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リアクション
■ヴァイシャリーへ4
初めに見つけたのは、ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)だ。
彼女は地獄の天使を使い、大空から地上の様子を偵察していた。
「あれは、蛮族!?」
両目をスウッと細める。
武器を携えている。どうもただの行進とは思えない。
ナカヤノフは高度を下げた。
そこにはアインのトラックがある。
コンッ、と窓をたたくと、サイドウィンドウが下がって、アインが顔を出した。
ナカヤノフが指を指すと。
「ああ、わかっている」
銃型HCのデータを見せる。
「徒歩組から情報があった」
「この近くに縄張りを持つ、蛮族よ」
朱里が携帯のメールを見せる。
メイベルからのものだ。
彼女はこうして携帯ばかりでなく、籠手型HC等を使い、各自に情報を送信していた。
「ヴァイシャリーにある本部からの情報だと、おそらくこの機に乗じた強奪行為かも? って」
「た、大変だぁ!」
ナカヤノフは進路を変えると、スウッと避難民達の方へ飛んで行った。
トラックの荷台に、スッとオレステスが高度を取る。
幸せの歌が止んだ。
「ルディ!」
「朱里さん、お気をつけて」
敵を見据えて、並走する。
「あなたの身体は一人ではないのでしょう?
私がお守りしますから」
「ルディ……あなた……。
心配しないで、大丈夫。みんなが頑張ってるから」
朱里の手は、無意識の内に腹を庇う。
「私はこの子に、希望に満ちた未来を見せてあげたいの」
「分かっていますよ」
ウィンクひとつ。
そのままトラックの周囲を警戒に回るのであった。
ナカヤノフが仲間達の下へ戻ると、契約者のリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は避難民同士のけんかの仲裁をしている最中であった。
「……ええ、わかりますわ、わたくし。
しかし今お戻りになられても、この騒ぎでは……」
戻る! とゴネ始めた者達を宥めているらしい。
「わかっては下さらないようですわね? せいっ!」
鉄拳制裁した直後、空の影に気づいた。
ナカヤノフだ。
「リリィちゃん!」
骨の翼を折りたたんで、地に降り立つ。
「もうすぐ蛮族が来るよ!
こんなことしている場合じゃないだから!!」
リリィの顔に緊張が走った。
もちろん周囲の学生達にも。
「騒がしくするつもりはなかったのですわ!」
リリィは前向きだ。
「だからこちらには、いらっしゃらないで!
西に向かうのも、お止めなさいな!」
蛮族達に向かって、警告を続けた。
彼等はリリィ達がいる方角――西側へなおも歩を進める。
「西へ向かう、とおっしゃるの?
火事場泥棒など働くおつもり?」
スッと両目が細まる。
「それが原因で、命を落とす事となりましても?」
ナカヤノフに指示を出して、すぐさま飛び立たせる。
一行は臨戦態勢に入った。
アシュリーは人々を誘導し、桔夜は「タクティカルアームズ」を現わす。
雪 汐月(すすぎ・しづく)は【隠れ身】を使い、
カレヴィ・キウル(かれぶぃ・きうる)は、治療の手を止め汐月のフォローに立つ。
大声をあげて、蛮族達は迫りくる。
「先手、必勝!」
ナカヤノフは蛮族目掛けて、空中から氷術を放った。
「お仕置きだよ!
