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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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第六章  〜 敵襲 〜

「お料理ですか、セルマさん?」

 まだ日も昇らぬ早朝。
 にもかかわらず、料理の準備を始めている人がいる。
 五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)は、その中心にいるセルマ・アリス(せるま・ありす)に、は声をかけた。

「あ!円華さん!?」
「スミマセン、出来るだけ静かにやるように気をつけていたのですが、起こしてしまいましたか?」

 セルマと、その隣のリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が、慌てて頭を下げる。

「いえ、お気になさらず。ワタシは朝の(みそぎ)のために、起きただけですから――随分と、沢山作られるのですね?」

 うず高く積み上げられた野菜や肉の山を見て、目を丸くする円華。とても、5人や10人の食べる量ではない。

「はい。今日はいよいよミヤマヒメユキソウを摘む日ですからね。みんなに体力をつけてもらいたくって。豚汁を作ることにしたんです」
「まぁ豚汁ですか?」
「はい。山で作る定番メニューだと聞いたものですから。それに、皆さんに温かい物を食べてもらいたくって」

 セルマとリンゼイは、円華の質問に答えながらも、決して手を休めようとしない。
 二人の周囲では、セルマの【使用人の統率】に従って、【凄腕の執事】たちがテキパキと働いていた。
 今セルマたちが料理に使っている調理道具や食材、それに箸は、リンゼイが調達して山の麓まで運んだものだが、実際にここまで担いで登ったのは、他でもない彼等だ。

「スゴい、お野菜もお肉も、もうちゃんと切れてるんですね。準備いいなぁ〜」
「はい。山の上での作業は、出来るだけ減らしておいたほうがいいだろうと思ったので」
「流石ですね、セルマさん」
「いやぁ〜」
「食材は、地球から運んだのですか?」

 豚肉、人参、大根、じゃが芋、ネギ。それに調味料として味噌、ごま油、油揚げ、粉末だし。
 以上の品がかまどの横に整然と並べられている。

「いえ。お肉と箸は、北嶺藩で。それ以外の品は、東野で手に入れました。地産地消を心がけたかったので。でもさすがに調理器具と出汁の素は、地球から持ち込みましたけど……」

 【根回し】と【用意は整っております】で一切合切を準備したリンゼイが答える。
 《小型飛空艇アルバトロス》で山の麓まで運んだのも、彼女だ。 

「地域経済への貢献を気にかけて頂いたのですね。有難うございます」
「そんな、お礼を言われる程のことじゃありません。調査団の一員として、地元経済のコトを気にかけるのは当然のコトですから」

 深々と頭を下げる円華を、慌てて止めるリンゼイ。
 
「セルマ様。かまどの用意が出来ました」
「わかった、有難う」

 執事に礼を言うと、セルマは【火術】で薪に火をつける。

 そこから先のセルマ達の手際は、実に鮮やかだった。
 湯が煮えるのを待って粉末ダシを溶かし、固い食材から順に鍋に入れていく。
 野菜の煮え具合を見ながら味噌を溶き、おおよその味が調ったところで油揚げと豚肉、それにごま油を入れる。
 豚肉に火が通り過ぎて、固くならないうちに火から鍋を下ろし、味をみながら香り付けに粉末ダシをほんの少し。
 たちまち、あたりに味噌汁のいい匂いが漂ってきた。
 セルマは一口味見すると、リンゼイにも味見を促す。
 二人は顔を見合わせて頷いた。

「なに作ってるんですか?」
「お!豚汁ですか!?いいですねぇ〜」

 匂いに誘われて、そこここのテントから、人々がやって来た。

「さあ皆さん、顔を洗ったら、食器を持って集まって下さい!」
「美味しい豚汁が出来ましたからね!」

 思わぬ豚汁のサービスに、皆大いに喜び、そして大いに英気を養ったのだった。


「環菜さん。少し、ペースを落としませんか。後ろと、だいぶ離れてしまってますよ」

 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に言われ、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は後ろを振り返ってみた。確かに、後続が小さく見えている。

「ほんとう、随分離れてしまったわね。少し休みましょうか」
「はい」

 陽太はバックパックからいそいそと水筒を取り出すと、環菜に差し出す。

「ありがと♪」

 環菜は受け取ると、ゆっくりとそれを飲んだ。 

「ふう……美味しい。陽太の淹れてくれる紅茶は美味しいわ」
「環菜さんの好みは、熟知してますから」

 そう言って、二人は微笑み合う。

「いいなぁ〜、環菜さんは。面倒見てくれるステキな旦那さんがいて」

 陽太達と一緒に登っている、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が羨ましそうに言う。

「はい、どうぞ。美羽さんの分もありますよ。それから……ハイ、コハクさんも」
「わーい♪」
「すみません、有難うございます」

 美羽と、美羽のパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)にもお茶を振る舞う陽太。
 準備の良さは、相変わらずだ。

 美羽とコハクは、環菜の護衛として、この登山に参加している。

 
「皆さん、休憩でありんすか?」

 少し遅れてやって来たのは、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)だ。

「ええ。どうしても、後ろと離れてしまいがちになるから――」
「一般の方々と、あちきたち契約者とでは、体力が違うでありんすからねぇ」

「俺たちも、休憩しましょうか。総奉行」
「そうでありんすね」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の勧めに従い、ハイナも軽く水分を補給することにした。
 
