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リアクション
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「はーい、初詣の方はこちらへー」
空京神社の参道脇で、巫女が横道へと参拝客を呼び込もうとしていた。
「あっ、なんだかあっちにも行けるみたいですぅ」
せっかくレンタル晴れ着を着てきたのに、ずっとならびっぱなしだったフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)に言った。
「でも、あっちに、建物なんかあったであろうか?」
なんだか見慣れない鳥居がある脇道を見て、ザーフィア・ノイヴィントが怪訝そうな顔をした。
「でも、せっかく晴れ着を着たのに、ならんでいるばかりじゃつまらないですぅ」
「それもそうではあるな」
フィーア・レーヴェンツァーンの言葉にザーフィア・ノイヴィントが同意して脇道への鳥居をくぐろうとしたときであった。
「福神社でも、初詣受けつけておりまーす。福神社も、忘れないでくださーい」
健気に呼び込みを続ける布紅の声が、二人の耳に届いた。
「わーい、布紅ちゃんですぅ。じゃ、福神社の方に行くですぅ」
「そうであるな。そうしよう」
二人はくるりと振り返ると、福神社へと続く道を歩き出した。
「もう少しだったのに……」
そうつぶやくと、呼び込みをしていた巫女はすうっと透明になって消えてしまった。
そんなことにはまったく気づかずに、二人は福神社にむかう道を歩いて行った。
「それにしても、やはり私は燕馬くんについていきたかったのだが……」
「そんなことをしてたら、馬に蹴られて死んでしまいますぅ。ただでさえ、ツバメちゃんに渡すはずだった新型機を、一度も乗らないうちに壊しちゃったんですから、少しはそっとしておいてあげるですぅ」
「ううっ、それは言わない約束じゃあ……」
結局、国難に対して貢献したと言うことで補填はされたが、新風燕馬はプラヴァーにはまだ乗ってはいない。
「そんなこと言うから、また胸のあたりがきつくなってきたであろうが……。少しはだけてもいいかな……」
「今フィーア、喧嘩売られたですかこれ」
衿に指を突っ込んでパタパタとするザーフィア・ノイヴィントを、フィーア・レーヴェンツァーンが睨めつけた。
成人式にむかう新成人たちの晴れ着姿を見て、自分たちも着てみたいと思って借りたレンタル晴れ着ではあったのだが、フィーア・レーヴェンツァーンとしては帯できつく締めつけられて胸の差が目立たなくなるのでちょっと気に入っていたのだ。だが、その唯一無比の長所をなし崩しにしようなどとは、蒼姐さんと言えども許しがたい。
「えっと、とにかくお参りするのだよ。布紅くんも待っているよ、さあさあ」
なし崩しにごまかすと、ザーフィア・ノイヴィントはフィーア・レーヴェンツァーンの背中を押して福神社へとむかった。
★ ★ ★
とんとんとん……。
「あ、いっっ……」
「大丈夫? まだ本調子じゃないんだから、私が手伝うから、なんでも言いなさいよ」
「うん、平気だもん」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)に言われて、包丁で指を切りかけたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が答えた。
どうにも、ザナドゥでの戦いでの怪我がまだ治りきってはいない。もっとも、それは肉体の怪我と言うよりも、心の怪我の割合も多いのではあるが。
「和輝は、なんであんなに優しいんだろ」
そこが長所であるとは分かっていつつも、納得できない自分が歯がゆいアニス・パラスだった。
「怪我をしているんだから、考えて動いて――危ない!ちょっと、アニス危ないから!!」
ぼーっとしているアニス・パラスに、スノー・クライムは少しも気が抜けない。それがまた、彼女にとっても幸いだった。他によけいなことを考える暇がないのだから。
そこまで考えて、佐野 和輝(さの・かずき)が二人に料理を頼んだのかは分からないが、ちょうどいい気晴らしにはなっているようであった。何ごとも、考え込みすぎるのはよくないことだ。もちろん、それは佐野和輝自身にも言えることであった。
「医学は、私の半身といっても過言ではないのだよ」
