校長室
嘆きの邂逅(最終回/全6回)
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「東塔側に張った防衛線をこちらに移動だ! ティリアは前線の指揮に出ろ。他も戦える者は防衛に出てくれ。体が動く者は2階窓から狙撃しろ。裏口は封鎖を解き、仲間の受け入れ体勢を築け」 立ち上がり、ふらつく体を壁に手をついて支えながら、神楽崎優子は多方面に指示を出していく。 「北塔に集まっていた人造人間が、別邸に転送されてきた。救援求む」 コハクも、優子の指示の元、全体へ通信機で連絡を入れていく。 この部屋の壁にも亀裂が入っている。だが、最初の攻撃後は、警備に出ていた者達が、別邸前で体を張って、護っているようで、壁が破壊されるほどの被害はなくなっていた。 「座ってろ」 ミューレリアが優子を強引にソファーに座らせる。 「俺も出る。地上から来た人達も直ぐに着くはずだ。それまで、倒れんなよ」 心配そうにそう言った後、ミューレリアも武器を手に別邸から飛び出した。 「指揮者はいないようよ。今のところ暴れているだけ」 レイル・ヴァイシャリーを護衛していたマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が部屋へと駆け込み、状況を報告する。 直後に、地上から駆けつけたメンバーが部屋へと走りこんでくる。 「マリル・システルース(まりる・しすてるーす)と契約をした高月芳樹です。お久しぶりです」 封印解除に協力をしていた高月 芳樹(たかつき・よしき)が優子に近づく。 優子はテーブルに手をついて立ち上がる。 挨拶はそこそこに、芳樹は急ぎ考えを述べていく。 キメラが離宮に転送される前に、妨害電波が止められたこと。 それは電波がキメラのコントロールにも影響を与えるためではないかと芳樹は考えていた。 「その推論を確かめるため、ソフィアがいたと思われる場所に行きたいのだが、場所は判明しているか?」 「現時点では、場所は発見できていない。見ての通り、調査に人員を裂く余裕もない」 優子はそう言った後、マリザに目を向ける。 「場所の目星はつきますか?」 「さあ……放送が出来る場所は、宮殿の中と使用人居住区にもそれぞれ幾つかあったとは思うけれど、宮殿のことはある程度分かるけれど、そこにいるとは思えない。使用人居住区のことは私達は把握してなかったわ」 マリザの返答を聞いた後、優子は芳樹に視線を戻す。 「マリルさんは?」 「マリルはジュリオ・ルリマーレン救助の為、宮殿へ向った」 ジュリオは確保に成功したとの知らせが入っているが、まだ別邸に到着してはいなかった。 「パートナーとは一緒に行動してくれ。どちらかに何かがあったら、突然もう片方も倒れることになる。共に行動して連携をとってくれた方が助かる」 「それでは、私はマリル達迎え入れの為、この館の後ろを護るわ。ソフィアの居場所が判明したら、教えて下さい」 芳樹のパートナーアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が優子にそう言う。 優子から通信機で連絡を入れるとの返事を聞き、芳樹とアメリアは別邸裏口の警備へと出て行った。 「私も裏口に行くわ。ジュリオの強さはよく知っているもの……」 マリザはそう言った後、優子に真剣な目を向ける。 「レイルには封印術を教えていないわ。可能なら今度は私が人柱になります。騎士も全員揃わないし、直ぐには無理だけど、その意思があることはお伝えしておきます」 「……ありがとうございます」 マリザの言葉に優子も真剣な目で礼を言った。 その後、マリザは芳樹達を追い、別邸裏口へと急ぐ。 「優子、さん……っ」 アレナが友人達に支えられながら、部屋に入ってくる。 友人から手を離して、自分の足でふらつきながらも急いで優子に近づいて、優子の腕をぎゅっと両手で掴んだ。 「待ってたよ、アレナ」 厳しい状況ながらも、ごく僅かに優子は優しい眼を見せた。 アレナは首を縦に振る。 「とにかく座って、2人共」 アレナの護衛をしながら共に訪れた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が2人をソファーに座らせる。 久しぶりに見た神楽崎優子は、かなりやつれているように見えたけれど……そのことに関しては何も言わないでおく。 ドン、と別邸が揺れる。 敵の攻撃がどこかの壁に直撃したらしい。 「地上の状況、把握しているわよね? 時間がないから手短に説明するわ」 話すべきことも、話したいことも沢山あったが、この状況下では事務的な報告を優先せざるを得ない。 「地上では、離宮を浮上させるか、再封印を施すかの協議と調整が行われると思う。場合によっては離宮を浮上させてもいい、選択肢は複数ある」 即、優子は首を左右に振る。 「地上の状況の連絡は受けている。協議と調整がこれから行われるということは、離宮が浮上した際の迎撃態勢は整ってないということだ。つまり、浮上の選択肢はない。あるのなら、直ぐにでも地上で決断して指示を出してくれないと、離宮側は動けない」 浮上か再封印か。