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戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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石原肥満・エメネア・門2

 パラミタ大陸。
 シャンバラ大荒野、温泉神殿と呼ばれる宿。
 聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)によって、避難所として開放されたそこには西シャンバラからの避難者が集まってきていた。

「わぁ、もう一杯って感じね」
「これでも今回、避難しなければいけなかった方のほんの一部ですわ……」
 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は、テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)と共に、そこに溢れる人々を見回していた。
「マリカ様、テレサ様」
 マリカたちに気づいた聖が人の間を抜けてくる。
「お待ちしておりました」
「連絡ありがとう。もう諦めかけてたから、ほんとーに助かっちゃった」
「私は何も。
 偶然か、どうかは分かりませんが、あちらの方から来てくださったので。
 ――ケイティさんの方はどうでしたか?」
 問われて、マリカは首を振った。
「何処にいるか……。
 一緒に来てもらえれば心強かったんだけど」
「そうですか……それは、残念でしたね。
 そちらは?」
 レッドヘリングがテレサが持っていた物に視線を向ける。
「お土産ですわ。
 どれが気に入ってもらえるか分からなかったので、甘い物、山吹色のお菓子、などなど色々」
「なるほど。
 ともあれ、今なら私も少し仕事を抜けることが出来る。
 本当に良いタイミングでございました。
 ご案内いたします」
 聖が慣れた手でマリカたちの荷物を預かり、先導するのに彼女らは続いた。

 ――幾つかの通路を抜けて。
「客室と従業員の休憩室は避難民の方で埋まってしまっているので、申し訳ありませんが、こちらでお待ちいただいています。
 ご本人もそちらの方が良いとおっしゃってくださったので助かりました」
 と、聖が微笑みながら案内したのは倉庫だった。
「待ってましたわぁ〜」
 所狭しと積まれた雑多な物々の隙間にクッションを敷いてちょんっと座った格好のキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が言う。
 そして、その奥に、ずんっと巨体を詰めていたのは波羅蜜多実業高等学校校長石原肥満
「ご苦労じゃったな。
 さて、ワシに訊きたいことがあるとか?」
 湯気の立つ茶碗を置いて、彼は笑った。
 彼が言うように、マリカたちは訊いておきたいことがあったため、肥満と接触しようとしていた。
 その事を知っていた聖の元に肥満が現れ、マリカたちは彼とこうして会うことが叶ったのだった。
「えと、聖さんたち忙しそうだから、出来るだけ手短にすますね。
 あ、聖さん。あたし達のお茶はいいから、すぐ……」
「申し訳ありません。
 既にご用意させていただいておりますので、宜しかったら」
 言葉の通り、床には二つのクッションと淹れたてのお茶が置かれていた。
「い、いつの間に……」
 同じバトラーとして一抹の畏怖を感じつつ、マリカは素直にクッションへ腰を下ろした。
 改めて石原校長を見上げる。
「今、大陸が崩れようとしているのはアトラス神が弱っているからだと聞いたのね。
 分断の影響で西シャンバラが崩れてしまうかもしれないっていうのは、やっぱりこの事が関係してると思う」
「確かにアトラスはワシと同じでモウロクしておる。
 そして、このままではいずれは死に、パラミタはナラカに没する」
「ふーんですぅ」
 キャンディが零し、彼女とマリカは少し間を置いてから。
「おじいちゃん、そのでっかい人の寿命を伸ばす方法を知ってますの〜?」
「『ナラカに落ちたドージェさんは、アトラス神の代わりになる存在』なの?」
 ほぼ同時に訊いた。
 肥満が顎を撫でながら好々爺然と笑む。
「この危機にどう向き合い、対処するのかは、君ら若い世代の選択じゃろうて。
 ワシはそのためにキミ達を育ててきたつもりじゃよ。
 とはいえ。
 ドージェ君は、腕っ節は強いが世界を支えるにはまだまだじゃないかね。
 のう?」
 と肥満が『何か』に呼びかける。
 瞬間、それに応えるように、大地がほんの少し揺れた。


「……石原肥満様」
 聖は静かに、あくまで柔らかく肥満を見据えて言った。
「貴方様の正体、教えて頂きとうございます」
「正体ときたかね」
 肥満は気さくさ変わらぬ様子で続けた。
「ワシはそんな大層な人物ではない。ただ、夢想しただけじゃ。
 国も民族も世界も関係なく、優秀な若者たちが築き上げる王道楽土を。
 日本が敗北し、焼け野原となったあの日からな。
 そのためにアムリアナさんのお力を少しお借りして、パラミタと地球を繋げた。
 そして、君たちのような若者が集まってきた、というところじゃよ」




