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最後の願い 後編

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最後の願い 後編

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第9章 剣と盾

「来るって言ってたくせに、巨人の嘘つき――っ!」
 王宮警備につく高機動型シパーヒーの肩の上、全身にゾンビの噛み跡を生々しく残した素肌を晒し、マントをはためかせた変熊 仮面(へんくま・かめん)が、マイクを片手に叫ぶ。
「嘘つき――!」
 パートナーのゆる族、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)の合いの手入りだ。
「巨人の嘘つきー!」
 ……つきー!
 ……きー!
 更にエコー効果付きである。
 そうして、マイクのテストを終え、操縦席内に戻った二人だったが。
「うう〜……」
 にゃんくま仮面が、もじもじと居心地悪そうに蠢いた。
「どうした、にゃんくま。トイレか? 立ちションならば付き合うぞ!」
 ロイヤルガードが王宮敷地内で何をする気だと突っ込む者は、ここにはいない。
 マイクのスイッチが入っていたらよかったのだが。
 にゃんくまは首を横に振った。
「師匠……うんち!」
「何!?」
「だって待機長いんだもん!」
 しかしそれしきのことで、変熊仮面はうろたえなかった。
「その辺でしてこいよ。猫なんだから」
「わかった! ちょっとその辺の草むらでやってくるニャ! 紙――!」
 にゃんくまは飛び出して行く。
 しかしにゃんくまは猫とはいえ、その正体はゆる族だった。
 人前でチャックを開けてはいけないという、鉄の掟が存在していたのだ。
 厳戒中の敷地内は、そこいら中に騎士がうろついている。
「ううっ、うう〜っ!」
 此処もダメ、此処もダメ〜、と、人の少ないところを捜し歩くにゃんくまは、王宮内のトイレに駆け込んでいた方が余程早かったことに気付いていなかった。
 そしてようやく、ほっと猫心地ついた時、事態は動いたのである。



 バチッ、と、何かが弾けるような感覚を受けた。
 音は無く、動きも無い。
 どこかで何かが破裂するような感覚。

 そしてその直後、王宮宮殿の外、中庭の中央付近に、巨人の姿が現れた。

「来た……!」
 鏖殺寺院発見の後、空京上空に戻って来ていた佐野和輝が、その姿を確認する。
「ゴーレム、使うかな?」
 アニス・パラスがゴーレムの居場所を確認する。
「あれれ、後ろだ」
「最後の切り札とするようだな」
 ゴーレムを、鏖殺寺院相手に使うと思っていた和輝は、少しあてが外れた思いだったが。
「とにかく、情報収集を開始するねっ」
「ああ。データは、全て終わってから提出する」


「やはり、来たか」
 鬼院尋人のパートナー、呀 雷號(が・らいごう)は、尋人と共に乗るフォレストドラゴンのカトゥスの様子を見た。
 敵意ある者を見て、カトゥスは喉の奥で警戒音を鳴らしている。
「巨人に、訊きたいことがある……」
「ああ。俺もだ」
 まっすぐに王宮に向かう巨人を見て、尋人が呟き、雷號もそれに頷いた。


 九十九 昴(つくも・すばる)は、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)達と共に、王宮内に待機していた。
 だが、警備はもっぱらパートナーの英霊、九十九 天地(つくも・あまつち)と唯人に任せ、ただじっと、黙々と武器の手入れをしながら待っていた。
「やれやれ……昴は、余程アルゴス殿と個人的に決着をつけたいようで御座いますなぁ……」
 天地が肩を竦める。
「まぁ、良いでしょう……手前は、止めはしませぬよ」
「誰が何を考えてるか、なんて、俺には解らねえがよ」
 唯人はそれに応えて言った。
「理由なんざ関係ねえ。何だろうが、アイシャを殺すってのは許せねえよ」
 是非など解らない。ただ、間違っている、と断言できるだけだ。
 だから、アイシャを脅かすものから、護る。
「……来た……!」
 襲撃に気付き、昴は立ち上がった。
「此処はお願いします!」
 天地達に後を託し、素早く王宮の外に出る。
「二度目の転移はありますか?」
 天地と唯人は、護符で防げない、二度目以降の転移を警戒したが、転移が続いて来る様子は無い。
「転移装置付近で、テレポートが続くのを阻止した、ということかもしれませぬ」
「……なら、昴の援護に向かう」
 少し考え、唯人は決断すると、唯人達も昴の後に続いて宮殿を出た。