その意見が会議で出たのは、しばらく前のことだ。 それ以来、個人的に意見を持っている者もいたとは思われるが、本部で会議が行われ、正式に話し合われたこともなく、今も本部は地上のことで奔走しており、部屋にいるのは連絡係と事務局長くらいであった。 亜璃珠はパートナーの崩城 理紗(くずしろ・りさ)を本部に残してきているが、先ほど電話をしてみたところ、キメラ対策、避難対策に皆動き回っており、本部には人がおらず、会議などは行われていないという返事だった。 「どうにか、この攻撃さえ切り抜けられれば……な」 優子がアレナを見た。 アレナはいつものように微笑んで、こくりと首を縦に振る。 そんな2人の様子に、亜璃珠は拳を握り締める。 「頑なになったり、己を殺しては駄目。それは冷静な判断とは言わない、ただ逃げているだけよ。何も犠牲を払うために命を預け、預かったわけではないでしょう?」 亜璃珠の突然の言葉に、優子が軽く顔をしかめる。 そうしている間にも通信機から連絡が届き、優子は厳しい口調で対応していき、苦しげに息をつく。 アレナもいつ倒れてもおかしくないほど、顔色が悪い。 トンとテーブルの上に手をついて、自分の方を向かせて、亜璃珠も苦しげに話し続ける。 「……私はそうしてきたの。分校のこともそう。そしてアレナも「神楽崎優子のパートナー」としてしか見られなかった。信じてやる事が出来なかった。彼女の心に触れず、ただ救うことだけを考えようとした」 そして吐き出すように言う。 「その結果がこのザマよ」 傷だらけの自分。それは当然の報い。 護りきれなかったアレナの症状は、優子にまで響いて。 それでもまだ、東塔でのことといい、彼女に負担を強いて、優子に負担をかけている。 「どのザマだ。私にはキミの気持ちがわからない。報告を聞いた限りでは、結果的に最良だったと思うが……いや、こんな話をしている場合じゃないだろ」 また、激しく館が揺れて、悲鳴が響いてくる。 「アレナ、いけるか?」 「はい」 優子の言葉に頷いて、アレナがふらふらと立ち上がる。 直ぐに、友人達が近づいて彼女を支える。 「何をさせる気!?」 亜璃珠の問いに、優子は答えない。 「大丈夫ですよ。優子さん、また後で」 「ん。待ってる」 本当に僅かに微笑み合って、アレナは部屋の外――友人達にお願いをして上の階へと連れていってもらう。 「ねえ、優子さん……。出来るだけみんなのことを考えましょう。離宮にいる者、地上に残された者の想い、学院を失うということはどういうことか。アレナを失うということはどういうことか」 亜璃珠の言葉が聞こえないかのように、優子はコハクへの指示や、作戦に集中しだす。 「みんなの声を聞いて、信じて、判断して、辛い事があれば私も一緒に引き受ける。そうした上での結末なら、私は何も言わないわ」 頑なになっている優子の心に、亜璃珠は訴えかけていく。 だけれど、優子は反応を示さない。 「崩城、キミも現場に出てくれ。仲間の為に。戦況が落ち着いたら皆の命を最優先に考える、それは約束する」 そっけなくそう返す優子の腕を引っ張って、強引に自分の方を向かせて亜璃珠は瞳と瞳を合わせて、切なげに心に訴える。 「まだあなたには言いたい事とやってほしい事が残ってるの」 優子が自分とアレナを犠牲にすることを迷いもなく当然と感じていることが分かっていたから。 崩せそうもないその心を、どうにか解きほぐしたくて。 「必ず生きて帰りましょう?」 亜璃珠は真っ直ぐに優子を見続けた。 「……私が聞いている本部の会議で出た方針は、離宮は浮上させず一端破棄。離宮調査隊の救出。女王器回収。ジュリオの保護。といった方針のみだ。現場では浮上でどれだけ地上が損害を受けるのか判断はできない。本部から指示がなければ、浮上の選択肢はないんだ」 亜璃珠の腕を振り払い、顔を背けて苦しげに、絞り出すような声でこう続けていく。 「亜璃珠……私は……レイル・ヴァイシャリーが離宮を封印すべきだと思っている」 決して顔を向けずに。 「彼ならば、ヴァイシャリー家は救出するために、手を尽くすだろう。……アレナじゃ、駄目だ。5000年前の繰り返しになるだけだ」 しかし、幼いレイルに封印術を使わせようとする者がいるだろうか。 優子がそれを命令したとしても、反発が起きて、強制的に連れて帰ろうとする者もいるかもしれない。アレナがすべきだと誰もが思う。彼女は女王のスペックとして作られた十二星華だから。 黒歴史の遺物ともいえる存在だから。 「いっそのこと、私は前線に出て、アレナもろとも倒れた方がいいんじゃないかと……思ってしまう。そうすれば……」 直ぐに優子は首を横に振る。 「いやそれでも、何を犠牲にしても、彼を護ろうとする者がいるかもしれない。時間がない、そんなことをここで考えている時間も、もめている時間もないんだ。悪い。キミの話はよく解る。だけど、どうすることもできない。亜璃珠、どうかキミも仲間を護る為、戦ってくれ」 優子は苦しげに、亜璃珠の顔を見ずにそう言って、悔しげに軽く体を震わせて通信機で自ら指示を出していく。 「ソフィア・フリークスが現れました!」 外から報告の声が響き渡る。 ソフィアの指揮の下、敵軍が動き出す――。