 アスコルドと契約者たちのやりとりを後に、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)はエメネアを探していた。
 そして、門からそう離れていない場所で、鹿次郎たちは彼女を見つけたのだった。
「こんな所にいたでござるな。
 危険でござるに」
「あの、皆さんが来ると思ったら、こう、顔を合わせずらくてですねぇ……」
 姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)が問いかける。
「エメネア殿は、世界を分断すべきだとお考えなのですか?」
「……難しいこと、分かりません。
 でも、アムリアナ様は、そうすべきだと思ってたのですよねぇ?
 私たちが一緒にいたら、皆が辛い思いをすることになるって……」
「戦いは時代が大きく動く時には必ず起こります」
 雪が言った。
「時代の動きを消し去り、超えるべき戦いの試練を誤魔化すから、何度も繰り返すのです。
 今度こそは勇気を持って断ち切らなければならないと、わたくしは考えますわ」
「そして、エメネアさんの為にも世界を別つ為にはゆかぬでござるよ。
 何故ならば地球の方がバーゲンは圧倒的に多いのでござる!」
「ふぉっ!? バーゲン!」
「なにより、エメネアさんと拙者が別れねばならぬ運命だのなんだのといった大帝の屁理屈より拙者の愛と情熱が上なのは確定的に明らかでござ――ほぐぅっ!?」
 雪が鹿次郎の胸元をひっつかんで、眉尻を吊り上げる。
「貴方はただ一言、『ジークリンデ様がかつて出来なかった“世界を別たず救う奇跡”を彼女の力でもって代わって叶えて見せるでござる』とお言いなさい!!」
「……アムリアナ様に、代わって……」
 エメネアの呟きに、雪がそちらを見やる。
「つまり、わたくしたちがやろうとしているのは、そういうことですわ」
「拙者と共に乗り越え先に進むでござるよ! 拙者と添い遂げてください!!」
「そうか……そうですよね。
 アムリアナ様が出来なかったのなら、私たちが代わりにやってさしあげれば良いだけの話じゃないですかぁ!」
 残念ながら、鹿次郎の求婚はエメネアに聞こえていないようだった。
「すごいです、雪さん!」
「恐縮ですわ」
 エメネアが雪に握手を求め、雪は胸ぐらを掴んでいた鹿次郎をぽいっと捨てた。
 がっし、と交わされる握手。
「行きましょう、雪さん!」
「ええ、エメネア殿。
 皆と共に、ジークリンデ様が本当に叶えたかったものを手に入れましょう!」
 そして、二人は干渉攻撃を行う者たちを援護するために繭の中央へと駆けて行ったのだった。

