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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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終章


「いかがですか、千代さん。わたくしの立てたお茶は」
「この短期間で、ここまで腕を上げられるとは……。さすがは春日さん。感服しました」

 ここ数日というもの御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、広城内に設けた茶室で、茶の湯を指南する事が日課となっていた。
 生徒の名は春日。東野に伝わる武闘芸術闘舞の名手にして、東野公のかつての恋人。そして、東野公のご落胤広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)の実母に当たる人物である。
 何者かに連れ去られそうになっていた所を千代と三船 敬一(みふね・けいいち)が助け、以来こうして広城内に保護されている。
 
「そんな、感服だなんて……。そんなに褒められては、どんな顔をして良いかわかりません」

 望外の言葉に、頬を染めて喜ぶ春日。
 そんな春日の姿に、千代は、健気さを感じずにいられない。

 春日に、茶の湯を勧めたのは千代である。
 本当なら、想い人のために花を取りに行きたい。行方の知れぬ我が子を探しに行きたい。
 しかし下手に城外に出ては、またさらわれるかもしれない。
 その思いをぐっと胸の奥にしまい、ただ待つ身の苦しさを、茶の湯に打ち込む事で紛らわせているのだ。
 そうした春日の熱心さもあって、彼女の茶の湯の腕はメキメキと上達していった。
 そもそも闘舞の舞手とは、礼法にも深い造詣が求められる職業である。
 貴人の相手をする事も多いからだが、その事も、茶の湯の学習には大いに役立っているようだった。

「日本のお茶は不思議ですね……。ただ、お茶を立てているだけなのに、不思議と、心が澄み渡っていって、気がつくと、無心になっている自分がいるのです。まるで、闘舞のように……」
「闘舞も、そうなのですか?」

 興味をそそられて、千代が訊ねる。

「はい。でも闘舞の場合、そこまで至るには相当熱心に打ち込む必要があるのですが……」
「そうだ!今度、私にも教えて下さいませんか、闘舞を」
「千代さんにですか?」
「はい……ダメでしょうか?」
「ダメ、ということはありませんが、今の私はもう、一線を退いて何年も経っていますから……」
「そんな、謙遜してもダメですよ、春日さん」
「えっ?」
「春日さんが毎朝欠かさず、闘舞の稽古を行なっているは、とっくに気づいているんですからね」
「そ、それは!あ、あくまで身についた習慣としてやっているだけで、そんな、人様に教えるなんて――」
「お願いします、春日さん。私はあなたの舞を見て、強さと美しさが一体となったその姿に、とても感動しました。私も出来るなら、あなたのようになりたい」
「千代さん……」

 畳に手をついて、頼み込む千代。
 春日を見つめるその瞳は、真剣そのものだ。

「……わかりました。私で良ければ、ご指南致しましょう」
「やった!有難うございます!春日さん!」

 春日の手をとって喜ぶ千代。
 その様子に、千代の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「失礼致します!春日様、御茶ノ水殿!」

 その時、襖がガラッと空いて、大倉 重綱(おおくら・しげつな)が駆け込んできた。
 余程急いだのか、すっかり息が上がっている。

「ど、どうしたんですか、重綱様?」
「何か、登山隊に異変でも!?」

 二人に、緊張が走る。
 だが重綱の口から出たのは、二人の懸念とはまるで正反対の言葉だった。

「先程、登山隊より連絡がございました。登山隊は無事ミヤマヒメユキソウとシラミネイワカズラの確保に成功、これより、急ぎ帰参なされる由にございまする!」
「千代さん……!」
「良かったですね、春日さん!」

 ホッとしてその場に崩れ落ちそうになる春日を、そっと支える千代。
 しかし、春日の喜びの笑顔は、すぐにかき消された。
 未だ見つからない、我が子の事を思い出したのだ。

(春日さん……。やっぱり、雄信様の事が気になるのね……)

 春日のため、ひいては東野のために、なんとしても雄信を探さなくては――。
 千代は、改めてそう決意するのだった。




 その後――。
 皆の集めたミヤマヒメユキソウは、空京の病院で治療を受けている東野公の元に届けられ、早速治癒呪文との複合治療で効果を発揮した。
 『想いの白雪』によって、ミヤマヒメユキソウに込められた人の『想い』が、治癒呪文の効力を何倍にも強化するのだ。
 東野公は未だ寝たきりの状態ではあるものの、その病状は少しずつ快方に向かっている。


