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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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 ――はかりごとは夜。


 キッチンに置かれた小型ラジオからパーソナリティの声が流れていた。
『はい、じゃあここでリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)さんからのメールをご紹介します! え〜っと、最近夜になるとチョコレイト・クルセイダーを名乗るチョコレート強奪犯がツァンダ付近に出没しています。危険な変態ですので夜八時以降は外出せずに、チョコレートは日中お買い求め下さい。ですって! 来週はバレンタインだからね、怖いね〜、そういえばこの間……』
 リリィは、頻発するチョコ強奪事件に対する警告として、まずは広くパラミタのTVやラジオ、インターネットでの警告を始めたのである。
 今日は木曜の夜。週明けにはバレンタイン本番とあって、夜チョコを持って出歩く女性も多く、チョコレイト・クルセイダーにとっては格好の的であった。

「――人の恋路を邪魔するバカか――」
 キッチンで手作りチョコレートを作っていた男が呟いた。
「――そういうバカはSmackDownだな。明日は金曜日だし、ちょうどいいだろう」
 すると、チョコレート作りを手伝っていた眼鏡の少女が不思議そうな顔をした。
「スマックダウン?」
「おしおき、というほどの意味さ」
「おしおきに曜日が関係あるんですの?」
 完成したチョコレートを可愛らしく器用にラッピングしながらその男、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は少女、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)に向かってニヤリと笑った。


「SmackDownはFridayNight。そう相場が決まっているのさ」
 ――と。


『ビターなチョコは甘くない』


第1章


「おい。明日の夜でいい、面を貸せ」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の部屋を突然開けて入ってきたのはパートナーのザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)だ。見ると、いつも来ている上等な黒いスーツが茶色い液体でひどく汚されている。
「――どうした、それ」
 だがザミエルは無言で部屋を後にし、汚れたスーツを洗濯カゴに放り込んだ。どうせクリーニングに出すにしても、引っ掛けられたチョコレートはひと通り落とさなくては。
 そう、ザミエルは自分用にとコンビニで買ったチョコレートを、道端でバッタリ出会った全身茶色タイツの変態集団――チョコレイト・クルセイダーに奪われたのだ。
 あいにく武器を持っていなかったのとあまりにも珍妙な集団だったので油断し、チョコで固められはしなかったがチョコレイトビームが何度かかすり、トレードマークでもあるダークスーツを汚されてしまった、というわけだ。

「ふふふ……少し早いバレンタインのプレゼントとは気が利いているじゃあないか……ホワイトデーにもまだ早いが、しっかりとお返しをしてやらんとなぁ……」
 服を着替えて、いそいそと愛銃の手入れをするザミエル。その様子を見ておおまかな事情を察したレンは一言声を掛けた。
「大体何があったかは分かったが……あまり手荒な真似は……」
「――!」
 ザミエルは一層紅色に染まった赤い瞳をレンに向けた。その眼はすでに完全にハンターの眼であり、ザミエルは既に狩りの準備中なのだ。いかにパートナーであろうとも邪魔をすることは許されない。
「……おやすみ。ほどほどにな」
 その瞳に明確な殺意を感じ取ったレンはそれだけ言うと部屋を後にした。ドアを閉じるとやや調子外れの鼻歌まで聞こえてくる。

「――運の悪いことだな、チョコレート強奪犯とやらも」
 と、天井を仰ぎ見るレンだった。


                              ☆


 翌日は金曜日、場所は蒼空学園のカフェテラス。

 多数の被害者と同様にチョコを奪われた師王 アスカ(しおう・あすか)は、事件を解決するべく聞き込み捜査を開始したところだった。
「するとやっぱり、こういう感じの変な仮面をつけた変態にチョコを取られたのね〜?」
「はい、そうです」
 蒼空学園の四葉 恋歌は、アスカがスケッチブックに書いた独身男爵の全身図を見て頷いた。アスカ自身が見た情報と他の被害者の情報を照らし合わせてチョコレイト・クルセイダーのアジトを突きとめようという作戦である。
 恋歌もまた自分の持つ情報が解決の役に立てば、と各学園の掲示板に自分の連絡先を出して情報提供を呼びかけていた。
 結果として、ここ数日で恋歌はかなり多くの人物からの接触を受けることになる。アスカとそのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)もそのうちの一組だ。

