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リアクション
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「理子、出てくるかなあ」
「さあ、執務室にいる限りは安全なはずだ。でも、絶対ってことはないからな。もし、外に出てきたら、さりげなく守ってやらなきゃな」
シャンバラ宮殿の上層、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の執務室があるフロアに通じる専用エレベータの前のホールでソファーに座りながら、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)に言った。
「そうなの? せっかく、みたらし団子作ってきたのに……」
巨大なカートを横において酒杜美由子が言った。中には、みたらし団子がみっちり詰まっている。
「まったく、ものには限度というものがあるだろう。いっそここで、みたらし団子屋でも始めるか?」
呆れながら、酒杜陽一が言った。
「そんなこと言うなら、陽一も少しは食べてよ。無駄にしたらもったいないわ」
みたらし団子をホールのテーブルの上にできるだけ広げて、酒杜美由子が言った。
「ああ、あんなところに臨時の団子屋さんがあります。一休みしていきませんか?」
休日だというのに研究室に引きこもろうとするイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の手を引っぱって、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が言った。
「いや、俺はできたらセレスティアーナに会いたいと思ってここに来たのであって、団子を食いに来たのでは……」
ふと、唐突に二年前のセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)との出会いを思い出し、イーオン・アルカヌムは様子を見たいと思ってシャンバラ宮殿までやってきたのだった。もちろん、今のセレスティアーナ・アジュアの多忙な立場では、そうそう会えるとは思ってはいないが。だが、別に団子を食いたくてシャンバラ宮殿にまでやってきたわけではない。
「えー、でも美味しそうですよー」
少しでもイーオン・アルカヌムの気晴らしになればと、アルゲオ・メルムがなおも誘った。
「ほら、陽一が変なこと言うから、みんな本当にお団子屋さんと勘違いし始めちゃったじゃない」
なぜか、『1串、1ゴルダ』とプライスカードを書きつつ酒杜美由子が言った。
そこへ、鳥打ち帽を目深に被ってサングラスをした男がつかつかと歩み寄ってきた。
「みたらし団子か。美味しそうだな」
「あなたは……」
その人物の正体にすぐに気づいた酒杜陽一が小さく叫んだ。しっと、高根沢理子が静かにのポーズをとる。
「どうしたのですか、理子様、そんな格好をして」
「しっ、極秘任務中だ」
周囲の目を気にしながら、高根沢理子が小声で告げた。
「だが、人の目があって、なかなか宮殿の外に出ることができない。これでは、大変なことになってしまう。ここで再会したのも何かの縁だ、力を貸してはくれないか?」
「もちろんです。なんでも言ってくれ」
ドンと胸を張って、酒杜陽一が言った。
「では、またあたしの影武者を頼みたい。すぐに追っ手が来るだろうから、その団子でも食べさせて時間を稼いでほしい」
「分かりました、任せておいてください」
「助かる」
後のことを酒杜陽一を頼むと、高根沢理子は逃げるようにしてその場を去って行った。
「捜すのだ。まだ遠くには行ってはいないはずだ」
そこへ、皇 彼方(はなぶさ・かなた)とテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)を連れたセレスティアーナ・アジュアがやってきた。高根沢理子を捜しているのは明白だ。
「まったく。ちょっと目を離した隙に、私に公務を押しつけて遊びに行ってしまうなどと……。断固、捕まえて連れ戻すのだ!」
「はっ」
命令された皇彼方とテティス・レジャが、キョロキョロと周囲を捜す。
「まあ、理子様ったら、ほれぼれする食べっぷりですわ」
酒杜美由子が、酒杜陽一と口裏を合わせてわざとらしく言った。
「いました!」
それに気づいたテティス・レジャが駆け寄っていく。すぐに、セレスティアーナ・アジュアと皇彼方もやってきた。
「おお、セレスティアーナじゃないか。本当に会えるとは。これも何かの縁だ、どうだ、そこの団子でもつまんで一つお茶でも」
予期せぬ出会いに、イーオン・アルカヌムが喜んで手を差しのばした。だが、スッと皇彼方たちが間に入ってすかさずセレスティアーナ・アジュアをガードする。
「お団子ですか。どうぞどうぞ」
両手にみたらし団子をたくさん持った酒杜美由子が、みんなにみたらし団子を勧めた。
「今は、そんな暇はない。さあ、執務室に戻るのだ……やや、誰だ、貴様は!」
酒杜陽一の肩に手をかけたセレスティアーナ・アジュアが、偽物だと気づいて唖然とする。
「もちろん、高根沢理子です」
そううそぶく酒杜陽一を、セレスティアーナ・アジュアが軽く睨んだ。
「やられた。追うのだ!」
それ以上偽物には構わず、セレスティアーナ・アジュアが部下たちに命じた。
「ふわい、わがりましだ」
「すぐに……うが、うぐ、追いまふ」
みたらし団子を頬ばっていた皇彼方とテティス・レジャが、あわてて口の中の団子を呑み込んだ。
「ああ、お茶の約束はどうする……」
高根沢理子の後を追いかけようとするセレスティアーナ・アジュアを、イーオン・アルカヌムが呼び止めた。
「そんな暇は……。分かった、私からの頼みだ、その団子を食って待っていてくれ」
「おう。分かった。キミが戻ってくるまで、団子を食って待っていよう」
セレスティアーナ・アジュアの言葉を真に受けたイーオン・アルカヌムが、みたらし団子をつかんで答えた。もちろん、セレスティアーナ・アジュアが戻ってくる保証はほとんどないのだが。
「少しは、理子様の役に立てたかな」
バタバタと走り去っていくセレスティアーナ・アジュアたちを見送って、酒杜陽一は言った。そのそばでは、『代王二人のお墨付き、シャンバラ王宮御用達みたらし団子』と幟を立てた酒杜美由子のみたらし団子に、たくさんの観光客が群がっていた。
★ ★ ★
「あったあった、これぞ待望の新刊♪」
本屋の新刊コーナーから一冊の絵本を手に取ったルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が、ニコニコ顔で師王 アスカ(しおう・あすか)にそれを見せた。
『名探偵小ババ様4……!?』
魔鎧状態のホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が、自分を着ている師王アスカにだけ聞こえる声で言った。
「動かないでね〜」
小声で、師王アスカがホープ・アトマイスをおとなしくさせる。
「面白そうな本だねぇ」
「そうなのだよ。こばーとしか書いてないのだが、実になんとも趣があるのだ」
絵本に頬をスリスリしながら、ルーツ・アトマイスが言った。
『そ、そんな、そんな姿、俺の知っているルーツじゃない……!』
「はい、むだあぁ♪」
ホープ・アトマイスが叫んだが、重ね着している上着を手で押さえた師王アスカのせいで、その声はくぐもって兄のルーツ・アトマイスには聞こえなかった。
俺の兄貴はこんなんじゃないやいというホープ・アトマイスのシスコン丸出しの主張は、黙殺されたのだ。
そもそもは、兄であるルーツ・アトマイスを神格化しているホープ・アトマイスに、真実を見なさいと言うことで、人間観察を強いた師王アスカの提案によるお買い物であった。未だ、ルーツ・アトマイスに自分が弟だと言いだせないホープ・アトマイスには、それを拒否することはできなかったのである。
二人が裏でバタバタやっているうちに、本を買ったルーツ・アトマイスが戻ってきた。
「お待たせであったな。さあ、喫茶店にでも行って、さっそくこの本を読もう♪」
ニコニコしながらそう言うと、ルーツ・アトマイスはホープ・アトマイスを着た師王アスカを喫茶店へと誘った。