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リアクション
「脱獄するくらいなんだから陽鴻烈はきっと強いんだろうね! どんな相手か楽しみだよー」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が血沸き肉踊るようすで言った。
「あの通路塞いでるでかい肉塊らしきものが陽鴻烈かな。見た目のインパクトは凄いね! でも、強さのほうはどうだろう?」
「まずは凍らせて、衝撃に弱くさせましょうか」
緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が【クライオクラズム】を放った。しかし、闇黒の凍気は鴻烈にぶつかった途端に消失する。
「……効いていないようですね」
遺伝子操作によって魔力耐性を持つ鴻烈は、すべての魔法攻撃を無効化してしまう。
「打撃しか通用しないんなら、これはもう【青心蒼空拳】の出番だろう?」
風森 巽(かぜもり・たつみ)が鴻烈と対峙する。筋肉の壁の向こうでは、赫空の儀式の準備を終えた八紘零が、じれったそうに足元を見下ろしていた。階下から供給されるはずの魔力が届かないため、予想よりも儀式の進行が遅れている。
蒼空をその拳に宿す巽は、誰に言うともなく呟いた。
「朝焼けも夕焼けも、雨も雪も曇りも――。星空も夜空も好きだがね。それでもやっぱり、青い空が一番なのさ」
いっぽうの透乃は正直なところ、赫空の儀式にさしたる興味はなかった。彼女の興味はただ、強い奴をぶん殴ることである。
「最近は【自動車殴り】で敵をそこらへんに叩き付けるのが多いんだけど……。ま、とりあえず持ち上がるか試してみようか」
透乃が鴻烈の右腕をつかんだが、さすがに身体は持ち上がらなかった。
それでも片手を封じることはできる。透乃はその間、他の人に鴻烈の体力を削ってもらうことにした。
パートナーにより右腕の攻撃は封じているものの、陽子は念のため、自身の得物である鎖の間合いよりは近寄らずにいた。
「……空を血に染めるという、赫空の儀式。私の首枷に付いている血晶も人の血液でできていますので。少し、興味はありますね」
陽子は、鴻烈を見上げながら訊いた。
「赫空の儀式で、いったい何が起こるというのです?」
だが、すでに人の知性を失っている鴻烈は、獣のようにうめくだけだった。
「オォォウ! オォォォウ!」
「……駄目ね。脳まで筋肉になったみたい」
「俗にいう“脳筋”ってやつだな」
巽が鴻烈の頭部に狙いを定めながら言う。
「とはいえ、それはものの喩えだ。さすがに脳までは筋肉で覆えまい」
軽やかにジャンプした巽は、鳳凰のように舞い上がり鴻烈の顎を蹴り上げる。脚を振り上げたまま【面打ち】の応用技を相手の頭に叩き込む。
「青心蒼空拳! 昇雷落し!!」
強力なかかと落としが鴻烈の脳みそを激しく揺さぶった。
脳震盪をおこす鴻烈の前。金 鋭峰(じん・るいふぉん)とともにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が馳せ参じる。
(――団長が現場に出てくるのはめずらしいわ)
ルカが鋭峰の横顔を確かめる。
発電所に赴いた多くの契約者と同様、彼もまた、少なからず零や鴻烈に因縁を持っていた。
鴻烈がCEOを務め、裏で人体実験を行ったエグゼクティブ・ジャイナ(EJ社)。表向きは『遵法精神を尊ぶ民のための軍事会社』を標榜し、その象徴として兵舎に鋭峰の肖像画をデカデカと飾っていた。
彼の顔は単にイメージ戦略に使われただけでなく、さらなる悲劇を呼んだ。ニルヴァーナの視察中だった鋭峰は首謀者と誤解され、人体実験を生き残った少年に命を狙われたのだ。
その時は他の契約者の助力もあって事なきを得たが――。
公に私情をはさまない鋭峰とはいえ、鴻烈は自ら断罪しないと気がすまなかったのだろう。
鋭峰が内に秘める激しい怒りを、ルカは感じ取る。
「――私も同じ気持ち」
ルカは『神喰』を抜刀して鴻烈を睨んだ。
「道を開けて貰うわよ!」
鋭峰と連携して、ルカは飛びかかる。狙いは、完全にフリーになっている鴻烈の左腕だ。
「オォォォウ!」
言語を超越した声を発して、鴻烈が左腕を振り下ろす。ルカはすかさず【覇王の神気】を変形。
無色透明のオーラで敵の拳を弾き飛ばした。
「命を取るつもりはない」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、掟破りの鞭『断空』を鴻烈に左腕に絡みつかせる。
右腕には透乃。左腕にはダリル。
ふたりの猛者に腕をつかまれ、さしもの鴻烈も身動きがとれなくなった。
「オォォウ! オォォォウ!」
かろうじて動かせる口を開けて喚く鴻烈に、またしても軽やかに跳躍した巽が【七曜拳】を叩き込んだ。
「青心蒼空拳!! 雷穿!!!」
連撃を一点に受け、鴻烈の顎は砕かれた。
これでもう彼に自ら動かせる部位は皆無となったのである。
ダリルの射撃型による光条兵器で援護を受けながら、ルカが『神喰』を振りかぶる。
「いい加減……そこをどいて!」
【正中一閃突き】が炸裂。すべての急所が貫かれた。
それでもなお鴻烈は倒れない。
「――もうお前の出番は終わりだ。さっさと眠れ」
太刀を振りかぶるルカの影から、ダリルが接近していた。先ほどの射撃型光条兵器を剣に変化させ、脇腹から深く貫き刺していく。
まさに変幻自在。二種の様態の光条兵器を使いこなせるのは、パラミタ広しといえどもダリルだけだった。
