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リアクション
繭中央の戦い1
門を抜けた先。
白く淡い光に満たされた広大なホールは、まるで自然に創り上げられた聖堂のようで神々しささえ感じられた。
中央に鎮座する繭玉を中心として、モンスターが波状に次々と具現化されていく。
繭玉が震え、鳴動しながら膨れ上がり始める。
やがて、それは亀裂を帯び、内側から溢れた肉によって、巨大な肉塊と化していく。
「いいでしょう、大帝。そうやって傍観していなさい」
香取 翔子(かとり・しょうこ)は、モンスターの群れの向こうにそびえた巨大な肉塊――<ウゲン>を見据えながら言った。
「貴方の考えが間違いである事を今から証明してみせます!」
クレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)をアスコルドの監視に残し、自身が指揮をとる仲間たちと共に<ウゲン>へと向かう。
「私、この戦いが終わったら合コンするんです。できればショタ限定で」
と言いながら、風森 望(かぜもり・のぞみ)はブリザードを解き放った。
産み出された氷嵐がモンスター達を飲み込む。
「それ、保育園とか幼稚園にでもいけばいいんじゃありません?」
ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が龍骨の剣で敵を薙ぎ潰しながら、返す声。
望はポンっと打った手に魔術を組み上げながら、
「ああ、それもいいですねぇ……保育士とか」
「よく考えたら却下ですわね。
いたいけな子供達が望の毒牙にかかるのはよろしくありませんもの」
「折角この戦いに生き残る為の希望とか掲げているのに、へし折りますか? 普通」
望は不満を目元に表しながら、ファイアーストームを空中に放った。
巻き起こる炎が飛び回るモンスターを焼き払っていく。
ザゥンっと派手にモンスターを剣で吹っ飛ばしたノートの声には呆れが覗いていた。
「へし折るも何も、むしろ、そんな事を言う方が死亡フラグではありません?
まあ――それはともかく、安心なさって。
憎まれっ子世に憚るとも言いますし、望の場合、殺しても死なないと思いますわよ」
「どういう目で私を見ているのかが、よく判りました。
ですが、それを言うなら、お嬢様こそ死なない方でしょう?」
仲間に迫っていたモンスターの群れの流れをコントロールするようにサンダーブラストで牽制しながら、望は言ってやった。
「だって、ギャグキャラは死なないのが御約束ですものね」
ズダンッッ、と望のすぐそばへと振り下ろされた龍骨剣。
その切っ先には望を襲おうとしていたらしいモンスターが斬り潰されていた。
ノートが据わった目で問いかけてくる。
「誰が、ギャグキャラですの?」
望はノートを真っ直ぐ心配そうに見つめながら小首を傾げてやった。
「自覚がないというのは重症ではないでしょうか?」
「ショタをこじらすと頭の中身がプリンになるようですわね」
「そのボケは分かりづらいです、5点」
「ボケじゃなくイヤミですわ!」
テキパキとモンスター退治を続ける彼女たちの言い合いを飲み込むように、はははははははは、と豪快な笑い声が響き渡る。
「さぁ、モンスターの沸きも激しくなってきましたが、皆さん、ここは一つ頑張って行きましょう!」
ルイ・フリード(るい・ふりーど)の拳が群がるモンスターを片っ端から殴り飛ばし、叩き潰し、粉砕していく。
「まあ、なんですか、政治上の事は私には良く判りませんが、異なる世界が隣同士、交流出来るのです。
こんなに魅力的な事はないでしょう?」
ゴゥッと野太い風切り音を轟かせて、放たれた回し蹴りがモンスターを文字通りに蹴散らす。
「そりゃあ、決して良い事ばかりがある訳でもありませんが、
それでも大切なモノは、大切な人は、数多くできたのです。
だから私は迷いません――
全身全霊全力を持って、鍛えた肉体と拳を奮うのみです!!」
空中から飛来してきていた二つ頭のガーゴイルじみたモンスターをぐわしっと掴んで、ぶん回し、ルイは周囲のモンスターを叩き砕いた。
その向こうでレーザーガトリング二丁を連打していたリア・リム(りあ・りむ)は、台風のように暴れているルイを一瞥して。
「普段なら、僕を巻き込むことに文句も言うところだが、心地よいな。
ルイが僕らと出会えた事をここまで想ってくれている事が……」
視線をしっかりとモンスターたちの方へと戻し、再びシンと意識を集中させる。
「ルイの背中は僕が必ず護る。だからルイは迷わず進め!!」
「誰も英雄になどなる気はなく……
この作戦を無謀と断じることも出来るだろう。
だが……正しくても価値がないものがあるように、間違っていても価値のあるものはある」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)はノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)と共に干渉攻撃を行う者たちのためにモンスターと戦っていた。
赫奕たるカーマインを撃ち鳴らし、【魔導刃ナイト・ブリンガー】を閃かせる。
「大切なのは正しい選択をするのではなく、選んだ答えを正しいものにすることだ。
そして、皆は、それを成すために此処へ来た。
その覚悟、無駄にはさせない」
モンスターを蹴散らした彼の傍を――
レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)の体が弾丸のように突き抜けていく。
「もし、この戦いに負けたらどうなるとか。
敵がどれだけ強いとか。
そんな事は私には分からないです。
けど――」
レロシャンの周囲の景色は、凄まじい速度で彼女の傍を駆け飛んでいた。
群がるモンスターを仲間たちが斬り捨て、撃ち弾き、吹き飛ばすことによって開かれていく道を、ただ真っ直ぐ、ひたすら目標へと向かっていく。
「迷ったら負けです!!
