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リアクション
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「はあ、たまの休日っていうのはいいわよねえ」
夜露死苦荘の自室でゴロゴロと怠惰を楽しんでいる伏見 明子(ふしみ・めいこ)であった。
「はあー、ごろごろ……」
ごろごろ、どっしゃーん!
「何、何ごと、落雷、地震、火事!?」
どれ一つとっても、夜露死苦荘なら木っ端微塵だと思いつつ、あわてて壁際に避難した伏見明子が窓際を見た。見れば、窓が窓枠ごと吹っ飛んで部屋の中に落ちている。
今や大きなただの穴と化した窓から、ワイバーンのルドルフが首を突っ込んでいた。
「いったい、どうしたって言うのよ」
どんな理由があって私の部屋の窓を破壊したのか説明しなさいと伏見明子がドラゴンに詰め寄った。
なんだかあわてて、ルドルフが何か手紙を貼りつけたプラカードを掲げる。
「何々……。あにぃ! こないだの模試の結果が散々だったので、世を儚んで集団でタシガン空峡にむかうってえ!? どーすんのよそれ」
夜露死苦荘の受験生たちの手紙というか遺書を読んだ伏見明子が叫んだ。
たかが模試の結果ぐらいで、なんて柔な連中だろう。とはいえ、夜露死苦荘の受験生から自殺者でも出そうものなら、他の受験生たちの心証が悪くなる。
「しっかたないわねえ。連れ戻しに行くわよ。あなたも来なさい!」
急いで支度をすると、伏見明子はルドルフに飛び乗った。ついでに、手のすいていた他の受験生たちも総動員する。
「いい。馬鹿がタシガン空峡から落ちるのは、凄く不吉なのよ。なんとしても、落ちるのは阻止するわよ、ついてきなさい!」
「あらあらあら、いってらっしゃーい」
そう受験生たちを叱咤すると、管理人のマレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)に見送られて、伏見明子はタシガン空峡へとむかっていった。
★ ★ ★
『マキちゃん、テレサちゃんは、いつもの場所よ。迎えに行ってあげてちょうだい』
夕食の支度をしている瀬名 千鶴(せな・ちづる)が、携帯でデウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)に連絡を入れた。
テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は、空京の病院で看護婦の勤務をしているのだが、休日はスケートリンクで自分のリハビリをしている。
オリンピックの選手にまで登り詰めたテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンであったのだが、怪我のために引退を余儀なくされていた。けれども、フィギュアスケートへの思いは断ち切れず、空いた時間を見つけてはリハビリとしてのスケートの練習をしているのだった。
直接それに関して口出しすることはないが、瀬名千鶴としては静かにそれを見守っている。無理強いをすることではないし、どこまでがリハビリの範囲であるかは本人が決めることだ。もちろん、やり過ぎはちゃんと止めるつもりではあるが。
ツーリング途中で連絡をもらったデウス・エクス・マーキナーは、バイクでスケートリンクへとむかった。
到着すると、ちょうどリハビリを終えて着替えたテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンがスケート場から出てくるところだった。
「テレサ、迎えにきたでございますよ」
「ええ……。ありがとうね、エクス」
デウス・エクス・マーキナーが声をかけたが、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンは沈んだ顔でふいにだきついてきた。直前で、四回転トゥループに挑戦して失敗したらしい。結局、自分で決めた壁に、また阻まれてしまったようだ。
「ごめん、しばらくこのままでいい? ……やっぱり、まだダメなのかな……」
「何のことでしょう。さあ、帰りましよう」
わざと何も聞かないで、デウス・エクス・マーキナーがテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンをバイクへとうながした。
「うん……」
しょぼんとしたまま、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンがバイクにまたがったデウス・エクス・マーキナーにしがみつくようにして後ろに乗った。その瞬間、魔鎧化したデウス・エクス・マーキナーがテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンの全身をつつみ込む。その姿は、ライダースーツに酷似していた。
『さあ、少し走ってみませんか。あなたの手で。大丈夫、私がサポートいたしますから』
「ああ、それは面白そうだな」