 すると、恋歌を含めて相談する一同に、また一人の少女が元気に話しかけてきた。
「ねえ、四葉 恋歌ってあなた!?」
「――あ、はい」
「変態にチョコ取られたのってあなたでしょ? 私もなんだ、ちょっと話聞かせてよー!」
 陽気に割り込んできた少女に、アスカと鴉はやや戸惑いの表情を見せる。それに気付いた少女はぺこりと頭を下げた。
「あ、ごめんね! 私、久世 沙幸(くぜ・さゆき)。自分用に買った限定チョコ取られちゃったの、最後の一個だったのに……ゼッタイ取り戻すんだもんっ!!」
「あ、師王 アスカです〜」
「蒼灯 鴉だ」
 椅子を動かして沙幸の席を空ける。

「ありがと! それで、恋歌やアスカが取られたチョコはどんなのだったの?」
 すでに気安く名前を呼び捨てにする沙幸。特に気にした風もなく、恋歌は答えた。
「は、はい……チョコっていうよりはその材料、なんですけど……」
 アスカもまた答える。
「こっちはチョコそのものね〜。材料段階であってもお構いなしかぁ、本当にチョコレートであれば何でもいいのね〜」
 沙幸もその言葉に頷いた。
「う〜ん、そうみたいだね。私のも普通に買ったチョコだし。ちなみに私のは自分用……二人のは本命用? それとも義理?」
 その問いかけに、恋歌はやや顔を赤らめて答えた。
「あの……ほ、本命です……手作りチョコで、その、こ、こ、こ、告白しようと……」
 最後の方はもう聞き取れないほどに小さい声になってしまった。
 アスカはというと返答に困ったように黙っている。
 そこに、鴉がテーブルの上に地図を出して遮った。
「ほら、じゃあこれにそれぞれの被害ポイントを書き込んでみようぜ、警察がアジトを発見できねぇのは現場とアジトが近くてルートを確定できねぇからじゃねえかと踏んでるんだが……」
 それぞれにペンを渡して解説を始める鴉。
 数ヶ月前、アスカに強引に告白したはいいがその返事を保留され続けている鴉には、アスカのチョコレートの話題など不愉快そのものでしかない。

 どうせ薔薇学の校長にでも渡すつもりだったんだろう、と。

「それでな、どうせなら現場付近のマンションの住人にも聞き込みしてみようぜ。犯人が逃げて行った方角とかでアジトの場所を予測できるかもしれねぇし」
 話題をすりかえられたことに気付かない沙幸は、ポンと手を打った。
「あ、それいいね! じゃあさ、他にも集めた情報をネットで共有しておこうよ。そうすれば他にも事件解決に乗り出した人が役立ててくれるだろうしさ!」
 携帯を取り出して、同意する一同。
「ふんふん……犯人の数は十人前後……変な仮面にタイツ……時間は八時以降か……」
 呟きながら携帯に情報を打ち込んでいく沙幸。その目の前に花束がつい、と差し出された。

「え?」
 突然鼻腔をくすぐった花の香りに沙幸が顔を上げると、そこには一人の妖艶な美女が立っていた。多比良 幽那(たひら・ゆうな)だ。
 条件反射的に花束を受け取ると、幽那はニッコリと花の咲いたような笑みをこぼした。
「こんにちは、あなた達も例のチョコ強奪騒動の被害者さんでしょ? 私も、みんなに話を聞かせてもらっているの。少しお話、いい?」
 幽那の後ろを見ると、ちょこちょこと10歳前後の容姿をしたアルラウネ達――幽那特製のオリジナル樹木――が四体、カゴにたくさんの花束を抱えている。
「うん、いいよ! でも、この花束は?」
 同様にアスカや恋歌にも花束を渡しながら幽那は答えた。
「お話を聞かせてもらうお礼ってところかしら? それに、チョコを取られちゃったのなら、代わりに花束でもどうかしら、って」
 受け取った花束の香りを嗅いで、アスカは微笑んだ。
「キレイ……それに、いい香り〜」
 それを聞いて満面の笑みを浮かべる幽那。植物に対して異常なほどの情熱を注ぎ込む彼女は、自分のことよりも自分の花を褒められたほうがよほど嬉しいのだ。
「ふふ、ありがとう。それで、チョコレートを取られた時のことなんだけど……」
 と、更に情報を交換し合う一行であった。


