空京

校長室

終焉の絆 第二回

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終焉の絆 第二回
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【1】アルティメットクイーン 3

 女王器を失ったクイーンにはいま、どうすることも出来ない。
 それでもクイーンは諦めなかった。女王器を奪われたのであれば、また奪い返すのみ。光条兵器のごとき光の剣を生み出したクイーンは、迫りくる契約者達と最後の力を出し切って戦っていた。
「来なさい、契約者達! 私は全力を持ってあなた方を倒してみせましょう!」
「無駄な戦いはしたくない……! それにクイーンさん! 人を陥れる事に力を使うのは虚しいよ!」
 クイーンの剣と杖でぶつかり合いながら、赤城 花音(あかぎ・かのん)はそう叫んだ。
 それはクイーンにとっても聞き逃すことの出来ない言葉だった。
 花音達が出した結論は、名前も忘れられた星の再生だった。それこそが全てを丸く収める道ではないかと花音は考えている。もちろん、箱船も理解できないではない。しかし花音達は、そんな道を選びたくはないと思っていた。
「和解を望むのであれば、それなりの道は用意出来ます」
 花音のパートナーであるリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)はそう言った。
「けれどそうでないのであれば……総力戦も免れません」
 彼の意思は本物だ。花音にもそれは伝わっていた。
 しかしそれでも、花音はアルティメットクイーンと戦うことはしたくないと思っていた。
 花音は自らの声で歌のフィールドを造りだした。それは極限の集中力が生み出すトリップ・ザ・ワールドと呼ばれる能力だ。アヴァロンと呼ばれる音楽の歌詞を口ずさむことで、花音は自身の集中力を高めてゆく。
 言わば、特殊な結界と言えようか。歌に集中しなければならないため、花音も攻撃は出来ないが、代わりに彼女の周りに強力な防御力を持ったフィールドが展開したのだった。
 しかし、それでいいと花音は思った。
 食いさがるクイーンに対し、彼女は戦乱を収めて共に歩む道を提案した。
「一緒に運命を切り開こうよ! 私達にはそれが出来るはずだよ!」
「私がその運命をつくってみせるのです! この私自身の手で――ッ!!」
 クイーンは戦いの手を緩めようとはしない。
 アヴァロンの結界と光の剣がぶつかり合い、激しい火花を散らした。
「今ですよ、シュヴァルツ!」
「我、汝、捕獲する也」
 その隙に、ラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)がクイーンの拘束に回る。朱鷺が二刀の刃でクイーンに襲いかかり、その間にシュヴァルツが闇に染まった剣を振るった。
 クイーンは咄嗟のところで引き下がる。
 そこに――
「クイーンさん、待ってください!」
 彼女を追ってきたのは、クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)だった。
 クエスティーナは後退するクイーンを離そうとはしない。食いさがり、意地でも彼女と会話を試みようとするように、クイーンに追いすがった。
「恐れないでください。誰だって、立ちむかうのは怖いです。確実な方法を選びたいはずです。けど、可能性があるのなら、少しでも未来を変えられる方法があるのなら、それにすがってみてはもらえませんか!」
「未来を変える? その為に、私が“正しき滅び”を――」
「違います! あなたの力があれば、歪みによる“終焉”からも、“正しき滅び”からも、世界を救えるかもしれない! 私はその方法に賭けてみたいんです!」
 クエスティーナの目は真っ直ぐにクイーンを見つめていた。
 未来は在ると、そう信じているような目だった。クエスティーナの隣にいるサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)も、それに深くうなずいていた。
「私達は変えられるはずだ、自らの運命を」
「すでにその結果が、あなた方を滅ぼそうとしている創造主なのですよ」
「それだって、全てが私達と同じとは限らない」
 サイアスは言い切った。クイーンはわずかに目を丸くした。
「一緒に変えていけは出来ないか? それに、たとえいくらあなたがそれを拒んだとしても、だ。クエスは諦めないぞ。あなたことを、絶対に」
 サイアスはそう言って笑って、クエスティーナの肩に手を置いた。
 分からない――。と、クイーンは思った。それが契約者という者の多様性なのだろうか? それとも、彼らが特別なだけ? 疑問の渦に見舞われたクイーンに、さらなる来訪者がおとずれた。それは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だった。彼は他の契約者達に手を出させまいと警戒しながら、クイーンの傍に近づいた。
「悪い。甘いってのは、分かってんだけどな……」
 唯斗は言った。クイーンの眉がぴくりと動いた。
「ならば、なぜ?」
「それでも、そいつを捨てられないからだよ。俺達が望むのは誰もが犠牲にならないで済む世界。少なくとも、これまで自分達が生きてきた証を、無為になんてしたくないんだ。手を取り合えるなら、手を取り合いたい」
 唯斗はクイーンに近づいていった。だが、クイーンとて警戒を緩めてはいない。近づく度に、一歩ずつ身を引いていた。
「クイーンよ、お主は命を選び、切り捨てることの出来ぬ者に救世などできないと言ったな」
 唯斗の傍にいたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がそう言った。
 クイーンはそちらに目線を動かした。エクスはクイーンを睨むように見つめている。決して目を逸らしはしないとでも言うようだった。
「だが、こいつは切り捨てることを否定するだろう。唯斗はそんな奴だからな」
「……それで?」
「こやつと一緒に信じてはもらえまいか。誰も殺させはしない。そいつを、妾たちとともに、信じては……」
 エクスは縋るような目でクイーンを見た。
 しかし、クイーンはしばらく黙ったまま彼女達を見て、やがて首を振った。
「残念ながら私は――まだ戦える力を残しています!」
 その瞬間、クイーンは後方に跳びはね、唯斗達と距離を取る。
「しまった!」
「クイーン、何処に!?」
 隙を見てクイーンの拘束を狙っていたジェイコブと宵一は、自身の手と、投げ飛ばしたナラカの息吹が外れたことに舌打ちした。
「くそっ……。彼女を……なんとか生かしたいのに……」
 宵一は歯がゆい思いを抱いて、唇を噛みしめた。
 リイムと宵一の目的は、クイーンを殺そうとする契約者達の手に彼女が墜ちる前に、なんとか保護することだった。しかし、それは困難を極めるらしい。アルティメットクイーンは再び力を溜め込むと、契約者達に向かって襲いかかってきた。
「クイーン様!」
 そこに、立ちはだかったのは一人の少女だった。
 その名は結崎 綾耶(ゆうざき・あや)――。これまでクイーンの傍にいて、彼女を支えてきた契約者の一人だった。クイーンにとっても記憶に新しい。綾那はクイーンが拘束されていた時にも、常に変わらず、彼女を慕い、言葉を交わしてくれた者の一人だった。
「どうしても、その剣を収めてはもらえないのですか?」
「…………」
 綾那の問いに、クイーンは冷然とした目を向けるのみ。光の剣は鮮烈な音を発し、クイーンの意志がいまだ綻びていないことを証明するかのようだった。
「クイーン様! 私達が力を合わせれば滅びの未来も、きっと止められます! だから……こんな争いはやめてくださいっ……! お願いですから……!」
「無理なのです、綾那」
「え……」
 クイーンの刹那の声に、綾那は戸惑った。
「私にはもう戻ることは出来ません。一度、踏みだしてしまったこの足はもう止めることは出来ないのです。私の背には、心には、私の為に犠牲になった多くの命が……! 未来がある……! 彼らの為にも……その為にも……私は新たな未来を手に入れる必要があるのです!」
「で、ですが、それは……」
「あなたが私の前に立ちはだかるというのなら、私は迷いなくその障害を断ち切る! あなたを、あなたという存在をッ!!」
「クイーン様……!!」
 その瞬間、クイーンは綾那へと斬りかかった。
 頭上から振り落とされる剣の一筋。その軌道が、真っ直ぐに綾那には見えている。
 死を覚悟した。――その時だった。
「なにっ!?」
 打ち振るわれた剣は、綾那の頭部を叩き割る寸前で止まっていた。

