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暴走の眠り姫―アリスリモート-

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暴走の眠り姫―アリスリモート-

リアクション

 ――、天御柱学院 校庭

「「ざっと、31556926秒ぶりの外だな――」」
 裸の上から直接天御柱の上着を羽織った女の子が背伸びをする。ショーツを着けているからまだしもだが、危なっかしい格好だ。
 アリサは当たりを見回してここがどこだか探る。海京は彼女にとって見知らぬ土地だった。
(……猛さん、猛さん!)
 人質のルネは《精神感応》で猛に助けを呼びかける。しかし上手くいかない。スキルが失敗した感覚はないのに、何度呼びかけても相手からの返事が来ない。猛も《精神感応》を持っているはずなのに。
「「いくら助けを呼んでも無駄だぜ? 《精神感応》を使ってんのはワタシには丸分かりなんでな。たけるさーん、たけるさーんてか」」
 アリサ、いやアリスの半面がルネを見て笑う。ルネが身構える。
「アリスさん……あなた私の《精神感応》が聞こえていたんですか」
「「聞いてたも何も、ここら中の《精神感応》と《テレパシー》は全部ワタシの頭に入って来んだよ」
 アリスはアリサの頭を啄いて言う。
「「まあ、ワタシが《精神感応》に長けているのは分かっていると思うけどよ。つまるところ、てめえぇの《精神感応》を妨害するなんて簡単なんだよ」」
(この子、怖いよ……)
 ルネは助けを乞うのは無理だと思う。刃向かうのも無理だろう。先程《サイコキネシス》で束縛された際に抵抗しようとしたが、《サイコキネシス》も《フォースフィールド》も役に立たなかった。特殊な強化がされている分アリスの方がサイオニック系の能力者として格上なのだ。
 一番は隙を見て逃げるしかないと思う。
 しかし、逃げようとは思えない。ルネはアリスに恐怖を抱いているのに、逃走を考えるのに、逃走を実行しようとは思えなかった。
「「人質は人質らしく大人しくしてもらおうか。でなきゃ、頭ん中グッチャグチャにして、マッパにして吊るし上げにしちまうぜ」」
 アリスの白い指がルネの頬を撫でる。ツーゥッと顎のラインをなぞって行く。唇に指が触れようとした。
 その時、アリスに異変が起きる。指の動きが止まり、ルネから遠ざかると頭を抱えた。
「「……!?、 チクショー! アリサのヤツ! 諦めてなかったのか――」」
 アリスの顔が頭痛で歪む。何かに抵抗するように、頭を振り、髪を乱す。
 ルネは何事かと思ったが、アリスの苦しむ理由はすぐに分かった。
 地面に座り込んだアリサの動きが止まる。息を切らしたその口から、言葉が発せられた。
「「……逃げて。今のうちに!」」
 耳と頭と同時に聞こえた声にルネが驚く。声は声色が違った、温度が違った、色が違った。
 彼女はアリスではなくアリサだった。
「「早く! 今のうちに――うぅっ……!」
 そこで漸くルネは逃げると言う選択肢を選べた。アリサを置いていくのには気が引けたが、今は逃げなきゃと一心に思い、彼女に背を向けて走った。
「「……クソぉ! 待てぇ!!」
 再び彼女はアリサからアリスに戻っていた。アリスの人格が戻ったのは一時的なものだったようだ。
 アリスは直ぐにルネを《サイコキネシス》で捕捉しようとする。手は届かなくとも視覚にいる人間を操るのは造作も無い。しかし――、
「鬼羅星(キラ☆)! そこの怖い顔したカワイー彼女! そんな顔しないでオレと一緒に楽しいことしよーぜ!」
 セーラー服から生えた太い二の腕。スカートから伸びる太い足はタイツに覆われている。頭にはチャーミングな鬼の角。そんな女装をした天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)がアリスの視界を覆った。
「「……ああん?」」
 人格変化での頭痛とルネを逃したことと鬼羅のふざけた女装と、そしてその片目の横でピースサインを裏返す仕草が、心底アリスにはムカついた。
「「んだこの変態は……」」」
 人質が逃げた今しがた、コイツを人質にするかと思うが、直ぐに却下。盾にするにもまず役に立ちそうにない。無視して別の人間を探す方がいいと結論付ける。幸いここには“《精神感応》を持った人間”が多い。変態一人無視したところで、どうってことはない。
「あ! 無視するなんて酷いぜ! せめてお名前教えてくれ〜♪」
「「!!」」
 無視して去ろうとするアリスを俊足で後ろから抱きつく鬼羅。必然的に手は彼女の胸へと被さる。必然的に。
「――! これはまさか!」
 胸を揉む掌から脳へと衝撃が伝わる。
 オレの指が言っている……。コイツ、ブラを着けていない――、と。
「「人の胸、勝手に揉んでんじゃネェ!!」
 アリスは鬼羅の後ろに回り込み、腕ごと腹回りをホールド。常体を後ろへと反して、ジャーマンスープレックス。《サイコキネシス》を併用し威力は加速した。精神攻撃も同時に仕掛けてはいたが、鬼羅が《精神感応》を持っていなかったので意味はなかった。
 校庭に変態のスケキヨができた。
 アリスは鬼羅が気絶したのを確認し、自分の作った不快なオブジェから眼を空して「「サノバ○ッチ」」と吐き捨てた。
 こんなヤツに過負けているわけにはいかない。直ぐに新しい人質を探さなければと思う。

