リアクション
* * * 学院内のコンピュータールーム。 (グエナ・ダールトンと、エヴァン・ロッテンマイヤー……あれほどの実力者なら、以前にも何らかの戦場で活動している可能性があります) シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)は寺院のエースパイロットについて調べていた。彼女のパートナーである天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)、そして『ダークウィスパー』のためだ。 これまで二度グエナ率いる部隊に辛酸を舐めさせられた。また来るであろう、次の戦いに備え敵を知っておく必要があると考えたのである。 (ありました――『F.R.A.G(フラッグ)』 世界の紛争地域で活動していた、わずか七組十四名の契約者による傭兵集団) そのリーダーの名が、グエナ・ダールトンだった。 いくつもの独裁政権を倒すために力を貸し、一部の国にとっては救世主とまで呼ばれた者達。単に武力を行使するだけではなく、説得においても秀でたものを持っており、「不殺」で戦いを治めることもあったという。今では半ば伝説と化した集団だ。 (そのような人達がなぜ……?) 寺院の一兵卒として戦うのか。 そのきっかけらしき情報に、彼女は辿り着く。 (ニュース記事ですね……『武装勢力壊滅か!? F.R.A.Gの腕章を持つ複数の遺体を発見』) 2017年の記事だ。おそらくそのときに大打撃を受け、解散せざるを得なくなったのだろう。その生き残りが、あの二人とそのパートナーというわけだ。 * * * 「五月田、覚えているか?」 女教官が、五月田 真治に一枚の写真を見せた。 「ああ、懐かしいな。F.R.A.Gと共闘したときのか」 まだ天御柱学院に来る前、フランス外人部隊に所属していたときのことを五月田は思い返していた。 秘密裏に創設された、契約者連隊。ハーディンや目の前の女性と出会ったのも、そこだった。 「グエナ・ダールトン。敵の小隊長の一人は、彼だ」 写真に写った男を、彼女が指差す。 ベトナムにいた五月田は、ずっと敵のことを知らないままだった。 「『鋼鉄のダールトン』……まさか、こんな形で再会することになるとは」 味方にほとんど打撃を与えさせず、自らも傷を負わないことからそのように呼ばれていた。 「もう一人、彼の相棒であり、親友であったエヴァン・ロッテンマイヤーもいる。交戦記録によれば、やはりイコンの操縦技能にも秀でているようだ。二人とも、いや、あの魔女姉妹が上手くサポートしているのもあるだろうから、二組か」 なぜ学院が苦戦したのか、五月田からすれば明白だ。 あの二人、いやF.R.A.Gは各々が相当な実力者だった。一組が「一般人である」先進国軍隊の一個連隊に匹敵するとまで言われていたほどであり、F.R.A.Gそのものは一国の軍と対等に渡り合えるとされていた。だが彼らが部隊のトップというわけではなく、上がいる。 その人物――カミロ・ベックマンがどれほどのものか、五月田には想像すらつかない。 「あいつらほど敵に回したくないヤツらはいない。今後も、厳しい戦いになるな」 * * * (無駄な動きが多いというか、無駄な動きしかやっていないな……) 藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)が、過去の戦闘記録を見て声を漏らした。 あの戦いの後、彼は訓練だけではなく、こうして敵と自分達の動きを分析している。 「辻永、少しいいか?」 コンピュータールームに居合わせた{SNM9998857#辻永 翔}へと声を掛けた。 「どうした?」 「小隊編成について、意見を聞きたい。教官達はデータと生徒の希望に基づいて小隊編成を行っている。ただ、俺達は直前までどの教官が自分達の担当か知らなかった」 「確かにそうだった。よほどのことでなければ前線には出ないとはいえ、教官との相性も戦いには関わってくるな」 ほとんど前教官長がまとめ上げていたとはいえ、一応小隊ごとに担当教官はつくことになっている。しかし、それを知るのは小隊を組んだ後だ。 「どの教官らが最初に、どちらの方面の責任者となるか明示されると、組みやすいと思うのだが」 「それはその通りだとは思う。だけど、緊急で出撃要請が出た場合はそうは言ってられない。訓練時の小隊から出撃出来ない者がいた場合、編成の変更も起こる。最初に教官が明示したとしても、生徒から希望を聞く時間まではないのが現状だ。 俺達に出来るのは、日頃の訓練やこういった記録から、同じ学院の仲間を把握しておくことだ。誰が責任者になっても、誰と組むことになっても戦えるように」 翔は裄人と同じように懸念はしていたが、彼なりにどうすべきかを考えていた。 「……もっと視野を広く見て、仲間を知るということか」 裄人と同じように、戦闘データを研究している者がいた。 天司 御空(あまつかさ・みそら)だ。 (相手も人間だ。何か突破口があるはず……見落とすな、拘り抜け) データを分析しては、シミュレーターを通して癖や特徴を調べ上げようとする。機体性能を十分に発揮出来ない状態で、あの強さだ。 (前回のは敗戦だ。原因を除かなくちゃ……次はない) 要塞制圧という、東西シャンバラとしての目標は達した。だが、個人、あるいは天御柱学院としては…… いつ、次の戦いが起こるか分からない。