空京

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戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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繭中央の戦い2

「<ウゲン>が――」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は、ウゲンを内包した肉の塊<ウゲン>の気配が奇妙に変化し始めているのに気づいた。
 既に、高さは10m近い。
「ウゲンより、強い、敵」
 アスコルドの言葉を思い出す。
 ドクリ、と血管が蠢くような音が空間に響く。
「……じきに、動き出しそうですわね」
 被衣 紅藤(かつぎ・べにふじ)が、巨大な肉塊<ウゲン>の異様な気配に、少しばかり声を震わせながら言う。
「退くなら、今かも」
「私は、退きません。
 私の力など微々たるものでございましょうが、それでも、こんな私の力でも、寄り添う世界を護る力の一つになれるのでならば」
「……。
 私は、ここへ、未来を望んで、来た。
 『来た』のは、『帰る』為でも、あるの」
 二人は干渉攻撃を行う意思固く、<ウゲン>へと向かっていた。
「私は地球へ帰りたい。
 そして、帰っても、またパラミタへ来たい。
 どちらも、大切な場所だから。
 だから――」
 ドクリ、と再び不気味な鼓動が空間を渡り、モンスターの出現速度が一層増した。
 ゾゥゾゥと犇めき合っていくモンスターの影が、壁の放つ白い光を遮っていく。
「どうかいつまでも、世界が共にありますように」
 スウェルと紅藤は共に、<ウゲン>へと干渉攻撃を行うべく、影の中、更に奥へと自ら呑み込まれて行った。




 正直、世界なんてどうだって良かった。
 夜月 鴉(やづき・からす)は、ユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)と共にモンスターの中を必死に<ウゲン>へと向かっていた。
 トゥーナの手を取ってバーストダッシュで飛び、サンダーブラストでモンスターを蹴散らす。
 世界なんてどうだって良い。知ったことじゃない。
 でも――
 トゥーナが叫ぶ。
「通してよ!! 私はっ、私は鴉と一緒に笑っていたい!
 だからこんな所で立ち止まる訳には行かないの!!」
 それでトゥーナの笑える場所が失われるというのなら、今なにが何でも先へ進まなければならなかった。
「帰って一緒に飯を食う。
 その為に、今、絶対に前に進んでやる」

「ったく、ウゲンだか超霊だか知んねぇけど……ふざけんじゃねーぞ!!」
 大豆生田 華仔(まみうだ・はなこ)の放つ縦断が、視界を埋め尽くさんばかりのモンスターへと叩き込まれていく。
「会社クビになってからこっち、パラミタに辿り着いてようやく生活していけると思ってたってのに……
 それが全部オジャンになるかもしれねぇなんて誰が認めるかっつーの……!!」
「いやぁ、ハナちゃん切実だねぇ」
 九 隆一(いちじく・りゅういち)は華仔の足元にしゃがみ込んで、だらだら煙草を呑んでいた。
「つーか、オレ的には、ぶっちゃけハナさえいればどうでもいいんだよねぇ。
 ただ……」
 フゥ、とモンスター蠢く頭上へ煙を吹く。
 と――華仔の背を狙って獣型モンスターが迫った。
 ので、隆一はサイコキネシスでその出鼻を弾いてやってから、ハンドガンを撃ち放った。
「オレの前でハナに怪我なんてさせるつもりはねーんだよ」
 どうにもそろそろ本気出しておかないと、それすら追っつかない状況となりつつあった。