「え、あれ……?
 ちょ……これ……――思ってたのと違うでござるよッ!?」
 残された鹿次郎は、とりあえず思いっきり叫んでおいた。




「ええと――
 とりあえず今は、アスコルド君、ということでいいのかな?」
 と確認してから、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、自身の疑問を大帝に問うた。
「確かに、アムリアナ女王は分断を願ったのかもしれない。
 でも、『世界』自身はどうなのかな?」
「世界自身?」
 良雄の気配の消えたアスコルドが言って、リカインは続けた。
「元々5000年前にもパラミタと地球って分断されてるのよね?」
「アムリアナの手によってナ」
「だけど、今こうして2つの世界は繋がりを持っている。
 これってどういうことかしら?
 実はパラミタがヤンデレで、うぉれは地球と運命を共にするんどぁあ〜!
 ……なんて今時、芝居でもやらないわよ」
 肩をすくめてから、リカインは続けた。
「2つの世界が引き合うのには理由がある――
 そう考えるのが自然だと思うんだけど」
「パラミタと地球を繋ぐに適切なタイミングが約5000年の周期で訪れているのダ。
 そして、それを知り、封印されていたアムリアナを用いて世界を繋いだ者が居る。
 ……世界が引き合うのは、摂理ダ。
 石を手放せば地に落ちるのと同じこと。
 摂理を利用し、その効果の取捨選択が出来てこそ、我らが知恵持つ者としての義務ではないカ?」
「知恵持つ者として……?」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の声は幾分苛立っていた。
「知恵を持つ者だとのたまうあんたが、これまで幾つの戦いを引き起こしてきた?
 あんたの言う知恵ってのは、幾つもの建前や大義名分を作り出して争いを肯定することなのか?」
「必要な犠牲を否定すれば、決断はされず、
 全ての者が事態の重大さに気付いた時には、もう救済の術は失われている」
「戦う以外の方法だってあったはずだ」
「それでさえ『犠牲』を必要としていた。
 それを理解し受け入れることができる者ばかりだと?」
「だからといって――」
「人という皮と肉の下が綺麗事ばかりで出来ているわけではない」
「確かに、人は他者から何かを奪わずにはいられない生き物さ。
 一握りの者が手を取り合って生きようとしても、奪い合いの渦に呑み込まれて殺される……」
「だからこそ、初めから『それ』はコントロールされるべきなのだ。
 現実としての最小の犠牲で抑えられるようにナ。
 人が人であるがための危うさ、脆さ、それゆえの不可能を見極め、時に彼らに代わって罪を負いながらも正しく導くことこそが、真の知恵と力を持った者の義務ダ」
「いえ――大帝、貴方が目指すべきことは、そんなものでは無かったはずです」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が言う。
「貴方は、それを自身で言っています!」
 コトノハの手がルオシンの手を強く握る。
「貴方はニルヴァーナを目指すと宣言した時、言いましたよね?
 “我らが一つとなった力は、どのような事態をも打破する”と。
 その言葉は、不可能、無理、叶わぬ理想という限界を盾に、救うべきものを斬り捨てることで成り立ってはいけない」
 呼雪が静かに後を継ぐ。
「大帝、あんたが言ったみたいに、良しされた負債が積み重なって歪みを呼び、ウゲンのような存在を生み出したんだ。
 あいつは自身の価値観と置かれた環境は関係無いと言った。
 分かるか?
 気づけなかったんだ。
 あいつは、ずっと戦乱の闇に呑まれていたから、気づくことすら出来なかったんだ」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がアスコルドへ言う。
「戦乱の絆とかカッコ付けたこと言ってないで、いい加減、目をそらさせようとするのは止めたほうがいいんじゃない?
 パラミタと地球が繋がっていない時だって、どっちでも戦争や略奪は絶えなかったじゃないね。
 最小限の被害と計算されてコントロールしようがなんだろうか、その事実は変わらないのさ」
 そして、呼雪は言った。
「幾ら知性を持ちあわせても、あんたのような選択を繰り返すだけじゃ俺達はただのケダモノと変わらない。
 それに気づいて向き合わなければ、何も変わらないんじゃないか?」

「っとゆーか、さ」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)はワサワサと頭を掻きながら大帝を渋面で見やった。
「単刀直入に言わせてもらうけど――
 大帝、今アンタ無駄なことやってるわよ」
「クックック、無駄な事、か」
 返ってきた『取り合わない感』たっぷりの大帝の調子に渋面を深くしながら、明子は溜息をつき、続けた。
「大帝の能力っていうのは、『物事が自然と都合の良いように動く事』でしょ?
 今、アンタにとって都合が良いことは、パラミタが余力を残したままニルなんたらへの扉を開くこと。
 違う?」
「何が言いたい?」
「あー、つまりマスターが言いたいのはァ」
 レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が面倒くさげに口を挟み。
「大帝サマの能力ってのは、分かりやすく言やァ、凄まじく運が良いってコトなんだろうけどよ。
 それ、『大帝自身が起こした行動』もその効果ン中に含まれてンのか?
 どうも妙じゃねぇか。
 他人の行動の結果が偶然自分の利益になるっつーのが、力の本質っぽいのに今お前さんが取ってる行動は、なんてーか、派手過ぎる」
 レヴィの言葉を受けて、ヴィルヘルムが呟く。
「確かに……言われてみれば妙だな。
 今までのように少しずつ自分の手を動かして流れを調整するという感じではない。
 そもそも良雄と融合し、その力が完全になったのなら、ますます自らが動く必要などなかったのではないか?」
 大帝が言葉を返さないのを確認するように間を取ってから、レヴィは続けた。
「本来なら、動かないのが正解って気がするんだが。
 そこんとこ、どうなのかね、と」
「えー……私の話の途中だったと思うんだけど」
 明子はレヴィの長くなった横槍に向けて言ってやった。
「うへ、どうぞどうぞ」
 明子は気を取り直す気持ちで一つ息をついてから。
「まあ、レヴィが言った事が私の結論の根拠だというのは違いないわ。
 何が理由でかは分からないけれど――
 大帝、アンタは私達の力どころか自身の力すら信じ切れずに自らこんなに大きく動いてしまっている。
 そして、アンタの目的のために協力するはずの私達が、ガチでアンタ達とぶつかっている。
 それはつまり、私達のやることが結果的に上手くいくってことなのよ」
「……クックック」
 大帝が喉で笑う声が聞こえた。
「まるで、この力の本質を全て知ったつもりのような口ぶりだナ。
 しかし、どんなものであれ『力』とは理性によって御されてこそ、その真価を発揮するものダ。
 手綱を取る者は馬を理解し、そして良く操る必要がある」
「違うのよね」
 明子は、はぁ、と深く嘆息した。
「アンタは決定的に一つ間違ってるわ。
 その力の『半分』に関して言えば、理性なんかで難しく考えない方が正解なのよ。
 これ、ホントに。
 だって良雄はそーだったもの」
「…………」
 大帝がゆっくりと、振り返る。


