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嘆きの邂逅~離宮編~(第5回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第5回/全6回)

リアクション

 ソフィアの放送が流れた後、別邸にいた神楽崎優子は直ぐに通信機で皆に攻撃の指示を出していく。確実に敵の動きを止めること……生物であるなら、迷わず一撃で息の根を止める戦法を選ぶことと命じていく。
「撤退しろ。東塔から別邸前に急ぎ防衛線を張る」
 ティリアからの通信にはそう答えて、救護班のメンバーに救助に向うよう指示を出す。
「美羽さん、どうか無事で……」
 援護に向ったパートナーの美羽を想いながらベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、治療具を取り、補佐班受け入れの準備を始める。
「美羽が駆けつけたお陰で、死者は出てないみたい」
 通信機の管理をしているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がベアトリーチェに説明をし、ベアトリーチェは僅かにほっとした表情を浮かべるも、直ぐに真剣な表情へと戻り、準備に勤しんでいく。
 本陣が移動になったため、南塔で管理されていた通信機の親機や資料もこちらに移されている。
「ここも……戦いに備えないと。前線では助からない人も、出ている、から……」
 コハクが通信を聞き、資料に目を通しながら呟く。
「防衛線……? ここも狙われるの?」
 キッチンにいる百合園生の1人が、優子の声に怯えを漏らす。
「空を飛ぶキメラがいるんでしょ?」
「一旦帰ること、出来ないんですよね? いつ帰れますか? お茶や習い事の約束とか、沢山あるんです……」
 大きな混乱は起きずとも、放送を聞いた者達、そして百合園生の円が裏切ったと感じた少女達は動揺していた。
「皆は治療に集中していてくれて大丈夫。ここは優子さんも私達もいるから皆も大丈夫よ」
 今すぐ帰りたい。そんなことを言い出しそうな、泣き出しそうな少女達に、濡れタオルを用意しながら祥子は話していく。
「私だって帰りたい気持ちはあるわ。けど人生はままならないもので『やりたいこと』と『やらなきゃいけないこと』を区別しなきゃいけないのよ」
 百合園生達も無言で治療具の消毒や準備を手伝っていく。
「家でシャワーを浴びたいベッドでぐっすり眠りたい。恋人とイチャイチャしたいし美味しいお酒や料理を楽しみたい」
 祥子の言葉にその通りというように、涙ぐみながら、少女達は頷く。
「だけど私は校長やラズィーヤ様の信任を受けてココにいる。私なら馬鹿な真似をしないと信じてくれた人いる」
 ぽたりと、少女の1人が涙を落とした。
 他の百合園生達の目からも涙が溢れていく。
「だから私は屈しない。私を信じた人と私自身のために屈するわけには行かないのよ」
 そんな祥子の言葉に頷きながらも、彼女達はやっぱり辛そうだった。
「みんなも、お友達守りたいのよね?」
 百合園生達は作業をしながら、頷く。
「自分がしたいこととやらなきゃいけないことが同じなのは素敵なことよ。頑張ってお友達を護りましょ?」
 またこくりと彼女達は頷いていく。
「母様、いただいていきますね」
 医療の手伝いをしている同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)がキッチンに顔を出し、祥子と百合園生達が用意した治療具を重傷者が集まる部屋へと持っていく。
「……怖い、怖いです」
「皆には悪いけど、やっぱり来たこと後悔しちゃって……」
 泣き出しながら、本心を語り。それでも百合園生達は祥子と一緒に手は休めることなく、作業を続けていく。

