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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

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新しき年、ヒラニプラ

 
 
「よいしょっと」
 持ってきた飼い葉桶をおくと、ふうとルカルカ・ルー(るかるか・るー)が額の汗を拭った。
 夏侯 淵(かこう・えん)は、カナンから連れてきた駿馬の身体を熱心にブラッシングしている。
 艶やかな毛並みのこの馬たちは、カナンの軍馬だ。夏侯淵がそのみごとさに惚れ込んで、譲ってもらったものである。
「落ち着いたら、ちょっと遠乗りに行かない?」
「いいな。この子たちにも、ちょうどいい運動になるだろう」
 栗毛の神隼の首筋をなでて健康状態を確かめながら、夏侯淵がルカルカ・ルーに答えた。
 食事を済ませた馬たちに乗って、軽く馬場を歩いて調子を整える。ヒラニプラ郊外の洋館を買ったのは、馬たちの場所が確保できるからのようなものだ。もちろん、ルカルカ・ルーたちのそれぞれの施設とでも呼ぶべき部屋が取れる家と言うことの方が大きいが。
「湖の方に行ってみよう」
 白馬の榮威に乗ったルカルカ・ルーが言った。駆けだす彼女の馬の後を、夏侯淵が追う。もう一頭いる黒馬の風馳は乗り手がいないので、残念ながらお留守番だ。
 二頭の馬たちは、乗り手の重さなどまるでありもしないかのように、軽快に大地を踏みならして森の中を疾走していった。
「あれは、兎か。ちょうどよい、ルカ、兎狩りでもしつつ進まないか」
「いいわね。今日は、香草入り兎肉のシチューだね」
 夏侯淵の言葉に、ルカルカ・ルーがうなずいた。
 馬の上で、お互いに弓を構える。素早くそれを察した馬たちが、身体の上下動を抑える走りに変えた。さすがは、訓練されたカナンの軍馬だ。
 湖に着くまでに、数匹の兎を仕留め、鞍の脇にぶら下げる。これで、今夜の食事の心配はなくなった。
 森を駆け抜け、緑の風が、一瞬にして青い風に変わる。
 目の前に、湖が広がっていた。
「少し、休むとしようか。休息は必要だよ、馬にもルカたちにも」
「そうだな」
 二人は馬を下りると、彼らを自由にしてやった。二頭の馬たちは、自由に近くを歩きながら、湖に水を飲みに行った。
「やはりいいだろう、馬は」
 目を輝かせて、夏侯淵がルカルカ・ルーに言う。
「そもそも馬というものは、古来……」
 えんえんと馬について語り続ける夏侯淵を、ルカルカ・ルーは微笑みながら見つめていた。実に生き生きしている。なんだかほほえましい。
「ということで、カナン種は他の馬と違ってだなあ……」
 血統の説明をし始めたところで、放していた馬たちが突然戻ってきた。
 何ごとかと振り返ると、湖が激しく波立っている。
 激しいジェット音と共に全翼機型の巨大飛空艇が湖上を疾走していた。翼下のフロートで水面を真白く蹴たて、メインエンジンから激しいジェット噴射を放って加速していく。
「――テイクオフ、行くぜ〜!ウォースパイト、発進!」
 HMS・ウォースパイトの操縦桿を握った艦長のフランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)が叫んだ。
 デルタ型の機体が離水していく。翼下のフロートが機体内部に収納された。見た目は、ステルス爆撃機と同じシルエットだが、珍しい水上離着陸能力を持っている大型飛空艇だ。
 湖畔の格納ハンガーから発進したウォースパイトが、なめらかな湖面を滑走路として離陸していった。だが、そんな大型機の飛翔を受けとめた湖の方はたまったものではない。もろにジェット噴射を吹きつけられて、大きく波立つ。
「なんだ、この波は……。どこのどいつだ、乱暴な」
 闇市に物資の輸送を済ませてきたシニストラ・ラウルスが、湖に停泊させていた飛空艇の操舵輪を抑えながら叫んだ。
「あいつみたいだね。どうする、墜としちゃおうか?」
 空を見あげたデクステラ・サリクスが悪戯っぼく言った。
「まあ、そのうちな」
 今は面倒だと、シニストラ・ラウルスが答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「機体は安定した? もう、無茶な離陸をするんだから」
 カーゴからコックピットに戻ってきたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、メインパイロット席にふんぞり返って座っているフランシス・ドレークに言った。ウォースパイトはすでにオートパイロットに切り替わっている。
「なに、これぐらいの方が勢いがあっていいのだよ。なにしろ、これから一気に降下するのだからな」
 サブパイロット席に座ったグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が答えた。
 今回の出発は、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが美味しい魚を食べたいと言いだしたことから始まっているのだ。
 美味しい魚=海=海京、と言うわけで、一気にパラミタ大陸から地表へと飛空艇で降下しようというのである。ほとんど、その昔ダイビングしたゆる族みたいなものだが、彼女たちはあまり気にしていないようだった。
 