「貴方は運命を従えているのか、それとも運命に囚われているのか――」
 天音の声は静かに響いていた。
「僕らを先に進ませて欲しいな。
 『運命を変える力』、見てみたいと思わない?」
 天音の手が契約者たちを示す。
 和麻がスッと膝を折り、地に伏すように頭を下げた。
「一度だけでいい、信じてやってくれ……。
 可能なら俺の命を使って時間を稼いでもいい。
 こいつらは“絶対”に成功する」
「皆、そこに一人でも多くの人を救える道を信じ抜いてここにいるの」
 和麻の横では静が彼と同じように頭を下げていた。
「だからお願い。
 大帝、貴方も彼らを信じてあげて!!」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が続ける。
「そもそも悔しいと思わない?
 パラミタ一の大国があっさり白旗を振ったのに、最近まで神すら満足に居なかった蛮族がそれを為してやろうってしてるのよ?
 だいたい、今は自分だって契約者なんでしょ。
 絆の力ってもん、少しは信じてみなさいよ」
 そして、リカインは言った。
「私たちは今まで、多くの無理と限界を乗り越えてきてるのよ?
 だから、もう少しだけ悪あがきさせて欲しいの。
 運命が変わる瞬間、見せてあげるから」


「……我に汝らを信じろ、というか」
 少しばかりの間を置き、大帝は小さく零してから、契約者たちを見やった。
 ゆっくりと言いやる。
「汝らの掲げる理は分かった。
 これ以上の議論は必要なかろう――」
 門が開かれていく。
「アイシャと汝らに必要なのは、覆せぬ絶望というものを知る事ダ。
 全てを賭けて戦い、そして、運命の不変を知るがいい」

 そうして、門は大帝自ら開かれ、
 契約者たちは繭の中央へと突入して行ったのだった。



「ああそうだ。
 もう一つだけ聞かせてくれるかな」
 天音は大帝に言った。
「高原瀬蓮には、特別な力があるみたいだね。
 例えば、彼女はニルヴァーナの民の子孫だったりするのかな?」
「アレはマレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)がかつて地球で残した子の裔ダ。
 ニルヴァーナとは関係無い」
「……高原瀬蓮がマレーナの子孫?」
「だが、何も瀬蓮だけが、その血を持っているというわけではないゾ。
 マレーナが子を残したのは遙か昔の事だからナ。
 その血は今や世界中に散らばっている。
 そして、その中でイコンに影響するだけの強い因子を持っていたのが、瀬蓮と横山ミツエだ」
「ふぅん、そういうことか……」
 瀬蓮にその因子があると知ったから、大帝は急速にミツエへの執着を失ったのだろう。
 そして、瀬蓮がアイリスのパートナーであったのは、やはり大帝の力によるものだったのか。
「天音」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に呼ばれて、天音は門をくぐった。
「そういえば、ブルーズ。
 今回の件に関して君の意見をまだ訊いていなかったね」
「何を今更。訊くまでもなく分かっていたからだろう?
 魂を分け合ったお前と共に在り続ける為、我に異論がある筈もない」