                              ☆


「絶対に許さないぜ! 私が買ったチョコを奪っていった奴ら! 今度こそギッタンギッタンにしてやるんだぜ!」
 七尾 正光(ななお・まさみつ)と共に道を歩く少女、ステア・ロウ(すてあ・ろう)は怒りに燃えていた。正光はそんなステアをなだめながら情報収集に勤しんでいる。
「そんなにいきりたつなよ。そのためにこうして俺たちで聞き込みをしているんだからさ」
 正光の言うことは確かに正論だが、それでステアの怒りは収まるわけではない。
「そうは言うけどなニーサン! あれは私が残り少ない小遣いをはたいて買ったんだぜ!? 何としても取り返すんだからな!!」
 一人でやる気の炎を燃やすステアの背中を、やれやれと見つめる正光。そこにもう一人のパートナー、直江津 零時(なおえつ・れいじ)が口を挟んだ。
「――ふむ。どうやら他にも情報収集に動いている連中がいるようだな。どうせだから便乗させてもらうとするか」
 零時が携帯を示すと、そこには久世 沙幸と師王 アスカ、それに多比良 幽那たちがまとめた情報ページがある。
 ステアは零時の手から携帯を奪うと、ふむふむと情報を読み込んでいった。
「さすがはゼロにぃ、頼りになるぜ! よぉし、ここに私たちの情報も集めて一気に事件解決といくぜーっ!!」
 ぐおおおと盛り上がるステア。それに同調したのは平城山 和隆(ならやま・かずたか)のパートナー、ユウリィ・シャーロック(ゆうりぃ・しゃーろっく)だ。
「そうですわ! 素敵なバレンタインの直前にそんな無粋な事件を起こすだなんて許せません! ステアさん、頑張りましょうね!」
「おう! ユーリィさんは話が分かるぜ!!」

 だが燃え上がるユーリィをよそに、当の和隆のテンションはそれほど高くない。
「はぁ……毎年憂鬱なバレンタインだってぇのに、何だって人様の幸せのために駆り出されなきゃならんのよ……」
 そこに零時が話し掛けた。
「すまんな、ステアのために。だが、あまり乗り気でないようなら無理しなくてもいいんだぞ?」
 だが、和隆は手ひらひらと振って否定した。
「いやあ、違うんだゼロ。知ってるだろ、俺の誕生日。……2月14日」
「……ああ」
 ふと、思い出す零時。
「昔っからこの時期にいい目を見たことがないんでなぁ……どうもテンションが上がらないってだけ。ま、気にしないでくれ。放っといてもユーリィとステア頑張ってくれるさ、あの様子なら」
 ステアとユーリィ、二人の後を追う正光の背中を見守りながら、零時と和隆は軽く笑い合った。


「どうも、そのようだな」


                              ☆


「ふう、結構重いな」
 両手にチョコレートがいっぱい入った紙袋を提げてツァンダの街を歩くのは変熊 仮面(へんくま・かめん)だ。バレンタインも近いので今日はいつもの仮面を外し、薔薇の学舎の制服をしっかりと着込んでイエニチェリ風マントを羽織っている。その傍らにではパートナーのにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)も大きな紙袋をうんしょうんしょと運んでいる。当然、中身はチョコでいっぱいだ。
 普段は常に全裸にマント姿の変熊だが、こうして服を着ていると素顔は精悍なだけに見栄えはいい。
「変熊さん、こんばんは〜」
 通りがかった百合園生に声をかけられた。
「うむ、帰り道には変態に気をつけるようにな!」
 つい、イイ声で返事をしてしまう変熊。
何しろ薔薇の学舎の生徒ということは美形の代名詞、この調子で評判を上げておけばバレンタインにはチョコの一つも貰えるかもしれないじゃないか。

 それを姑息という。

 というか普段から服を着ていればいい話じゃないか?

