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リアクション
十階・赫空の間
陽鴻烈は、ほぼ意識を失いながらも、契約者の前に立ちはだかっていた。その姿はまるで立ち往生した武蔵坊弁慶を彷彿とさせる。
だが、彼の堅固な筋肉の壁もあと少しで瓦解するだろう。
そんな中、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が天井に仕掛けた『小型空中機雷』を打ち抜き、部屋中に爆撃の雨を降らせていた。その後、【カモフラージュ】しながら移動するが、いちど捉えた姿をローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が見落とすわけがない。
彼女は連射体勢を取ったまま、【ホークアイ】【行動予測】【エイミング】【スナイプ】【シャープシューター】という凄まじいまでの狙撃スキルを使用した上で、【五月雨撃ち】。
イブも狙撃スキルではかなり優秀であったが、さすがに軍配はローザに上がったか。狙い澄ました一撃がイブのスナイパーライフルを破壊する。
しかし、イブに集中していたローザはファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)の攻撃を見落としていた。伝説上の魔技【神の奇跡】による武器の乱れ打ち。
迫り来る無数の武器にエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が『機晶爆弾』を投じる。エシクの爆撃が合図となったのか、シャーロット・ジェイドリング(しゃーろっと・じぇいどりんぐ)が両手に持った『レーザガトリング』でファンドラを掃射。互いに牽制しあった。
とどめとばかりにバズーカを構えるエシクに、女王・蜂(くいーん・びー)が襲いかかる。蝶のごとく華麗に舞ったかと思うと、彼女は臀部の先から『蜂の毒針』を飛ばす。
かつて最強と謳われたボクサーが蝶のように舞い、蜂のように刺すと称えられたが、その格言は女王蜂のために創られたのかもしれない。空中を舞い踊りながら、隙を見つけては槍で一気に突き刺していく。
だが、ヒット・アンド・アウェイを得意とするのは女王蜂だけではなかった。エシクもまた『アクセルギア』を使用して、七支刀型光条兵器『デヴィースト・ガブル』で斬りつける。倍速のスピードを活かしたエシクは、相手との距離を自在に伸縮していた。
一進一退の攻防のなか。
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)はあくまでも冷静に、かつ軽やかに煙幕のなかを動き回っていた。分身全員で【しびれ粉】を塗った暗器を投擲。すべての侵入者を霍乱させる。
反撃されたら【空蝉の術】で防ぎ、攻撃が当たればその力を利用してカウンターに出る。受けたダメージすら無駄にしない戦い方で、ひたすら赫空の儀式の完了を待つ。
決して必要以上には攻め込まない。血染めの空ができあがるまで、耐え抜けばよいのだから――。
「ぐっ……」
突如、八紘零がうめき声をあげて崩れ落ちた。
三階にいる夜炎鏡が、死亡したのである。パートナーロストにより生命力が削られる八紘零。
さらに、夜灼瓊禍玉と天殉血剣の右手の力が、徐々に弱まっていく。ふたりが新たに契約を結び直した証明であった。
「やはり、あのギフトは寝返ったようじゃな」
刹那が地面に膝をつく零を振り返る。彼の顔は青ざめていたが、命に別状はないようだ。
零は力を振り絞って立ち上がると、精神のすべてが狂ったように目をギラつかせた。
「まだだ――。まだ、私は諦めんぞ――」
「そろそろ頃合いかな」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が、陽鴻烈を見上げていた。彼は契約者たちの猛攻を受けて、体力をだいぶ削り落とされている。
透乃は押さえ込んでいた右腕を離して告げた。
「どーんと一発、トドメをさしてあげる」
「待て。殺す必要はない」
鋭峰が遮ったが、透乃は聞く耳をもたなかった。
「脱獄するような相手だよ。また捕まえればいいなんて甘い意見、たとえ金鋭峰ちゃんだって聞けないね」
透乃は快活に笑うと、左の拳に【訃焼の重桃気】を纏った。鍛えぬかれた彼女の筋力は更に増幅される。
「この裏拳で【一刀両断】! という必殺技を磨き上げて、最強の一撃とする。それこそが今の私の生き甲斐なんだ」
戦い続けることで体得した透き通るピンク色の闘気。それはまるで、陶芸家の達人が意匠を凝らし尽くした陶器のようでもあった。一朝一夕で成るようなものではないだろう。もはや芸術の域にまで達した訃焼の重桃気が、透乃の歴戦を物語っている。
「鴻烈も、ちょうどいい感じに削れたみたいだし。必殺の一撃を叩き込ませてもらおうか。折角だから陽子ちゃんと一緒にね!」
緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が左拳にジャリッと『凶刃の血鎖』を巻きつける。
「たまには一緒に攻撃もありですね。透乃ちゃんの必殺に合わせて、私も渾身の正拳突きをお見舞いしましょう」
二人は短く合図を送りあうと、鴻烈に飛びかかった。
陽子が【レジェンドストライク】を放つと同時に。透乃はすべての力を一撃に込め、左拳を叩き込んでいく。
まるで隕石が落ちたみたいに鴻烈の身体にクレータができ、彼はそのまま後ろに倒れこんだ。
鴻烈は、即死だった。
ついに、八紘零への道が開けた。
最上階に辿り着いた契約者たちは強者揃いだ。さすがの刹那でも、抑えきることはできないだろう。
ギフトの右腕を含む零の周辺は、五階から発せられるレイゲノムの結界によって守られている。とはいえ、発電所全体が制圧された今となっては、もう長くはもたないはずだ。
「――ここいらが限界のようじゃな。依頼主よ、撤退するしかなかろう」
それは当然の判断といえた。
だが、零は刹那の申し出を断った。
「この発電所が最後の砦だ。私はどこにも退かん」
「じゃが、このままでは……」
「お前たちを巻き込むつもりはない。――早く行け」
刹那は訝しみながらも、それを『依頼主からの指令』と断定した。女王蜂に【戦略的撤退】するよう指示し、この場から立ち去る。
「けっきょく、最後まで残ったのはあいつらだったな」
刹那たちを見送る零の顔には、珍しく笑みと呼べそうなものが浮かんでいた。
「久し振りね。ミスター・ゼロ」
ローザマリアが、零の2メートルほど手前まで接近する。それが結界に隔てられたぎりぎりの距離だった。
アポカリプスの開闢や、今回の原子力発電所など、零の野望をつぎつぎと暴いてきたローザマリア。しかし彼女にはまだ聞き出したいことが残っていた。
「自分の遺伝子をパラミタ中に残すため、全てを無(ゼロ)にリセットするなんてね……。私が出会ったテロリストの中でも飛び抜けてイカレてるわ。だけど、そろそろゲームセットにしましょう。……この世界は貴方のジオラマじゃない」
「終わらないさ。私の歴史は永遠なのだよ」
「なにを戯けているのかしら。人間である以上、いつか必ず終わりは訪れる。人は、個人としての遺伝子をそのまま残す事は出来ない。ゆえに人類は子を為し、遺伝子の欠片を後世に伝えてきたのよ」
「私は、遺伝のシステムを根本から覆す発見をした。それがZERO細胞だ」
「その細胞なら聞き及んでいるわ。人工的に多能性を持たせた幹細胞だってね。――でもそれだけでは、個人の臓器を複製するに留まるでしょう。遺伝子を永遠に残すなんて、とても無理だわ」
「ZERO細胞は、ただの万能細胞とはわけが違う。正式名称をZenith Eternize Radial Omnipotence cell(絶頂永遠性放射性全能細胞)といい、私の遺伝子は永遠に刻まれる。それが私の真の野望――ジェネシスの終焉なのだよ!」
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