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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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リアクション


(・籠の鳥)


「ナイチンゲール、いる?」
 プラントのアクセス権を持つ漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ナイチンゲールに呼び掛けた。
『お呼びでしょうか』
 月夜に応じ、初めて会ったときと同じ姿で現れた。
『ご命令をどうぞ』
「ん、いやそういんじゃなくて……」
 息を吸い、声を出す。
「お話しようかなと思って、ね」
『お話し、ですか』
 自らをあくまでもただの機械であるとしているナイチンゲールにとっては、その言葉をどう処理していいか分からないようだ。
 何かを教えて欲しいとはっきり言われれば、命令として捉え判断を下せるのだろう。が、そう出来ないらしく、無表情ながら首を傾げている。
 刀真は一歩前に出て、ナイチンゲールと目を合わせた。
「俺は剣士として剣である月夜に命を預けています。だから月夜のことを信頼してますし、俺のことをよく知ってもらっています。逆に俺は月夜のことをよく知っていますしこれから教えてもらい知っていきます。
 剣だから物として扱うわけじゃなくパートナーだから者として扱うわけじゃない――『漆髪月夜』だから月夜として扱っているだけです。人だからとか神だからとか機械だからとか分ける意味が分かりませんね。他人が何を言おうが関係ない『自分がどう思っているか』そして『その思いを貫き通せるか』それだけです」
 刀真は多くの『特別』とされていた存在を見てきた。シャンバラ三柱の一柱となった友人、封印の巫女と呼ばれた少女、そして人の手によって造り出された『灰色』。
 そういう者達と関わってきた彼だからこそ言えることがある。
「ナイチンゲール、君ともこれから長く付き合っていくことになる。そしてここで生み出されたイコンや君と同じ名のイコンに俺達は命を預けることもあるでしょう。だから俺達は君のことが知りたいし、君には俺達のことを知ってもらいたい。
 俺達はこれからの未来を共に歩んでいく仲間だから……こんなこと言ったの他の人に言わないで下さいね? 恥ずかしすぎる」
 やや最後の方は小声になったが、すっと刀真は右手を差し出した。
「ナイチンゲール、君は俺達と同じものです。だから俺は『ナイチンゲール』として扱ってこうやって手を差し伸べます。君が俺達と共に道を歩めると思ってくれたならこの手を握って下さい」
 彼の瞳は、まっすぐにナイチンゲールを見つめている。
「私は刀真の剣でパートナー。契約したときから私は刀真の『漆髪月夜』で刀真はそれを受け入れてくれている。だから私は安心して刀真に色々お願いしたり、わがまま言ったりする――刀真はちゃんと応えてくれているから、私は刀真の月夜なの。そう思えるから他の人が何言ってきても平気なんだ」
 彼に続いて、月夜もナイチンゲールに手を差し伸べる。
「だから私も『ナイチンゲール』貴女にこう言うよ。貴女が何であっても関係ない。私と『友達』になって下さい」
 二人の言葉に対し、ナイチンゲールは表情を変えずに答えた。
『それでも私は管理システムであり、機械であることに変わりはありません。貴方の瞳に映るこの姿も、単なる映像に過ぎません。それでも、例え私がここから出ることのかなわぬ存在でもよろしいのであれば……』
 二人の手を握ろうとし、それがすり抜ける。粒子固定化技術によって触ることが出来るが、彼女は実体ではない存在なのだ。それを証明するかのように固定化率を下げた、ということだろう。
「俺の考えは変わりませんよ」
 刀真の言葉を受け、ナイチンゲールが二人の手に触れた。
『貴方方の言葉と同じようなことを、マスター達は仰っていました。私のメモリーのある領域にはプロテクトがかかっており、私自身でも開くことが出来ません。そのため、私がそのときどのように反応していたのかは分かりません。しかし……二人のマスターもあなた達のように、私を機械ではないものとして見ていたと推定出来ます』
 そして、彼女は静かに告げた。
『お二人の要求にお答え致します』

