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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

リアクション

 
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「なんだなんだ、何があった?」
 バイク雑誌を読んでいたらいきなり呼び出しを受けたハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が、控え室の長椅子に寝かされたレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)を見てちょっと焦る。
 どうやら、パワードスーツのシミュレーション訓練中に倒れたらしい。
「いったいどうしたって言うんだ。朝は、寝ているオレを叩き起こすほど元気だったって言うのに」
 朝は、ランニングを終えてから、元気に朝食を作るほどだったはずだ。
 ヒールとナーシングで治療しながら、ハイラル・ヘイルが隣接している訓練室の方を見た。
 分厚い強化ガラスで仕切られた壁のむこうには、ムービングアームに吊り下げられた対イコン用重パワードスーツがある。訓練用のシミュレータだ。本物と同じ物が可動アームによって動き、実際の操縦とまったく同じ体験ができるようになっている。とはいえ、訓練用なので、ちゃんとリミッターがかかるし、兵器も実弾が装填されていたりエネルギーチャージがされていたりするわけではない。それでも反動やGはかなり再現できるのと、モニタの映像や音響はリアルに再現されている。
「銃器による掃討ミッションを試しただって!? 迂闊すぎるぞ」
「ああ、身をもって実感した。まだまだだ」
 顔の上半分に冷たいタオルを載せたままレリウス・アイゼンヴォルフが答えた。
 未だに、以前所属していた傭兵団の団長の死がトラウマとして残っている。携帯火器による銃撃戦となると、どうしてもフラッシュバックで動けなくなってしまう。パワードスーツの中でならば現実感も薄れるかとは思ったが、そうはいかなかった。
「焦るなよ」
「ああ」
 ハイラル・ヘイルに言われて、横になったままレリウス・アイゼンヴォルフは答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「補助システム起動。各部点検開始します」
 竜戦士≪光龍≫のサブパイロット席に半身を埋め込むようにして、夜霧 朔(よぎり・さく)が言った。
 機晶姫としての情報回路を、パイロットシートに取りつけられた機晶制御ユニットでイコンのコントロールシステムに直結する。それによって、ダイレクトにイコンの各種コントロールを行うシステムである。
 竜戦士≪光龍≫はスフィーダタイプのイコンである。今まで乗っていた、ヴァラヌス鹵獲型を教導団のパーツでレストアした光龍を解体し、そこから得られたパーツをスフィーダの設計図を元にして再組み立てした機体である。
 現在、竜戦士≪光龍≫は、人形形態で教導団イコン格納庫のハンガーに直立した状態で固定されている。
「頭部レーダーシステム……クリア。背部ブースターシステム……ジェネレーター、ベクターノズル、可変機能、オールクリア。各部アクチュエータ……クリア。変形システム……クリ……いえ、左右同期を微調整。左脚反応速度を.1落とします。メインジェネレーター起動準備よし」
「了解。メイン起動。出力10……20……50……80」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)がパイロット認証の後、イコンの本格的な起動を行っていく。
 メインコンソールの照明が、非常灯から通常灯に切り替わり光量が増した。同時に、各部にエネルギー供給が可能になる。
「コンデンサーからジェネレーターへの切り替え確認。各回路エネルギーゲイン上昇させます。――定格出力に達しました。各部駆動チェックお願いします」
「了解。固定アーム解除」
 朝霧垂がハンガーにコードを送ると、固定アームのロックが外れてハンガーに収納されていった。
「オートバランサーチェック」
「クリア」
「右腕駆動チェック」
「クリア」
「左腕駆動チェック」
「クリア」
 それぞれの腕を軽く持ちあげてから、マニピュレータの動作テストプログラムを走らせる。
「歩行を開始する」
「了解」
 朝霧垂がコントロールレバーを押し込むと竜戦士≪光龍≫がハンガーを離れて前進を始めた。
「オートバランサー、良好。ルート3に進んでください。ゲート開放許可でています」
「了解」
 格納庫からプラットホームへと進むと、朝霧垂が3とペイントされたリフトに竜戦士≪光龍≫を乗せた。ガタンという衝撃と共に、リフトが移動を始める。竜戦士≪光龍≫のバランサーは難なくその衝撃を吸収して機体を安定させた。
「リフト停止します。進路オールクリア」
「生まれ変わった光龍か……。これからよろしくな。竜戦士【光龍】、出るぜっ!!」
 風の吹き込むゲートから、朝霧垂は外に出た。メインカメラが太陽光を捉え、視界が明るくなる。