 護符に弾かれた巨人は、破裂するような衝撃を身に感じたらしく、顔を顰めている。
 周囲を見渡して、失敗したのか、と呟いた。
「仕方がないな……」
 此処から、改めて祈祷所へ向かうしかない。
 宮殿の方に向かうと、宮殿を囲むようにしていた警備兵達が集まって、既に道を阻むように、護衛網が素早く敷かれようとしていた。


「遅いぞ、にゃんくま!」
 敵襲に、慌てて戻って来たにゃんくま仮面に、変熊仮面が叫ぶ。そしてピーンと閃いた。
「うんこ……うんこか。これはいける!」
「どうしたのニャ、師匠?」
「ふふ、にゃんくま、人類に一番有効な武器が何だか知ってるかね?」
「核兵器?」
「ブー! ってお前、いきなりおっそろしいものを……答えは悪口です!
 丁度、あそこにうんこがある」
「あっちニャ」
「黙れ! 事実はどうでもいい! 問題はアイディア!
 うんこを踏んだと罵倒されてうろたえない人類はいない!
 うんこ巨人! これぞトップクラスの精神攻撃!」
「成程! 流石師匠!」
「そうと決まればマイクを……うん? にゃんくま、お前、何か臭くないか?」
「………………あっ」
 はっ、と気がつく。
 そういえば、襲撃に気付き、あまりにも急いでいて――
「お尻拭いてなかったニャ……」
 ガッツーン! と、衝撃にニ人はもんどり打って倒れる。
 棒立ちのイコンを、巨人が払い飛ばしながら通り過ぎたのだ。
 倒れるイコンの操縦席の中、折り重なりながら、
「師匠、ごめんなさい! 結局うんこイコンはこっちの方だったにゃ……」
と謝って、にゃんくま仮面は気絶した。



 イコンは、宮殿に接近して飛行はできない。
 接近し過ぎて宮殿に接触してはまずいし、そもそも空京の上空での戦闘は禁止されている。
 だから和輝のグレイゴーストはある程度の高度を保ちつつ、地上の様子を観察しているし、幸いにも巨人も鏖殺寺院も空中戦を仕掛けてこなかった。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の{ICN0003800#グレイゴースト?}は攻撃の為に、上空からの哨戒から地上へと降り立った。
 だが小型飛空艇や箒であれば支障は無いので、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は空飛ぶ箒で、ヴァルキリーのパートナー、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)と共に巨人の周囲を飛び交っている。
「鏖殺寺院の方は大丈夫かな……」
 この高度では、空京の外で戦う仲間達の様子は見えないが、佳奈子は心配そうに遠くを見やった。
 巨人と鏖殺寺院、同時に王宮を襲うふたつの敵から、女王を守らなくてはならない。
「私達は、こっちで頑張らないと! 持ってる力を全て使って、頑張ろう!」
「佳奈子! 巨人を攪乱しましょう!」
 まっすぐに宮殿を見据える巨人に、エレノアが叫んだ。
 その時、ふと周囲を見た巨人は、不意に短く呪文を唱えた。
「魔法!」
 ローザマリアが叫んだ。
 ゴウッと竜巻のように風が舞い上がり、空中にいた佳奈子達が巻き込まれて行く。


「魔法も持っていたのですか」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)アストレアが、機体を立て直しつつ、地上に降りた。
「剣が無くても戦える方法を持っているだろうとは思ってはいましたが」
 巨体だけに、その魔法の威力も相当なものだ。
「相当の技量の持ち主ですね」
「でも、魔法なら隙も突きやすいわよ。一気に仕掛けるわ。問題はタイミングね」
 パートナーのヴァルキリー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の言葉に頷く。
「全力で行きましょう。オーバークロックで機体制御に集中します。長くは持ちませんが」
「分かった。向こうも長期戦をやる気はないみたいだしね」
「焦らずに。悠長でも困りますが」
「解ってるわ」
 巨人の真意は解らない。しかし女王殺害は絶対に阻止しなくてはならないという決意に迷いはなかった。
 ただ、思うのは、勝つ為に必要なのは、力ではない、ということだ。
 それを上回るほどの、覚悟を込めて。
「南東位置の玉霞が、狙撃で仕掛けるようです。任せましょう」
「了解。射撃の牽制は捨てて、接近戦のタイミングを計るわ」