(――あいつはもう、長くは持たんか)
鴻烈を見やりながら八紘零は思う。
「しかし、まだ時間は稼げる。こちらには切り札があるからな」
零はそう呟いて、忍び寄ってくる影を見やった。その影の正体は辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)である。
傍らでは女王・蜂(くいーん・びー)がいつでも迎撃できるように構えており、さらにファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)は鴻烈へ【要塞化】を使用していた。今は気配を消しているが、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)も部屋のどこかでライフルの銃口を侵入者に向けているだろう。
「儀式の完成は近いようですね。パラミタを象徴する忌まわしい蒼空は、だいぶ血に浸されています」
ファンドラが、零を鼓舞するように告げる。パラミタに復讐を誓った古代の超大陸の王は、八紘零の画策に協力的だった。それがどんな手段であろうと厭わない。パラミタに滅びを与えることができるのであれば――。
「依頼主よ。ひとつ伝えておくべきことがあるのじゃ」
刹那が、零に話しかける。
「三姉妹のギフトじゃが、やつらは人の温かさを覚えはじめておる。寝返る可能性はかなり高いじゃろう」
「……そうか」
八紘零は、並べられた三本の右手を見下ろした。赫空の掌。かつては三姉妹の、身体の一部だったものである。
「くだらん情にほだされおって。私だけを、信じておればよいものを!」
最上階には彼らの他に、零の伏兵を想定して身を潜める契約者がいた。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)である。
彼女は『ベルフラマント』と【光学迷彩】を施し気配を断つ。この間、鴻烈とのバトルに紛れてエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が部屋の照明を破壊。薄暗くなった部屋のなか、エシクは【殺気看破】で鴻烈以外の存在を警戒していた。
しかし、いくら殺気看破をかけているとはいえ、なぜわざわざ視界を不良にする手段をとったのだろうか。エシクの不可解な行動はつづく。柱の陰に、ちょうど人の全身が入りきる程度の鏡を設置したのである。
パートナーとともに姿を隠したシャーロット・ジェイドリング(しゃーろっと・じぇいどりんぐ)も、なにか企んでいるようだ。最上階に侵入する直前、ローザに変身させた『シェイプシフター』を囮にし、零のもとへ可能な限り接近する。
(おまえの悪事を暴いてやるのですぅ)
シャーロットは密かに、零の近くにビデオカメラを設置していた。それはオンライン上にリアルタイムでつながっている。
ローザマリアたちの動きに気づいた刹那は、すぐに『煙幕ファンデーション』を張り巡らせた。
敵対者の視界を遮ると、すぐさまファンドラが【神の奇跡】を放つ。煙幕で覆われた白の空間から、無数の武器を飛ばす。
「……零さんの邪魔をしないで欲しいですね」
射出される古今東西あらゆる形状の武器とともに、ゆらりと現れたファンドラ。
「彼は今、仕事中なのです。一度お引取り頂きたいのですが……」
ファンドラは『戦闘員』を呼ぶと、八紘零側の陣営を【士気高揚】させる。【優れた指揮官】としての手腕を充分に発揮してから、ファンドラは後方へと下がってふたたび指揮を取った。
「イブさん、今です」
彼の声を合図にして部屋の隅から『六連ミサイルポッド』の二連撃が放たれる。瞬く間にシャーロットのシェイプシフターは消失した。そしてイブもまた、【カモフラージュ】で姿を完全に消す。
「お行きなさい、わが子たち」
畳み掛けるように女王蜂が【毒虫の群れ】を放った。猛毒の蟲が侵入者たちの行く手を阻む。
刹那たちの周到な守りにより、八紘零へ近づくことはさらに困難となった。
すると本物のローザマリアは光学迷彩を解き、姿を現した。なぜこのタイミングで? 零たちの迎撃に焦り、彼女は勝機を見誤ったのだろうか――。
【完璧なスナイパー】たるイブが、これほどのチャンスを逃すわけがない。すぐさま『スナイパーライフル』でローザの額を撃ち抜いた。
飛び散ったのはローザの脳漿――ではなく、鏡の破片であった。
「上手くいったようですね」
エシクは弾道をたどって狙撃者のポイントを割り出す。
先ほど行っていたエシクの謎の動きが、これで明かされた。照明を破壊し部屋を暗くしなければ、イブは撃つ前に鏡であると気づいていただろう。
鏡のトリックが成功し、殺気さえ感じさせないイブの居場所を、ついに捉えた。
ローザマリアの陣営と、刹那の陣営による銃撃戦がはじまった。
だが、刹那に焦りはない。自分たちの役目はあくまでも時間稼ぎだ。
じっと息を潜める煙幕の中で、刹那は着々と自らの分身を生み出している。毒の香りがひとつ、またひとつと増えていく。
「もう少しだけ時間を稼いでくれ! 赫空の儀式は、間もなく完了するのだから」
刹那たちに向かって八紘零が叫んだ。その後で、彼はギフトの右腕を見下ろす。
「……こいつらが、寝返らなければの話だがな」
吐き捨てた彼の顔は、あらゆる負の感情を詰め込んだように歪んでいた。
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