「いやぁ、こりゃ壮観だねぇ。
 いんや……一つ上がって阿鼻叫喚か」
 ノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)は、増々モンスターが充満した景色の中で、薄く口笛を吹いた。
「さてさて、まずはコイツらをどうにかせんことには、のう」
 伊礼 權兵衛(いらい・ひょうのえ)がサンダーブラストで周囲のモンスターを迎撃する。
 その杖先で空の徳利が揺れていた。
「姫を拐った魔王様が辿る結末っていうのを見れるかと思いや、これじゃ何にも見えやしない。
 少しは視界をよくしないとねぇ」
 ノアは、ギャザリングヘクスで強化した火術を、ごぅっと手の上に灯し、にんまり笑った。
 放たれた炎がモンスターを燃え上がらせる。
 その向こう――。
「全く、ウゲンめ。
 本当に厄介なものを残していきおって……だが、貴様の思い通りにはさせん!
 というわけで、たまにはこうして世界を救うのも悪くないわ!!」
 ふははははははっ、とジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)が哄笑を響かせる。
 そこら中にモンスターが溢れていて、如何にも魔王っぽいが、こちらはノアが言う魔王様とは違う方だ。
 その横っちょでシオン・ブランシュ(しおん・ぶらんしゅ)が<ウゲン>を見据えて叫ぶ。
「世界が分断されたら魔王様との繋がりまで断たれちゃうじゃない!
 そんなの絶対に許してたまるものかぁっ!」
「繋がりを断たずに対処できるなら挑戦すべきだ。
 それを最初から諦めている者に何が出来るというのだ。
 アスコルド大帝も大帝の名が泣いておるわ!」
 ジークフリートが魔道銃を構え、ニィッと笑みを深くする。
「過去に偉業と呼ばれる行為を成した者、その全てが特別な力を有していたわけではない――
 彼らはただ、どんな困難をも乗り越えようとする信念を持っていたのだ!
 そう、奇跡は奇跡を起こそうとする者のみに許される。
 そして、今から我らが起こそうとすると奇跡の価値は無限の可能性を秘めている。
 ならば起こそう、奇跡を!!」
 ノアらが開いた上空の射線へ銃口を向け、絞られる引き金。
 ゾディアックの力の込められた魔力の一撃が<ウゲン>へと放たれる。

 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はモンスター群を突っ切って、ただひたすら<ウゲン>を目指していた。
「例え、首一つとなってもゾディアックの力を叩き込んでやるぞ、アル!」
「イエス・マイロード」
 自らの魔術とアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)の斬撃で何処までも溢れかえるモンスターを乱雑に散らしながら、ただひたすら。
「確率や運命など、知ったことか!
 俺は、この身の終までセレスティアーナを護ると決めたのだ!!
 彼女の身に危険が及ぶかもしれんというならば――俺はそれを絶対にさせん!」
 突き進む。
 やがて、想い人への愛と、不必要な戦乱で散っていった命を想っての怒りを込めたそれを、ぶちかますまで。
「俺は、俺の足で、俺の望む未来に往く! 邪魔をするな!」




「僕達みんながヒーローになるんだ!!
 この『繋がり』は、こんな所で切れさせないさ!」
 飛鳥 桜(あすか・さくら)が周囲の仲間たちに護国の聖域をかけながら言い切った。
「――そうだ、絶対に切れさせるかっ」
 アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)は火術と氷術でモンスターを払い退けながら吐き捨てた。
「まだ桜に告白してねえのに……分断とかざけんな!」
「ん? 僕がなんだって?」
 虎徹を構えた格好で桜が振り返り、首をかしげる。
「なんでもねぇ! 剣術ヒーロー馬鹿!」
「何で怒ってるのさ?」
「うるせぇ、とにかく、この距離からならもう狙える。
 行くぞ。いつものアレだ」
「うん!」
 そこからは、二人とも、ほぼ頭で考えることなく動いていた。
 アルフの放った魔法による幻覚が目の前のモンスターを惑わせる。
 距離を詰めた桜の虎徹がモンスターを斬り捨てている間に、アルフは彼女の方へと駆けていた。
 桜がこちらを見ずに伸ばした手を取る、と同時に桜がバーストダッシュで<ウゲン>目掛けて跳躍する。
 そして、二人はゾディアックの力をそれぞれの剣へと乗せた。
「「これが《僕・俺達》の絆と願いだぁあああああ!!」」