だからこそ、何としてでも敵に対抗する力を身に付けなければならないのだ。 * * * 「聞きましたよ、月谷君。停学の一件から霧島君に『おかず一品の刑』……されているんですって? 今日はご飯と、おかずは鮭缶ですか」 ある日の天御柱学院内にある銃撃戦闘研究会の部室。 昼食の時間に、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は研究会に所属する停学処分生徒を呼び出していた。 彼らは通常の授業に代わり、シミュレーター漬けの毎日を送っている。それが罰だからだ。 とはいえ、酷な戦いの後だ。メンタルケアも必要だろう。そういうこともあり、アルテッツァは『教育的配慮』として、部室への出入りは認めるように掛け合っていたのだ。 「なんでしょうね、先生。皆で食べるご飯は美味しいのに、一人欠けると途端に虚無感っていうのかな……そういうものを感じるんですよ」 月谷 要(つきたに・かなめ)が呟いた。 学院は、少し前までベトナムからの奇跡の生還で沸いていた。しかし、その中に自分達を逃がすためにベトナムに残った、ハーディン教官と彼のパートナーはいなかった。 『おい、月谷。食い倒れなら、いいとこ知ってるから、休みの日に連れてってやる。まあ、しばらく経ってこの小隊メンバーで行くのも悪くないかもな』 アルテッツァは直接知っているわけではないが、要の脳裏にはハーディン教官の言葉が焼きついているであろうことは想像出来た。 彼だけではない。鏖殺寺院との戦い以後、生徒達の多くが浮かない顔をしていた。 昼休みが終わり、アルテッツァは授業のため生物室へと移動する。 授業中、生徒であり自分のパートナーでもある六連 すばる(むづら・すばる)の様子がおかしいことに気付いた。 「六連君、どうされたんですか?」 「……アルテッツァ先生、ワタクシ、とても胸騒ぎがします。今起こっている寺院との戦いは、自分自身の『ナニカ』を認めないと、生き残れない気がするのです」 しばらく平穏な日々が続いているが、それでも心が休まることはないらしい。 「少し、こちらへ……」 授業終了後、生徒が次の授業へと移動し始めたときに、彼はすばるを呼び寄せた。生物実験準備室に入り、彼女が声を震わせる。 「……マスター、ワタクシ、少しだけ昔のことを思い出すんです……最後には、生体移植のパーツになる所でした。この学院に、救われて、マスターのパートナーになれました」 強化人間として。 管理課の思惑はともかく、彼女は今ここで生きている。 「私は、イキノコリタイノデス。道具として扱われるのは、もうたくさん」 この学院、特に超能力科や強化人間の生徒には、過去に「闇」を抱えている者がいる。彼女もその一人だ。 「……大丈夫ですよ。生き残りましょう」 言葉をかけ、落ち着かせようとする。 廊下に出ると、今度はヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)と顔を合わせた。そのまま二人で職員室へと戻っていく。 「あーらら、比較的安定した検体だったはずの彼女があんなにナーバスになるなんて。この一ヶ月のカリカリした雰囲気が、強化人間全般に影響を与えているのかしらん?」 レクイエムが呟いた。 「ヴェル、そちらはどうですか? 音楽の授業中、何かありましたか?」 「生徒達、なんだか切羽詰ってる感じよ。 とにかく、ここ一ヶ月間何もないのは頂けないわよねぇ。虫さん達がおとなしいのは鳥もちに絡まっているわけじゃなさそうだしね」 そのとき、二人の背後から親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)が駆けてきた。 「おう、アル! 何とかしてオメーの要望は整備科の連中に伝えておいたぎゃ。確か『停学レンチューのシミュレーターデータと実機とのすり合わせを行っておく』だったぎゃよね。 要望が通ればいいんだぎゃ。無理だったら、出撃要請直前の調整を何とかしてやるぎゃ」 学院にとって、パイロットは貴重な存在だ。となれば、有事の際は停学処分者も出撃することになるかもしれない。 「アル。オメーのイコンはどうするぎゃ?」 夜鷹に問われ、調整用の仕様書を渡す。 「追加装甲、関節カバー……どう考えても特攻仕様だぎゃ。オメー死ぬのはやだったんじゃないんぎゃ? だから、ワシとケーヤクしたんじゃなかたんじゃぎゃ?」 仕様変更に、夜鷹は戸惑いを隠せないようだ。 「ええ、死ぬつもりはありませんよ」 アルテッツァは即答する。 「ふふんりょーかいしたぎゃ。なんとしてでも生き残れるように改良してやるぎゃ! アル!」 そう意気込んで、夜鷹は整備科へと戻っていった。 「で、実際のところどうなの? よたかに整備のこと聞かれたけど、あれ、やっぱり端から見たら特攻仕様よね。でも違うんでしょ? 生徒達が特攻する道を切り開くために、あえて強度を上げてるだけよね?」 レクイエムが真意を問うてくる。 「……ボクはどうあっても生き残りたいんですよ。生きて、成し遂げたいことがあるんです」 直接的な言葉は使わず、彼に応じた。目を合わせたとき、アルテッツァの思いは伝わったのだろう。 「ふふ、そうなのね。やっぱり、アンタらしいわ」 話を終え、各々教員の仕事へ戻っていった。 海京への敵襲は、この四日後のことである。 |
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