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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・海京分所にて)


 極東新大陸研究所海京分所。
「頼みがあるの」
 茅野 茉莉(ちの・まつり)は、研究員の一人であるドクトルに申し出を行った。
「『ブレイン・マシン・インターフェイス』を搭載した機体に、搭乗させて頂戴。もちろん、それが危険だってことは分かってるわ」
「分かっているなら、なぜ?」
 リスクはあまりに大きい。しかも、これまでに誰一人まともに起動させたものはいない。
「今のままじゃ、あの青いヤツには勝てない。だから、ほんのわずかでも可能性があるなら、それに賭けてみたいのよ」
「しかし……」
 茉莉は超能力訓練を受けていない。
 科学技術の最先端を行く海京、天御柱学院に籍を置きながら、魔法を信奉する、いわば「異端者」だ。
 むしろ、彼女はそれを逆手に取ることにした。
「超能力者と強化人間以外が搭乗した実験データはあるのかしら?」
「いや、超能力の使用を前提としていたから、他の組み合わせは試したことがない」
「あたしが乗れば、新しいデータが手に入る。あたしは力が欲しいし、リスクも承知している。『科学者にとっては』悪い条件じゃないはずよ」
 ドクトルが顔を引きつらせている。
「……まだ、君を乗せると決めたわけじゃない。だが……ついて来てくれ」
 彼に案内され、茉莉はブレイン・マシン・インターフェイス――BMIを搭載した機体の元へと案内された。

* * *


「――と、いう感じで彼女を『レイヴン』の元へ連れて行ったんだよ」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)は、茉莉がBMIの訓練を受けようとするまでの経緯をドクトルから聞いていた。
「やっぱり聞かなかったんですね。茉莉さん達、BMIの訓練は危険だからやめたほうがいいって僕の方からも止めたんですけど……」
 ただ、彼女はまだ訓練を受けたわけではない。
 共に機体を開発した、ホワイトスノー博士と風間からの返答を待っているところだからだ。
「BMIそのものが特別危険なわけではないよ。近年では義肢にこの技術が使われていたりもする。大佐が五月田教官のために用意した義手も、広義ではBMIに含まれるものなだよ」
 生身の腕と変わらずに義手を動かせるのも、その技術のおかげだという。
「さすがにイコン規模とはいかないが、実際に脳波を感知して機械を動かす装置がある。これだよ」
 そう言ってドクトルが用意したのは、ヘルメットのようなものだった。
「これを被り、そうだね『部屋の電気を消す』と考えてごらん」
 佑一が、照明を落とそうと念じてみると、部屋が暗くなった。すぐに、明かりを点けようと考えると、照明が元に戻る。
「これが、BMIの基礎技術だよ。思考するだけで機械を操ることが出来る。今の場合は、単に電気を点けるか消すかという単純な行為だから、脳への負荷はかからない」
「イコンの場合は情報量が多いから、脳への負荷がかかると仰っていましたね。と、いうことは、その情報量がパイロットの意思でコントロール出来れば、負担は減らせるのではないでしょうか?」
 例えば、機晶石を用いて中継装置を作り、そこで一度情報処理を行ってからパイロットの脳波とのリンクを行う。人体で言うところの、「脊髄」に相当するものだ。
 機晶技術で、それが出来ないかを調べようと、佑一はドクトルに提案する。
「そう上手くいけばいいんだろうけど、そうすると情報――神経を繋ぐ脳波、あるいは電気信号を正確に伝えられなくなる。そういった調整を、緻密に行えれば理想的なんだけどね」
 元々がデリケートな技術なだけに、そう単純にはいかないようだ。
「そっちはどう、ミシェル?」
 PSIレポートを読みながら調べ物をしているミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)を見遣る。
「うーん、記憶消去と超能力の強さはそう関係があるわけじゃないみたいだけど……」
 脳には個人差がある。力の度合いも、まちまちだ。
 レポートの仮説として、脳の未使用領域の覚醒が、超能力の発現に繋がるとある。訓練次第で大抵の人間は、それを促すことが出来るらしい。
 事実、強化人間でない地球人や、アリスであるミシェルが能力を使えるのはそのためだ。
「風間君の説を採るなら、記憶を消した後に人格矯正を施すことで、『適切』な能力使用が可能になるということだよ」
 前にドクトルと話したときも、同じようなことを聞いた。風間のやり方には危険が伴う、ということも。
「でも、そうしたら感情のコントロールも出来なくなって、力の加減も出来なくなると思うんです」
「……風間君の人格矯正はね、『喜怒哀楽、精神に負荷を与える感情を喪失させる』ものなんだよ。私も、そうだと知ったのはついこの前なんだ」
 ドクトルの言葉に、佑一は想像を働かせた。
「色々考えましたが、風間さんは、本当はそのやり方で精神を安定させるんじゃなく――超能力に特化した脳を持つ強化人間を作りたいだけではないのでしょうか?」
「現に彼は……」
 何かを言い掛けて、ドクトルが口をつぐむ。
「すまない、気にしないでくれ。実は、BMI導入の発案者は風間君なんだ。だから、矢野君の想像も、十分あり得ることだよ」
 ならば、尚更風間を止めなくてはならない。
 記憶も感情もなくさず、精神を安定させた方が能力を発揮できる。それを証明する方法を彼らは調べていく。
 その最中、ドクトルがぼそりと声を漏らした。
「風間君とは異なる方法で能力を完全に発揮する、そのためには――いかなる状況にも動じないだけの、強靭な精神力が必要なのかもしれない」