みんな、凍りついちゃえ!」
蛮族達は剣を掲げた態勢のままで凍りつく。
氷術をすり抜けてきた蛮族達は、そのまま音もなく倒れた。
砂塵の中から、リターニングダガーを手に、汐月の姿が現れる。
「汐月……」
カレヴィが蛮族達との間に立つ。
「無理だけはしないでくれ!」
「大丈夫、カレヴィ」
リターニングダガーを慣れた手つきで持ち直す。
「私は、戦う事しか知らないけれど…」
背後には護るべき人々がいる。
彼女は器量を振り絞って、蛮族達を見据えた。
「こんな私でも役に立てるなら…頑張らなきゃいけないって思うの……」
砂塵の中に、汐月の姿が消える。
「汐月……分かった、僕も僕に出来ることをするよ」
カレヴィは避難民達を背に護りつつ、碧血のカーマインを構えた。
弾は汐月の消えた砂塵を追って、敵を足止めする。
「あぶない!」
桔夜はタクティカルアームズの「盾」の部分で人々を攻撃から守ろうとする。
だがあまりにも広範囲なため、結局は光弾を射出して防ぐ羽目となった。
「ここは任せて!」
素早く放たれるそれは、文字通り光の大きな盾となって、仲間達の士気を上げる。
だが、数に勝る蛮族に比べて、学生達の数はあまりにも少ない。
迎撃の間をくぐりぬけて、蛮族達は無辜の市民やトラックに近づく。
万事休す!
パパバァンッ!。
銃弾が撃ち込まれたのは、その時だった。
次いで激しく、蛮族達目掛けて叩き込まれる。
「クレイモアトラップは駄目だったか……」
落胆の吐息。
逆光が薄れて、大男の姿が露わになる。
足下に地雷とよく似た「謎の物体」が落ちていた。総て不発のようだ。
「あ、あなたは?」
「知米洲 太郎(しるべいす・たろう)。
捕虜を救いに来た」
「はっ、捕虜?」
一同は顔を見合わせる。
英弩 理案(えいど・りあん)が銃を構えつつ、フォローに入る。
「大勢の捕虜たち――つまりあなた方は蛮族から逃げている。
そして私達の使命は、皆さんを暴力から救うことなのです!」
自信満々でいう。
……何か勘違いしているらしい。
だが、彼の助けは、人手不足の学生や兵士たちにとっては神の手にも等しい。
「ま、何だかわからんが、助かった。
よかったらこのまま手を貸してくれないかな?」
「任務だからな。あたりまえだ」
理案の腕を、剣がかすめる。
蛮族達が放り投げたものだが、理案の白い腕に傷を負わせるには十分だった。
「だ、大丈夫ですよ、太郎……」
理案はそのままけなげに、人々を後方に下がらせる。
「理案……おのれ! お前ら!」
こうして太郎は1人敵陣に飛び込み、次々となぎ倒していこうとする。
「待って! 太郎ちゃん!」
ナカヤノフが制した。彼の前に降り立つ。
「あれを見て!」
理案が怪我を負った傍。
剣の先に紙包みがあった。パンがはみ出していた。
よく見れば、周囲には無数の食料とペットボトルが転がっている。
「話ヲ、聞ケ!」
蛮族達の叫びが轟く。
■
学生達は用心しつつも、武器を収めて彼らに近づくのであった。
■
「では、これを渡すために、待ち伏せていた、と。
そういうの?」
「ヴァイシャリーマデハ、遠イ……」
蛮族達は、用意した食料を手渡す。
「困ッタ時ハ、オ互イ様ダロ?
余リモンダ。持ッテイクガイイ」
意外なことの成り行きに、学生達は思わず顔を見合わせた。
「どうして?」
「ドウシテ、ダト?」
蛮族達は驚いた顔で、
「今日ノ金ヨリ、明日ノ我ガ身ノ方ガ大事ダゼェ!
誰ダッテナ!!」
弱り始めた避難民達を、率先して背負う。
その代わり、と笑って。
「ヴァイシャリーハ、安全ナンダロ?
案内シテクレヤ」
……危機は去った。
遥か後方では、ひと安心したのだろう。
睡魔に負けて寝こけたアシュリーを回収する桔夜の姿がある……。
■
蛮族達を伴い、一行はヴァイシャリーを目指すこととなった。
そしてシャンバラ大荒野で避難民達が遭遇した戦闘は、1度もなかった。
道行く蛮族は、いずれもヴァイシャリーを目指す避難民達で、学生達に好意的だ。
その裏には、悪党が名を成すことや組織拡大の為に、小さなカツアゲ団や蛮族達の動きを押さえる、といったような行動の成果もあったようだ。
そうした水面下の努力が実り、避難民達は1人もかけることなく、ヴァイシャリーの手前まで歩を進める。