「動揺している暇などない。動けるのなら負傷者の治療をしろ。戦える者は前線に出ろ」
 優子の厳しい言葉が別邸に飛ぶ。
 怪我をしているわけではないのに、酸欠状態のようにはあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、青い顔で負傷者の手当てをしている百合園生の姿もあった。
「皆一緒です」
 グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)はそんな少女の元に近づいて、少女の仕事を手伝う。
「100のうち1しか無くても、希望を捨てたら、1の可能性すらも捨てることになります」
 怪我をしている人々と同じように、彼女達の心と身体の負担も相当なものだから。
 グロリア自身も。
 だけれど……。
「みっともないかもしれませんが、私は最後まで生きぬこうとあがくつもりです」
 そう、はっきりと少女にグロリアは言う。
「希望を捨てず、あがき続けることで助かるかもしれませんので」
 少女の震える手を、軽く撫でてあげて。
 一緒に負傷者の手当てを行っていく。
「助かり、ますから……」
 怪我人に弱弱しくも声をかけレイラ・リンジー(れいら・りんじー)は、回復魔法が使えるその少女の精神力をSPリチャージで回復していく。
「……一緒、に……」
 そして、汚れたタオルや治療具を持って、キッチンの方へと向っていく。
 人見知りが激しく、普段はグロリア以外と話をすることはないレイラだけれど、それでも、この場で出来ることはある。
 足掻くというパートナーと共に、最後まで頑張るんだと強い意思を持ち、仲間達を助け仕事に勤しんでいた。
「怪我をした方々も、精一杯努力をして、その結果怪我をしたのでしょう。救護班員の自分には、ここが戦場です」
 アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)は、隣の負傷者の治療をしながら、強くそう言うのだった。
 増えていく負傷者の数に、めまいすらするけれど。
「少しでも多くの人を助けたい……いえ、助けます」
 サポートをしてくれるレイラのことも気にしながら、アンジェリカは負傷者の治療をしていく。
「本部の助けを信じるのなら、まず共に戦う仲間を信じ死力を尽くして助けろ」
 優子の声がまた響き渡る。
「……私と、私のパートナー達と、それからここにいる皆と一緒に、足掻きましょう」
 グロリアが震えている百合園生に声をかけると、少女はぽつぽつと言葉を発していく。
「私にとって、足掻く……は、皆を助けること。辛い、けど戦ってもらう、こと。ありがと、ごめんね……」
 少女は怪我をしている人々に、声をかけて必死に治療を続けるのだった。
「治療お願いします!」
 東塔から負傷者が部屋へと運ばれてくる。
「負傷者を集めて下さい。リカバリをかけます」
「重傷者には私がヒールを」
 アンジェリカと少女がそう言い、グロリアとレイラが急ぎ動き、負傷者を彼女達の戦場である部屋に集めていく。

「気道の確保と止血を! 直ぐにそっちに行く」
 医療知識のある本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)に休む暇はなかった。
「しっかりしてくださいませ」
 静かな秘め事が涼介を手伝って、怪我人の応急手当を行う。
「こちらに魔法を」
 重傷者の処置を終えて、涼介は静かな秘め事に預けた後、次の負傷者の下に駆けつける。
「ヒールをかけますわ。もう少しの辛抱です」
 静かな秘め事がヒールをかけて、重傷者を癒していく、
 1人たりとも死なせたくはないが、運ばれて来る者の中には肉体の一部を失った者や昏睡状態に陥っている者もいた。
 死者はこちらに運ばれて来てはいない。
 全て助ける。
 強い意思を持ち、涼介は治療に当たっていく。
 肉体の一部を失った状態で、魔法をかけても失った肉体が生えてくることはない。
 だが、切られて間もない状態ならば迅速な縫合など、正しく治療することで肉体を失わずに済む可能性はある。
 また怪我を放置したまま、戦闘を続けていた者の中には、傷口が腐りかけるほどの者もおり、その際には周辺を切除してから魔法をかける必要があった。
 治療を終えた負傷者が集まったところでグレーターヒールをかけ、一度に沢山の人々を治した後、別の部屋へと移り、次なる負傷者の治療を行う。
 そんな状況であった。
 不眠不休、食事さえも満足に食べる時間もなく、涼介は治療を行っていく。
「休憩を取ってから出てくれ」
 自分は兎も角。深い傷を負った者には、休憩を勧めていく。
 意地を張り、それが原因で再起不能の大怪我を負ったり、最悪死んでしまっては元も子もないと考えてだ。
 だが、死者も出ているこの状態では、そうも言っていられない。仲間を守りたいと振り切って出て行く者もいた。
 強い意志を持ってしても、全て救うことが出来ない。そんな苦しみを胸に、それでも全員助けるという信念の元、涼介の医療は続けられていく。

「急いで急いで! こっちにも敵きそうだから!」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、本陣移設の為に、南塔と往復をしているメンバー達を誘導していく。
 殺気看破で探ってみるが、この周辺にはまだ敵の気配はない。
 ただ、宮殿上空に現れたキメラはここからでも確認が出来ており、指揮者にここの出入りも見られてしまっているだろう。
 いつ、狙われてもおかしくはない状況だった。
「ここは絶対守らなきゃ!」
 負傷者に手を貸し、必要に応じてヒールもかけて、クレアは治療と警戒に務めていく。
「優子さんいる!?」
 そこに、鳳明ヨヤが走ってくる。
「うん、入って右側の部屋!」
 クレアは負傷をしている2人にヒールをかける。
「ありがとう」
「すまない」
 礼を言い、二人は別邸の中に駆け込んだ。
 
