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リアクション
第5章
プロレスの興奮も醒めやらぬまま、他の観客たちとともに海の家「うさうさ」で「海鮮中辛うさうさカレー」と焼き魚を食べ始めた義仲と清盛を残して、ティエンと陣は、土産物コーナーにやってきた。「ふたっきりにさせてあげなくちゃ」というティエンの作戦だ。
「うさぎのお土産、いっぱいあるね。うーん、悩むけど、やっぱり、ペアのうさぎさんぬいぐるみ!」
ティエンが選んだのは、釣り装備のうさぎのぬいぐるみ。女の子のバッグにはちっちゃいタコ、男の子のバッグには、やはりちっちゃなイカが入っている。ルファンのこだわりに巻き込まれ、いやいやながらも、意外な特技を発揮してしまった裕輝の作品だ。
「別れ際にあげるんだ。なかなか会えないけど、このうさぎさん見たら、今日のこと思い出せるようにってね♪」
「ティエン、清盛はともかく、野郎にうさぎのぬいぐるみ……まぁいいけどな。それにしても、このタコとイカ、妙に出来がいいな……」
カレーだけでなく、リアトリスの焼き鳥、ルファンたちの海鮮バーベキューと海鮮やきそばも大人気だ。
スティリアとガディのウル−ブレードドラゴンを従えたグラキエスも、
「エルデネストの料理は、帰ってからゆっくりと楽しむから」
と、美貌の悪魔に言いながら、海鮮バーベキューを満喫している。
コタローの「ナノ治療装置」と「ヒール」で回復した太一も、こんがりと焦げ目のついた焼きイカの串を手に満足そうだ。
海の家「うさうさ」をはさんで、プロレス会場とは反対側に設置された野外特設会場では、水着コンテストもはじまっていた。
セレンフィリティは、海鮮焼きそばに夢中になっている間に、エントリーが締め切られて残念がり、
「ま、あたしが出場したら、もうそれで他の子たちは勝負にならなかったから、それはそれではり合いないしね」
などと宣っていたが、数人目に恋人のセレアナが登場してからは、
「あの水着、私が選んだの。セレアナ、がんばれ〜! 負けたら承知しないから〜」
と、暴走気味の声援を送っている。
セレアナは、「自己アピールをお願いします」と言われ、少し迷ったが、即興でダンスを踊ってみることにした。
水着姿で壇上に立つのは苦手と言えば苦手だが、人の視線になれてくると、不思議と自然にポーズも決まり、自分でも驚いてる。
場が盛り上がったところで、野外ステージへの登場をアナウンスされたのは、素敵楽団「アエスターズ」。
カメラと雑用担当の瀬乃 和深(せの・かずみ)は、急ごしらえの楽屋で、ベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)に話しかけていた。
「ベル、お前は緊張していないんだな」
「わたくし、歌うために造られましたので。むしろ楽しみですよ」
微笑み返すベルは、スクール水着という露出が多い格好のため、肘や膝の部分の球体間接が、丸見えになっている。
「また、なんともマニアックな格好で」
苦笑とともに感想を漏らすと、真顔で尋ね返された。
「このような姿はお嫌いですか?」
「ノーコメント」
「ではお嫌いではない、と?」
「……とっとと行って来い」
和深は、意地悪そうに微笑むベルの背中を押した。
ステージでは、次々と、素敵楽団「アエスターズ」のメンバーが紹介されている。
キーボード担当は、緑地に幅が広めの白いボーダー柄のビキニを着たオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)。
黒ビキニで登場した神凪 深月(かんなぎ・みづき)の楽器は、三味線。
ギターの久遠・古鉄(くおん・こてつ)は、深月と対照になるような白のスクール水着を着ている。古鉄自身は、それがどういうものなのか全くわかっていないようだが、一部の客の熱い視線を集めてしまいそうだ。
「面倒だが、まぁいい」
呟くドラム担当は、村雲 庚(むらくも・かのえ)。
オデットの発案で、水着コンテストにバンドとして参加することになって以来、ミンスレルクラスで基礎は覚え、メンバーと練習を重ねてきた。
付け焼刃かもしれないが、ここまで来たからには……、
「なんだかんだで、やる気だね、カノエくん! ヒノエちゃんも頑張ろうね!」
黒のドット柄スカート付きビキニを着た壬 ハル(みずのえ・はる)は、担当のサックスを抱えて、いつものように笑っている。
こうやって一緒に青春していけば、元傭兵の庚も、日常の楽しさを思い出すことができる、などと考えているのだろう。
「マスターと壬ハルに、そして皆様に感謝を」
ウッドベースのヒノエ・ブルースト(ひのえ・ぶるーすと)は、「ひのえ」とひらがなで名前を書いた紺のスクール水着姿だ。楽屋で見せられたときには、無言で頭を抱えた庚だったが、
「あのマスター……何かおかしいですか?」
と、尋ねるヒノエには、「おかしくない」と答えて励ました。ミンスレスクラスが間に合わなかったヒノエが、メンバーとの練習の他に、別コミュニティで人知れず練習していたことを知っていたから。
ヒノエにとっても、これが、自分の存在意義を見い出せるきっかけのひとつになればいい。
