい布。肩を揉め」
さち子が常闇の 外套(とこやみの・がいとう)に命令した。
「あ、はい」
外套が逆らわずにヴィクターの肩を揉み始める。
「でさ、おっさんよ。助手っていねーの? 何かこう、パツキンでパイオツがカイデーなチャンネーは」
「一人いるナ。金髪ではないガ」
水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)に、ヴィクターが目配せした。
「あ、はい。私ですか?」
「何だかこのチャラ男が助手はいないのかと聞いてきたものでナ」
「おいおいオッサン、誰がチャラ男だ誰が。このガラシャツ野郎」
確かに、ヴィクターの格好は特徴的だ。
白衣の下にジーンズ、に派手な柄のワイシャツ、そしてサングラス。
「……君は人間カ?」
「聞いて驚け、俺様は魔鎧だ」
「そうカ。魔鎧はまだサンプルが少ないんでナ……ちょっとバラして解析させてもらっていいかナ」
「ああ、そんな布切れ好きにしてやってくれであります」
「……それで義手を作って頂けるのなら」
「ひでーな、オイ!」
と、そこで睡蓮が口を開いた。
「と、まあヴィクター様、皆様冗談はそのくらいにして……」
彼女がヴィクターに告げる。
「ヴィクター様、何やら戦いも終わったようですし、私は一度学院に戻ってみようかと思います。次世代機のこともありますし、テンジュさんが休学手続きをして下さっていたようですから」
ミスター・テンジュの計らいがあったから、彼女はヴィクターの元に来れたという。とはいえ、きっかけになったカミロはもう戻らないだろう。
「面白そうな情報があったら、また持って戻ってきますよ。ただ、【魔王尊】は預かっておいて頂きたいのですが……」
「そのくらいは構わんヨ。まア、あの機械女狐からなんか持ってきてくれることを期待してるヨ」
再びヴィクターがロイに視線を戻した。
「まア、これからスポンサーとの交渉があるかラ、しばらく護衛を勤めてくれるとありがたイ。腕を作る理由にもなるからナ」
「……御意」
そして、笑い出した。
「ククク、どちらにせヨ、そのうち平和に耐え切れなくなったバカが何かやらかすサ。オレはそのバカに利用さレ、利用してやればいイ。これまでモ、これからモ」
その声は、研究所内に響き続けた。