葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【2020春休み】パーティへのお誘い

リアクション公開中!

【2020春休み】パーティへのお誘い

リアクション


第一章 ――宴の支度――


・スタッフ集合


 空京の中心部にある多目的施設、空京フォーラム。国際展示場ほどの規模こそないが、それでも五つのホールを有するだけあって、それなりに広い。
「じゃあ時間だし、出席確認するよー」
 建物の裏口に当たる場所で、事前にスタッフを申し出た人達の名前を呼んでいくエミカ。前もって集合時間と場所はちゃんと伝えていたため、かろうじて誰も迷わなかったようだ。
 この場にいるのは、
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)
久世 沙幸(くぜ・さゆき)
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)
神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)神和 瀬織(かんなぎ・せお)
カロル・ネイ(かろる・ねい)
アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
そして、前日からエミカの手伝いをさせられた黒脛巾 にゃん丸の計十四名だ。
「みんな、朝早くからよく集まってくれたね! 遅刻もないみたいだし、うん、幸先いいね」
 エミカは、前日も夜遅くまで何やら作業をしていたらしいのだが、寝不足にはなっていないようだった。
「はい、じゃあこれからの流れを説明するよん」
 彼女は一日のスタッフの流れについてを簡潔に説明し始めた。

・九時半までに会場設営してちょーだーい、その時間から関係者受付だから
・十時からコンサート出演者と料理コンテスト出場者への説明始めるよ
・十一時に一般開場だよー
・あとは好きに動いておーけー


「はい、以上だよー、質問ある人?」
 その瞬間ほぼ全員が一斉に手を挙げた。しかも戸惑いと呆れが入り混じった様子で。
「役割分担はどうなってるんですかぁ〜?」
 最初に質問したのはメイベルだった。
「あ、決めてないや。あはは。とりあえず半々に分かれてちょーだい。コンサートの方が機材とかも多いから、男手があると助かるな〜」
「それなら俺はコンサートの設営に回るよ」
「オレもやりますよ。元々、コンサートの方を手伝うつもりでしたからね」
 男手が欲しい、という事で正悟とルースの二人がまず名乗り出た。
「その設営に必要なものってどこにあるのかな?」
 綺人が今度は尋ねる。
「あそこよ」
 エミカが指差した方向には二台の大型トラックが停車していた。彼女が運転手に向けて合図をすると、コンテナ部が開き始める。
 片方にはミキサーや各種スタンド類、さらにはハードケースに入った楽器等の音楽機材、もう一方には電気コンロやオーブンなど、あらゆる料理に対応可能な調理器具の数々が存在していた。おそらく全部レンタルだろうが、丸一日借りるだけでいくらするか想像もつかないほどの豪華さだった。
「じゃ、みんなよろしくね♪」
 エミカは全体の指揮を執るために、自分では作業はせずに見回るつもりのようだ。
 ふと、ここである違和感に気付く者がいた。
「エミカさん、そういえば主催者の司城先生はどうしたのかな?」
 綺人が尋ねる。
 よくよく考えれば、紙面では司城が主催者のように書かれており、その取り次ぎをエミカが行うかのような感じであった。
「来ないよー。なんか急に空京大学に呼ばれちゃったから、あたしに任せるって」
 八割方嘘である。
(……この子、大丈夫なのか?)
 その様子をずっと見ていたユーリが誰にも聞こえない声でぼそりと呟いた。
「でも、同じ空京にいるし、時間空いたら顔くらい出しに来るんじゃない? ずっと不安そうにしてたからね。あれほど大丈夫だって言ったんだけどなー」
 その大丈夫、というセリフに何の説得力もない事は、この場の誰もが感じている。むしろ司城も被害者なのではないかと思えてくるほどに。
「あたしも質問! この会場の警備ってどうなってるの?」
 カロルがエミカに聞く。
「パーティが始まってからもそうだけど、今も機材を見張ってないと万が一盗まれたらどうしようもないわ」
 トラックにあるのはおそらく全てが一級品だ。盗まれた時はそれだけ被害も大きくなる。
「あっと、忘れてた忘れてた。どうせ悪さなんてする人いないと思って警備は特に考えてなかったんだよ。それに、誰かが暴れてもすぐに追い出せるし。あたし、こう見えて結構強いよ?」
 一切、トラブルを危惧する様子は見当たらない。
「それでも、さすがに一人もいないってのはどうかと思うわ。あたし、ここの見張りと会場警備をやるよ」
 朝早いからって、不審者が現れないとも限らない。
「うん、じゃあお願い。その格好、アマゾネスって感じだし、ちょうどいいね♪」
 カロルのビキニアーマー姿を気に入ったのか、それとも単にノリで決めたのか、あっさりと笑顔で承諾するエミカ。
「あはは、これは普段着にして正装なの。コスプレじゃないわよ? まあそんなわけでよろしくっ、エミカル」
 あだ名で返すカロル。
「よし、とりあえず時間も限られてるんだ。運び出すとしようか」
 涼は早速調理器具のある方へと向かって歩き出した。
 エミカに一抹の不安を抱きつつも、他の面々も作業に当たる事になる。


・コンサート(設営編)


