First Previous |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
Next Last
リアクション
the another travels さよならアンテロウム
妖しい煙の立ち昇る祭壇。
巨きな、黒い羊の頭の神が、その前に座している。
「キリンセイカ……
オマエガ贄トナルトキ、我ガ……成就サレル……」
「アンテロウム?」
騎凛の声だ。
「これは、カナリーさんの夢ですね。あぁ! 私……なんで裸でいるのでしょう?」
「キリン……」
「アンテロウム」
祭壇に立つ、黒い羊の神は、彫像に過ぎなかった。
「お別れだ」
アンテロウムの、声だけが響いている。
「これは、私の過去ではなく、私の未来なのですか? 贄とは何でしょうか……?」
紫を帯びた煙が、辺りを覆っていく。
「アンテロウム……こんな別れの形なんて」
騎凛が泣いていると、いつしか煙が引いていく。何ももう聞こえない。
見ると、羊の神の首から上がなくなっていた。
祭壇から、赤い血が流れてくる。
告白
「……騎凛……。……」
「久多さん……ですね?」
「ああ。久多だ」
「久多さん。……外は、雪なのですか」
「ああ、そうだな。今は、もうだいぶ止んでいる。……。
さっきまでは、本当に激しい雪で、この洞穴の入口もほとんど埋まってしまってたぜ」
「でしたら皆さんは、雪の中、迷っているかもしれません。
久多さんは、よくこんなところがわかりましたね?」
「それは……。俺が美人のピンチに駆けつけるヒーロー……。……。……だから、か?」
しんとした暗い洞穴の中。冷え込んでいる。騎凛は毛布をかけてもらっているけど、寒そうだ。
「えっと……あれ?」
「どうしましたか?(私は美人じゃありませんよ。)」
「あっそうだ。騎凛、旅の途中で倒れたと聞いて。熱は、大丈夫なのか?」
「どうでしょう」
えぇっと、俺が見てやるか、というべきか……久多は、騎凛のおでこに手をあててみた。「熱は……ない、な」
あんなにうなされ、苦しんでいた騎凛だが、今不思議と落ち着いており、確かに熱も引いているのだった。
「久多さん……」
「あ、ああ」
今なら、二人っきりだな。だよな……久多は、少し辺りを見回す。
「騎凛。……言いたいことがあるんだ」
「えっ。久多さん……?」
久多は今までになく、真剣な表情になり、切り出した。久多は、騎凛にすべてを打ち明ける。
義勇兵として参加した第一師団の戦いで、自分が教導団のためと思い敵対するパラ実側の遊牧民居留地を焼き払おうとしたこと。反撃を受け、小型飛空挺ごと落下し致命傷を負ったが、かろうじて生き延びたこと。その後、助けも呼べず、ヒラニプラの山に身を隠していたこと……
「俺は教導団にいずれは入りたいと思っていた、とは言ったっけな。それで、教導団のためだと思ってやったことだった。俺は、馬鹿だった。俺は自分のしたことを……だけど、いつまでも逃亡兵のままでいられない。
処分されてもいい、いや、処分されるべきなんだ、俺は、騎凛に俺の身柄を委ねることにする」
「私にですか?」
「惚れた女が決めたことなら、従うまでさ。……そう思ったんだよ」
「惚れ?」
「ああ。処分されたってかまわない。騎凛に会いたかった。本気で惚れたんだ」
久多は、そう言って最後に少し、微笑んでみせようとした。騎凛も久多を見る。以前の……最初任務中にナンパまがいで語りかけてきた久多とは、随分違って見えた。
「久多さん」
「カナリーちゃんだよっ」
「はっ」
後ろを振り返る久多。
「……」「……」「……」
「えっと、……いたのだ、な……」
「聞いて? ううん、いなかったよ。
それにあたしは秘密科のカナリーで、ここには今、憲兵科マリちゃんはいないからね。
さすがのマリーも、まさか犯人が、パートナーのカナリーちゃんと同じ【騎凛セイカ先生の恋人候補】である久多っちだとは思いもよらなかったようでありますぞ。だよね、きっと」
「カナリー……」
「雪も止んだみたいだし、カナリーは皆を探してくるね。久多っちはそれまで、もう少しだけ時間があるよっ」
カナリーは、外へ飛び出して行った。
「久多さん……」
「騎凛」
「私と一緒に、このままヒラニプラの山奥で暮らしましょうか」
「騎凛……えっ、なっ、なんだいきなりそんな展開あっていいのか?」
「私、もう教導団には戻れないかもしれませんよ」
「何かあったのか?」
「パートナーを失ってしまっては……。あ。日本に送り返されることになるのでしょうか? 日本で暮らしますか? 東京がいいかな。私の故郷は……
久多さん……。これからも、頑張ってやっていってくださいね。久多っちが教導団に入れるますように。うん、ばれなければ大丈夫」
「えっ。えっ。いや、しかし……騎凛……。
アンテロウム副官は……本当に、死、……亡くなった、のか?」
「ええ。わかるんです」
「……」
「……久多さん。……私はきっと、教導団にも、地上にも、何処にも戻れませんね。私は、たぶん……」
騎凛? 久多が、騎凛を支える。また、熱が戻ってきたみたいだ。騎凛の意識が朦朧とし始める。
「騎凛ちゃん……」
入口の影では、カナリーがぽつりとしゃがみこんでいる。
First Previous |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
Next Last