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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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「高速飛空艇、各ポイントへの到着確認。移動接続も順次完了していますわ。再配備についても問題ありません」
 後方で各方面へのバイパスを手配していた沙 鈴(しゃ・りん)の報告に、氏無大尉は「了解」と短く応える。結界の防衛のためもあって、彼も後方へ下がってきているのだ。そんな彼に、秦 良玉(しん・りょうぎょく)も、指示を求めるように口を開いた。
「尚、有事の移動手段、並びに遺跡間の移動についての追加配備ですが」
「配備、運用については一任するよ」
 氏無はほんの少し苦い顔で応えた。一万年前の復讐者、アルケリウス・ディオンが前線へ出てきた以上、流石の彼にも、何箇所も同時にその指揮を取ることは出来ない。各地の行動を、団員それぞれに一任する形で指示を出すと、氏無はくるり、と他校の生徒、主にイルミンスール生達へと向き直ると苦笑を浮かべた。
「本当ならボクは君らを守る立場なんだけど……今は一つでも知識と力が欲しい」
 様々な感情の入り混じった顔を一瞬浮かべると、直ぐにそれを隠すように、苦笑へと戻って言葉を続けた。
「特に、魔術に関しては判断つきかねるからね。自分を”使う”ことのできる場所へ向ってもらえると助かるかな」
 その言葉にそれぞれが頷き、各々自分の役目を全うすべく足を進める中、戦場で見かけるには不釣合いに思えるそれに、氏無は思わず首を傾げた。
「……叶中尉から報告は受けてたけど、豪気と言うか何と言うか」
 後方とは言え、戦場には違いない場所に、叶 白竜(よう・ぱいろん)からスカーレッド大尉経由で届けられたビデオカメラ等の機材は、簡易放送局でも作ろうかというレベルである。ここまで到達されない、という信頼なのか楽観なのか判断つきかね、何をするつもりなんだか、と首を傾げる氏無に、パートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)と共に撮影機材設置をしながらの裏椿 理王(うらつばき・りおう)が一応の敬礼をしつつ答えた。
「中継です。現場の情報は生の方が伝わりやすいかなと」
 それに、と、校長室へと出向いている黒崎 天音(くろさき・あまね)から受け取った端末を、氏無の方へ傾けて見せた。
「この人も見たいかな、と思ったんで」
「それは?」
 氏無の問いに答える代わりに、理王が端末のスリープモードを解除すると、すぐさま察知したらしい、名前も明かさない”賢者”がその合成音声で「よう」と声をかけてきた。
『わんこくんは交代だって? えーっと』
「パグ、とでも呼んで下さい。お久しぶりですね、ネットライブ以来、ですか」
『パグ!いいね、俺の好きな犬種だ』
 お互い、状況は移動の間に把握済みだ。理王は今までの経緯は端末に残された録音で耳にしているし、愚者の方もそれが判っているが故の、短いそのやりとりで、凡その事情を察したらしく、黙っている氏無に構わず、理王は愚者に続けた。
「その続きってわけじゃあないですけど、中継するんで、よろしく」
 言いながら立ち上げたネットライブ画面は、各現場を繋げるためもあって、いつかのそれに比べると随分と簡素なものだ。コンパニオン役の美少女アバターがいないのが不満そうな愚者に「すいません、華がなくて」と理王は肩を竦める。
「その代わりに、今回は歌姫たちがいますよ」
 言いながらカメラを作動させたが、映ったのはそんなカメラにピースサインを送る世 羅儀(せい・らぎ)の姿だ。前ふりが前ふりだったために、一瞬冷たい沈黙が落ちた。
「ちょっと、流石にその反応は傷つくんだけど?」
 別に何かを期待したわけではなかったのだろうが、明らかにがっかり、と言った空気は流石にいい気はしないらしい。だが、その文句を綺麗に無視して、まあいい、と愚者は合成音声ながらため息のようなものを漏らした。
『贅沢言ってる状況じゃあ、なさそうだしな』





 同時刻、世界樹イルミンスール。
 その中に作られたイルミンスール魔法学校の校長室も、何時になく喧騒の中にあった。
 状況の変化に伴って、遺跡から戻ってきた者、あるいは前線へ出て行く者等、出入りの激しいその中にあって、入ってきた第一声は「面倒くさいことになってきたねえ」という妙にのんびりとした声だった。
『そっちの状況はどうだい?』