ただ今は胸の熱い血潮に任せてやってしまうだけ!
正面から突っ込めば意外と大丈夫!!」
「はぁー、この局面で本当にこれをやる事になるなんて思ってませんでしたー」
ネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)は、仰向けになったレロシャンを背負った格好で、
姿勢低く、加速ブースターの勢いのまま<ウゲン>へと突撃していた。
(なんて――迷ったら負け、か)
レロシャンの言葉を反芻してネノノは笑った。
「馬鹿げたことでも信じる事だけがパワーを産むというのですね」
今のレロシャンは本当に何も考えていないのかもしれないけれど、迷いだけは持っていない。
だから、安心してついていける。
信じることが出来る。
レロシャンが叫ぶ。
「さあ、皆も続いて!!
レロ&ネノコンビの最強のツープラトン――」
「「ロング・ロンガー・ロンゲストアホ毛トレインーーーー!!!!」」
ゾディアックの力を込められたレロシャンのアホ毛が、<ウゲン>へと干渉攻撃を叩き込む。
「続け!! 可能な者は一気に干渉攻撃を行うんだ!」
ネノノたちが勢いで開いた活路を死守しながら、ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)が叫ぶ。
「ねーさま!」
駆ける久世 沙幸(くぜ・さゆき)の呼びかけに藍玉 美海(あいだま・みうみ)がうなずく。
「ええ」
「折角つながった、この絆――
なんだかよくわかんない超霊の暴走なんかで断ち切らせなんてさせないもん!」
「わたくし達だけではない。
こうして多くの人たちが同じ想いで集まり、一緒に危機を乗り切ろうとしている。
ですから、こんな危機、ちょろいもんですわ」
沙幸の右手にはリングがあり、左手には美海の手が強く握られていた。
「沙幸さん? いきますわよ!」
「うん! ドカンと一発やっちゃおう!」
そして、二人はありったけの想いを込めた干渉攻撃を、ヨーゼフ自身や他の契約者たちと共に<ウゲン>へ叩き込んだ。
モンスターの波はやがて、彼らを飲み込んだが、
エリス・メリベート(えりす・めりべーと)らの援護と回復により、彼らは誰一人欠けることなく撤退することとなる。
「さて……開幕一発目の成功が、よもや『アホ毛』とは――
中々どうして、この事態の真髄をついてるんじゃないのか? こいつは」
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は、四方から迫るモンスターたちを切り裂きながら呟いた。
「しかし、軽々しく乗り込んで良い場所じゃなかったのは間違いないか――」
「どうするです?」
アキュートの肩の上に乗っていた食虫植物モウセンゴケの妖精ペト・ペト(ぺと・ぺと)の問いかけに、軽く片眉を上げて見せる。
「乗りかかった船だ。
気張ってる連中の為に、露払いでもしていてやるさ」
スン、と身を返しながら飛翔し、両手に携えた【ユーフラテスの鱗】と【ティグリスの鱗】でモンスター達を斬り散らかす。
「む。珍しくアキュートが真面目なのです」
ペトが何やら勝手なことを言っている。
「こういうこと。中々ありそうでなさそうなのです。
せっかくなのでペトも戦えるって見せてあげるのですよ」
ぽんっとアキュートの肩を離れたペトが、こちらへ、くっと親指を挙げる。
「アキュート。後ろは任されたのですよ」
と、言ったか言わなかったぐらいで、ヒュッ、と傍を通ったモンスターが、ペトの頭から生えたモウセンゴケの粘毛を掠め。
「あうっ。くっついたです」
「みたいだな」
ペトを引っ付けた鳥型モンスターの攻撃をあしらいながら言ってやる。
「ううっ」
「やれやれ……」
嘆息しながらアキュートはペトをモンスターから毟り取った。
「アスコルド大帝! そこからで良いです、聞いてください!」
アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)は、ゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)と共に計14名の獣人力士に囲まれた状態で、モンスターの中を進み、<ウゲン>へと接近していた。
本人的にはカモフラージュのつもりだったらしい。
<ウゲン>へ突き進みながら、門前に残っているはずのアスコルドへ必死に訴えかける。
「大帝、あなたの運命を司る力、私の業界では八百長というんです!