「はは、楽しそうだね――」
 アリスの上から声がする。2階の窓を見ると帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)が彼女を見下げて笑っていた。その後ろでザッハーク・アエーシュマ(ざっはーく・あえーしゅま)も彼女を見ていた。
「「テメェは研究所でコソコソやっていたヤツか」」
 直接の面識はないが、アリスはあの時緑郎の存在を感知していた。
「俺のことはロックと呼んでくれ。アリサ。それともアリスかな」
 善人の笑顔を貼りつけた緑郎の顔がアリスに向く。そして言葉を続ける。
「でもいいのかい? 君はこんなところに居て。早くしないと君の“自由”は逃げてしまうよ」
「「どういう意味だそれ……」」
 緑郎は聞かれた問に答える。それによって彼女がどんな表情をするのか楽しみだった。
「君を回収しに極東新大陸研究所の人間が、この天御柱学院に来ているんだ。“また”、君を実験にかけられるって、すごく嬉しそうだった」
 緑郎の言葉がアリスのトラウマを刺激する。
 研究所の人間が自身を回収しに来たのは《精神感応》のネットワークを通じて分かっていた。しかしそいつが、嘗て自分の体と脳を弄んだ人間であるとはアリスは思いもよらなかった。研究所でコールドスリープさせられたときに、皆殺しにしているつもりだった。
「せっかく自由になれそうなのに、残念だね。でもそれは嫌だろう? だったらさ、抵抗したらどう? 復讐も兼ねてさ」
 アリスにとって、ここは研究所と同じ坩堝だ。流れ込むテレパス会話には天御柱研究者たちの『アリサを解剖したい』という欲望が聞こえてくる。もし、極東新大陸研究所の人間に回収されなくとも、自分が手術台に乗せられるのは変りないと考える。
 ならば、緑郎の言うとおり。嘗て自分を実験に晒した、極東新大陸研究所の人間と、そいつに関係を持つ天御柱に復讐するべきではないか。いや、すべきだと声が囁く。
((それはダメ! アリス、あなたは本当は――))
「「ウルサイ! 弱虫は引っ込んでやがれ!」」
 本人格の声を振り払う。
「ふふん、復讐するかの選択も君の自由さ。じゃあねアリス。君の答えを楽しみにしているよ」
 そう言うと、緑郎とザッハークはアリスの視界から消えた。
 緑郎の言葉は挑発だとアリスも分かっている。しかし、もとよりアリスに選択の自由はなかった。プログラム的ではあるが、彼女は復讐の衝動にかられていた。
 それに、彼女がこの場から逃げおおせるためにはやはり、行動が必要だった。人質を取るだけではなく、研究者への、天御柱学院自体への復讐が必要だ。
「「いいぜ……、石野郎。テメーの望みどおり復讐に走ってやるよ――!」」
 そして、アリスは自分が実験の果てに得た忌々しい能力を使うことにした。


「くくく、ロックそなたの狂言。うまくいったようだな」
 復讐に手を染めようとする少女を見てザッハークが哂う。緑郎に『アリスに復讐をさせよう』と持ちかけた甲斐があったと、邪悪に哂う。
「さて、我らは高見から見物といこうか」
「そうだね……」
 緑郎はサングラスを掛けて、悪徳の笑を浮かべた。