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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

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新しき年、海京

 
 
 すとんとんとんとんとん……。
 軽快にまな板を包丁で叩きながら、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が昼食を作っていた。
「そちらは、もう煮えたかな?」
「はい、柔らかくなりました」
 鍋の煮物を見ていたアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が、アレーティア・クレイスに答えた。
「それでは、ヴェルトリカ、そろそろ食器を運んではくれぬか。ヴェルトリカ?」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)を呼んだアレーティア・クレイスが、返事がないので怪訝な顔をする。
「ヴェルトリカなら、まだ寝ているぞ」
 リビングの方から、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の声が聞こえる。
「なんじゃと、もう昼だというのに、まだ正月気分でいるのか!」
 けしからんと、アレーティア・クレイスが怒る。
「あのう、お母さん、私が起こしに行ってきましょうか?」
 恐る恐るアニマ・ヴァイスハイトが申し出る。
「そういうことは、あっちでのほほんとしている真司にやらせい。聞こえたな、真司!」
「だそうですよ。お願いします」
 アレーティア・クレイスの大声の後に、キッチンからちょこんと顔だけのぞかせたアニマ・ヴァイスハイトが柊真司に頼んだ。
「仕方ないなあ」
 まあいつものことだと、柊真司がヴェルリア・アルカトルの部屋にむかった。
「おーい、ごはんだぞ」
 部屋の前で呼びかけてみるが、案の定返事がない。
「やれやれ。入るぞ」
 一応断ってから、「ヴェルリアちゃんのお部屋」と看板が下がっている部屋に入っていく。
 すぴぴー、すぴぴー。
 なんだか軽やかな寝息をたてて、ヴェルリア・アルカトルがベッドの上で寝ている。いびきの軽やかさとは大違いに、掛け布団は蹴っ飛ばされていて、斜めに寝たヴェルリア・アルカトルがパジャマからおへそをむきだしにしていた。愛用の抱き枕は、ベッドから落っこちて、下に転がっている。
「なんて寝相だ。風邪をひくぞ。起きろ、ヴェルリア」
 困ったものだと、柊真司がヴェルリア・アルカトルの身体を軽くゆさぶった。
 ううんと寝返りを打つが、いっこうに起きる気配はない。
「お昼だぞ、ヴェルリア!」
 耳許に口を近づけて、柊真司が大きな声を出した。
「う、うーん。さ、寒い……」
 目を瞑ったまま、ヴェルリア・アルカトルが柊真司を引っぱった。そのまま、抱き枕代わりに柊真司をかかえ込んだ。
「こら、寝ぼけるな、起きろ、ヴェルリア!」
「いやいやいや……」
 寝ぼけてイヤイヤするヴェルリア・アルカトルの胸に顔を押しつけられて柊真司がもがいたが、もがくとよけい胸に顔をすりつける形になってしまうので動けなくなってしまった。
 
「遅い……」
 リビングの時計を見あげて、アレーティア・クレイスが怒鳴った。すでに、テーブルには昼食がならんでいる。
「お母さん、落ち着いて……」
「まさか、ミイラ取りがミイラになったのではないだろうな。もしそうであったら……」
 お玉を片手に、アレーティア・クレイスがヴェルリア・アルカトルの部屋にむかった。
「いいかげんに起きんかあ!!」
「ほえっ!?」
 ドアを蹴破る勢いで中に入って行くと、その声に驚いて目を覚ましたヴェルリア・アルカトルが、柊真司をだきしめたままきょとんとした顔をした。
「何をしとるか!」
 持っていたお玉で、ぽかぽかと二人の頭を軽く叩く。
「いてっ」
「いたあーい」
「よいから、そこに座るのじゃ!」
 二人を正座させると、アレーティア・クレイスが説教を始めた。
「あのー、お母さん、ごはん冷めちゃいますよー」
 戻ってこないアレーティア・クレイスを心配して様子を見に来たアニマ・ヴァイスハイトが、ドアの陰からそっと顔を半分だけのぞかせてささやくように言った。
 
    ★    ★    ★
 
『驚愕、ゆる族解体新書。やはり中の人は実在した。これが決定的写真だ!!』
 なんともお約束なあおり文句のタブロイド紙の吊り広告が、空京の巡回バスの中でゆれた。
「そ、そうだったんですか!?」
 それを見た、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)が叫んだ。常々、ゆる族の中の人などいないと、多くの人に叩き込まれてきたのに、これはゆゆしき事態だ。
「そんなことはないはずです。これは、なんとしても確かめなければ……」
 かといって、いきなり道行くゆる族の人を捕まえて、チャックあけさせてくださいと叫ぶのは女の子としてはかなり危ない人になってしまうような気がする。
「そうだ、お家にいる、ふたこぶラクダさんだったら、見せてくれるかもしれません」
 やったねと、オルフェリア・アリスはバスの中でガッツポーズを取った。
 
