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リアクション
第三章 第二・三日目 〜 登山道開設 〜
白峰に入山した先発登山隊は、八合目にある白峰大社本宮へと続く登山道を登っていた。
標高の低いこの辺りに雪はなく、天気も快晴。風邪も殆ど無く、絶好の登山日和と言えだろう。
『こちら、上空警戒中のフリーレ。異常無しだ』
『同じく酒杜。異常はないけど、風がつえーのなんのって。さびーさびー』
上空警戒中のフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)と酒杜 陽一(さかもり・よういち)から、連絡が入る。
『お疲れ様です。もう少しで交代の時間ですから、頑張ってください』
ティー・ティー(てぃー・てぃー)が無線で応じた。
先発隊は、常に本体に先行する形で、二組の斥候を送り出していた。ティーと源 鉄心(みなもと・てっしん)が地上の、フリーレと陽一が空中の担当である。
「お二人とも《嵐の衣》や《漆黒の翼》で翔んでますから、だいぶ寒いみたいですね」
「こういう時は、飛空艇が便利だな」
上空の風速は、50メートルを超える。
フリーレや陽一は、《ナノ強化装置》や《SURUGAスーツ》のお陰で寒い程度で済んでいるが、生身の人間なら10分と保たないはずだ。
「今のところ、順調だな」
「そうですね。《ニンフ》さんに聞いてみたんですが、この時期、この辺りには危険な動植物はいないそうですよ」
「ニンフ?」
「はい。この山に棲んでいらっしゃる方だそうで、先ほど小休止の時にお友達になりました」
「い、いつの間に……」
「もう少し上に登って、三合目辺りまで行くと、カモシカを餌にしているユキオオカミがいるので、気をつけるようにというお話でした」
「三号目か……。だいたい、ファーストキャンプを予定してる辺りだな。なら今日一日は、金鷲党の連中にだけ気をつければいい訳だ」
鉄心は、明るく言った。
これから登る白峰は、標高7000メートル弱。三号目なら標高はおよそ2000メートルになる。
通常なら、もう少し上にキャンプを張るところだが、一般参加者が雪山慣れしていないことと、これより上になると積雪があって大規模なキャンプが張りづらいため、ここに設営することになった。
一般参加者は初日ここで一泊し、翌日早朝から雪の積もる山道に挑むことになる。
「他には何か言ってなかったのか、そのニンフは?」
「後はですね……。念のため、『守護者』についても聞いてみたんですけど、やっぱりいないみたいです」
ミヤマヒメユキソウの群生地には、必ずそこを守護する『守護者』がいるという事を、ティーは以前登ったマレンツ山で知った。ティー自身、そのマレンツ山で巨大な白龍を目の当たりにしている。
しかし、この白峰にはその守護者はいないという。
巫女や神職に話を聞いたが、皆一様に「そうした存在を見たことはない」と答えた。
「白峰は元々神域であり、神によって守られているため、守護者は必要ないのではないか」というのが、彼等の考えだった。
「やっぱりいなかったか……。残念だったな」
「いえ、いいんです。それだけ、この山で安全だと言う事ですから」
そうは言いながらも、やはりティーは、どことなく寂しそうだった。
結局、一日目はその後何事も無く過ぎ、先発隊は早くもお昼すぎにはアタックキャンプの予定地に到着した。
参加者たちはここで一泊し、翌早朝からミヤマヒメユキソウの自生地まで向かう事になっている。
一般人の体力と技量に合わせ、無理のないスケジュールを組んでいるのだ。
彼等は早々と自分たちのテントを張り終えると、余った時間を、一般参加者の分のテントを張って過ごした。
ベースキャンプには小屋があるが、山の中では皆テントで過ごす事になる。
このため、登山隊は常設の可能な大型のテントを幾つも持ち込んでおり、先発隊もその幾つかを運び込んでいた。
一行はその後、夕方は朱く染め上げられた白峰に感嘆の声を漏らし、夜はテントの中で、振るような星空を眺めながら、一夜を明かしたのだった。
