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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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序曲 〜Overture〜


 ――2012年 ロシア某所。


「少佐、こちらです」
 白衣を着た男に案内され、「少佐」と呼ばれた女性は歩を進めた。
 ロシア連邦軍特殊技術局。それがこの施設を管理している組織だ。
「にわかには信じられんな」
「実際に発見した我々も目を疑いましたよ。これも『パラミタ』の影響なんでしょうかね?」
 浮遊大陸パラミタの出現。
 それから三年が経ち、世界の注目はパラミタに集まっている。特に日本では、「契約者」となった者達の育成を図るため、学校を設立しようという動きまで起こっているとか。
 しかし、少佐にとってはパラミタのことなど、どうでも良かった。
「なんにせよ、私にとっては『例のモノ』が発見された理由はどうでもいい。『それ』が報告にあった通りのモノか、それが重要だ」
「非科学的なモノは信じない、実に貴女らしいですね。もっとも、科学の頂点に君臨する六人の内の一人ならそれが当然かもしれませんが」
 他愛のない会話をしながら、シベリアの地層から発見された「例のモノ」を確かめに行く。
 報告によれば、それはほとんど完全な状態を保っていた古代の彫像であるという。
 全長は10メートルほどであり、時代を考えれば何らかの神を象っていると考えることが出来るだろう。
 しかし、少佐は決して考古学者ではない。まして、始めから「歴史的遺物」だと思っているのならば、軍の研究所に運ばれてくるはずがない。
 それの異様さには、発見した軍の人間も気付いていたということだろう。だから、今「専門家」である彼女の力が必要とされたのである。
「あれは?」
 通路の途中、ガラス張りになっている壁越しに、幼い子供の姿があった。七、八歳くらいだろうか。
「貴重な『研究対象』ですよ。必要ならば今紹介しますが?」
「いや、今は『例のモノ』が先だ」
 まるで感情がないかのような、光のない瞳で少年、いや少女かもしれない――が、少佐を見上げていた。
(少し待っていてくれ)
 声には出さず、子供と目を合わせる。すると、あたかも声が聞こえたかのように、静かに頷いた。


「……なるほど」
 少佐は横たえられた彫像を確認した。
 それはまるで――
「SF映画に出てくる人型ロボットのようでしょう?」
 スキャナーを用いたところ、胸部には空洞があることが分かっている。
「まあ、この胸部の空間にカメラを入れるなりしないと、正体は分かりませんがね」
「開かないのか?」
「これでも、貴重な遺物ですよ。無理にこじ開けるわけにはいきません。そうそう、近くではあんなものも出土しています」
 白衣の男が指差した先にあったのは、少女の姿をした「人形」だった。損傷が激しく、顔の左半分近くが剥げ、中身が剥き出しになっている。
「『オートマタ』か。よく出来ているな」
「最古のアンドロイド、かもしれませんよ」
 もしそうなら、古代には今の科学力を超える超文明が存在していたことになる。
「そうだとしたら、これまでの史実を見直す必要が出てくるだろう。とにかく、年代測定とこれらの材質を特定するのが先決だ。最近では手の込んだ捏造品だってあるくらいだからな」
 見た目だけなら同じようなものは造れる。
(これらが実際に動けば、その瞬間に現代のテクノロジーの産物でないことは証明されるのだが。今の私の技術でも「実際に稼動可能な」人型ロボットは造れんからな)
 仮にこれが稼動するものならば、その技術は是非とも解明したいところだ。ロボット工学の基礎を築き上げ、19歳という若さで「新世紀の六人」の一人に数えられた彼女からすれば、その思いは当然だろう。

「ところで少佐。当局からは貴女が宜しければ、こちらに転属して頂けると聞きました。どうなさいますか?」
「見せられた以上、断る理由はない。私以外にこれを解明出来る人間はいないのだからな」
 少佐の返答に、白衣の男はにやりと笑みを浮かべた。
「そう仰ると思ってました。そこで貴女の下に一人、部下としてお呼びしてあります」
 男が言うなり、軍服を着た一人の「少年」がやってくる。
「し、失礼致します」
「彼も、今日付けで転属してきた者です。モロゾフ君」
 男に促され、少年は緊張した面持ちで一歩前へ出た。
「本日付けで着任致しました、イワン・モロゾフ准尉です」
「准尉?」
 訝しげに呟く。十代半ば、しかも頼りなさそうに見る少年が准尉とは。
「こう見えても、腕は立ちますよ。現在国内で最年少の准士官なくらいですから」
「きょ、恐縮です、所長」
 人とは見かけによらぬものだな、と少佐は思った。
 彼女はイワン少年――准尉と目を合わせ、自らの名を告げる。
「ジール・ホワイトスノー少佐だ」
「宜しくお願いします、少佐!」
 まあ、雑用係くらいにはなるか。初めて彼と会ったときのジールは、その程度にしかイワンを認識していなかった。
「そうそう、発見した我々はこの彫像をこう呼んでいます」
 不敵な笑みを浮かべたまま、所長は言った。

「――機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)と」

 これが、後に代理の聖像――サロゲート・エイコーンと呼ばれる存在だとは、このときのジールにもイワンにも知る由はなかった。