    ★    ★    ★
 
 ヒラニプラの山岳部に広がる森林地帯に、一体のドラゴネットが降り立った。巨体がするすると小さくなっていき、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の姿になる。
「久しぶりに戻ってはみたが、やはり誰もいないか……」
 森に埋もれるようにしてうち捨てられた村にやってきたカルキノス・シュトロエンデは、そうつぶやいた。
 ここは、彼の生まれ育った村である。
 ドラゴニュートの個体数の問題からか、あるいは、人と接するうちに近代化の波に逆らえなくなったゆえか、この村も過疎という問題に負けて今は無人である。だが、今もカルキノス・シュトロエンデの故郷であることには変わりはない。人が去ったとしても、壊されてしまったわけではないのだ。
 カルキノス・シュトロエンデがこの村を去ったのは、人口の問題から伴侶とのより多い出会いを求めてのことであったが、未だにそれは果たされてはいない。まあ、気長に構えるしかないだろう。ドラゴニュートとしては、時間はまだたっぷりとある。
 石造りの自宅はあちこち傷んではいたが、夜露を凌ぐにはまったく問題は無い。
 今日はここに泊まり、明日、一族の墓参りをすることとしよう。それが、今回の目的なのだから。そして、ルカルカ・ルーたちの待つ、自分の家に戻るのだ。
 
    ★    ★    ★
 
「セレン……!」
「あっ……うっ、ふぁーあ!?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)につつかれて目を覚ましたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、大きくあくびをしかけて、あわててそれをかみ殺した。
 壇上では、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)校長がちょうど訓示を終えたところだ。壇の左右にひかえている高官たちの鋭い視線が、一瞬セレンフィリティ・シャーレットにむけられる。これはまずい。セレンフィリティ・シャーレットはあわてて身をちぢこませた。
 なんとか呼び出しも食らわないで無事に成人式を終えると、二人は他の成人たちと一緒に会場の外へと出た。
「ふぁーあ。やっとのびのびできる」
 思いっきり両手を上に突きあげてのびをしながら、セレンフィリティ・シャーレットが言った。
 ちゃんとした式典なので、珍しく晴れ着をぴっちりと着ている。ただ、それが窮屈らしく、やたらと身体を動かしていた。
「みんなと一緒に、どこか喫茶店でも行こうか。それともカラオケ?」
 同じように晴れ着を着たセレアナ・ミアキスが聞いた。
 そこへ、各地の成人式を取材していた空京放送局のレポーターが駆け寄ってくる。
「はい、こちらは、たった今成人式が終わったばかりのシャンバラ教導団講堂前です。国軍として働くこととなる軍人さんたちは、どのような成人式を行ったのでしょうか。さっそく、インタビューしてみましょう。あのー、成人式、いかがでしたか?」
 卜部 泪(うらべ・るい)が、持っていたマイクをセレンフィリティ・シャーレットにむけた。
「えっ、あたし!?」
 ふいをつかれたセレンフィリティ・シャーレットがちょっとどぎまぎする。
「はい、あなたです。いかがでしたか、成人式。教導団ですから、かなり規律正しい式典と、今後のシャンバラの情勢に関する訓辞が述べられたと思いますが、ずばり、あなたはどう思われましたか? 何か、今後の軍事目標や部隊編成などの情報などはありましたでしょうか?」
「え、ええっと……」
 まさか眠っていたとは言えず、セレンフィリティ・シャーレットが口籠もった。
「ああ、やはり機密事項はきっちりと守秘義務が適用されているのですね。さすがは新成人です、口の堅い大人ですねー」
「いやあー、もうすっかり大人ですもんね。心も身体も」
 なんだかとにかく褒められたので、セレンフィリティ・シャーレットがニマニマしながら照れくさそうに頭を掻く。
「話は変わって、その晴れ着、お綺麗ですね。普段はどんなお召し物を着ていらっしゃるのでしょうか。やっぱり軍服ですか?」
 こりゃダメだと早々と感じとった卜部泪が素早く話題を無難な物に変えた。はずだった……。
「ああ、これ、これって窮屈よね。普段の私は……。ふふっ、見たい、見たい?」
 そう言いながら、帯をつかんだセレンフィリティ・シャーレットがほくそ笑んだ。嫌な予感がしたセレアナ・ミアキスが今のうちに止めようとしたが遅かった。
 帯の端を卜部泪に持たせると、セレンフィリティ・シャーレットがクルクルと回転しだしたのだ。
「あ〜れ〜」
 クルクルと回転して帯を解きながら、ふわふわのショールを投げ捨てる。着物の前がはだけて広がり、なんとも色っぽいビキニ姿が顕わになった。
「こんな感じかなあ」
 唖然とする卜部泪の前で、セレンフィリティ・シャーレットが踊りながら晴れ着を脱ぎ捨てていった。これでは、完全に一種のストリップだ。
「何をしてるのよお!」
 いきなりパンチを食らわされて、踊っていたセレンフィリティ・シャーレットが吹っ飛ぶ。
「ちょっと、いきなり何すんのよお」
「セ・レ・ン……!」
 科を作って頬に手を当てながら聞き返すセレンフィリティ・シャーレットにむかって、セレアナ・ミアキスが拳を振るわせて唸るように言った。
「え、いや、そのあの……セレアナ怒んないでよぉ」
 引きつりながらセレンフィリティ・シャーレットがセレアナ・ミアキスをなだめようとしたときだった。
「どこだ、痴女は」
 他の学生に連れられてきたジェイス・銀霞が、騒ぎを起こした生徒を拘束しようと走って来る。
「や、やば……。セレアナ、逃げよう!」
 あわてて脱ぎ散らかして着物をかき集めると、セレンフィリティ・シャーレットが逃げだしていった。
「なんで、私まで」
 いつも通り巻き込まれることとなったセレアナ・ミアキスが、後を追って走りだしていく。
「ええっと……、にぎやかなシャンバラ教導団の成人式の模様でした。スタジオにお返しします!」
 これ以上は無理と、卜部泪がカメラにむかって叫んだ。