キッチンと隣り合ったリビングでは、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)が、佐野和輝と世間話という名の問答を続けていた。
「医者かあ。熱中しすぎて周りが見えなくなるのは問題だが、一つのことに打ち込めるのはいいことだと思うよ」
うんうんとしきりにうなずきながら、佐野和輝が言った。
「ふっ、本当に君は面白いな。世間的には私は君に酷いことをしたというのに、それでもなお歩み寄るのだからな」
まったく予想できない反応だと、医者として面白くもあり不本意でもあるという感じでリモン・ミュラーが相好を崩した。
「確かにザナドゥでの一件に対して、リモンに負の感情をだいてないといえば嘘になる」
「ザナドゥでの一件は、私は悪いとは思っておらぬし、後悔もしとらん」
きっぱりとリモン・ミュラーが言い切る。
「だろうね」
「では、なぜ?」
そんな自分を家族としてむかい入れると、リモン・ミュラーが訊ねた。
「それは……そうだな、リモンがアニスと仲良くなったら、教えてやるよ」
佐野和輝の言葉に、うーんとリモン・ミュラーが考え込む。教えてもらうよりも先に、自分で当ててみせるという顔だ。そう、先に気づいてくれるのであれば、それが一番いい。佐野和輝はのんびりと答えを待つつもりであった。
★ ★ ★
「ああ、来た来た。こっちこっちー」
日堂 真宵(にちどう・まよい)が、空京駅のホームに走ってやってきた立川 るる(たちかわ・るる)にむかって大きく手を振った。
「あっ、まよちゃん、待ったー?」
「ううん、全然」
なんとなく、お約束の会話を二人で交わす。
二人共空京の成人式帰りで、綺麗に晴れ着で着飾っていた。
立川るるはピンクの晴れ着をレンタルして、白いふわふわのショールを巻いている。髪もきちんとセットしてアップに纏め、大きな花飾りをつけていた。
日堂真宵は実家から送ってもらった自前の晴れ着を自慢げに着ていた。よほど両親が奮発したのか、帯や巾着なども豪華である。
「準備は万端?」
「えっへへー、ばっちり☆」」
日堂真宵に聞かれて、立川るるがかかえていた大きなバッグを軽く叩いた。中には、山ほどフリップが入っている。
二人は、これから新人式の梯子をしようというのだった。シャンバラでの成人式は空京で各学校の物が行われているが、二人はさらにそれぞれの生家のある地元での成人式にも出席しようというのだった。
だが、ただ出席するのはつまらないというので、シャンバラでの成人式をレポートして、地元で自慢……いや、発表しようというのであった。そのため、早朝から準備して、二人で手分けして各学校の成人式を勝手に梯子してきたのである。
「それで、どんな感じだった?」
成果を日堂真宵が訊ねる。
「ええとね、パラ実の成人式は、当然拳で語り合って、勝った者だけが大人として認められるのよ」
「らしいわねー」
立川るるの言葉に、パラ実らしいと日堂真宵が納得した。
「ジャタ族は、バンジージャンプをするんだよ」
「ふっ。世界樹から落ちたことのあるわたくしにとっては、ぬるいと言わざるをえないわね」
どうでもいいことを思い出して、日堂真宵がささやかな胸を張る。
「他の所はどうだった?」
今度は、立川るるが訊ねた。
「ドラゴンたちは、日本式らしいわよ。芸がないわよね。で、極めつけは、ヴァイシャリーよ、ヴァイシャリー。赤ちゃんはコウノトリが運んでこないことを、紙芝居や人形劇で事細かに再現しているそうよ」
「それ、マジ?」
頬をちょっと染めつつも、目を輝かせて立川るるが聞き返した。
「マジらしいよ。聞いた話だけど。これは、きっちりと地元で再現しないといけないわよね」
「もちろんよ」
なんだか、とんでもないことになりそうではあるのだが……。
「でも、一つ一つ紹介するのは面倒だよね」
どうしようかと、立川るるが言った。
「纏めちゃえばいいのよ。つまり、シャンバラの成人式は、空京に現れた空大の学長にむかって、紋付き袴の和装の新成人がバンジージャンプで戦いを挑み、勝った者のみコウノトリが語る真実を体験できる。これを、紙芝居と人形劇で表現するのよ」
「あっ、それいいかも!」
日堂真宵のとんでもない纏めに、立川るるが手を叩いて賛同する。
ちょうどそこへ、待っていた新幹線がホームへと入ってきた。
「きたきた、さあ乗りましょ。伝説を作るのよ!」
「うん、伝説の星に願いをだよね」
かくして、その後伝説となる成人の主張をしに、二人は地球へとむかって行ったのであった……。