翌日――。
前日同様、夜明けを待たずに出発した先発隊は、日が昇る頃には、一面の雪原へとたどり着いた。
あたりには、先日の大雪崩で流されてきた雪が広がっている。
「フリーレと酒杜は、さらに雪崩の起きる危険性がないか、空から確認してくれ。俺とティーは地上から偵察に向かう。残りは交代で除雪にあたってくれ」
「「「「了解!」」」」
「ん、ん〜……!と。さて、そいじゃあいっちょうやりますか!」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、地球から取り寄せた軍用スコップを上に掲げて力いっぱい伸びをすると、雪の除去に取り掛かった。
教導団で雪中行軍の訓練を受け、実戦でも雪上戦闘を幾度も経験してきたセレンは、ラッセルもお手の物だ。
早すぎず、遅すぎず、身体に過度の負担を強いることの無いよう一定のペースを保ちながら、淡々と雪をかき分けていく。
その背後では、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が【超感覚】で周囲を警戒しながら、時計を見つめている。
「セレン、交代の時間よ」
「はいはい。ちょっと待って……と。はい、どうぞ」
最後の一掻きを景気よく放り投げて、セレアナと交代するセレン。
二人の交代の間隔は、15分と短い。極力、汗をかかないようにしているのだ。
二人の身につけている雪山用の装備は、高い保温性を誇っているが、ラッセルのような激しい運動を行う時には、その保温性が却って仇となり、汗をかきやすい。
一旦かいてしまった汗は、運動をやめた途端に冷たくなり、今度は体温を急激に奪うことになる。
汗にかきにくく、そして一旦温まった身体が冷め切ってしまわない時間。
15分とは、ちょうどいいそんなちょうどいい時間なのだ。
「敬一、こっちも交代よ」
「ああ、頼む」
セレアナたちの交代にあわせ、隣で《巧みのシャベル》を振るっていた三船 敬一(みふね・けいいち)が、緋月・西園(ひづき・にしぞの)に場所を譲る。
セレアナ同様【超感覚】を有する敬一が、今度は警戒に当たる番だ。
緋月は、身につけた《奈落の鉄鎖》で巧みに重力を操りながら、雪を放り投げていく。
雪にかかる重力を軽減することによって、雪の重さを軽くすることが出来るのだ。
緋月は、《パワードアーム改》を装備している敬一に負けず劣らずの早さで、雪をかき分けていった。
4人が雪を除去しているその後ろでは、木賊 練(とくさ・ねり)と彩里 秘色(あやさと・ひそく)が、登山道に手すり代わりのロープを張っていた。
とは言え、登山道全体にロープを張り巡らす訳ではない。
効率的に作業を進めるために、二人は、特に危険な場所だけを選んでロープを張っていた。
「木賊殿、ここは斜面で急ですので、ここからそちらに向かって、ロープを張りましょう」
「うん。えっと……この辺りからでいいかな、ひーさん」
「良いと思いますよ」
「紅(くれない)、コッチに来て」
「漆黒(しっこく)はこちらへ」
二人に呼ばれ、背中に大荷物を背負った《パラミタホッキョクグマ》が二頭、ゆったりとした足取りで歩いていく。
秘色のペットという2匹だが、この雪山では荷物持ちとして大活躍していた。
「紅、もうちょっとこっち……うん、ありがと♪」
練は紅の背中から、木の杭を一本引き抜くと、地面に打ち込んでいく。
《パワーアシストアーム》のお陰で、ほんの2、3回槌を振るっただけで、杭は地面にめり込んだ。
「えっと……ロープロープ――」
「木賊殿、ロープはこれに」
「あ、アリガトひーさん!」
予め漆黒の背中からロープを取り出しておいた秘色が、絶妙のタイミングで《登山用ザイル》を差し出す。
練はそのザイルを、杭に開いた穴に通していく。
「これでよし、と。どうかな、ひーさん?」
「そうですね……よろしいのではないでしょうか」
二人は手際よく作業をこなし、30分とかからずにロープを張り終えた。
そうして、2時間ほど過ぎた頃――。
「おお!もうこんなに除雪したのか、スゴイな!」