「どうぞ、総奉行」
「ありがとう」

 リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)がすかさずお茶を差し出す。
 美羽たちと同じように、唯斗とリーズもハイナの護衛として参加している。

「どうですか、美羽。そっちの方は」
「特に怪しい気配は感じられないわね。唯斗たちは?」
「こちらも同じです」
「おっかしいわね〜。襲ってくるなら、絶対一般参加者だと思ったのに。環菜や総奉行や、それに円華さんだっているしさ」
「雪崩に巻き込まれて諦めたんじゃない?」

 唯斗にしろ美羽にしろ、こうして休憩している間も常に【殺気看破】や【超感覚】で周囲を警戒しているのだが、今のところ、それらしい気配は感じられない。

「いや。金鷲党の奴等は、そんなにあっさり諦めたりはしません。とにかくしつこいですからね、あの人たちは」

 リーズの考えを、唯斗は全面的に否定した。

「今回は、だいぶ警備が厳しいですからね。襲うに襲えないのかもしれませんよ?」

 コハクが言った。

 美羽たちのような個人的な護衛の他にも、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)サオリ・ナガオ(さおり・ながお)のチームが登山隊全体の護衛に付いているし、円華の側にもしっかりと護衛が付いている。
 確かに、これだけの手練のいるところに襲撃を仕掛けるのは、敵も相当な覚悟が必要だろう。

「だといいですけどね……」

 あくまで、懐疑的な唯斗。
 その時――。

『こちらサオリ。敵のスパイと思しき人物を特定、拘束しました。まだ仲間が潜んでいる可能性があります。警戒を厳にしてください』

 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)からの突然の無線連絡が、唯斗の危惧がただの杞憂では無かったことを証明したのだった。


 

 その無線連絡の少し前――。

 突然強烈な殺気を感じたサオリ・ナガオ(さおり・ながお)は、仲間たちに合図を送ると、素早く周囲に目をやった。
 しかし周りにいるのは、昨日からずっと一緒に登山を続けている、東野藩の町民ばかり。
 空を見上げても見たが、不審な飛翔体も存在しない。

(思った通り、敵は潜入工作員を送り込んで来ましたですねぇ……。絶対に、被害者が出る前に取り押さえないと……)

「どうしました?」

 藤原 時平(ふじわらの・ときひら)が近づいてきて、小声で言う。

「近くに敵がいるみたいなんですが、見つけられなくて……。探して欲しいですぅ」
「わかりました」

 時平は、さらに遅れて来た藤門 都(ふじかど・みやこ)藤門 秀人(ふじかど・ひでと)にその旨を伝える。
 その間にもサオリは、周りにいる一人ひとりに目を配り続けた。
 すると、サオリの目が、自分の少し前にいる男の上で止まった。
 男は道端に座り込んで、風呂敷包みの中身を何やらゴソゴソといじっている。

(あれは――!)

 サオリの目が、決定的な瞬間を捕らえた。
 男は、包みから何かを取り出し、さっと自分が座っていた岩の下に隠したのだ。
 男は手早く風呂敷を背負うと、何事も無かったように歩き出す。

 仲間たちの方を振り返るサオリ。
 その視線に気づいた時平たちが、男を追う。
 サオリは、男が座っていた岩に駆け寄ると、隙間に手を差し込んだ。
 その手が、何か固いものに触れる。
 サオリをそれを掴んで取り出す。
 出てきたのは、サオリには見慣れたモノだった。

(やっぱり、爆弾ですぅ……)

 爆弾には、タイマーがついている。
 時間は、15分後を指していた。

(15分……。充分とは言えませんが、解除出来ない時間でも無いですぅ……)

 サオリは仲間たちに、男を確保するよう連絡すると、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)と連絡を取った。
 【破壊工作】に通じたポチの助に、起爆装置の解除を依頼するためだ。



 時平たちは、それとなく不審な男に近づいていき、周りを取り囲んだ。
 今のところ、男には気付かれていない。
 後ろから近づいていった秀人は、歩みを早めて男の真後ろについた。
 そこで初めて男は、後ろを振り返る。

「遅いですよ」

 秀人は、男に手を触れながら【雷術を】放った。
 突然流れこんできた過電流に男の身体がビクビクと震え、仰け反る。
 男は、糸の切れた人形のようにその場にバッタリと倒れた。

