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リアクション
繭中央の戦い3
詩歌が意識を取り戻した時、彼女は壁を背にしていた。
体が巧く機能せず、呼吸が出来ない。
気を抜けば二度と動かすことが出来無そうな瞼を懸命に開く。
見えたのは、モンスターも契約者も関係無く吹っ飛ばされて、そこだけポッカリと開いた空間だった。
「……う」
腕の中で聞こえた緋影の呻き声。
気絶していた彼女の無事を確認し、少しだけ安堵する。
そして、詩歌は体を起こすために床へ掌を置いた。
自身の血だかモンスターの肉片だか分からないドロリとした感触を押し潰しながら詩歌は必死に立ち上がった。
「詩歌さん! 無事ですか!?」
瑞樹が機晶キャノンでモンスターを撃ち退けながら、傍へ降り立つ。
彼女の回復術で緋影ともども傷を癒してもらうと思考がハッキリした。
「はふ……ありがとー、本当に死ぬかと思ったよ」
「不吉なこと言わないでください。緋影さんも無事で良かったです」
「しーちゃんが守ってくれたから……」
意識を回復していた緋影が言って、詩歌を見やる。
「ありがとうございました。
でも……しーちゃんが居なくなってしまったら、緋影は――」
「うん、分かってる……。
って今はそれより、急ごう。皆を護るんだ!」
詩歌の言葉を合図に、三人は傷ついた仲間の撤退を行うべく駆け出した。
そうして、彼女たちは先ほどの一撃に巻き込まれた仲間たちを連れ、モンスターの溢れる厳しい道程の先にある外へと向かったのだった。
「チッ――下がってろ、レン!
こいつは本当にマズイ!!」
シオン・グラード(しおん・ぐらーど)は、まだ干渉攻撃を終えていない仲間のためにモンスターたちの攻撃を防ぎながらレン・カースロット(れん・かーすろっと)へと強く言い放った。
「って、シオンはどうするの!?」
「俺はここでモンスターたちを押さえる!
お前は既に攻撃を終えた皆と逃げるんだ!」
「そんな! 駄目だよ!
私だってシオンと一緒に闘う。一緒に闘って一緒に皆を護るんだ!」
「さっきの一撃を見ただろ!?
あれだって、ほんの挨拶代わりみたいなもんだ!」
<ウゲン>の二発目はまだだったが、その動きを見るに、攻撃が徐々に激しくなっていくだろうことは明白だった。
しかし、レンは下がる気配も見せず、空中のモンスターの群れへとサンダーブラストを撃ち放った。
シオンは、仲間の背を取ろうとしたモンスターの動きを見逃すことなく雅刀を振るい、嘆息まじりにボヤいた。
「……たまには言うこと聞けよな、レン」
「聞けないものは聞けないの! ばか!
私は絶対にシオンと生きてここを出るんだもん!
四季のみんなと笑顔で過ごす日々を、こんな奴らに奪わせたりしないんだから!」
そして、レンが再び放ったサンダーブラストによってモンスターの群れに『道』が出来る。
「ああもう、困る!」
シオンは言い捨てながら、サンダーブラストが開いた道より<ウゲン>へ向かう神楽 祝詞(かぐら・のりと)と高峰 雫澄(たかみね・なすみ)たちに護国の聖域を施した。
「後ろは俺と“レン”が護る!
思いっきりやってこい! 死ぬなよ!!」
「うん!
行くよ、沙夜葉」
「はい!
この二つの世界を、決して離れさせたりなんかさせません!」」
祝詞が弐来 沙夜葉(にらい・さやは)を背負い、バーストダッシュで一気に<ウゲン>までの距離を詰めていく。
モンスターの放ったドス黒いブレスを突っ切って、
「やりたい事、やらなければいけない事があるんだ――僕には、まだ!」
沙夜葉によって取り出された光条兵器【竜笛】にゾディアックの力を込める。
「それをこんな形で、断ち切らせてたまるものか!」
そして、彼らの切っ先は<ウゲン>の身に深く突き刺さり、光を爆ぜた。
その後を――
雫澄とシェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)が追う。
雫澄の意識は前方だけに向けられていた。
後ろはシオンたちが護ってくれている。
雫澄たちの代わりに、その身が傷つくのを省みずに。
キッ、と自身が強く噛んだ歯の擦れる音。
雫澄は蒼い光を称える強化型光条兵器【オース・オブ・アズール】を構え。
「僕は強くない……でも、沢山の命に、幾つもの想いに支えられてここにいる。
僕は、僕らは『絆』の力を信じる!」
「絆の力……」
並び駆けるシェスティンが薄く零したのが聞こえた。
「そんな不確かなモノに頼り、縋ることなど、全く理解できない……。
そう思っていた」
シェスティンが白の剣を閃かせ、構える。
「でも何故だろうな。
必死に世界を……いや、大切な人を救う為に戦う皆を見ていると、
そういった戦いも、悪くないのではないかと……思える」
ゾディアックの力を込めた、彼女の白と雫澄の青が共に閃く。
「この一撃……届けえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
■
<ウゲン>が本格的に暴れ出し、何度かその巨大な触手とも腕とも尾ともつかないモノを振り回した後――
その空間に居たモンスターの大半は姿を失っていた。
そして、それに巻き込まれた契約者たちが、そこら中に倒れている。
「鋼鉄の獅子隊、前へ!
