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リアクション
★ ★ ★
「ここは、エスプレッソが美味しいのだ。店員さんも可愛らしい人ばかりで、接客態度も素晴らしいんだぞ。それに、なぜかここに来るたびにお菓子をおまけしてくれるんだ」
そう饒舌に説明しながら、ルーツ・アトマイスがウェイトレスさんをウインクで呼び寄せた。
『ち、違う……。何もかもが違……もごもご』
暴れたくても魔鎧状態なので身動き一つできないホープ・アトマイスが、師王アスカの胸のあたりでわめいていた。
「少々お待ちくださーい」
ウェイトレスが、九十九刃夜たちの注文を復唱してからルーツ・アトマイスの方へとむかった。途中で、なぜか身を伏せて不審な格好をしている茅野瀬朱里と会津サトミのそばを通りすぎる。
「とりあえず、ツンデレーション尾行なう」
「お茶しやがってなう」
身を伏せながら、茅野瀬朱里たちが自分たちの行動を携帯でつぶやく。
「やはり、何か視線を感じますね」
キョロキョロと周囲を見回しながら、ハル・オールストロームが言った。なぜか、さっきから殺気を感じている。
「気にしすぎじゃないですか?」
それでは、見ているこちらが疲れてしまうと蘭堂希鈴が言った。肝心の茅野瀬衿栖と若松未散の方は、おニューの服の細部をくらべっこして話に花を咲かせている。
「変なストーカーとかいないでしょうね」
ふと、ハル・オールストロームが携帯のつぶやきをチェックした。
「やや、このつぶやきは……ええい! そんなことはないなう!」
あわてて、リツィートしつつつぶやき返す。
『そんなことはないなう!』
『見間違いでございますなう』
『間違いないなう。ぎぎぎ。#ツンデレーション』
『そのタグはおやめなさい!』
『私たちは見ているなう』
『おのれどこですか!』
思わずつぶやき合戦になってしまい、逆に人目を引いてしまうハル・オールストロームであった。おかげで、後日不用意な発言は控えるようにと、事務所からアカウント停止されてしまったのは余談である。
「ああ、お茶が美味しい。そういえば、花妖精の村で飲んだお茶も美味しかったわね」
そんな騒ぎとは無関係に、多比良 幽那(たひら・ゆうな)はハーブティー片手に、ティル・ナ・ノーグの花妖精の村でのお茶会を思い出していた。
ドロシー・リデル(どろしー・りでる)とのお茶のテーブルでは、花妖精のアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)をわざわざだっこして、周囲にはアリアドネたちと龍樹【ロサ=アテール】までをも集めて、熱く植物愛を語ったものだった。
『――それで、アコニトムの淹れてくれるお茶は美味しいんですよー。ラヴィアンなんか、鼻血を出して喜んじゃうぐらいなんです。ローゼンは物静かでしょう。コロナリアは、今はそっぽむいているけれど、本当は話に入ってきたいんですよ。他にも、この子がヴィスカリアで、この子が、リリシウム。それと、ディルフィナに、ラディアータに、ナルキススに。ああ、アトロバをだっこしてみます?』
とめどなく植物のことを話し続ける多比良幽那には、ドロシー・リデルも微苦笑を隠しきれなかったが、花の話はいくら聞いていても飽きないようであった。
さすがに、だっこされていたアッシュ・フラクシナスもいいかげん飽きて逃げだして、そばで遊んでいたアストルフォ・シャムロック(あすとるふぉ・しゃむろっく)と合流した。ジャンヌ・ローリエ(じゃんぬ・ろーりえ)だけは、ドロシー・リデル同様、いつまでも話を聞いていても飽きないのか、ずっと多比良幽那たちのそばに居る。
紅茶とスコーンが、なくなっては補充され、暖かな陽射しは花妖精たちにいつまでも降り注いでいた。
「ああ、またいつか行ってみたいなあ」
ちょっと陽射しの香りが足りないハーブティーを残念に思いつつ、多比良幽那がつぶやいた。
★ ★ ★
「この俺としたことが、正月に餅肉をつけるとはなあ。一から修行のやりなおしだぜ」
山奥の秘湯にある滝に打たれながら、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が精神を統一した。
滝の水に打たれた身体から湯気がたちのぼる。
「すぅー……ふん!!」
ラルク・アントゥルースが氣を練りあげる。
「天駆けろ! 鳳凰よ!!」
気合い一閃、その拳を上へと突きあげた。滝の水が逆流して、天へと噴きあがる。
「ふう。悪くない」