『唸れ、業火よ!』
 その声は、2つの方向から放たれたにも関わらず、寸分違わずに重なり合っていた。
『轟け、雷鳴よ!』
 七枷 陣(ななかせ・じん)仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が、全く同じタイミングで唱えながら、共に『射程距離』へと駆けていく。
『穿て、凍牙よ!
 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ……光明よ!』
 同時に走りを止め、言い放つ。
『セット! クウィンタプルパゥア!』
 そして、二人は最大限に練り上げた互いの魔力にゾディアックの力を込め――
『爆ぜろ!』
 それを<ウゲン>へと撃ち放った。
「ぶっ倒されてもまだしつこく邪魔してるんじゃねぇよ、クソガキ!!
 その妄執をぶち殺したるわ!
 爆ぜて! 砕けて! 二度と……出てくるんじゃねえええええ!!!」
「ウゲン・タシガン。
 貴様の幕はもう降りたのだ。
 爆ぜて! 砕けて! この世と……ナラカすらも逝かずに消え去れ、妄念よ!!」
 撃ち込まれた魔術が白く爆ぜ、その光に紛れるようにザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は<ウゲン>の元へと距離を詰めていた。
 もう用済みとなった光学迷彩を解き、両手にティアマトの鱗を抜き放つ。
 その後方。
「俺だって別に地球には思い入れがあるわけじゃねぇが、分断して『ハイおしまい』はねぇだろうよ」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)がロケットランチャーを構えながら、獣口の端を吊り上げていた。
「ウゲン。会ったこたねぇが、お前、こんだけの事をしでかしてるんだ」
 狙いを定め、
「最後まで責任持って見届けやがれ!」
 撃ち出されたロケットが糸で手繰り寄せられるように空中を滑っていく。
 そして、ザカコはティアマトの鱗を虚空に閃かせながら跳躍し、ロケットの着弾と同時にゾディアックの力を<ウゲン>へと叩き込んだ。




「っく、数が多い!!」
 神崎 輝(かんざき・ひかる)は【四季】の仲間へと襲いかかってきた鳥型モンスターの急降下を盾で弾き返した。
「<ウゲン>はまだ本格的に動こうとしていない!
 やるなら、今の内ですね!」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)の放った六連ミサイルポッドが周囲のモンスターを巻き込んで爆風を巻き起こしていく。
 ゴゥゴゥとモンスターが蠢く向こう、<ウゲン>の、生々しい肉塊の一部に亀裂が入り、赤い目玉のような物が姿を現す。
 それは足元に迫る契約者たちを悠然と見下ろしていた。
 そして、またその体の端が大きく裂け、まるで欠伸でもするように巨大な口腔がブチブチと音を立てながらゆっくりと開かれていく。
「うー、余裕しゃくしゃくって感じですね……」
「実際そうなのかもしれないね」
 リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)が輝の零した言葉を至極冷静に肯定しながら、キッと、馳せていた体にブレーキをかけた。
 同時に【星掬いプロセウケ】と【月削ぎのスキア】、彼の二丁の銃口を<ウゲン>へと向けられる。
 その少し前へと滑り出し、彼と同じように灼骨のカーマインを構えたエリエス・アーマデリア(えりえす・あーまでりあ)が笑う。
「だからって、大人しく帰るつもりもないんでしょう?」
「当たり前だよ。
 “奴”と“危機”には、ここできっちり退場してもらう」
「リゼネリさん、『開き』ますっ!」
 輝の奏でたショルダーキーボードが灼熱を吹き爆ぜ、射線に群れていたモンスターたちを押し退ける。
 リゼネリは目をクンと細めた。
 肉塊の中央に狙いを定める。
「倒された悪役がステージに出突っ張りじゃ劇が進まねぇだろうが。
 安心しろ。カーテンコールにはしっかり呼んでやるから――今は大人しく引っ込んどけ」
 リゼネリとエリエスの放った魔弾がゾディアックの力と共に<ウゲン>の身に呑み込まれていく。

 その弾丸が描いた軌跡の下――
「陽さん、無理するなよ!」
 魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)を纏った蔵部 食人(くらべ・はみと)が龍鱗化した腕で獣型のモンスターの牙を受け止めながら叫ぶ。
「大丈夫!」
 霧丘 陽(きりおか・よう)は翼の剣でモンスターたちを必死に牽制しながら返した。
 彼らはモンスターたちから干渉攻撃を行う仲間を護る役目に徹していた。
「俺――分断なんてさせたくない!
 これで終わりなんて、絶対に嫌なんだ!!」
「ハッ、必死こいちゃってまぁ」
 フィリス・ボネット(ふぃりす・ぼねっと)が機関銃で弾幕を張りながらケケと笑う。
 と。
「っう、くぅ!?」
 陽の腹部を人型モンスターの爪が刺し貫く。
「ちょっ、陽!!」
 永井 託(ながい・たく)らと共に<ウゲン>へと向かっていたアイリス・レイ(あいりす・れい)が悲鳴じみた声をあげ、立ち止まろうとする。
「行ってくれ!!」
 陽の声は喉に返った血で少し濁っていた。
「俺は大丈夫だから!」
「無理しちゃってんじゃねぇよ!」
 フィリスが舌打ちと同時に人型モンスターを撃ち払い、陽の元へと駆け寄り、すぐさま彼の傷にヒールをかける。
「しょーがねぇから、今っくらいはまともに悪戯はお預けにしといてやるよ」
「あり、がと」
 陽はすぐに剣を持ち直し、しっかりと自立した。
「どーでもいいけど、死ぬなよ? 陽。
 つか、大体、お前はこういうの“向き”じゃねぇだろーに」
「確かに、初めは何もかもが嫌だった。
 ……けど、今なら戦える気がするんだ。
 だって、俺には、こんなにたくさんの仲間がいたんだ」
 あのパラミタで出会った大切な仲間たち。
「もっともっと皆と一緒に知りたいことや、やりたいことがたくさんあるんだ。
 だから、俺もこの世界を守る!」
「――イイこと言ってくれるじゃないか、陽さんは」
 ドゥッ、と向こうの方で食人が零すように言う。。
 彼は自身の三倍ほどの大きさはありそうなモンスターの振り下ろした腕を受け止めていた。
「なあ、陽さん。きっと守れるさ。
 いや、守ってみせる。俺と俺たちが失いたくない大切なものを全部!」

