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5000年前の空中庭園

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5000年前の空中庭園

リアクション

★プロローグ



「本日は5000年前の空中庭園への調査・探索のためお集まりいただき、誠にありがとうございます」
 メイドの泉 美緒(いずみ・みお)は、事前に通達した集合場所である百合園女学院が存在するヴァイシャリー入り口に集った面々に向けて、腰を折った。
「わたくし、調査隊を任されました泉 美緒と申しますわ。ピクニックというのはいつになっても心躍るものですわね。早くシャンバラ女王の妹君が愛でた花を見て、心穏やかになりたいものです」
 調査をピクニックに置き換え、少し遠い空に思いを馳せる彼女は、既に自分の世界に浸っていた。
 このままでは一向に話が進みそうにないと、フェルブレイドのフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)が美緒より一歩前へ足を踏み出し、声高らかに言った。
「薔薇の学舎、フェンリル・ランドールだ。これから俺達がヴァイシャリーの南南東に出現した空中庭園まで案内する。他の誰かに荒らされる前に、早速荷物をまとめて出発しよう。明日には着くはずだ。それでは、よろしく頼む」
 フェンリルがそう言うと、皆荷物を持ち上げた。
 各々のやる気に満ち溢れている感情をフェンリルは肌で感じ、群集を掻き分け先頭に立って歩き出した。
 その後を早歩きで追い、隣に並んだ美緒が唇を尖らせて言った。
「せっかちなのですね」
「泉に任せておけば、ずっと夢見心地で喋っていそうだったからな。それに最悪、1人1人と挨拶しかねない」
 そうまで言われて黙っていられないのが美緒だ。
 お嬢様気質な彼女は言い含めて返してやらねば気が済まない。
「おほん、フェンリル様。わたくし達はこれから共に調査をするのです。各々がきっちり互いを理解し、協力しなければいけないのではなくて?」
「勿論時間があればそれが理想だ。だが、中には手練や見知った者同士もいるだろう。それにお嬢様にはわからないかもしれないが、戦う奴らってのは、いざって時に呼吸を合わせられるもんだ」
 理解はできないが、そうなのかと信じられてしまうほどの力強い言葉に、美緒は肩にかかった髪を優雅に払って返事とした。

 歩き出して間もない道中、そんな2人に並び、最初に挨拶してきたのはジャスティシアの宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だ。
「どうも、こんにちは。私、空京大学の宇都宮 祥子よ。今回ご一緒して、これで記録したいのだけど、いいかしら?」
 祥子は片手に持ったデジタルビデオカメラのレンズで美緒を捉えながら承諾を求めた。
 それはあくまで、礼儀として、である。
 祥子の歴史に対する人一倍の思いは、断られたところで諦めるはずもなく、こっそり撮影を試みるに違いない。
 自分自身でもそうするであろうことは、重々自己分析が済んでいた。
「ええ、勿論構いませんわ。わたくし、何も記録道具は持ってきておりませんので」
 だが美緒は呆気なく承諾し、さらりと問題発言までしてみせた。
(さすがお嬢様……)
 祥子は、驚きに続いて溜息が出そうなのを堪えて、笑顔で肩を揺すって誤魔化した。
「しかし、空中庭園で果たしてカメラは正常に動作するか?」
「確かに。機械系は動作不良を起こしそうだとの報告もあるしね」
 祥子に声を掛け、割って入ったのはミンストレルのクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)とパートナーであるシャンバラ人のクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だ。
「……貴方達は?」
 美緒とは違い、唯一の不安点を指摘してきたクリストファーとクリスティーに、祥子は訊ねた。
「失礼。英国紳士として有るまじき失態だったな。俺はクリストファー・モーガン。こっちはパートナーのクリスティー・モーガンだ」
「ご紹介にあずかりました、クリスティーです。ボク達も似たような目的ですよ。ミス……」
「宇都宮 祥子よ。貴方達も記録を目的に?」
「記録とは少し違うな。俺達は吟遊詩人の誇りを持って、この冒険を、そして素晴らしき空中庭園を詩に残したくてな!」
 突然カメラの前に颯爽と現れ、詠い始めるのではないかと不安になったが、うんうんと頷くクスリティーの満足気な顔を見て、祥子は無碍にはできないと感じた。
 だが既に、美緒に話しかける前からこっそり回していたカメラの前に姿を現されたのだが……。
「あっ、そうだわ!」
 祥子は自らの報告・事務的になってしまいそうな記録に、華を添えるのも悪くないと提案した。
「ナレーションのような感じで、ポイントポイントで謡って頂戴」
「ふふ……。だが俺達は、あくまで出しゃばらず、詩という伝統的手法でこの旅路を伝えたいのだ!」
 更に満足気にクリスティーは頷いた。
「だけど、詩も見えない誰かに伝えなくては意味がない。違うかしら?」
「ふう。中々押しが強いな」
「一緒に行くのだもの、これも何かの縁よ」
「ふふ……。仕方ない」
「ボク達でよければ、祥子さんの映像に華を添えさせていただきます」
 遥か太古の庭園に想いを馳せる我らの中で、後世に継ぐ者達がここに手を取り合った、とカメラに透き通った声が記憶された。
「か、かっこいいですな〜」
 謡うクリストファーとクリスファー、撮影する祥子を少しを遠巻きに眺めていたサイオニックの日吉 のどか(ひよし・のどか)が感嘆の声をあげた。
「ふふ……。俺の詩に早くも心惹かれるとは……。クリストファー・モーガンだ。名を教えてくれ」
「私、日吉 のどかと申します。ビラ配りを人生にしてます! 空中庭園からビラを撒きにきました」
「なるほど。のどかくんも伝えるために生きているんだな」
「もちろんです!」
 手法・手段は違えど、誰かに何かを伝えたい者同士通ずる所があったのだろう。
 すでにパートナーも紹介し、意気投合し始めた3人に、祥子は疑問を口にした。
「のどか、空中庭園の場所はご存知で?」
「ヴァイシャリーの南南東……ですな〜」
 事前に伝え聞いたことと、改めて自分達が移動している方角を頭の中で地図と照らし合わせながら、のどかは答えた。
「そう、私も少し調べたところ、南南東にある岬のようなところに塔が出現したようですよ。と、言う事は?」
 のどかは祥子が何が言いたいのか顎に指を当てて考え込んだ。
 そして思いついた答えに、次第にのどかは青ざめていった。
「岬……人がいない……。もしかして、私のビラを読んでくれる人が、いない……」
 のどかの顔に余分な縦線が入り、意気消沈していく。
 そんなのどかに祥子はペンを渡して、肩を叩いた。
「美緒は記録する術を全く持ってこなかったと言ったわ。ビラを撒くことはできないけど、後ろの白紙にいろいろと記録して頂戴」
「それは名案だね。ボク達の詩も文字に起こして残れば、これほど嬉しいことはないよ」
 新たな役割を与えられ、沈んでいたのどかの顔は輝きを取り戻した。
「わかりました! 私、今回はビラを記録用に有効立てたいと思います」
 新たな友は、後世に文字を残す者、と再びカメラにのどかの笑顔と詩が取り込まれていった。