 一方御上だが、こちらも円華たちが持ち帰ったシラミネイワカズラとミヤマヒメユキソウによって、急速に回復していった。
 シラミネイワカズラの解毒作用が御上に盛られた毒に劇的に効力を発揮したのと、ミヤマヒメユキソウと円華の治癒魔法による複合治療が効果を上げたのだ。
 薬草の投与を始めて早くも2日後には御上は意識を取り戻し、ベッドに上体を起こして会話が出来るまでになっていた。
 既に面会も許されており、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)泉 椿(いずみ・つばき)
、それに日下部 社(くさかべ・やしろ)五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、代わる代わる訪れていた。

「随分と良くなってますね、先生。これなら、あと1週間もしない内に退院出来ると思いますよ――って、病院じゃありませんでしたったけね、ここ」

 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がそう軽口を叩きたくなるほど、御上の回復は順調だった。

「本当に有難う、ローズ君。今回は、キミには本当に世話になったね」
「そんな……私は医者として当然の事をしたまでです。それに、椿さんと約束しましたからね。『私に出来る事は、なんでもする』って」
「椿君か――」

 御上は先日、椿のミヤマヒメユキソウを口にした時の事を思い出していた。
 御上に死んで欲しくない、失いたくないという強い思い。
 父を喪(うしな)った悲しみを思い出しながら、それを糧として、自分のために力を尽くしてくれた椿。
 椿だけではない。
 キルティスも、社も、終夏も、その他御上に花を贈ってくれた人は皆、御上の回復を願い、命を賭けて山に登ってくれた。
 その事実の重みを御上は今、強く噛み締めていた。

「あの子にも、キミにも、それにみんなにも、僕は大きな借りが出来てしまったな……」
「そう思うなら、早く良くなって、一日も早く調査団の仕事に復帰して下さい。先生がいないと、色々大変なんですから」
「そうだよ!いつまでも、ベッドに横になっている訳にはいかないんだよ。と言う訳で――」
「ダメです。完全に治るまでは仕事の話は一切禁止です。精神的な安定が、治癒魔法の効力発揮には重要だって、円華さんからも言われてるんですから」
「――私が、どうしたんですか?」
「あら、円華さん!いけない、もうそんな時間?」

 円華は一日数回、ミヤマヒメユキソウを使った治療のために、御上の病室に足を運んでいた。

「すみません、今日はちょっと早く来ちゃいました。マズかったですか?」
「あ、そうなんですか。いいですよ、円華さん。それじゃ、私はまた後で」

 席を立つローズ。
 円華の魔法による治療には、高い精神集中が求められるため、御上と二人きりで行うことになっている。
 円華は手早く準備を整えると、御上の隣に座った。

「では始めます、先生。これが、ミヤマヒメユキソウを使った最後の治療になります」
「それが、最後のミヤマヒメユキソウ?」

 円華の手の中に、輝くミヤマヒメユキソウがある。

「はい、そうです。これは……。これは、私のミヤマヒメユキソウです」

 円華は少し恥ずかしそうに、御上に花を渡した。

「これが、円華さんの……」

 円華から、ミヤマヒメユキソウを受け取る御上。
 この花に、一体どれほどの『想い』が込められているのか――。

 御上は、「いただきます」といって、口に入れた。
 砂糖の結晶のようになったミヤマヒメユキソウが口の中で溶け、円華の込めた『想い』が、芳醇な甘みと共に、御上の頭の中へと流れこんでいく。
 その途端――。

「み、御上先生――!?」

 御上の頬を、一筋の涙が伝った。
 続けて、2つ、3つ――。
 御上の目から、涙がポロポロと溢れては、その端正な顔を濡らしていく。

「せ、先生!どうしたんですか!?」
「す、すみません円華さん。なんだか、急に胸が一杯になってしまって……」

 円華の差し出したハンカチで、顔を覆う御上。
 御上が気持ちを落ち着け、涙が止まるまでに、ゆうに1分はかかった。

「ごめんなさん、御上先生。私が、ヘンな『想い』を込めたばっかりに……」

 顔を真っ赤にして、俯く円華。
 自分の花のせいで御上がこうなってしまったのだと思うと、恥ずかしくて、とても顔を上げられないのだ。

「そんな、へんだなんて……。そんな事ないですよ、円華さん。僕は、嬉しかったんです。円華さんが、こんなにも僕の事を大切に思ってくれていんだとわかって……。円華さん、僕は、決めました」
「決めたって――何をですか?」
「僕は、今日を限りに、メガネをかけるのを止めます。今回の事で、僕はイヤというほどよくわかりました。僕にはもう、逃げたり誤魔化したりしている時間は無いんだって――」
「御上先生……」
「だから、正式にお受けします。円華さんの後見人になるお話。改めて、よろしくお願いします。円華さん」
「え……あ、ハイ……。よろしくお願いします」