 空京フォーラム一階、コンサートホール。
「えーっと、これはここでいいのかな?」
 綺人はステージの上に機材を運び込む。ステージ上からら会場が見渡せた。
「こうして見ると、かなり広いですね」
 瀬織がホールを見渡しながら声を漏らした。
 このホールの収容定員は二千人であるが、この日は前方の座席を全て撤去しているため、座席数自体は後方の千人分ほどである。
「配線類は、まずはまとめておけばいいみたいですね」
 一枚の紙を見遣りながら、彼女が呟く。エミカが用意した設営マニュアルだった。意外な事に、書面はどこに何を用意するべきかまで事細かに書かれている。最初の顔合わせ時の適当さ加減が嘘のようであった。
「この大きいのはひとまず裏ですね」
 クリスがステージ上にあったスタックアンプを押していく。
「……クリス、そっちはステージ上のままで大丈夫だ。手前にあるヤツは最初は使わない、と書いてある」
「あれ、本当ですね」
 今度はコンボアンプの方を裏手へとはける事にした。
 ステージ上に序盤の人達が使うであろう機材類を配備する。あとでエミカが出演者には説明するだろうが、既に出演順まで決まっていた。転換作業を円滑にするために、タイムテーブルは組んでいるようだった。
 ステージ上にはギター、ベースアンプとドラムが置かれ、さらにしっかりと返し用のスピーカーもドラムとボーカルの立ち位置に用意されている。もちろん、サイドモニターもあるため、他のパートもちゃんと全体の音を把握出来るようになっている。
 観客席にはホール内のスピーカーを通して音を伝えるようになっている。今はそれぞれの機材の音を拾うためにマイクを設置する作業に入った。
「配線はなるべくステージの後ろの方にまとまるように通して下さい。前の方に放置しておくと、演奏中に足を引っ掛けかねませんからね」
 ルースが声を張る。この配線周りが終わらなければ、マイクは使えない。
「こっちはもう大丈夫だよ。今アンプ周りは全部通したよ」
 正悟が配線を確認し、それらをステージ裏にある中継端末に接続していく。そこには複数のケーブルの挿入口があり、そこから一括で客席中央にあるPA席へと音を拾って送るのである。
『ちゃんとこっちの指示通りに繋いだか?』
 PA席からコンサートのチーフエンジニアの声が響く。返答は、はいとの事だった。
『ドラム周り九番以降、入力OK。ボーカルマイク一番からは、っと。誰かステージのヤツ、マイクチェック頼む』
 指示を受け、ステージ上では沙幸が一本ずつマイクテストをしていく。
『あーあー』
 最初は母音を多く含む言葉で音声伝達を確認する。
『ツェーツェー、チェックワン、ツー』
 続いて明瞭度が確保されているかを。席のPAはヘッドホンを耳に当ててそれを聞いている。
『もう一回』
 今度は周波数チェックと、ハウリング防止のために音量を上げながら調整する。沙幸は同じように繰り返しマイクの向けて声を発した。
「よし、こんなもんだろ。もういいぞ」
 手際が良かったため、すぐにマイクテストは終わった。
「はい、じゃーそのまま一曲!」
 と、沙幸がマイクを戻そうとしたところで今度は活発そうな女性の声が響いた。
「おいおい、何勝手に卓のマイク使ってんだ? おめーの私物じゃねーぞ」
 と、いいつつポップな曲のイントロを流すエンジニア。
「やっぱりかわいい女の子が歌ってるとこって見たいよねー」
 エミカが楽しそうにステージを眺めている。
 沙幸の方はいきなりの無茶ぶりに戸惑っている、無理もない。だが曲の方はAメロに入る直前に止まってしまった。
「……って、つい反動でデモ流しちまったじゃねーか。まだ音響チェックは残ってんだ」
 いきなりの無茶振りで危うく歌うハメになるところだったが、回避された。
「よっと、順調に進んだみたいだねー。うん、感心感心」
「エミカさん、二階の方はどうですか?」
 綺人がステージ正面までやって来たエミカに尋ねる。
「ん、あっちは大丈夫そうだったよ。あとは八時半くらいに食材が届くから、そしたらちょっと人手が必要かもね」
 つまみ食いしたらお仕置きだからね、とエミカは続けた。
「気をつけてねー、かわいい女の子を辱めることなんて、あたしも出来る事ならしたくないんだよ」
 言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべている。
「僕は男だよ。よく間違われるけどね」
 綺人が苦笑しながら答えた。
「こっちはもう大体終わってるから、あと音響の最終チェックだけすればいい感じかな」
 エミカのペースにはまる事もなく、うまく彼は話していた。
「じゃ、それ終わったらで休憩でいいよー。時間は……七時四十五分ね。八時半になったら裏口集合ってことで。これ、伝えといてねー」
 言うなり、エミカはスキップしながらどこかへ行ってしまった。
「……しかし、しっかりしてるのか適当なのか、よく分からないな。あの子は」
「わたくしはあの人とどう接していいか分かりません」
 綺人のパートナーの二人、ユーリと瀬織は訝しげにエミカの背中を見送っていた。
『よし、チェックすんぞー。ドラム、誰かそれなりにパワーあるやつやってみてくれ』
 PAから音響チェックの連絡が入る。
「私がやりましょう」
 ドラムへと向かうのは、クリスだ。
「……待て。クリス、ドラムはああ見えて結構手先の器用さが必要な楽器だ。ここは他の人に任せた方が無難だ」
 実際は、見かけによらず怪力な彼女がドラムを叩き壊してしまう事を危惧しての事であるが、あくまでそれは直接伝わらないように気を配っていたようだ。