「ぶるるるるるる」
「どうしたんや、前足はん?」
「いや、ちょっと寒気がして……」
 ふたこぶラクダ 【後ろ足】(ふたこぶらくだ・かっこうしろあし)に聞かれて、ふたこぶラクダ 【前足】(ふたこぶらくだ・かっこまえあし)がブルブルと作り物のラクダの頭を震わせた。なんだか、すっごく嫌な予感がする。
 バンと、勢いよくドアが開いて、オルフェリア・アリスが帰ってきた。
「みっけたー、ふたこぶラクダちゃん、チャック見せて!」
 ちょっと顔を赤らめながら、オルフェリア・アリスが叫んだ。
「ちょっと、オルフェはん、何叫んでますねん」
「そうでおま、女の子が、そんなこと叫んじゃいかんて」
 面食らったふたこぶラクダ【前足】とふたこぶラクダ【後ろ足】が叫んだ。
「だって、みんなが、ゆる族には中の人がいるだなんて言うんですもの。そんなことないよね。ふたこぶラクダちゃんはふたこぶラクダちゃんだよね」
「あ、あた、あた、あた、あたりまえや!」
「ちょ、前足はん、回ってる、回ってる」
 思いっきり動揺して首をグルグルと回してホラーするふたこぶラクダ【前足】に、ふたこぶラクダ【後ろ足】が突っ込んだ。舞台劇などでよく使われるようなスカートつきの着ぐるみのラクダが、ふたこぶラクダさんの容姿だ。中の人などいないはずだが、なぜか男女二人分の声で話す。不思議である。
「じゃ、ちょっと調べさせてよ」
「えっ……」
 オルフェリア・アリスがにじり寄ってくる。
「ちょ、ちょっとまずいんちゃうんか?」
「ものごっまずいで。もし中をのぞかれたりしたら……」
「ちゅどーんやん。死ぬのは嫌やで」
「でも、このままやったら、絶対オルフェはん、わいらを解体してでも調べるで」
「こうなったら……」
「逃げよ!!」
 ぼそぼそと相談したふたこぶラクダさんたちが、突然光学迷彩で姿を消した。
「ああっ、待って。逃がさないですよ!!」
 オルフェリア・アリスはすぐさまふたこぶラクダさんの後を追いかけていった。
 
    ★    ★    ★
 
「――冷たいな」
「それはすまなかった。はずそうか?」
 ふと口を突いてでたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)のつぶやきに、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が言った。
「いやいい。冷たくて気持ちがよかったんだ」
 このままでと、グラキエス・エンドロアが答えた。
 いつの間にか倒れていて、ソファーでゴルガイス・アラバンディットの膝枕で寝ていたらしい。鱗の冷たさが、火照った首筋の契約の印をなだめてくれて気持ちがいい。
 それにしても、ようやくあのときの言葉の意味が分かってくる。
 こういうことなのか……。
 後悔は……ないのだろう。多分。
 不安は……。
「まったく、アラバンディットはすっかりお父さんのポジションですね。これでは、私にはお兄さんのポジションしか残ってはいないではないですか」
 ゴルガイス・アラバンディットの隣に座って、のばした手でグラキエス・エンドロアのほつれ毛をなでつけてなおしながら、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)がささやいた。
「みんな俺の保護者なんだな。怒らないのか?」
「何のことであろうかな?」
 少し白々しく、ゴルガイス・アラバンディットが言った。
「まあ、もう少し自分の身を大切にしろとは言いたいが、我らがいるのに、何を心配する必要がある。お前はお前の思うままにするといい。我らはそれを見守り、お前が傷つき苦しむならば助けるのみ」
 その言葉に、ロア・キープセイクも微かにうなずいたように見えた。
 何があったとしても、この二人はそれをはねのけるつもりでいる。だからこそ、グラキエス・エンドロアが何をしたとしても大丈夫なのだ。ゆえに……。
「なんだ、何を笑っている? おかしな奴だ」
 微笑むグラキエス・エンドロアに、ゴルガイス・アラバンディットが言った。