* * *


「どうしてもと言うのなら、止めはしない」
 『レイヴン』に乗り込もうとする茉莉を、ホワイトスノーが静かに見つめていた。
「……来たのか、風間」
 格納庫の入口から、黒いスーツに身を包んだ風間が姿を現す。
「テストを受けたがっているのが、噂に聞く『天学の魔女』だと聞いたものでして。興味深いため、この目で見ようと思ったのですよ」
 風間が、茉莉を見下すように言った。
 魔法を否定する風間と、科学を否定する茉莉。
 風間としては、茉莉が悶え苦しむ姿をその目に焼き付けたいのだろう。
 機体はイーグリットベースと、コームラントベースの二機がある。色はその名を示すかのような漆黒だ。
「我らとは相性が良さそうな色なのだ」
 ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が呟く。茉莉と共に搭乗するのが、彼女だ。悪魔と魔法使い、そして闇を想起させる黒。学院にとってはその全てが異端。
「ホワイトスノー殿。テストの際、リミッターによる調整は可能か?」
 レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が博士に尋ねる。
「可能だ。これまでのテストでは、機体とのシンクロ率をある程度コントロールしている。機体を完全に稼動させるには、70%以上にする必要があるがな」
 レオナルドが、他にも自分の考えを提示していく。
「複座で、BMIを使用するということは、クラウドコンピューティングのようなものだろうか?」
「それとは異なる。パイロット二人の意識が融合し、機体と一体となる。どちらかと言えば、それは精神感応を通じてリーダーから指令を受けていると推定される、敵側の強化人間部隊の形態に近い」
「ならば、人間や強化人間以外に試したらどうなる?」
「精神感応を常日頃から行える者同士でなければ、二人分の脳の情報が混ざり合い、自己を認識出来なくなる可能性がある」
 簡単に言えば、精神崩壊を起こし、発狂するということらしい。
「ならば、超能力以外の能力は出力出来ないのか?」
「前例がないから答えることは出来ない」
 それが出来るかは、茉莉達次第だ。
 レオナルドが博士に、今後の方針についてを提案した。
「人間は脳を完全には使用出来ていない。ならば訓練を行う際には、未使用領域を使えるようにしていけばいいのではないだろうか」
「その未使用領域を使うことで超能力が発現する、というのが今の有力な説だよ」
 そこに、ドクトルと彼の助手を務めている佑一とミシェルがやってきた。
「これで、全員揃ったようですね」
 『レイヴン』に携わる人物が集い、いよいよテストが始まる。