つまり、あなたは角界に相応しい人であると――」
「ビジョルド。その先は、なんというか、待ちたまえ」
彼女らと共にモンスターの中を進んでいた前原 拓海(まえばら・たくみ)が至極冷静に言う。
「いえ、前原さん。
これだけは言わせてください。
アスコルド大帝の八百長っぷり、こちらの業界的には必須の逸材です」
「どこで得た知識か何となく想像はつくが、君は相撲というものを致命的に誤解している。
とにかく、もうその話題はよしたまえ。
今は世界を救うことだけを考えよう」
「前原さん……」
「世界の分断が両世界にとって良い事ならば、日本人として、それに耐えるのも試練だと俺は考えていた。
しかし、それは西シャンバラの崩壊と引き換えであり、そして、理子様もそれを望んでいないという」
アシュレイは獣人力士の肉厚に揉まれながら、彼の真剣な言葉を聞いていた。
「俺は何よりも祖国日本を守りたい。
だが、同時にシャンバラも……それは、欲張りな考え方かもしれないが――」
「そんなこと無いです、前原さん。
前原さんがそれを望むなら、私も手伝います。
きっと日本もシャンバラも守ってみせます!」
「ビジョルド……」
拓海が何かを言いかけて、しかし。
「いや、言葉は、この戦いを皆が生き延びた時に取っておこう」
「はい。今は、いつか、エリュシオンへ相撲を見に行かれる平和な世界を実現すべき時――!」
「結局、そこからは離れませんのねぇ」
二人の後方でフィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)は呟いた。
と、めこっと獣人力士の隙間から、ゆるやか戦車が顔を出し。
「そういえば、前原さんの誕生日の8月15日にアシュレイが伝えたいことがあると言っていたであります」
「相撲観戦のお誘いかなにかでしょうか?」
フィオナは、それは拓海に言ったほうが良いんじゃないかなぁ、と思いつつ小首をかしげた。
ともあれ、彼らも何だかんだで干渉攻撃を成功させることになる。
上空。
モンスターの群れの中をグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は、ミルキーウェイと小型飛空艇ヘリファルテで突っ切っていた。
ザゥ、と頬をモンスターの爪に裂かれながら――
「俺を助けるものも、俺を生かすものも、俺が大切に思うものも、すべてパラミタにある。
絶対に失えない。失いたくない……!」
「しぶとく残った災厄の根! ここで断ち切ってくれよう!」
グラキエスは、上空からゴルガイスと共に干渉攻撃を叩き込む。
その向こう、同じく上空から干渉攻撃を決めたロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)とレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)。
「思ったより、消費が激しいな」
ロアが深く息をつく。
干渉攻撃の実行によってかなり体力を持って行かれた。
「……だが、ヘバッてもいられない。
敵を引きつけるぞ」
「無茶するなよ、ロア。
分断がされなかったとしても、お前が……」
「分断はさせないし、俺は生き延びる。
正直、地球の平和なんかどうでもいいんだ。
俺はパラミタで生きていく事が出来れば、それで」
そして、二人はヘリファルテを駆って、上空の敵を自分たちへと引き付け始めた。
――地上。
「西シャンバラの崩壊を良しとする!?