剣が折れ身が砕け様と戦線を死守せよ!!」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)はシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)と共に、自らの隊の仲間たちと<ウゲン>の意識を引き付け続けていた。
「必ず全員を無事に連れ帰る!!
それこそが国防を担う我ら国軍の責務だ!
矛となり盾となり、明日への血路を拓くは軍の本懐!!」
「怪我人、干渉攻撃を終えた者は早く門の外へ!」
ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が大地の祝福で怪我人を癒しながら叫ぶ。
「って言ったってモンスターが多過ぎるぞ!」
サバイバルナイフを手に主人を守る清 時尭(せい・ときあき)が吐き捨てるように言う。
「拙者とナナ様に任せよ!」
マスクを装着した音羽 逢(おとわ・あい)――もとい、マスク・ザ・ブシドーがチェインスマイトでモンスターたちを斬り弾く。
「大丈夫か?」
ウォーレンが問いかける。
彼女とナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は既に干渉攻撃を終えている。
が、それは彼女たち自身がもうかなり消耗しているという事でもあった。
ナナがメイドインヘブンで怪我人を癒し、
「問題ありません」
「――頼んだ。援護する」
ウォーレンの歌声がモンスターたちの動きを鈍らせる。
その隙にナナたちは契約者たちを連れ、門を目指した。
「迷宮内に目印のロープと碁石を仕掛けてあります!」
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、レオンハルトとの隊とは別に契約者たちを回復させながら、ナナたちへと言う。
彼の隣で回復を手伝っていた片倉 蒼(かたくら・そう)が続ける。
「門から繭の外に向かう出口までの目印です。
それを辿っていけば、迷うことなく外へ出られるはずです、使ってください」
■
耳に戦いの音が還って来る。
「っ……」
ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)は、そこかしこが痛む体を、引きずるように起こした。
離れた場所で巨大な<ウゲン>が暴れている。
そいつの一撃で吹っ飛ばされたモンスターが、ヒュバッとアイリの傍を通り過ぎ、遙か後方の壁に潰れる。
口元をひくつかせつつ、自分たちに何があったのだろうと曖昧な記憶を巻き戻す。
「……そうか、俺たちは<ウゲン>に」
何をする間も無く吹っ飛ばされたのだ。
とんでもない一撃だった。
誰かに咄嗟に庇われたために、まだ自分は生きていられたが。
と、ハッとする。
「ネイジャスは――!?」
「生きてますよ、なんとか」
ネイジャス・ジャスティー(ねいじゃす・じゃすてぃー)の声に振り返ると彼女もアイリと同じようにズルリと満身創痍で体を起こしていた。
最悪の状況を想像してしまっていたため、ホッ、と心底安堵する。
と、他方から別の声。
「無事ですか?」
ブラックコートを纏った樹月 刀真(きづき・とうま)が気配少なに傍へ立つ。
そして、銃を構えた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が。
「援護する、できるだけ急いで門へ」
「いや、待ってくれ! 俺たちはまだ干渉攻撃を終えてない!」
「しかし、その怪我では」
「まだ動けます」
ネイジャスが言う。
刀真が小さく息をつき、アイリとネイジャスの身に付けている“ゆがけ”を見やった。
「武器は……弓ですか」
「ああ」
「分かりました。
俺たちが援護します」
「わりぃ、助かるぜ」
「ただし、<ウゲン>に狙われたら、すぐに撤退を」
「分かった」
というアイリの言葉を合図に4人は<ウゲン>へと向かった。
駆けるアイリの腕にネイジャスの手が触れる。
「ん?」
「手、震えてますね。
情けない」
