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暴走の眠り姫―アリスリモート-

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暴走の眠り姫―アリスリモート-

リアクション

 ――海京

「「クソ、テメェでしゃばりやがって……」」
 収まらない頭痛に、目眩を感じながら、アリスは毒づいた。
 アリサの人格が邪魔をしたせいで、人質を失ってしまった。これでは目的の場所へと進めない。
 《精神感応》による精神ネットワークを利用して、周辺の地図や情報を得ればいいとは思うが、彼女らは致命的に方向音痴であり、また絵という資格情報媒体に対して破壊的なまでに疎い。地図なんて読めるものじゃないと思っている。
(どうして、あんな事したの? 彼らはあなたを助けようとしていたはずよ)
 アリサが頭の中で、アリスに語りかける。
 今や、二つの人格は同時に覚醒して存在していた。タダ、アリスに体の主導権が移行されている。アリサもアリスの行動を幾らか阻害する事はできるが、直接的には下せないので、彼女もまたアリスを必死に説得しようとしていた。
 アリスも彼らが何を思って、自分と対峙したのかは《精神感応》での会話から読み取っていた。しかし、自分を救ったところで、彼らには何の見返りはない。あるとしたら、アリサと言う研究材料が手に入る事だけだ。行動が善意であっても、それがアリスやアリサにとって最良ではない。
「「なら、ワタシの痛みをテメーが受けてみろ。……出来ねえだろう。そいうプログラムだからよ」」
 その言葉にアリサは黙る。
 そもそも、解離性同一性障害とは何かと言う話になるが、それは厳密に言えば多重人格ではない。ある種の苦痛やストレス、もしくは陰性外傷から自己を守るために、別の人格を作り出す事だ。その作り出された人格とは『痛みを引き受ける人格』である。故に、アリサの受ける精神的苦痛は、全て、アリスが肩代わりしている。実験の苦痛も、今尚苦しむパラミタとの拒絶反応もだ。
 それに、アレーティアへの攻撃は彼女のPCを狙っての威嚇攻撃の筈だった。
「「しかし、今日はヤケに拒絶反応がつえーな……」」
 アリスが頭痛で伏せる。アリサも心配するがどうしようも出来ない。
「――! どうしたんだ君? 急に飛び出したら危ないぞ」
 誰かが、アリスに声を掛けた。アリスはどうやらその男の前に出てしまったようだ。
「どうしたんですか唯斗兄さん」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)に訊く。アリスはこの男が唯斗と言う事だけわかった。服装を見る限り、天御柱生徒ではないようだ。
「何だい唯斗? 海京に遊びに来てイキナリナンパですか? エクスが怒りますよ」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が茶化し、「なんで妾が怒るのだ!」とムキになってエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が反論した。エクスがアリスに妙な感覚を覚えなくはないが、嫉妬と言うわけでない。
「いや、なんか苦しそうにしてイキナリ前に出てくるから……。俺は唯斗。君の名前は?」
 「見知らぬ美人に自己紹介をし始めるのが、ナンパって言うんですよ」とプラチナムの言葉は無視する唯斗。
「「アリス……」」
「アリスか。ルイス・キャロルのアリス・イン・ワンダーランドから名づけられたのかな。良い名前じゃないか」
 唯斗は素直にそう思う。
「苦しそうだけど大丈夫ですか?」
 睡蓮がアリスを心配する。拒絶反応のせいで、辛いアリスだが強がって「「ヘーキだ」」と答えた。今は集中力を欠いているため、護身に操っていた機晶姫と剣の花嫁は路地に隠している。目的地への道も分からないし、また学院からの追っ手が来るかもしれない。
 この際、この男、唯斗を利用しようとアリスは考える。
「「それよりも、良かったら道案内してくれねーか。ここの土地勘が分かんなくてよ」」