 イコン試験場は山間部の中腹にあり、かなり広い場所に武器の試射場などが設置されていた。
「武器テスト開始してもいいでしょうか」
「よし、まずはビームキャノンからだ」
 朝霧垂が、バックパックの上部ハードポイントに取りつけられた大型ビームキャノンを取り外すと、それを両手で構えた。
「コントロールシステム同期。エネルギーライン接続……クリア。FCS、問題ありません。次、ツインライフルお願いします」
 夜霧朔に言われて、朝霧垂はビームキャノンを元に戻すと、V字型に前傾した両翼背部からツインライフルを取り出して両手に持った。本来はフィーニクス用の武装だが、それを分離させたまま翼下のハードポイントに装備させている。
「チェック完了。続いて、白兵戦武器チェック入ります」
 ツインライフルを元に戻すと、まずは腕のクローを反転展開する。素早い腕の動きに、鉄の爪が風を切った。
 同様にして、今度は腰から大腿部にかけて固定されていた蛇腹の剣を取り出す。刀身の分離伸縮を確認して元のラックへと戻す。
「よし、そろそろ飛行テストを開始するぞ」
「了解。メインフローター、出力上げます」
 機体に装備されたフローティングシステムが起動し、竜戦士≪光龍≫がゆっくりと浮上していく。
「変形開始」
 充分な高度をとった時点で、朝霧垂が変形を開始した。頭部が伸縮して機首となり、両腕が折りたたまれて胴体と一体となりショルダーアーマーが下がった。バックパックを点火して上昇を開始する。スピードの上昇と共にバックパックが後方に移動しつつ、脚部が伸縮して機体と一体化していく。後方に移動していったバックパックが脚部と合体し、両翼が後退した。同時に、メインブースターが出力を上げ、飛行形態となったスフィーダが水平飛行に移り巡航モードになる。揚力の発生と共にフローティングシステムのエネルギーが武装へのチャージに回された。
「機体安定性良好。現在速度500、800、1000、現高度での音速を突破します」
 夜霧朔のカウントと共に機体が振動し、突然それが静まった。
 ベイパーコーンを発生させながら、竜戦士≪光龍≫がヒラニプラ山中の大気を斬り裂いて飛ぶ。
「よし、限界性能のテストに入る」
 朝霧垂が、スフィーダ特有の性能を試そうとする。だが、とたんにコックピット内にエラー音が響き渡った。
「入力エラー。現時点では、まだ機体が対応できていないようです」
「もう一度だ」
 何度か限界性能を試そうとするが、そのたびにセーフティが発動してキャンセルされる。まだ、性能の全てがパイロットに対応していないらしい。
「仕方ない。遠距離から近距離戦闘への移行をチェックする」
 大きく旋回して試験場のターゲットを捉えると、そこにむかって戦闘速度で接近する。両翼のツインレーザーライフルから不可視のレーザーが発射され、ターゲットの巨大な的に穴を開けた。
 続いてそのままの速度で変形しようとした朝霧垂のコンソールが、一斉に赤く染まった。
「大気圏内では、空気抵抗によって機体が分解します。変形可能速度まで急減速の上、防御フィールドを展開してください!」
 夜霧朔が叫ぶと共に、サポートシステムを総動員してエラー修正を開始した。本来、スフィーダは異界運用を前提とした機体であるため、その全性能を発揮するには宇宙などでなければならない。複雑な変形機構は、それに特化したパイロットでなければ使いこなせないのだ。
「り……了解!」
 バックパックからの逆噴射で機体速度を急激に音速以下へと落とす。激しい衝撃を耐え抜いて変形を開始する。四肢の伸縮と共に、機体がバランスを失って上向いた。その運動ベクトルを利用して人形に変形しつつ、バックパックを移動させてバランスを取り戻す。叩きつけるようにして機体を降下させると防御フィールドで地面を削りつつ超低空飛行、いや、フロートシステムによる浮遊突進状態に持っていく。抜き放った蛇腹の剣を大きく振ると、前方にむかって連結した刃を突きのばした。機体が大きく左に回転する。強襲を受けた的に蛇腹の剣の先端が貫通する。そこを起点として、横滑りに移動する竜戦士≪光龍≫が弧を描いた。引かれる剣によって的が真っ二つに粉砕される。
 バックパックが後方にスラスターを全開にして姿勢を制御し、なんとか転倒を防ぎつつ機体を静止させた。
 再び、コックピットに各部の負荷を示す警告音が鳴り響いた。
「無理させすぎです。このような高機動戦闘は、データが蓄積されるまで負荷が大きすぎます」
「以前の機体データを移植してもまだダメなのか?」
「機体が別物ですから、行動パターンは移植できても、各パラメータは再取得する必要があります」
 軽く目を細めて夜霧朔が答えた。予想以上のフィードバックを受けたらしい。
 もともと地上専用のヴァラヌスと可変型イコンとでは機構がまったくの別物と言っていいほど違っている。ノウハウが別物なのだ。以前のように扱えるようになるまでは、それなりの時間が必要だった。高性能であるだけに、使い方を間違うと自滅しかねない。
「分かった。じっくりとやろう」
 焦りすぎたかと反省すると、朝霧垂はいったん竜戦士≪光龍≫を格納庫へと戻していった。
 