「……この状況が怖くないわけがねぇだろ。
だけど、このまま世界が分断するのを黙って見てるわけにゃいかねーよ」
「私も一緒に弓を引いてあげるのですから、しっかり狙ってくださいね」
言って、ふっとネイジャスが目を細める。
「アムリアナ様の願いが正しいか、私にも判らない」
ですが――」
ネイジャスがゆがけに触れる。それはアイリが用意したものだった。
渡した時は軽く文句を垂れられたが、なんだかんだでちゃんと付けてくれている。
「アイシャ様と同じく私も契約者たちを見てきた。
だからこそ、私は信じたい。
――これが私達の答えということを見せてあげましょう」
「こっちだぜ、化け物め!」
葛葉 翔(くずのは・しょう)は、干渉攻撃を行う者のために<ウゲン>の注意を引き付け続けていた。
(――っても、後数回が限度ってところか)
一撃がやたらと重く、範囲が馬鹿みたいに広い上に、スピードが早い。
アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)に回復と強化の援護を受けているとはいえ、正直、ほとんどサンドバックになるくらいしかやりようが無い。
たまにまだ避け切れるものもあったりするが――
「奴の暴れっぷりは段々酷くなる一方ときたもんだ」
だが、だからといって自身の役目に手を抜くことは出来なかった。
今にも天井に届きそうなほど膨れ上がった<ウゲン>を睨み据える。
「悪いな、世界はほろばないし分断もしない」
ゴゥッッ、と<ウゲン>の腕が迫る。
直撃は避けられるが余波からは逃れられない。
全力で護りを固める。
「俺達は明日も二つの世界で一緒に生きていくさ!」
翔の体を張った陽動の効果もあり、アイリたちの矢は無事に<ウゲン>へと放たれた。
そして、刀真と月夜は、今度は自身らが干渉攻撃を行うためにウゲンへと距離を詰めていた。
<ウゲン>の攻撃を逃れた双頭の人型モンスターが迫り、その一撃をトライアンフの腹で受け流した後、刀真は、その二つの首を跳ね飛ばした。
足を止めることなくトライアンフを鞘に返し、月夜の胸元に発現した光条兵器を抜く。
柄を握る手に月夜の手が添えられる。
「この剣が私達の絆と想いそのもの!」
「俺達はまだこの世界でやりたい事がある、だからこの絆を断ち切るのは無しだ!」
ゾディアックの力を込めた光の刃を<ウゲン>へと叩き込む。
■
「っと、激しいねぇ」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)を抱え込むようにしながら<ウゲン>の一撃をくぐり抜け、床に転がった。
後を追う風圧に吹っ飛ばされかけるのを耐えてから、すぐに立ち上がる。
「やれやれ……」
「りゅーき! 上っ、上っ!」
マティエの声に、瑠樹は上を見上げる事なくマティエの腕を引っ張って全力で前方へ駆けた。
後方でやたら派手な音が鳴り響き、床を振動させた。
多分、<ウゲン>の一撃だろう。
「ほんと息つかせてくれないからなぁ」
ボヤくも、目標は既に目の前に迫っていた。
「ようやく」
ふっ、とつい少し息をついてしまってから、瑠樹は最後の距離を詰め、構えを取った。
マティエが隣で同じように構える。
「ウゲンに恨みは……ちょっとだけあるけど――
まあ、ともかく、ぶっ叩かせてもらおうかねぇ!」
「これ以上、パラミタも地球も巻き込まないでー!」
二人同時にゾディアックの力を則天去私に乗せ、<ウゲン>へと叩き込む。
そして。
更に<ウゲン>の懐へ滑りこんで来た師王 アスカ(しおう・あすか)が、包帯だらけの顔の口元を笑ませた。
「ウゲンを取り込んだ化け物がお相手だなんて、ちょうどいいわぁ〜」
「乙女の顔をタコ殴りとくれば恨まれるのも当然か」
アスカに並んだルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は軽く片眉を曲げながら言った。
「干渉攻撃で倍返しさせてもらうんだからぁ〜」
(我とアスカ達を繋いだこの絆……断ち切らせたくはない。
この一撃が世界を繋ぎとめる鎖の一部になるならば、全力で出し切る!)