* * *


「皆さん、紅茶出来ましたよ」
 制御室の中で、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は紅茶を入れて、各人に差し出していった。
 禁猟区による結界を張り、警戒もしている。特に異常はない。
 刀真と月夜がナイチンゲールを自分達と変わらない存在だと捉えているのを白花は知った。そして彼女もまた、二人と同じようにナイチンゲールと関わろうと思っている。
 同時に、自らとナイチンゲールを重ねてもいた。
 神子として長い間「大いなる災い」を封じてきた白花と、シャンバラ王国成立以前からこの地でずっとイコンを守り続けてきたナイチンゲール。
 話を聞いているうちに、立場は違えどどこか近いものを感じたのだ。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
 刀真達やリヴァルトらPASDの面々に振舞った後、ナイチンゲールにも渡そうとする。
「ナイチンゲールさん、美味しく入れられたと思うのですが飲みませんか?」
『ありがとうございます。しかし、いくら人間と同じような身体構成を再現しているとはいえ、ここにいる私は先程申し上げたように映像に過ぎません。お気持ちだけ頂いておきます』
 一瞬だけナイチンゲールの表情が和らいだように見えた。
 食べることも飲むことも必要としていないが、遥か昔にこういう風に人と言葉を交わしてはいたのだろう。
「私も喫茶【とまり木】でウェイトレスやるとき、同じような格好をしてるけど、ナイチンゲールはずっとその格好なの?」
 月夜が尋ねた。
『はい。マスターが似合ってると仰ったときから、ずっとこの姿で固定化しております』
 一行が一番驚いたのは、彼女が五千年前ではなく、それより遥か昔に造られたというものだった。
 イコンが初めて造られたのはそのときで、五千年前は一時的に使われていたに過ぎないと。
「そうなんだ。そのマスターってどんな人だったの?」
『具体的な容姿に関しては、アクセス制限のためにお答えすることが出来ません。ですが一人は男性、もう一人は女性です』
 あまり教えてはもらえないが、そのマスターと彼女はきっと主従関係ではなく友人同士のようなものだったのだろう。
「マスターがいた頃はどんな話をしていて、どんな話をしているときが楽しかった?」
 楽しい、という感情がナイチンゲールにあるか分からない。それでも、淡々とした彼女の言葉の中からは当時の様子がありありと伝わってきた。
『まだ聖像を造っているとき、私を交えてどういった風に仕上げるか、完成したらどうするか、それから――「夢」について語っておりました。人間の抱く、理想とでも置き換えられるものでしょうか』
 ここでイコンを造った人達は、それに自分達の夢や希望を託していた。
 それが全てのイコン製作者に共通していたものではないのかもしれないが、確かに想いが込められていた。
『他に私の記録に残っているのは、「歌」です。一緒に歌を作りました。歌詞やメロディーは現状で開示出来るデータの中には存在しませんが……そのように、マスター達と過ごしておりました』
 共に語らい、歌った日々があった。
 ならば、またそういったことが出来てもいいのではないだろうか。
 しばらくして、刀真がナイチンゲールに言った。
「君が傷つけられそうになったときは、俺達が君を護るために戦います。俺達が困っていたら力を貸して下さい。そしてこうやってお茶を飲んで話をしたりするときは、一緒に楽しみましょう」
 もしかしたら本当は、ナイチンゲールには感情があって二人のマスターと楽しい時間を過ごした記憶だったあるのかもしれない。しかし、それらを封印されなければならない事態が起こってしまった。
 イコンの真の力が封印された理由は、争いの道具とされることをマスターが望まなかったからだと言う。
 ならば、彼らの意に添う形でイコンを求めれば、イコンは力を貸してくれるのかもしれない。
『力の使い方を誤らない者を判断し、私は力を貸します。それがマスターから与えられた命令であり、お二人の意思に反しないための必要事項ですから』
 力は、誰かを傷つけるためにあるのではない。
 それを理解し、力に溺れないことが必要だと、ナイチンゲールの声は告げているように感じられた。