「それにつけても。
 ……出番、無いなぁー……えぅ」
 食人に装着されている魔鎧シャインヴェイダーは、なんとなく置いてけぼりをくっているような、ちょっともの寂しい気持ちになっていたりした。
 が、それはともかく。

「一人では小さな力でも、私『達』ならやれるはず……!」
 食人たちに守られながら、弓【ディス・キュメルタ】を凛と構えていたレイカ・スオウ(れいか・すおう)の声が静かに響く。
「背中を預けられる仲間が居るってのは、いいな」
 カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)の手が弓を構える彼女の手に、邪魔にならぬよう軽く重ねられた。
「外すなよ、レイカ」
「ええ」
 この超霊のモンスターが溢れ返る場所で、仲間の護りを信じ、ただただ目標に集中している彼女に迷いは微塵も感じられ無かった。
「私があるために、皆やカガミと共に生きていく時間のために……」
 ゾディアックの力を矢に乗せ、放つ。
 そして。
 託は矢の軌跡を追うように駆けながら、【流星・影】を、いつでも放てるように構えた。
 <ウゲン>を睨みやる。
「僕らをあまり舐めないでくれ――いくよ、アイリス」
「ええ、託。やっちゃうわよ!」
 同じタイミングで踏み込み、二人は同時に干渉攻撃を叩き込んだ。


 と――


 <ウゲン>の口が、ぐぅっと天に向けられ……
『ォゥ゛゛゛ア゛゛リィィ゛ィミ゛み――
 みミミ゛ミみりィィぃぬ゛ニ゛ヒドゥるる゛るる――
 るるるるシッうギのジジジジリうぅぅルでデデぁ゛ぁああ゛ッッッッ』
 吐き出された大音声。
 何に例えられようもない、形容し難い無数の音の塊が響き渡る。
 それは肌と骨をビリビリと乱雑に震わせ、躰と頭の奥底の芯までを遠慮無く引っ掻いていった。
「――っ、み、耳いたぁい……」
 というより、脳を直接掴んで乱暴に揺らされたような気持ちで吐き気を催しながら、月音 詩歌(つきね・しいか)は<ウゲン>の方を恨みがましく見やった。
「って、マズイかもっ」
 それの様子が明らかに変わったことに気づいた。
 今まで、その肉塊から現れたものは全て何から何までもが寝ぼけいるような様子だった。
 だが、今は違う。
 それぞれが何かしらの意図を持ち始めている。
 相変わらずモンスターが溢れる周囲で、彼女と同じく状況の変化に気づいた者たちが、すぐに行動に移り始めているのが分かった。
 皆、高位の能力を持つ者たちだ。
 詩歌は、すぐに仲間たちの方へと振り返った。
「干渉攻撃を終えた人たちを急いで撤退させなきゃ!
 アレがすぐに暴れ出すよ!」
 と。
「しーちゃん!!」
 目を見開いた不知火 緋影(しらぬい・ひかげ)の叫び声。
 それが、ふいの無音に掻き消される。
 詩歌は、ほぼ本能で緋影の方へと飛んでいた。
 そして、刹那と呼べるほどの間もなく、彼女たちの周辺は<ウゲン>から伸びた尾で薙ぎ払われたのだった。