「行くぞ、アスカ!」
「思いっきりいかせてもらわよぉ〜!」
アスカは、思いっきり強化されたヴァジュラで、ルーツは最大限の魔術で、ゾディアックの力を<ウゲン>へと――
「乙女の鉄槌と私達の想いの一撃を喰らいなさぁ〜〜〜い!!」
■
「……やるこたァ、やったよな」
五条 武(ごじょう・たける)は、戦いの喧騒とモンスターが舞う天井とを、まるで、別の世界の出来事のように感じながら倒れていた。
そばには、所々を破損したイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)が倒れている。
干渉攻撃を行った後、他の契約者を庇って<ウゲン>の攻撃の直撃を受け、今や立ち上がる事も出来ない。
ズッ、と片手を持ち上げる。
改造人間パラミアントとしての腕。ボロボロの腕。
「……この姿に感謝するつもりはねーけどよォ。
こういう荒事ン時にゃ、やっぱり便利だよなァ」
おかげで<ウゲン>に一撃突っ込んでやれた。
今までの想いの全部を乗せて叩き込んだ。
(契約者になれたのが嬉しくて、ンで、仲の良くも無ェ親に頼み込んでパラミタに来て。
でもってパラ実に来るハメになり、鏖殺寺院に改造されて……そっから――そっから色々あったなァ)
鉄の味しかしない口元で笑む。
「俺ァよ、なんだかんだ言って、シャンバラっつー国が、パラミタが好きなのかも知れねェな」
そして、生まれ故郷である地球。それもまた嫌いなはずがない。
「……そンな場所同士を切り離させるようなマネ、させて溜まるかッつゥンだよ」
だから、渾身の一撃を置いてきた。
と――
「まるで、このままクタばってしまってもいい、というような雰囲気ですね、武」
「生きてたか、イビー。
誰が此処でクタばるつもりだって?」
「セレスが待ってくれているかもしれませんよ?
『うんめェ飯を食う』んでしょう?」
「…………。
もう少しッくれェ休憩させてくれたってバチは当たらねェだろうに」
グゥッ、と力を込めて武は床から自身の背を引き剥がすような気持ちで体を起こした。
限界を超えた体中が危険を訴えるように軋む悲鳴は無視する。
「起きろよ、イビー。
てめェがけしかけたンだからな。
一緒にもうひと暴れしやがれ」
と、ふいに体が軽くなる。
振り返る。
「こんなに凄い怪我でしたのに、よくご自分で立ち上がれましたわね」
いつの間にか傍に居たアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)がヒールで傷を癒してくれていた。
「大した根性ですな」
彼女と共に駆けつけていたアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が武の方へ言ってから、イビーの方を見やる。
「パートナーの方は、動けますかな?」
「申し訳ありません。干渉攻撃での消耗のため、自己での修復も……」
イビーの返答に、アルフレートが首を振る。
「いえ、問題ありません。アフィーナ」
「はい」
武の傷を癒したアフィーナがイビーの方へ向かう。
「悪ぃな、助かった」
「これも任務ゆえ礼の必要はありませんが、
恩を感じて頂けるならば、一つ頼みがあります。
干渉攻撃を終えた者たちの撤退の援護をお願いしたい」
「分かったよ」
「脱出したら、くれぐれも戻って来たりしないでくださいよ」
「あン?」
「君たちには、干渉攻撃とは別に、もう一つの任務が課せられています。
『ここから生きて帰る』という任務が」
アルフレートの言葉に武は薄く息をついて、小さく笑った。
「……ったく、どいつもこいつもよォ」
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)はキリカ・キリルク(きりか・きりるく)と共に、<ウゲン>へと距離を詰めていた。
キリカが言う。
「誰だって何かを犠牲にしたいわけじゃない。
大帝からすれば、僕達は綺麗事を言っているのかもしれない。
でもね――僕達は綺麗事を言いながら、手を汚してきた。
それでも……だからこそ、理想を手放してはいけない」
「人間は同じ過ちを繰り返さないよう、己を、世代を越えて変わっていける。
それを、進化というんだ」
二人はそれぞれ武器を構え、ゾディアックの力を込めた。
ヴァルが言う。
「人間は進化する。
一人では決して生まれぬ絆の力が、そこにあれば――!!」
全ての力を投じて二人は切っ先を突き入れた。
頭上、キチュリ、と粘着質な音を立てて蠢いた<ウゲン>の巨大な目玉らしきものと目が合う。
ヴァルは口端を上げて、笑んでやった。
「俺か? なに、ただの通りすがりの帝王さ」