 記録チームが誕生した先頭集団に追いつき美緒に挨拶をし、今度の調査・探索も傍で同行しようと考え、歩を早めていたドルイドの崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だったが、途中で見知った顔であるニンジャの如月 正悟(きさらぎ・しょうご)を見つけ、声を掛けた。
「あら、正悟さん。私よ、崩城 亜璃珠。あなたも空中庭園に参加を?」
 正悟はビクリと震え上がって、辺りを窺った。
 その挙動不審さを見て、亜璃珠はすぐにピンと来た。
(男の貸し借りは繊細すぎるわよね……)
 正悟は今までの美緒への借りを返すために、今回は影ながらサポートしようと決めていたのだ。
 だからこそ、自分が同行しているのは極力見つかりたくなかった。
「やあ、亜璃珠さん。参加はするけど、あまり出しゃばらずにサポートに回らせてもらうよ。いろいろ非常時の準備はしてきたことだし」
「そう。でもね、そろそろ美緒には何かして欲しいのですわ」
「何か?」
「いつまでも助けられる側というのはどうかしら、と思いまして。そろそろ助ける側として動いてもいい頃合かと思いますの、私」
 ああ、と正悟は手を打った。
 そして、お姉様のような亜璃珠が全面的に美緒をバックアップするのならば、自分は影でいろいろと美緒も含めた同行者をサポートしていけばいいと思った。
 勿論、第一に考えるのは美緒だが……。
「それでは、私、美緒に挨拶してきますわ。それでは、ごきげんよう」
「ああ、亜璃珠さん。くれぐれも俺がいるのは内緒で!」
 返事代わりにウィンクしてみせた亜璃珠を見て、正悟は胸を撫で下ろし、少しズリ下がった荷物を、再び背負い直して前を向いた。
 亜璃珠は正悟と別れ、また距離が離れた先頭に向かって歩を進めた。
 視線の先に美緒を捉えると、一気に距離を詰めた。
「美緒、フェンリル。ごきげんよう」
「亜璃珠様、いらしたのですね。気付きませんでしたわ」
「崩城か。泉のサポートは任せたぞ」
 フェンリルは亜璃珠の顔を見るなり、そう言い放って前を向いた。
 それが亜璃珠には妙に可愛らしく見え、指先でフェンリルの顎のラインをなぞったものだから、少し怒ったように払われた。
 そんな反応もまた、亜璃珠には心地いいものなのだ。
「今回は美緒に頑張ってもらうわ。だからフェンリルには騎士の役目をきちんと果たしてもらわないといけないわ」
 それはフェンリルだけに聞こえるよう小声で言うと、騎士を演じる男は盛大に溜息をついたのだ。
「さ、美緒。今回は一緒に頑張りますわよ」
「ええ、亜璃珠様。お願いしますわ」
 こうして美緒とフェンリルに亜璃珠が同行することとなり、正悟もサポートに回る。
 今回の空中庭園を任された美緒達をサポートする体勢は、フェンリルの言ったとおり、各々が呼吸を合わせ始めた。
 空中庭園まであと少し。
 まだ見ぬ5000年前の塔にそれぞれが思いを馳せながら、歩みを進めた。