 鳳明は優子と合流して直ぐに、地上から連絡を受けていたことについて報告をした。
 祥子のパートナー等も本部に駆けつけていることから、優子も本部の状況についてはある程度把握していた。
「女王器の起動の為にラズィーヤさんの血縁の子供が来るそうです」
 その報告には、優子は首を横に振った。
「なるべくそれは避けたい。子供を守れる場所もなければ、護衛に裂く人員はいない」
 ヴァイシャリー家の世話係やメイドを転送する余裕はないはずだと優子は言う。
「でも、契約者がその任についてくれるようだから」
 そして、鳳明は宝物庫から持ってきたものを優子に預ける。
「迎えに南の塔に向ってもいい? 私、第一陣で来る予定の人と面識あるし」
「頼む。だた、どうにかアレナに来てもらいたいものだが……」
 アレナは今、重要な任務を遂行中ということで連絡が取れていない。内容の説明は誰も受けていなかった。
 眉を顰めつつも優子は了承し、鳳明は直ぐに今度は南塔に向って出発をする。
 ヨヤは別邸に残り、ウィルネストに電話を入れ、互いの状況を確認し合う。
「補佐班の撤退が決定した。……死ぬんじゃないぞ、お前のとばっちりでお陀仏なんてのは勘弁願いたい」
『死んでたまるかよ!』
 電話の先のウィルネストはいつもどおり元気だった。

〇     〇     〇


 東塔でも熾烈な救護が続けられている。
 近くまで敵が迫ることもあり、戦闘音が塔の中にも鳴り響いている。
 班長のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、連れてきた百合園生達を足手まといとは考えず、別邸に送ることはしなかった。
 こうなる可能性も踏まえての指導を行ってきたつもりだった。
 また別邸もいつまでも安全とは言えず、別邸よりはこちらの方が戦力的にはずっと勝っている。
「今もしここにいなければ、何も出来ずに手をこまねいているしかなかったところだ。むしろ運がいいぞ」
 帰れないかもしれないという事態に、動揺する者にはそう声をかける。
 百合園生達は息を切らしながら、負傷者の治療を続けていた。
 負の感情ばかりが湧き起こるが、深く考えている余裕もないほどの、忙しさの極みにある。
「諸君らを預かった以上、むざむざと危険にさらすことのない様、私も全力を尽くさせてもらう」
 そうクレアが言うと、百合園生達は不安そうではあるものの「はい」と返事をして辛い仕事を続けていく。
 放送により一番動揺をしたのは、防衛をしている軍人達だった。
「大丈夫だ。地上とも連絡が取れた。あっちも色々あったようだが……別の術者による転送の準備も進められているようだ」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が、携帯電話でパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)と連絡を取りながら、東塔いる者達を励ましていく。
「術者が1人、敵についただけだ。何も変わらないさ」
 千歳自身も、イルマの声が聞けて安心していた。充電器は沢山用意してあるとはいえ無限ではない。自分より本陣のメンバーの充電が優先されるべきなので、長電話はしないでおく。
 クレアや千歳。そして、軍人らの前に立ち敵に立ち向かっていく、武尊や、深い傷を負いながらも指揮をする風見瑠奈の姿と、味方を鼓舞する言葉に、皆、冷静さを取り戻していく。
「使用人居住区の南側、宮殿までの一帯が殆ど調べられていない」
 作った地図を見ながら、永谷がそう言い、通信機で時計塔にいるメンバーに確認を求める。
 永谷自身も負傷をしており、救護班の治療を受けながらの地図作成だった。
 しばらくして、時計塔のメンバーから連絡が届く。
 塔から見える位置に、見張台のような建物があるという。その側に小屋のような建物があり、おそらく地下道に降りる梯子がありそうだとの話だった。
 北塔で調査に当たっていたメンバー達からの報告についても、地図に記していき、永谷はより詳細な地図を作り出す。
 瑠奈からは斥候に持たせるため、一部提供してほしいと言われている。
 永谷にもう断る理由はない。急ぎ地図を複写していく。これを終えたら、また直ぐに戦場に出なければならない。
(通信機が正常に使えるようになり、パートナー通話も行えるよう、だが……)
 クレアは救護班員を指揮し、自らも負傷者の治療を行いながら、考えをめぐらせていく。
(普通に考えれば、再度通信を封鎖するべき場面だ。それをしないからにはしないだけの理由があるのだろう。この戦力を使うのに妨害電波が邪魔、ということか?)
「その、妨害電波を発生させる装置を奪取できれば」
 そう思うも、自ら動くことは出来ない。
 通信機で全体に考えを述べておく。