「きゃあ!」

 隣を歩いていた、女性が悲鳴を上げる。
 
「だ、大丈夫ですか?」

 慌てて男に駆け寄る時平。
 看病するフリをしながら、男の状態を確認する。
 男は、口から泡を吹いて気絶していた。
 電気ショックに、耐えられなかったのだ。

「た、大変だ!誰か、早く担架を!」

 すぐに心臓マッサージを始める時平。
 もちろん、「フリ」なのだが。

 時平たちは、運ばれてきた担架に男を乗せると、ベースキャンプに、怪我人を収容するよう連絡を取った。
 もちろんこれも、監禁して尋問するためだ。
 
 男の仲間が、周囲に潜んでいる可能性は十分にある。
 三人は油断なく周囲に目を配りながら、飛空艇の到着を待った。


「これで……よし、と。出来ました!起爆装置の解除、成功です!」

 フゥ〜と、大きく息を吐きながら、額の汗を拭うポチの助。
 《翼の靴》で飛んできたサオリから爆弾を受け取ったポチの助は、すぐに爆弾の解除に取り掛かった。
 幸いなことに、起爆装置の回路は非常にシンプルな作りだったので、なんとか時間内に解除することが出来たのだ。

「スゴイ!よくやりましたね、ポチの助!」
「えへへ……♪」 

 主のフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に手放しで褒められ、嬉しそうなポチの助。

「よくやったな、ワンコ!」

 いつもはポチの助に辛く当たるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)も、今回ばかりは素直に感心していた。

『こちら藤門。敵の狙いは円華さんです。敵は円華さんに「想いの白雪」を使わせないつもりです!』

 爆弾を仕掛けた男を尋問していた都からの連絡に、その場の空気が一変する。 
 いくらミヤマヒメユキソウが見つかっても、『想いの白雪』を掛けなくては、そのはただの花でしかない。

「すぐに、円華さんの所へ!」
「おお!」
「ハイ!」

 円華の元へと急ぐ三人。

 しかし彼等が移動を始めた瞬間、激しい爆発音が辺りに響き渡る。

「なんだ!?」
「見て下さい、アレ!」

 フレンディスの指差す方向――それは、円華がいるのと同じ方向だ――に、一筋の黒鉛が立ち昇っている。
 続けて響く、銃声。

 それらは皆、円華が襲われたことを意味していた。



「敵の狙いは、円華である」

 という報が届いた時には既に、戦いは始まっていた。

「うわあああぁぁっ!」

 傍目にはただの町民にしか見えない男が、悲鳴のような怒声を上げながら、円華に向かってまっしぐらに突っ込んでくる。
 敵は、仕掛け爆弾による攻撃が失敗したため、捨て身の自爆攻撃に切り替えたのだ。
 
「きゃあああっ!」
「うわあっ!」
  
 その鬼気迫る顔に、進路上の人々が悲鳴を上げて道を開ける。
 男は、もう手を伸ばせば円華に届きそうな所まで迫っていた。
 男は、自分の成功を九分九厘確信し、引きつった顔に笑みを浮かべる。
 その男の身体が、突然目の前に現れた、冷たく硬い『何か』に突っ込む。

 次の瞬間、男の身体は轟音と共に爆ぜた。
 辺りに、血しぶきと共にキラキラと輝く氷の欠片が飛び散る。

「残念だったな」

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が【アブソリュート・ゼロ】で作り出した氷の壁が、男の行く手を阻んだのだ。
 壁の向こう側にいた円華には、傷ひとつ付かなかった。

「エヴァルトさん、まだ来ます!」

 エヴァルトと共に円華の護衛についていた、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が叫ぶ。
 もう一人の男が、今度は背後から、円華に向かって銃撃を加えたのだ。

 パン、パンと、乾いた音が辺りに響く。
 円華に向かってまっしぐらに飛翔する銃弾は、今度は舞花の【蒼氷花冠】で防がれた。

「クソッ!」

 男はなおも銃撃を続けながら、円華に迫る。

「させませんっ!」

 舞花の突き出した両の手から放たれた【ショックウェーブ】が、男の身体を吹き飛ばす。

「しつっこいんだよ、お前ら!!」

 エヴァルトが、至近距離で《SPAS15》の引き金を引く。
 男は、一撃で絶命した。

「手伝って下さい、エヴァルトさんっ!」

 ショットガンの直撃を受けて、正視に耐えない参上になった男の身体を、舞花の作り出した氷の壁が覆う。

「任せろ!」

 エヴァルトはショットガンを放り出すと、舞花の壁に重ねるように、もう一つ氷の壁を置いた。

 数秒の後――。
 氷の向こう側ではじけた男の身体が、氷を赤く染めた。
 それが、敵の最後の攻撃だった。


「お怪我はありませんか、円華さん」
「は、はい……。有難うございました、エヴァルトさん、舞花さん」
「今回は、舞花のお手柄だな。おまえの【未来予知】が無かったら、防げなかったかもしれない」
「そ、そんな……」

 エヴァルトに褒められ、照れる舞花。
 舞花は、敵が襲ってくる少し前に、その攻撃方法が自爆攻撃であると予知していたのだ。

 円華は、既に人としての形を成していない敵の骸に歩み寄ると、静かに祈りを捧げる。
 それまで騒然としていた場が、一気に静まり返る。
 最前まで自分の命を狙っていた者のために、祈る円華。
 その姿は、人々の心を強く打った。
 人々は、やがて一人、また一人と円華の周りに集い、同じように祈りを捧げ始めた。  

「良かった……。私、あの人を守る事が出来て」
「そうだな」

 二人は、人々の輪の一番後ろに加わると、そっと祈りを捧げた。