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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(後編)

リアクション

 ダウンタウンに火が広がっている。市街地にまで火が移る前に、建物が壊されていく。それでも、大会は続いている。もはや、誰にも止められない状況だ。
 タンッ。タンッ。
 断続的に銃声が響いている。サンダラーの拳銃使いが通りを行きながら、目についた人影に銃弾を浴びせる音だ。
 火事の上にこんなものがうろついている状況だ。大会の参加者も非参加者もダウンタウンから逃げ出している。
 それでも、通りで迎え撃とうとする者もいる。
「……まだ動いている……と、いうことは、あの狙撃手が操っているわけではない、ってことですよね」
「当てが外れたか?」
 影から眺めている衿栖に、レオンが聞く。衿栖は眉をしかめ、
「何か、そんな気がしたんですけど……」
「殺気が高まっている……誰かが仕掛けるぞ。巻き込まれる」
「分かってます。でも……」
 そう言いかけたところに、銃声。
「こっからが本番だぜ。ほら、撃ってみろよ!」
 サンダラーの行く手に、ぬっと現れるゲドー・ジャドウ。言葉を返す変わりに、ドン、とサンダラーの銃が火を噴いた。ゲドーは避けもしない。ばん、っとその肩に命中し、体が一瞬浮き上がる。
「俺様も不死身ぶりには自信があってな。どっちが先に死ぬか、勝負してみようじゃねえか!」
 ゲドーは銃を投げ捨てざま、手を突き出す。掌から雷がほとばしり、赤く染まる路地を一瞬、青白く浮かび上がらせた。
「後ろががら空きだぜ! おっと、俺様じゃねえけどな!」
「よく喋りながら戦うお方ですね」
 言葉と共に一射。両手に銃を構えたハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が、背後からサンダラーに銃弾を浴びせる。
「ハルさん!? それじゃあ、未散さんも……」
「ここも火が来るぞ、速く逃げるんだ」
「でも!」
 衿栖が迷ううち、ゲドーはサンダラーに近づき、撃たれた傷をじゅくじゅくと音を立てて塞ぎながら、さらに弾丸を浴びている。
「こういう黙ってるやつよりは親しみやすいだろ!」
 弾丸を受けても不気味に笑みを浮かべているゲドーに業を煮やしたのか、サンダラーの銃口が後ろを向いた。ドンッ。
「ハル! 何やってんだ!」
 ハルの眼前にフラワシが立ちはだかる。若松 未散(わかまつ・みちる)によって軌道を反らされた弾丸はハルをかすめて外れるが、今度は連射を受けてフラワシが限界を訴える。
「こいつを倒しておけば、ジャンゴとの約束は果たしたようなもんだ。気合いいれろよ!」
「俺様に命令するんじゃねえ!」
 ぶちぎれるゲドーが容赦なく雷を放つ。再びサンダラーがゲドーに銃口を向けて放つ。
「だから、後ろが甘いですって」
 火事の中、いくつもに別れたゲドーの影からジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)が現れ、その腕を掴み、影の中に引きずり込むように体勢を崩させる。
 その隙を逃さず、ハルの魔銃が炎を噴き出す勢いで弾丸を放つ。が、サンダラーの体は衝撃で跳ねても、倒れはしない。
「しかし撃っても効かないのでは……」
「効くまで撃つんだよ!」
「いいこと言うじゃん」
 頭上に影。と、思った瞬間、地面に大きな力を持つ何かが触れた。
 魔力の爆発。火事の中だというのに、猛烈な冷気が周囲を支配する。
「っ……!」
 思わず、ゲドーや未散も体をかばうほど。急激に空気が冷やされ、火事の中の気圧差で風が吹き込む。びゅうびゅうと逆巻いて荒れ狂う中へ、いくつもの影が飛び込んだ。
 桐生 円(きりゅう・まどか)の銃が容赦なく、至近距離からサンダラーの体を穿つ。
 サンダラーが襲撃者へ向けて乱暴に体をひねり、銃を撃ちながら跳び退る。距離を離すと、吹雪と化した路地の中では、どれが敵か、見極めることは難しい。
 にも関わらず、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はサンダラーを追い詰めるように正確に弾丸を放つ。自分自身は魔鎧エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)の防御力とテレパシーを頼りに、安全な場所へと飛び移っている。
「ミネルバさん、そこですわ」
 小夜子の銃が、がん、とサンダラーの足下にある石を撃って合図を送る。
「任せて! ミネルバちゃんアターック!」
 恐るべきことに、壁を蹴って走るミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は、巨大な剣を振り下ろす衝撃そのまま、飛び降りざまにサンダラーを切り裂いた。猛烈な剣圧が、周囲の風を押し返す。
 ざっくりと体を裂かれながら、サンダラーの腕は近づく敵に銃を向け……
「させないわよぉ」
 頭上を飛ぶオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、指を示すと同時、頭上から吹雪の中へ雷。がくん! とサンダラーの筋肉が収縮する。
 天変地異の中を円が走る。銃口で殴りつけるような距離で、二挺の銃の引き金を引いた。
 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「っ……なんだなんだ!?」
「てめぇら、俺様を巻き込みやがって!」
 吹雪と雷から身を守っていた未散とゲドーが怒りの声を上げる。円は全身に穴を空け、動かなくなったサンダラーを確かめてから肩をすくめた。
「ジャンゴについたんだったら、ボクたちとは敵じゃなかったっけ?」
 ぴくりと未散の眉が跳ねる。未散が何かを言う前に、ハルが前に進み出て銃を示す。
「では、さらに続けますかな?」
 ぴりっとした空気が場に広がった。ゲドーが魔力を練るうちに、オリヴィアも術の準備をしている。
「円さん、あまりからかってはいけませんよ。……私たちは大会に優勝するつもりはありません」
「なに?」
 聞き返す未散に、大剣を収めめたミネルバがにっと八重歯を見せる。
「だから、もうこの時点で大会は棄権」
「サンダラーの存在が、もっとも危険だと思いましたから」
「まあ、そういうこと。このこと、ジャンゴに言いに行くんでしょ?」
 小夜子と円が、銃を収めて軽く手を上げ、
「とりあえず、この火事のこともなんとかしなければならないわねぇ」
 オリヴィアはやれやれと肩をすくめる。百合のか弱い乙女たちはサンダラーを倒し、その路地を去っていった。
 残されたゲドーと未散は、互いに目を向けてから、
「俺様が倒したことに……」
「ジャンゴには私が倒したって……」
 言いかけて、交わす視線がにらみ合いに変わる。
「俺様が先にジャンゴの所に着くぜ。未散ちゃんは飛べないもんなあ、だーひゃっはっは!」
 一足早く、ゲドーが魔法で飛び上がる。未散は一瞬、撃ち落としてやろうかと思ったが、先ほどの様子を見るに効きはしないだろうと諦めた。
「ふたりで倒したことにすればいいでしょう。早くここを離れないと、火の手が回って来ますぞ」
 周囲を見回すハル。その目に、ひらひら動く掌が見えた。
「未散さん、こちらです! ひとまず、安全な場所まで避難しましょう!」
 衿栖だ。今までの戦いを見て呆気にとられていたのだが、ようやく意識が戻ってきたらしい。
「衿栖! おまえ、そんなところで……」
「話は後です、早く!」
 確かに、周りを見るに、あまりグズグズしている余裕はなさそうだ。未散とハルは、衿栖やレオンと共に、ダウンタウンを抜け出すために走り出した。