「全く、大したものだ」
「おー、さぶさぶ」
「みなさん、そろそろお茶にしましょうか」
地上と空中の偵察に出ていた4人が戻ってきた。
「休憩ね。なら、これを使いましょう」
緋月がそう言うと、尾根の向こうから小さな小屋がふよふよと飛んできた。
「わ〜、《バーバ・ヤーガの小屋》ですか!いいですね〜」
「四人用だから、ちょっと狭いかもしれないけど……」
「ダイジョブダイジョブ、すし詰めくらいの方が暖かいって!」
狭い小屋の中で身を寄せ合いながら、温かい紅茶で身体を温める一行。
こうしたちょっとした休憩も、山だととても特別な時間に感じられるから不思議だ。
「上を見てきたけど、どうやらもう雪崩の心配はなさそうね」
「この間の大雪崩が雪をごっそり押し流したみたいでさ、雪はだいぶ少なくなってた。ところどころ地肌が露出してる所があるくらいだったぜ」
上空から偵察を行った、フリーレと陽一が報告する。
「その雪崩の跡で、ちょっと気になるモノを見つけたんだが――見てくれないか」
「気になるモノ?」
鉄心が取り出したのは、双眼鏡だった。
何か強い衝撃を受けたらしく、フレームが歪み、レンズにヒビが入っている。
「これは……。軍用品だな」
敬一が、その双眼鏡を手に取る。
「ちょっとみせて……ホントだ」
横から、敬一の手の中を覗きこむセレン。
だいぶ使い込まれた品のようだ。
「まだありますよ、ほら――」
ティーが、ズダ袋を開いてみせる。
中には、自動小銃の物と思しきマガジンや、雪山用のゴーグルなどが入っていた。
「どれもこれも、皆地球のモノばかりだな」
如何にも「気に入らない」というように、フリーレが言った。
「こんなモノ、白峰大社の神職さんたちが持ってる訳ないよね……」
「あちゃあ」という顔で、練が言う。
「遠野から北嶺藩に入ったという地球人が持っていたモノ、と考えるのが妥当ではないでしょうか」
「確かに、そいつ等が私達に先回りして山に入って、雪崩に遭ったと考えれば、間尺は合うわね」
秘色の言葉に、緋月が続けた。
「先にミヤマヒメユキソウを手に入れようとしたか、あるいは――」
「焼き払おうとでもしたか、ね」
さもありなん、と頷き合うセレンとセレアナ。
「それじゃあ先回りした奴等は、今頃雪の下、か?」
「逃げおおせた可能性も無くはないですけど……」
陽一の問いに、ティーが答えた。
「ただ、これだけの痕跡を残しているんだ。たとえ難を逃れていたとしても、相当の損害を被ったのは間違いない」
敬一が、確信に満ちた声で言う。
「ええ。もし無傷なら、痕跡を消してから撤退するはず。こんなモノ、残していくはずはないわ」
「確かに、それが普通よね」
セレアナとセレンの言葉に、頷く一同。
「とにかく、皆警戒を一層厳重にしてくれ。あと、何か変わった物をみつけたら、すぐに報告を」
鉄心の指示に、異論は出なかった。
先発隊は、その後も黙々と作業を続けた。
その努力の甲斐あって、早くも翌日には、3000メートル付近にまで到達することが出来たのである。
待ちに待ったこの連絡に、ミヤマヒメユキソウとシラミネイワカズラの捜索隊のメンバーは、一気に活気づいた。
「いくぞみんな!なんとしてもミヤマヒメユキソウを見つけ出すんだ!」
「やっと、出番か……。ようやく、シラミネイワカズラをこの目で見ることが出来る」
気合をみなぎられせがらギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)率いるミヤマヒメユキソウ捜索隊とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)率いるシラミネイワカズラ捜索隊は、勇躍、山へと入っていく。
捜索隊は、先発隊の築いた登山道を順調に進み、その日の夕刻には、アタックキャンプへと到着した。
こうして白峰に入山ってわずか3日で、調査団はミヤマヒメユキソウが捜索出来るところまでこぎつけたのだった。
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