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リアクション
★ ★ ★
「ああ、一輝、どうだった?」
イコンデッキに戻った天城一輝にむかって、ユリウス・プッロが訊ねた。だが、天城一輝は黙った首を左右に振っただけであった。
「そうなのですか。こちらも、やはり小型飛空艇が動かなくて困っていたのですわ。これでは、撃ち出された後の、姿勢制御すらできません」
ローザ・セントレスが、肩をすくめて言う。
「ただの鉄砲玉だと思えば、姿勢制御がなかろうが推力がなかろうが問題はないが……。どのみち、パラミタに辿り着ければ、再び飛べるだろうが……」
いずれにしろ、許可が出ないことを単独で行っても意味がない。
『ラルクデラローズ、出るのだよ。フィールドカタパルト、用意なのだ!』
イコンリフトに乗って甲板へと運ばれていくラルクデラローズから、リリ・スノーウォーカーが官制室にむかって言った。
だんだんだだん♪ だんだんだだん♪
腕組みをしたラルクデラローズがイコンデッキからせり上がってくる。黄金の頭部飾りが現れ、アルマインの特長である翅とパールホワイトのマント風ランダムシールドが現れ、かぎ爪を持つ足が現れた。
「レディ、セット」
展開されたフィールドカタパルトの中で、ラルクデラローズがクラウチーの体勢をとる。
「ゴー!」
ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)のかけ声と共に、ラルクデラローズがフィールドカタパルトから発射された。
目標は、変質した母艦である。もちろん、出力低下フィールドの展開されている回廊内では飛行能力を発揮できないラルクデラローズでは、単なる鉄砲玉である。
その前に、タンガロア・クローンが立ちはだかった。もちろん、鉄砲玉には避けることなど無理である。せめて巡航ミサイルであればよかったのに……。
「ぶ、ぶつかる〜。防御するのだぁ!」
リリ・スノーウォーカーが叫ぶ。
シールドを前面に構えて、ラルクデラローズが防御姿勢をとった。
かろうじてシールドのおかげで、両者が弾け飛ぶに留まったが、コースは大きく外れてしまった。
「どこかにつかまらないと、このままでは回廊の外に真っ逆さまだ」
ララ・サーズデイが、必死に何かを探した。その目に、破壊されたヴィマーナの残骸が映る。
「あれだ!」
翅を広げると、そのわずかな抵抗でぎりぎりその破片へと近づく。ラルクデラローズのレッグクローが、がっしりと破片をつかまえた。
そのときだった、突然破片が動きだした。母艦の方へと流されていっているようだ。
「これはチャンスなのだ。波に乗って、母艦を攻撃するのだよ」
ラッキーとばかりにリリ・スノーウォーカーが言った。
だが、みるみるうちに足許の破片が黒く変質していった。流されているのではなく、母艦の触手につかまって、引き寄せられているのだ。このままでは、母艦に呑み込まれて同化されてしまうだろう。
その母艦の方は、いよいよ異様な姿に変化していった。今や、周囲の無傷のヴィマーナまで捕食して、巨大な漆黒の長球状となっている。内部で再構築を行っているのか、その大きさはじょじょに風船のようにふくれてきているようであった。触手によって引き込まれたヴィマーナやその破片は、母艦の装甲表面にが流体金属でできているかのように、水に沈む小石のように取り込まれていった。そのたびに、大きさによって母艦の表面に奇妙な模様の同心円が波紋のように描かれる。それらが複雑に組み合わさっていき、ときおり発光をし始めた。
「あの姿は、まさか……」
「似ているとは思っていたが、あれはイルミンスールの森にあった巨大イコンに酷似しているな。コントロールルームを見たときにもしやとは思っておったが……」
モニタ越しに送られてくる映像を見て、フリングホルニ艦内の緋桜ケイと悠久ノカナタが言った。しかし、いったいなぜ、五〇〇〇年以上前にイルミンスールの森に封印されていた自爆型の巨大イコンと同じ姿になったのであろうか。それとも、あの巨大イコンが、このヴィマーナだった物に似ているのであろうか。
いずれにしても、寄生したイレイザー・スポーンと、回廊の外に広がる空間にある何かがヴィマーナに作用して、こんな異質の融合体に変化させてしまったのだろう。
ある意味、これはソルビトール・シャンフロウの同化しているヴィマーナよりも脅威であった。
ラルクデラローズを引き寄せつつある触手はさらに荒れ狂い、周囲にいるタンガロア・クローンをも吸収し始めている。
だが、少しして母艦の表面に、タールの中から浮き出てくるかのように、異形のイコン群が現れた。タンガロア・クローンに似てはいるが、特長である寄生しているイレイザー・スポーンの銀色の結晶柱は姿を消し、機体は前面が漆黒である。その表面には、波打つように細かな模様が象眼されたように浮きあがっていた。
『――なんで、リーフェルハルニッシュが出てくるの!?』
思わず十七夜リオが、見覚えのあるイコンに戸惑いながら叫んだ。
取り込まれたタンガロア・クローンが変質したとしか言えないが、あまりにも予想外の変化であった。
先ほどから、近接戦闘しか術のないヴァーミリオンでは、敵を同化する母艦を攻めあぐねていた。だが、母艦を離れてイコンであれば別だ。
母艦から発進してきたリーフェルハルニッシュを、ヴァーミリオンがV−LWSで真っ二つにしようとした。だが、充分なはずの出力でも、敵は大破しただけで、タンガロア・クローンのように完全に機体が分断されない。
「まさか、本当にあれがリーフェルハルニッシュで、目の前の球体がシトゥラリであるのならその特性は……」
フェルクレールト・フリューゲルが、メイクリヒカイト−Bstからコピーしてきた戦術データベースを参照して言った。
マスティマとフィーニクス・NX/Fが、レーザービットとインファント・ユニットでビーム攻撃を母艦に与えた。だが、母艦表面のサークルが輝いたかと思うと、そのビームを吸収してしまった。
「効果ないわ。攻撃が吸収されたわよ」
信じられないと、ジヴァ・アカーシが言った。
なおも攻撃するレーザービットとインファント・ユニットを、母艦が触手で呑み込んでしまう。
「ええい、このままでは破滅なのだ。仕方ない、最終手段に出るのだよ!」
「それしかありませんね」
リリ・スノーウォーカーに目で合図されて、ララ・サーズデイがラルクデラローズの脚部を自らの剣で切り落とした。ヴィマーナの破片が、ラルクデラローズの脚部を残したまま母艦に吸収されていく。
だが、漂うだけの存在となったラルクデラローズは、母艦にとって格好の獲物であることは変わりない。
触手が、ラルクデラローズに気づいてのびてきた。
「まだ、一機残っている!」
イーリャ・アカーシが、残っているインファント・ユニットで、その触手を攻撃した。その間に、マスティマがラルクデラローズをかかえて後退する。
「アルマインタイプか。ここで、イルミンスールに貸しを作っておくのもいいだろう」
「別に、直属の機体というわけではないと思うんだよね。たいして意味はないかも」
「まあ、そうかもしれないな」
マスティマのコックピットの中で、夜愚素十素の言葉に天貴彩羽が小さく苦笑した。