 頼みごとをするのは癪だが、頼むしか無い。土地勘があっても迷うけどよ。
「わかった、困っているなら助けてあげるよ」
 「どこに行きたい?」と唯斗が聞く。自分たちも遊びに来たのだし、連れが一人増えてもいいかと思う。
「「それは――」」
 アリスが行き先を提示しようとした瞬間、唯斗が彼女の腕を引っ張った。《殺気看破》のおかげで彼女に飛来する【長ドス】に対応できた。
「てめぇー何やってくれんだよぉ? うまく命中するはずだったのによ」
 【長ドス】を拾い、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が唯斗を車に構えて見下げる。
「竜造。先走るな、対象じゃなかったらどうする?」
「なにいってんだ徹雄のおっさん。写真のコイツに間違いねーだろう? こんな長げー金髪そうそう居ねーぜ」
 松岡 徹雄(まつおか・てつお)はもう一度依頼人からもらった写真を見る。確かに“殺す対象”に間違いなさそうだ。「だろう?」と竜造が言う。
「おぬしら……殺し屋か」
 エクスが尋ねると「ああ、そうだ」と竜造は答えた。尤も、依頼されたのは彼ではなく徹雄なのだが。
「おっと、てめえら、勘違いするなよ? これでも俺らはイイことをしようとしてるんだぜ? てめえらは知らねえみたいだけどよ。そいつのせいで今天御柱が大変なことになってんだぜ? そいつのせいで機晶姫たちが暴れているんだからよぉ」
 竜造の言葉にアリスは舌打ちする。彼が自分に差し向けられた殺し屋ということは、その誰かは極東新大陸研究所の関係だろうと踏む。
 ――、明察だ。しかし、依頼を受けた徹雄は、アリサの殺害理由を聞いてはいない。代わりに彼女がこども病院で研修していた時の写真と、追加料金を貰った。依頼人の名前も聞いておらず、どこかの研究所の元職員だと言う。
「徹雄さん、竜造さん。見つかった?」
 アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が近づく。彼女も殺し屋の仲間らしい。
「この子がそうなの? なんか《ティテクトエビル》しても、竜造さん以上の悪意ないですよ?」
 すごい騒動を起こしている人物だと聞いていて、期待していたのにと、アユナはガッカリした。
「でも随分、と憎悪に塗れてはいるぜ? じゃ、テメーらわかっただろう? 皆のためにもそいつを渡してくれねぇか?」
 竜造がアリスの身柄を渡すよう要求する。アリスは三人くらいなら返り討ちにできると考える。いや、この場にいる全員を口封じするかと考えた。
 しかし――、
「いや、渡せない」
 唯斗がアリスより前に出て、竜造の要求を断った。思わぬ反応に竜造の顔が歪む。
「事情もわかった、お前の言っていることの正しさも理解できる。だけど――、こんな寂しそうな目をした子を見捨てることは俺には出来ない――!」
 唯斗の言葉にエクスたちも賛同する。プラチナムも黙って魔鎧かし唯斗に凝着した。善悪ではなく、ただ一人の少女の為に動くことに彼らはした。
「――、いいぜ? なら前菜としてテメーらから頂いてやんよぉ!」
 対象でない彼らに竜造は容赦なく《なぎ払い》を繰り出す。徹雄も《先制攻撃》で相手の懐へと入り込んだ。
「アリス! 君の目的は知らないがここ俺達に任せて逃げろ!」
 《受太刀》で【長ドス】と【さざれ石の短刀】をいなし、唯斗が呆気に取られているアリスに逃げるよう促す。
「誰が逃がすかよ!」
 《ヒロイックアサルト》で一気に唯人たちとアリスを片付けようとする竜造。
 しかし、そうはいかなかった。
「こっちよ!」
 と誰かがアリスの手を取り、彼女を連れて逃げ出した。
 それが誰かはわからかったが、唯斗はその子にアリスを任せようと思った。《肉体の完成》とプラチナムの《エンデュア》で竜造の《ヒロイックアサルト》に応戦する。アリスの遠ざかる足音を聞きながら。


「「てめーは誰だ?」」
 アリスは自分の手を引くその少女に名を聞いた。
「私? 私はイルミンスールの永倉 八重(ながくら・やえ)、よろしくね! あなたの名前は――?」