「ふざっ……けんじゃねえよ……!!」

 そこには、匿名 某(とくな・なにがし)の姿があった。
 彼はクイーンの振るった女王器の剣を自らの剣で受け止めていた。ぎりぎりの間合い。綾那を守るために飛びこんだ彼の剣が、あと一歩のところで彼女を守ったのだった。
「てめぇはこれまで、何を信じてきたんだよ……」
「…………」
「てめぇを慕ってくれる人を、てめぇを信じてついてきた人達を、信じてきたんじゃねえのかよ! それを……その綾那を……裏切ったりしちまったら……てめぇの信じてきたもんはどうなるんだよッ!!」
「……!?」
 クイーンは瞠目した。その目が揺らぎ、綾那の姿が目に入った。
「目を覚ませ、クイーン! もう一度、自分の心を信じてくれる人達を、信じてみる気になってみろッ!!」
 そう言った某の姿は、一瞬のあとにかき消えている。クイーンの懐に踏みこむようにして、彼女の光の剣の刃を弾き返したのだ。そのままふき飛んだクイーンは、壁に叩きつけられた。
 そして――
「これで終わりです! クイーン様ッ――」
 綾那が小型結界装置を発動させる。透明なシールドがクイーンの身を覆った。その瞬間、神を名乗った別時空からの来訪者は、意識を失ったのだった。