 御上の突然の申し出に、円華は、狐につままれたような顔で、答えた。




「これは……色々と考えないといけないですね……」

 久我内 椋(くがうち・りょう)は、そんな人々の様子を物陰から眺めながら、改めてこれからの商売について思案していた。
 椋はこれまで、SMS(セキュリティ・マネジメント・サービス)と遠野の九能 茂実(くのう・しげざね)との間で密輸を仲介していた駅渡屋の商売を乗っ取ろうと、画策していた。
 しかし東野藩に捕まった駅渡屋が、罪一等を減じる代わりに洗いざらい薄情してしまったためにSMSは東野から撤退。さらには密輸の場としてきた御狩場も使えなくなってしまったため、その計画は半ば頓挫してしまった。
 しかし椋は、まだ諦めていない。
 九能茂実が地球の武器を求めている以上、SMSに代わる商社はすぐに現れるだろうし、直接茂実と取引するという方法もある。
 とは言え、いずれも今すぐという訳にはいかない。
 それで椋としては、新たな商売のルートを開拓すべく、方々の商人たちを訪ね、情報収集に励んでいた。
 その結果、西湘と南濘に脈がありそうな事がわかってきた。
 南濘は、米軍を自領に迎え入れてよりこの方、軍隊の近代化を進めており、米軍から盛んに武器を買っている。
 しかしどうもそれでは足りないようで――このあたり、米軍が武器を出し渋っているようなのだが――、別ルートの開拓に力を入れているらしい。
 また西湘だが、コチラは駅渡屋から武器を入手しようと試みていた節がある。
 駅渡屋の屋敷に東野藩の手が入る前に、密かに入手した帳簿によると、駅渡屋は九能の口利きで、西湘藩の御用商人と数回会っていたのだ。

(九能もいつ倒れるかわかりませんし、新たな販路を確保しておくに越した事はありません。ここは、悪路に動いてもらいましょうか……)

 そう決めると、椋の動きは早い。
 椋は両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)と連絡を取るべく、手の者を呼んだ。




「お久し振りにございます、薫流様。今日も、相変わらずのお美しいさで」
「世辞は結構。それより、今日は一体何のようです?」
「私は、世辞は申しません」

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、水城 薫流(みずしろ かおる)に恭しく頭を下げる。
 しかし薫流の表情は、不機嫌なままだ。
 と言っても、悪路の過ぎた慇懃さが癇に障ったからではない。
 薫流は今、悪路たちによって軟禁状態にあるのだ。

 四公会議への出席のため、広城にある西湘藩の屋敷に滞在していた薫流は、突然三道 六黒(みどう・むくろ)らの襲撃を受けた。
 護衛の者が最初に気づいたのは、何処からともなく流れてくる、《平家琵琶》の音だった。
 どこか不吉なモノを感じさせる琵琶の音に気を取られている内に、薫流の部屋の周囲を【毒虫の群れ】が取り囲み、さらにその向こうから、六黒と戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)が姿を現した。
 六黒たちは護衛の者をあっという間に倒すと、薫流の部屋に踏み込んだ。
 悪路は、《ベルフラマント》で気配を消した九段 沙酉(くだん・さとり)に予め邸内の下見をさせ、周到に襲撃計画を立てていたのだ。
 3人は今も、部屋の周囲を取り囲んでいる。

「今日は薫流様に、お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。我等、旧き世界を守らんとする者の、盟主となって頂きとうございます」

 悪路は、薫流に自分の存念を語った。

 自分たちは、単なる無法の徒ではない。
 「契約者」という新しき力によって虐げられ、大切なモノを奪われた者たちのために戦い、そして負け続けた敗残兵である。
 自分たちは、旧き支配者たちが契約者の圧倒的な力の前に敗れ去り、彼等の世界が無残に打ち砕かれるのを、幾度と無く目にして来た。

「故に、断言できるのです。次は、四州の番であると」

 その言葉は、薫流に少なからぬ衝撃を与えたようだった。

「我々は、未だ勝利を諦めてはおりません。しかしそのためには、旧き力を一つにまとめ得るお方。盟主となるべきお方が必要なのです。そしてそのお方は、名族水城家の血筋であり、若く聡明な薫流様をおいて他にございません」