デウス・エクス・マーキナーの言葉に、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ))が答えた。そして、バイクで走りだす。
『その言い方、感触、マーツェカでございますか!?』
なんで出て来たと、デウス・エクス・マーキナーが言った。魔鎧の中のテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンの姿が、猫耳娘に変わっているのが感じとれる。
「いいじゃないか、走りたいんだろ」
デウス・エクス・マーキナーの言葉を無視して、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(マーツェカ・ヴェーツ)が言った。だが、これでは、せっかくテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンに自身の手でバイクを走らせようとしたのが台無しだ。
「どのみち、動かしているのはこいつの身体の方だ。問題は無い。つまりは、そういうことだよ」
曖昧に、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(マーツェカ・ヴェーツ)が言った。奈落人のマーツェカ・ヴェーツが憑依したからと言って、肉体的な能力はテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンのものだ。今できることは全て、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンがもともとできると言うことである。
――もっとも、もっと心の闇をふくらませてくれた方が、我にとっては都合がいいのだがな。最高の美味を味わうために、もっといろいろと悩んでほしいものだぜ。
そんなマーツェカ・ヴェーツの思惑はどうであれ、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンは自分がバイクを運転しているのを感じとっていた。
★ ★ ★
「今日は、マーキーのために、いろいろと買いそろえないとね。ほしい物はじゃんじゃん言ってくださいね。マーキー……、マーキー? ちょっと、どこにいっちゃったんです!?」
ショッピングモールに買い物に来た本宇治 華音(もとうじ・かおん)が、エスカレーターの後ろにいたはずのマーキー・ロシェット(まーきー・ろしぇっと)の姿が忽然と消えていることに気づいて焦った。あわてて周りを見回すと、下の方にマーキー・ロシェットの姿が見える。
本宇治華音はエスカレーターを駆けあがると、今度は下りエスカレーターを駆け下りてマーキー・ロシェットのところへと駆けつけた。
「もう、勝手にはぐれたらダメでしょう。迷子になりますよ。いったい何をしていたの?」
他の人の邪魔にならないようにと、エスカレーターの手摺りをなでなでしていたマーキー・ロシェットをそばの球形椅子へと引っぱっていき、本宇治華音が問い質した。
「でも、メカは友達だよ」
物珍しそうに、動いているエスカレーターを見つめながらマーキー・ロシェットが言った。そして、その目が、すぐに床のタイルを磨いている大型のポリッシャーに移る。
ほわんと、ポリッシャーさんを見つめるマーキー・ロシェットの目尻が下がった。
「ええと……、でも、人間のお友達もたくさん作ろうね」
キラキラした目でメカを見つめるマーキー・ロシェットに、本宇治華音が言った。
パパと呼ぶ機工士とずっと二人だけで隠棲の生活をしていたマーキー・ロシェットにとっては、見る者全てが珍しく、機械以外の物はちょっと怖い物なのかもしれない。
「そのためにも、今日はいろいろ買いますよ。さあ、行きましょう」
そう言うと、本宇治華音はマーキー・ロシェットの手を引っぱった。
★ ★ ★
「よし、間にあったぞ♪」
突然スーパーに行くぞと叫んで喫茶店を飛び出したルーツ・アトマイスが、時計を見て安堵の声を漏らした。
『えっ、えっ? えーーーーー!?』
嬉々としてスーパーのカゴを手に取るルーツ・アトマイスを見て、いだいていた理想像がガラガラと崩れていく様にホープ・アトマイスが悲鳴をあげる。
「いいか、これからは戦争だ。今日は、合い挽き肉300gが、限定20個激安タイムがある。他にもあるから頑張って勝ち獲るぞ! 主婦は魔物だと思って全力で戦え! 一瞬に気の緩みは死を招くと心得ろ。では、突撃!」
言うなり、特売大に群がる主婦の群れに、臆することなくルーツ・アトマイスが突っ込んでいった。
「どう。これが現実よ」
『嘘だあ、認めないぞー!』
「往生際が悪いわねえ」
現実を認めようとしないホープ・アトマイスに、師王アスカが溜め息をついた。
「二人共、何をやっている。特売品は、人数分しか売ってくれないのだ。早くこっちに来て頭数になるのだ!」
数が確保できないだろうと、ルーツ・アトマイスが二人を手招きした。
「はーい、行くわよ、ホープ」
『俺を異次元に巻き込むなあ!』
訳の分からないことを叫びつつも、魔鎧状態では逃げ出せないホープ・アトマイスであった。