なし

リアクション

「あれ…ここはなんのトラップもないのかな？」
　自前のママチャリ伍號（ごごう）に乗った蒼空学園の志位　大地（しい・だいち）は、あっさりと目的地に到着できたことに拍子抜けしていた。運営委員が仕掛けた罠や妨害があるだろうと、大地は危惧していたのだが。どうやら参加者は皆、他のルートを選んだようだ。
「それでは早速、一つめの柿をいただいてくとしますか」
　一組のペアがこちらに近づいてきたのは、大地が柿の実に手を掛けようとしたそのときだった。
「うっわぁ！！！　あっちにたくさんなってるよ〜！」
　たわわに実った柿の枝に歓喜の声をあげた主は、薔薇学生の小林　翔太（こばやし・しょうた）だ。
　目を輝かせた翔太は大地の存在にも気がつかない。
　柿の枝に飛びつくと、早速もぎりとった柿の実にばくりとかぶりつく。
「すっごく甘くて美味しい！」
　柿の実は、熟れ具合といい、甘さといい、まさに食べ頃だ。
　両手に柿の実を持った翔太の頭からはすっかりレースのことなど抜け落ちていた。
　やめられない。止まらない、とばかりに、次々と、新たな実を口に運んでいく。
「あ…あの…」
　あんな細い身体のどこに、そんな大量な柿が入るのだろう…。
　大地は、呆然と翔太を眺めた。
「のんびりしていると、全部翔太さんに食べられてしまいますよ」
　翔太に同行していた英霊佐々木　小次郎（ささき・こじろう）が、苦笑いを浮かべながら柿の実を手渡してくる。
「…ありがとう…」
　確かにあの様子だと、この近くの柿がすべて食い尽くされてしまうのは時間の問題だろう。
　小次郎から渡された柿を有り難く受け取った大地は、丁寧に一礼をするとその場を後にした。
　ちなみにこのとき、佐野　亮司（さの・りょうじ）の守護天使ソル・レベンクロン（そる・れべんくろん）が、翔太に柿の実をとらせまいと、大きな翼を羽ばたかせ必死で枝を揺すっていたのだが。
　旺盛すぎる食欲がほとばしる翔太を前に、彼の努力は無力だった…。



　薔薇学の藍澤　黎（あいざわ・れい）は、目的の林檎を前に考え込んでいた。
　体育73の俊足を活かし、半ば生体兵器と化した島村　幸（しまむら・さち）の魔の手から逃れつつ、一つめのプラムを手に入れることはできたが。
　今度もまたどのような罠が仕掛けられているかは分からない。
「…下手に近寄らない方が正解だな」
　そう考えた黎は、背負っていたハルバードを握りしめた。
　黎が持っているハルバードは、普通のハルバードではない。薔薇の品種改良を先行する黎が、伐採で使用できるよう改造した「?枝切り鋏」であった。
　慣れた手つきで枝から林檎を切り落とすなり、ハルバードを持った手首をひねる。すかさずその先端に付いた突起で、落下する林檎を突き刺した。
「任務終了。後は戻るだけだな」
　そう呟くなり踵を返した黎と入れ違いにその場に到着したのは、オフロード用のマウンテンバイクにまたがった蒼空学園の樹月　刀真（きづき・とうま）と漆髪　月夜（うるしがみ・つくよ）だ。
「よし、ここは何のトラップもないようだな！」
　黎があっさりと林檎を手にしたことを見ていた刀真は、安心して林檎のなった枝に近づいていく。
　マウンテンバイクから降りた刀真は、林檎に手を伸ばすが枝が高くて届かない。
　そこで刀真はパートナーである月夜に肩車をしてとってもらうことにしたのだが…。
「きゃぁっ？！」
　林檎に手をかけた瞬間、月夜の叫び声が辺りにこだました。
「どうした月夜……？！！！！」
　反射的に頭を上に向けた刀真の顔に、ぬるりとした液体がたれてくる。
　それは、先ほど別の場所でポポガ・バビ（ぽぽが・ばび）が引っかかったのと同じ油だっだ。御凪　真人（みなぎ・まこと）が仕掛けた罠は一カ所ではなかったのだ。



　真人の罠の餌食となったのは、彼らだけではない。
　一つめのプラムは難なく手にすることができたレン・オズワルド（れん・おずわるど）だったが、彼もまた二つめの栗を採取する際に油まみれになった一人だった。
「忌々しい…」
　顔に付いた油を拭いながら、レンは舌打ちをした。
　頭から油を被りながらも手にいれた栗はどう見ても腐っている。
　熟れすぎの果物ならば氷術で凍らせてしまい、素知らぬ顔で持って行こうと思っていたが、さすがに腐った栗ではどうにもならない。
「これは次に向かった方が正解だな」
　そう呟くとレンは栗を投げ捨て、再び自転車にまたがった。