 氏無の通信に、久我 浩一(くが・こういち)が「順調です。今のところは」と、運び込まれた通信機材を前に答えた。大掛かりな通信装置と共に、幾つか持ち込まれたモニターは、魔法学校、という雰囲気にはどうにもそぐわなかったが、これで中継基地としての設備は整ったと言って良いだろう。
『そっちの情報は、直接はこっちに入ってこないから、キミ頼みになるけど、よろしく頼むよ』
 と、その言っている内容に対して、そぐわないほどのんびりとした声が言うのに苦笑しつつも、浩一は確認もかねてモニターを切り替えた。理王のライブ中継とも繋がっており、画面一杯に、イルミンスールの森の映像が入ってくる。既に始まった戦闘の光が、時折弾けるのを見やり、皆の顔に浮かんでいる緊張の度合いが深くなる。
『ところで、通信はどうなんだい、ちゃんと使えるかな?』
「問題ないようです」
 深刻な空気を破るように尋ねた氏無に、浩一が答えた。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と氏無の了解の下、既に、偵察の意味もあって天音が一足先に封印の中へ足を踏み入れて、内部との通信が可能であることは確認が取れている。天音のパートナーであるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)から渡された、通信機材などの貸し出しに関する書類にサインをしながら、浩一は続ける。
「遺跡側との通信も、維持できてます」
 こちらも同様、距離の関係もあって、ここ校長室が情報の中継となる。遺跡側に残ったソフィアの瞳調査団サブリーダー、ツライッツ・ディクスが、その中継点となるが、そのツライッツは送られてくるライブ映像に『こうやって見るだけ、というのは、あまり気が休まりませんね……』と胃が痛そうだ。そんな彼に続いて、封印の中で入り口付近の警戒と併せて実験していた天音からも通信が入る。
『それから、テレパシーも通じるようだよ』
 どうやら、記憶の封印の内外で、殆どの通信手段は問題が無いようだ。
「強力な封印、と言う割には外部への干渉を許す、というのも妙だな」
「封印の内容が甘いというよりはぁ、記憶の封印だけに力が集中している感じですねぇ」
 ブルーズの疑問には、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が答えた。エリザベートが開いたのは、記憶の封印本体へ至る”道”だ。内側に入るものは兎も角、その外殻は視野に入れていないのだろう。それが問題にならないほど、封印が強固だという証明でもある。思わず眉を寄せる一同に、更に深刻な様子で「準備は抜かりなくお願いしますねぇ」とエリザベートは続けた。
「入り口は開けておきますがぁ、引き返せるとは思わないでくださいねぇ?」
 入り口の固定化は、一度閉じると開けるかどうか判らないが為の処置だ。だが、これを維持するだけでも相当神経を使うようで、エリザベートの表情は険しい。
「随分古めかしい封印ですがぁ、相当強固な封印ですぅ……」
 ともすれば、入り口を塞ごうとする意思に逆らっているためか、精神的にも負担の大きいらしい様子に、神代 明日香(かみしろ・あすか)が心配げに、しかしそれを表に出さぬようにしながらそっと寄り添うと、負担を和らげようとするその優しい空気に、エリザベートも少し表情を和らげた。
「……そろそろ、準備はいいですかぁ?」
 覚悟を見定めるかのように契約者たちを見つめるエリザベートに、一同は真っ直ぐに頷く。
「シャグジやベヒモス、今までパラミタの大地を傷つける存在は、全て真の王と結びついていた……」
 魔鎧清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)を纏った騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、その不吉な名前に唇をきゅうと引き結んだ。
「シャンバラ神殿で祈り続けているアイシャちゃんのためにも、必ず真の王に繋がる手がかりを探さなくっちゃ」
 あえて口に出すことで、その決意を深める誌穂に、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)も強い意思に掌を握った。
「大ババ様の記憶は必ず持ち帰ります。ですからそれまで……校長も辛いと思いますが、頑張ってください」
 そう、エリザベートを励ますように声をかけたのを見届けると、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、その小さな、けれど強力な魔力を纏わせた懐中時計を見やって、挑戦的に笑った。

「それじゃ、行きましょうか!」