「こっちがやろうと思ってた戦法をやられたわ!」
 巨人の周囲を目晦ます攻撃を仕掛けようとしていたローザマリアが舌を打つ。
「手間が省けたってものだよ」
 パートナーの悪魔、フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が、計器を確認しながら答えた。
「生身の目には有効かもしれないけどね……センサーに問題ないよ。狙える!」
「行くわ!」
 ローザマリアの機体は、スナイパーライフルを構える。狙いは、巨人の足だ。


 一気に勝負を仕掛ける気らしい巨人は、佳奈子達の方に気を向けずに大股で歩き、防衛線に突っ込んで行く。
 その足元を、ライフル弾が弾ける。
 振り向きざま、巨人が何かを投げ放つように指先を向けた。
「きゃっ!」
 ドシンと衝撃を感じて、ローザマリアは身を竦める。
「火が!」
 視界が赤く燃えている。
「頭部が炎に覆われてる! サブカメラに切り替えるよ! 角度悪くなるけどっ」
「大丈夫。狙ってみせるわ!」

 一方、風の魔法から体勢を立て直したエレノアが叫んだ。
「巨人の肩に、誰か乗ってるわ!」
「ダメだってばー!」
 ヴァーナー・ヴォネガットが、巨人に何かを叫んでいる。
 巨人は周囲を見渡してヴァーナーを摘み上げると、地面に下ろして更に前進して行く。
「おじちゃんのバカ、わからずや――!」
「大丈夫!?」
 佳奈子は地上に降りて、ヴァーナーの所に寄った。
 がく、とヴァーナーは座り込む。
「おじちゃんは……女王を殺す気じゃなかったです……」
「え?」
 泣きそうな呟きに、佳奈子は訊き返した。
 しょぼん、とヴァーナーは項垂れる。多分、そうなのだ。彼は――



 話し掛けて止まる状況ではないな、と、上空から状況を見ながら、雷號は思った。
「降りるか?」
と、尋人を振り返る。
 巨人は、包囲網を無理矢理突破して行く。
 まるで後など考えていないような、なりふり構わない強引さだ。
「……護らないと!」
 気になることは多いが、今は騎士として、自分にできることをするしかなかった。


 唯人は、偽典銃神槍二本を、交互に投擲する。
 ルーンの刻まれた槍は、手元に戻って来る効果のある武器だ。
 それを、昴のゴッドスピードの効果を借りて、何度も投げ付ける。
 巨人にとってその槍は、人間にとっての鉛筆ほどの長さも無いが、刺されば痛みはあるはず。それを無限に続ければ。
「今度こそ、決着をつけましょう、アルゴス!」
 唯人の攻撃を援護に、昴が前に走り出て斬り込む。
「勝ったら、私の望みを聞いて貰うわ!」
 光竜『白夜』に牽制させつつ、武装を強化させながら、昴は白狼刀を構え持つ。
 攻撃を仕掛けてくる、カウンターを狙った。
「悪いが」
と、巨人は右手を掲げる。
 呪文と共に、その手を横に薙ぎ払った。
 ゴウッ、と風の塊が一体を吹き飛ばす。
「くそっ……、ガタイがでかい分、魔法の範囲も広い!」
 転がる反動で起き上がりながら、唯人が舌打ちする。
 ぱし、とその手の中に槍が戻った。
 その先にいたイコンは、風の魔法を叩き付けられて転倒している。
「まずい」
 唯人は踵を返した。巨人は彼等を通り過ぎて行く。
 もう、後が無い。



 全ての防衛ラインを越えた先に、オリヴィエのゴーレムが立っている。
 巨人は、それに気が付いた。
 ゴーレムが持っているのは、盾だけだ。