 悪路は、ここを先途と言葉を続けた。

「我々には、我が主六黒の束ねた兵力と、地球よりもたらされた武器、そして我等が如き契約者の力がありまする。単に『力』のみを取ってみれば、あの調査団にも劣るものではございませぬ。これに薫流様が束ねられた旧き世界の力が加われば、必ずや四州を守り切る事が出来ましょう。しかしそのためには、貴女様の決断が必要なのです」
「私の、決断……」
「はい。このままただ手をこまねいて時流に流され、旧き世界と共に緩やかな『死』を迎えるか、それとも運命に抗い、苦闘する『生』を生きるか……。全ては、貴女のお返事一つにございます」

 しかし薫流は、下唇を噛み締めたまま、何も答えない。
 そして悪路も平伏したまま、薫流の返答を待つ。

「私は今まで、自ら決断を下した事などありません」

 しばしの沈黙ののち、薫流は、ためらいながら口を開いた。

「私は、常に大殿様の言うがままに生きて来ました。私は、大殿様の――水城 永隆(みずしろ えいりゅう)の操り人形なのです。そんな私に盟主など、務まるはずはありません」

 薫流は、悲しげに首を振る。
 
「ですが……」
「が――何でございますか?」
「もし……。もし貴方たちが、私の運命を変えてくれるのなら……。私を『糸』から解き放ってくれるのなら……。そのお話、受けても構いません」

 薫流は、まっすぐに悪路を見た。

「畏まりました、薫流様。必ずや、貴女様を永隆殿の軛(くびき)を断ち切ってご覧にいれましょう」

 悪路は、即座に請け負った。
 しかし、薫流の顔は晴れない。

「あと一つ、条件があります」
「条件……でござまいすか?」
「私の兄、水城 隆明(みずしろ・たかあき)が東野藩の後継者に名乗りを上げたのは知っていますね」
「はい」
「私は、兄上とは争いたくありません。大殿様の人形としての生に苦悩しているのは、兄も私と同じ――いえ、私以上です。そして兄は、大殿様の手を脱しようと、一世一代の賭けに出ている……。約束して下さい、悪路。決して、兄上とは争わぬと」
「それは、隆明様次第でございます」
「理を持って説けば、話のわからぬ兄上ではありません。何としても兄上を説き伏せるのです。もちろん私からも、兄上には話をします――いいですね」

(水城隆明か……。得体の知れぬ所はあるが、何せあの茂実と組んでいるのだ。こちらの味方とする事も可能だろう)

 悪路は、瞬時にそう判断する。

「よろしいでしょう。隆明様を味方につける件、確かに請け負いましょう」

 再び、悪路は頭を下げた。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 皆さん、こん○○は。神明寺です。今回は、リアクションの作成が大幅に遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 昨年末から年初にかけて家族揃って体調を崩したり、実家の父親が緊急に手術を受ける事になったりとアクシデントが続き、さらに自分も十二指腸潰瘍が再発したり、右腕が腱鞘炎になったりと、中々リアクションに取り組む事が出来なかったのが原因です。

 理由はともかく、本当にご迷惑をお掛けしました。お詫び致します。

 今回は外伝ということで、雪山登山を体験して頂きました。
 昔「ひとひらの花に、『想い』を乗せて」に参加されたPLさんがいた事もあり、皆さんそつなく雪山をクリアされたように思います。
 また、今回際立っていたのは敵の襲撃に対する対策で、それがあまりに的確だったために、敵の出番が大幅に減ってしまいました。特に、雪崩が痛かった……(泣)アクティブソナー恐るべし(笑)

 気を取り直して。

 次回より四州島記も後半戦ですが、まだ半分しか終わってないのに、実時間ではもう一年(汗)。
 次回は少し(いやかなり)、巻きを入れて行きたいと思います。
 ただ、まだ腱鞘炎が治っていないので、公開までしばらくお時間頂くかもしれません。
(あと、個別コメをさし上げた方も、同じ理由でいつもより少なくなっております。ご了承下さい)

 是非、これに懲りる事無く、後半戦もお付き合い頂けると本当に有難いです……。

 では、四州にて皆さんに会える事を楽しみにしつつ――。



 平成癸巳  春弥生


 神明寺 一総


 追伸:
 去年までの干支を間違えてました。
 去年の干支は、壬辰。癸巳は、今年でした。
 ……恥ずかしい……(汗)