    ★    ★    ★
 
「非番だったのに、昼はすまなかったな」
 飛空艇の整備をしているハイラル・ヘイルに、レリウス・アイゼンヴォルフが近づいてきて言った。
「それは構わねえが、調子はもういいのか?」
 ハイラル・ヘイルが訊ねると、レリウス・アイゼンヴォルフが、あの後水泳で気分を取り戻し、その後組み手の訓練をしたと、今日一日の出来事を話してくれた。
「昼のサンドイッチが余ってるが、つまむか?」
「もちろん」
 ハイラル・ヘイルに勧められて、レリウス・アイゼンヴォルフがバスケットに入っていたサンドイッチをつまんだ。がっしりとしたハイラル・ヘイルの見かけとは違って、繊細な味だ。
「どれ、俺もパワードスーツの手入れでもするかな」
 ハイラル・ヘイルのそばに腰をおろすと、レリウス・アイゼンヴォルフが、ケースに収められたパワードスーツのパーツを取り出して磨き始めた。
「まったく、いつもと変わりないな」
 飛空艇を磨きながら、レリウス・アイゼンヴォルフが言った。
 ぶっ倒れられたのがいつも通りではちょっとたまらないぞと言う顔で、ハイラル・ヘイルが振り返る。
「まあ、そんなところかな。お茶にでもしようぜ」
 ハイラル・ヘイルは手を止めると、そうレリウス・アイゼンヴォルフに言った。
 
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「じき、ごはんだよ」
「ああ、今行く」
 ルカルカ・ルーに呼ばれて、厩に入り浸りだった夏侯淵が家の中に戻ってきた。
 ダイニングテーブルには、四人分の皿が用意されている。
「おや、カルキノスの帰りは明日のはずだぞ」
 カルキノス・シュトロエンデの予定を思い出して、夏侯淵が言った。
「そうだったっけ? うーん、習慣で人数分用意しちゃうんだよね。ダリルは、そろそろ帰ってくるはずだからもう用意しちゃったんだけど……。やっぱり、帰ってくるのを待つよね」
「もちろん」
 ルカルカ・ルーの問いに、夏侯淵が即答した。
 そのまま、また馬の話を少ししていたところで、家の扉が静かに開いて、何かを担いだダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が帰ってきた。