 それはともかく、変熊は両手に余るほどのチョコを手に街を歩く。どこまでも姑息なことに、こうして自分の美形っぷりとモテっぷりをアピールしておこうという作戦なのだ。
 だが、もう暗くなってきた。そろそろ岐路につくべきだろうかと人気のない公園を通りがかったとき。


「そこのお前ッ! そのチョコレートを渡してもらおうかッ!!」


 変熊の眼前に茶色のタイツを着込んでマントを羽織った10人ほどの集団が現れた。チョコレイト・クルセイダーの一団だ。
「な、なんだ貴様らは!!」
 まずは突然の出現に抗議する変熊だが、良く見るとその格好は普段の自分が全身タイツを着ただけの格好だ。
「……そうか、最近街の人々に浴びせられる罵声が減ったと思ったら、貴様らが俺様の黄色い歓声を奪い取っていたのだな!!」
 なんとも恐ろしい勘違いである。

「ちっげーよバカ!! いいからそのチョコ渡しやがれ!!」
 最初に声をかけたクルセイダー、木崎 光(きさき・こう)が変熊に向けてブロードソードの切っ先を向けた。
 見た目には男の子にしか見えない光だが、こう見えて実は女の子だ。
 その光はバレンタインを憎んでいた。
「バレンタインがなんだってんだよ! ちょっと女だってだけで無言の圧力でチョコを要求されるし! 渡したら渡したで見た目が男っぽいからってどいつもこいつも微妙な顔しやがって!! こんなイベント滅びちまえばいいんだよ!! チョコレートは好きだがバレンタインは大っ嫌いだ!!」
 ギロリと血走った目を変熊に向ける光。
「と、いうわけでその紙袋いっぱいのチョコレートをいただこうか!!」

 だが、それを真っ向から断る変熊。
「断る! 明日もこれで街を練り歩いて見せびらかすんだからな!!」
 いやそれもどうかと。

「何だと、正義である俺様に逆らうってのか!! 分かったぞ! お前悪だな、悪だろう、よし決定。お前悪!! 悪だから倒す!!」
 なんという傲慢主義!!

 光はパチンと指を鳴らすと、マント姿のクルセイダーが一人前に出る。
 見ると、マントの中は限りなく全裸であるが肌はチョコレート色で、何故かその素肌にプレゼント用のリボンを巻きつけただけの姿だ。
「こいつは我々チョコレイト・クルセイダーが開発したチョコ怪人『リボン魔人』!! やれっ!!」
「リッボーン!!!」
 リボン魔人は身体に巻きつけたリボンを飛ばして、一瞬にして変熊とにゃんくまを縛り上げてしまった。

「にゃーっ!?」
「ぐおぉっ!? というかその怪人普段の俺様に似すぎてないか? まさかブラック変熊仮面!? いやチョコだからブラウン!?」
 そんなどうでもいいことを言っている間に、変熊はチョコレートの入った紙袋を奪われてしまった。
 中を見ると普段なかなか買う機会もないような高級チョコでいっぱいである。
 光はそのチョコの重みを確かめると、満足そうな笑みをニヤリと浮かべた。

「こいつはありがたく頂くぜ! 安心しろ、ちゃんと我々クルセイダーで分けておいしく食べてやるからな!! これぞチョコの本懐というものさ、はーっはっはっは!!!」
 高笑いを残して光たちクルセイダーは公園の闇の中へと消えて行ってしまった。後に残されたのはプレゼント用のリボンでぐるぐる巻きにされた変熊とにゃんくまのみ。
 じたばたと生きのいい新鮭のように暴れてみても、リボンが食い込むばかりで切れそうにない。

「ふにゃーっ! ふーっ!」

「お、おのれーっ! 俺様の、俺様の大切なチョコレートを返せーっ!!!」
 夜の闇に変熊の悲痛な叫びが響くのだった。