人の命さえ救えれば良いってもんじゃない!」
如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)はアルマ・アレフ(あるま・あれふ)と光条兵器を手に駆けていた。
二人で<ウゲン>へと狙いを定める。
「住む場所を失くした人は、今までの生活を失った人はどうするんだ!
自分の居場所を失くすってのは、思い出と一緒に大事な物まで失くすって事なんだよ!」
「あたし達は人の命しか救えない、なんて展開は望んでないの――
そして、あたし達はどんな困難だって乗り越えられる。
それを見せてやるわ!」
二人の放ったゾディアックの力が<ウゲン>へと吸い込まれていく。
更に――。
「おわっ、この!」
自身に迫ったモンスターを寸ででかわし、木本 和輝(きもと・ともき)は、痺れ粉を放った。
動きを鈍らせたモンスターを厳島 春華(いつくしま・はるか)が二丁の碧血のカーマインで撃ち弾く。
「うゎ〜ぃ、あたったぁ〜」
「って、喜んでる場合じゃなくて!
さっさと干渉攻撃入れて、皆のフォローに回るぞ!」
「あぃ〜、りょうか〜ぃ」
そして、彼らは手早く、すぱーん、と干渉攻撃を終え。
「よしっ、離脱!」
先ほどやり過ごしたモンスターが元気を取り戻す前に、さっさとその場から抜け出していく。
その後方で、シャッ、と軽快な音が鳴る。
佐倉 美那子(さくら・みなこ)は自転車を目一杯こぎながら、<ウゲン>を目指していた。
「怖い怖い怖い怖い怖いーーーー!!」
「大丈夫! 皆が一生懸命守ってくれてるから!」
自転車で並走する吾妻 奈留(あづま・なる)の言葉に涙目を向ける。
奈留が微笑み。
「それに私、サクラと一緒ならやれるよ」
「……うん!」
そして、二人はモンスターと戦う契約者たちの間を突っ切って、<ウゲン>へと、ありったけの魔力とゾディアックの力を撃ち放った。
「奇跡に、届けーーー!!」
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繭内部・迷宮通路。
通路内には超霊によるモンスターが溢れ返っていた。
「――ハッ、どうやら門が開かれたようだな」
毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、自身の血に塗れた腕を振って、モンスターへフラワシを走らせながら言った。
「私たちは『負けなかった』」
プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)がロケットパンチで、やはりモンスターを叩き伏せながら言う。
そして、龍騎士が大剣でモンスターを薙ぎ払い。
「お前たちの論で言えば、これは、お前たちが俺に勝った、ということか」
「勝ち?」
毒島は口元の血を乱暴に拭いながら笑った。
「我と貴様の戦いに『勝利』なんてものがあったと思うか?」
「確かに……そんなものは初めから在りはしなかったのかもしれんな」
龍騎士がザゥッと大剣を振るって、かすかな虚しさを覗かせる。
毒島はフラワシを繰りながら、彼を見上げて言った。
「おそらく、干渉攻撃を終えた契約者たちや帝国とシャンバラの負傷者が撤退するための道を作る必要がある。
どうだ?
どうせならば共に闘って、勝利を目指してみるというのは?」
「悪くない提案だ」
龍騎士の回答に毒島は笑みを深くして、フラワシを繰った。
赤く燃えていたフラワシの炎が白く移り変わり、龍騎士の傷を癒す。
そして、三人は退路を築くためにモンスターを狩り散らしながら通路を突き進み始めたのだった。
■
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は肉塊として蠢く<ウゲン>の傍へと辿り着き、呟いた。
「最後まで君が考えていることはわかんなかったんだけどさ。
せめて、君が『余計なことしたがって』と言ってくれるように、分離させてもらうね。
手加減はしない。
それが君に対する、はなむけだよ」
「ならば、本気でこの霊供を含め、眠らせてやらんとな」
師である熊谷 直実(くまがや・なおざね)が言う。
「分かっています」
「タイミングはワンツーだ」
「はい」
直実の数えたタイミングに合わせて、二人は同時に干渉攻撃を行った。
自らのリングから放たれた光が、<ウゲン>に吸い込まれていったのを見届け、弥十郎は、この肉塊の奥に居る“ウゲン”へと告げた。
「お疲れ様。そして、良いナラカ生活をね」