再び落ちてくる水に打たれながら、ラルク・アントゥルースが岩の上で両手を組もうとした。その顔に、なぜかバスタオルが引っ掛かる。川を流れて滝から落ちてきたものだろうか。しかし、なぜ……。
「きゃああああああ!!」
「な、なんだ!?」
突然滝上から悲鳴が聞こえたかと思うと、女の子が降ってきた。
「おいおい、どうなっているんだ」
間一髪で、すっぽんぽんの女の子をだきとめたラルク・アントゥルースが目を白黒させた。
「えっ? きゃああぁぁぁ!!」
ラルク・アントゥルースがお姫様だっこしていた女の子が、現状に気づいて大声で悲鳴をあげた。川沿いの温泉にのほほんと浸かっていたら、突然大波にさらわれて流されたのだ。滝から落ちたと思ったのに、いつの間にかすっぽんぽんになっていて、自分が身体に巻きつけていたはずのタオルを頭の上に引っ掛けたすっぽんぽんの男にお姫様だっこされていたのだから、悲鳴をあげない方がおかしい。
「御無事ですか? お嬢様!」
その叫び声を聞いて、滝の上からまた人が落ちてきた。
「お嬢様を放せ!」
身体にバスタオル一枚を巻きつけただけのメイドちゃんが、大上段に振り上げた仕込み箒をラルク・アントゥルースにむかって振り下ろしてきた。
「うおっ!?」
真下からメイドちゃんを見あげたラルク・アントゥルースが、あわててお嬢様を川の中に取り落とす。同時に、掲げた手ではっしと仕込み箒の刀身を白刃取りした。
「危ねえじゃないか!」
奪い取った仕込み箒を川岸にむかって投げ捨てながら、ラルク・アントゥルースが言った。それにしても、自分自身、成長したものだと思う。パラミタにやってきた当時の自分であったら、今ごろは真っ二つになっていたことだろう。これも日々の修行のおかげだ。
「ぷっはあ、なんでこんな目に……うきゃあああ!」
いきなり川の中に落とされたお嬢様が、水中から顔を出したとたんまた悲鳴をあげた。場所が最悪だった。
「貴様、またもやお嬢様にセクハラを……。もはや許せん」
怒り心頭に発したメイドちゃんが、タオルがはだけるのも無視してキックを放ってくる。
「こら、少しは俺の話を聞け……」
「問答無用」
どうしてこうなったと問い質したいラルク・アントゥルースであったが、メイドちゃんの方は聞く耳持たない。
「お嬢様、お竜ちゃん、無事か!?」
メイドちゃんとラルク・アントゥルースが水飛沫を上げて戦っているところへ、遅ればせに執事君が滝の上から落ちてきた。こちらも、腰にタオル一丁である。
「お嬢様、御無事でしたか」
バシャンと川面に着水すると、何か悪い物でも見てぼーっとしているお嬢様を、執事君が安全な川岸にまで連れていった。当然のことだが、ラルク・アントゥルースの頭から落ちて流れてきたタオルを拾ってお嬢様のトランジスタグラマーな身体を隠すことも忘れない。
「まったく、お前たちはなんで俺の修行の邪魔をするんだ」
「修行!? こんな温泉が流れ込んだ暖かい川で修行もないだろうがあ」
メイドちゃんの加勢に駆けつけた執事君が、ラルク・アントゥルースに言い返した。もともと、この川の水源は温泉である。そのため、河原に穴を掘って熱い川の水を引き込むことによって天然の露天風呂にすることができるのだった。だが、秘境なので、その存在を知る者は少なく、たまにそれを知る者が人目を気にする必要もなくすっぽんぽんで温泉に入っているのだ。もちろん、ラルク・アントゥルースの打たれていた滝も、ほどよい熱さのお湯である。
「まったく、こうなったら修行だと思ってつきあってやらあ、かかってこいやあ」
すっぽんぽんで、ラルク・アントゥルースがメイドちゃんと執事君を挑発した。拳聖であるラルク・アントゥルースは、すっぽんぽんである今の姿が、いろいろな意味で最強である。メイドちゃんと執事君の二人がかりでちょうどよいという感じであった。
逆に、武器はない、服もない、激しく動いている間にタオルはどこかに行ってしまうやらで、メイドちゃんと執事君は生涯最悪の戦いを強いられていた。とはいえ、二人共武闘派のため、すっぽんぽんが恥ずかしいと言うよりは、敵の拳の方に意識を集中……していた!?
「ぎゃー、どこを触っている。は、放せ。くっ、くっけるな」
「うわっ、お竜ちゃん、は、離れてください」
「うぎゃー」
「うわーっ」
ラルク・アントゥルースによって、メイドちゃんと執事君が、かかえられたり、二人一緒にベアハッグをされたりして、いろいろな意味の悲鳴が響き渡った。
「まったく、何をやっているのです。早く、そんな毛むくじゃらの熊など退治しておしまいなさい!」
どこか興味津々でラルク・アントゥルースたちの戦いをガン見しながら、お嬢様は楽しそうに叫んだ。