ハルの勢いで引き込まれたこのバンドだが、最後まで付き合うのも悪くない。
庚は、ドラムの感触を確かめながら薄く笑った。
ベルとデュエットでボーカルを務めることになった五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、どよんとしていた。女顔ではないが女装が似合う顔らしく、女装する機会も増えた今日この頃だが……、
「なんで、俺、ワンピース水着なんだろう……」
「大丈夫だよ、東雲の足とか、身長があるだけあって、長くて綺麗だし」
と、ステージの下から励ますリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)は、警備担当だ。
先程から、観客に交じって座っている見覚えのある男、和深の動向が気になっている。
「サブちゃん、ボクとステージの下に居よう」
呼ばれた上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)は、苦笑した。
「……ふ、ここは賑やかで、感傷にも浸っていられないな……」
海を見て、二度と帰ることのない故郷の相模の海を思い出しているより、弟のように思っている東雲のために忙しく働く方が、良いのかもしれない。
「良く分からないが、東雲が一心に取り組む姿は、ずっと見てきた。それが、この日の為であるのなら、俺も協力は惜しまない。術師と共に、敵の気配を探ればいいのだな?」
「一緒に観客に目を光らせて。不埒な輩は、『ツッコミハンマー』で容赦なく光にするから」
「今のところ不審な動きをしているのは、物の怪ぐらいなものだが……」
三郎景虎が、ステージの隅をうろうろしているンガイ・ウッド(んがい・うっど)を指さす。
「油断しないで」
「みんな、がんばってる……」
リキュカリアの一生懸命な姿を見て、東雲も、覚悟を決めた。
「大きめの上着で上半身は隠せるし、ワンピースのスカート部分も、太ももの真ん中まであるから……まぁ激しく動かなければ大丈夫だし……無駄毛も、処理が要らないほどないし!」
どうしてこうなった! という思いを込めて、歌うしかない!
あとで、うさぎさんたちに、編みぐるみのモデルになってもらうように頼もう。
そのことだけを活力に、羞恥プレイを乗り切ろう、とけなげにも決意する東雲だった。
メンバー全員の準備が整ったところで、庚がアイコンタクト。
「始めるか……」
皆が、小さく頷き、庚は、スティックを掲げ、鳴らす。
1、2、3。
曲は、「START!」。
「あれ? シロがいない」
興奮が高まる会場の中、リキュカリアは、ステージの隅いたはずのンガイが、消えていることに気付いた。
マスコットとしてステージの中央に鎮座したい、というのを「せめて端っこに!」と説得したはずだったが、リキュカリアと三郎景虎が目を離す隙をねらっていたらしい。
「我の魅力的なもふもふを、ステージの隅で寂しく咲かせるとは、エージェント共は、何も分かっていないのである」
「シロ……?」
すぐ側で声が聞こえた、と思った次の瞬間、毛並みふわふわの銀色の猫は、ステージの上を、くるくると踊りながら回り始めた。
「キャー! もふもふ!」
「かわいー!」
女性客たちの声が飛ぶ。
「まあ、いいか……ウケてるみたいだし、バンドの邪魔にはなってないもんね」
警戒していた和深も、撮影を頼まれた相手にしかカメラを向けていないようだ。
曲は終盤、大サビへ向けての間奏へ。
元々、音楽のステータスが比較的高かった為か、特に大きなミスも無く演奏をこなしてきた庚の端正な顔立ちに、光る汗が映える。
『此処はあたし達が主役だよ!』
ハルからの精神感応を受け、庚は、ヒノエにも視線を向け頷いた。
さぁ、魅せ場だ。
バスを、フロアを、スネアを、ハイハットを、シンバルを……、
叩く叩く叩く!
集中集中集中!
最後まで気を抜くな!
コントラバスを立てかけ、弦を弾くヒノエは、重なる音に、メンバーとの一体感を感じていた。
これが「心」というものなのだろうか。
見よう見まねで練習したスラップ奏法。
金属骨格と人工筋肉が呼応し、指が高速で音を奏でる。
これは、自分の存在意義を見出す最初の一歩……。
庚たちの間奏が終わり、東雲とベルの澄んだ声が響く。
クライマックスが近づいていた。熱気の中、白いショルダーキーボードを弾くオデットが、深月に目を向ける。
スッと、引き寄せられるように、オデットと深月の目が合って……、
次の瞬間、オデットと深月は背中を合わせてお互いの体を預けていた。
「深月ちゃん!」
「うむ」
オデットの指が鍵盤を踊り、深月の持つバチが弦を弾く。2人は、共に駆け上がるような音の波をうねらせた。
東雲とベルの歌声が力を増す。
背中が熱い。
オデットには、次に深月が出す音が手にとるようにわかった。
「どうしよう、すごく楽しい!」
「それは困ったのう、わらわも楽しすぎて死んでしまいそうじゃ!」
笑い合い、幸せに浸る。
そして、ステージはラストスパートへ……。
「海の家『うさうさ』をよろしくなのじゃ〜!!」
割れんばかりの拍手と歓声の中、深月の声が響いた。
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