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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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2-06 領主館占拠

「シ、システィーナ? 何と……?」
「この戦は貴方の負けですよ。だって教導団員がここまで来ているんですから」
「しかし、まだ時間がある。わしが逃げれば」
 女騎士は、目配せする。
 貴族に剣をあてる、デニム。
「きっ、貴様ら。裏切っ……!」
「いや、違うな。本来の姿に戻るだけさ。……とは言え生前、裏切りの騎士と呼ばれた身ではあるがな。
 教導団機甲科のランスロットだ。改めてお見知りおきを」
「教導団憲兵科、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)よ。素直に降伏してもらえると面倒がないわね」
「なっ、な、……き、貴様ら……」
 館の中に煙が充満してきて、私兵らが騒ぎ立てている。付近に潜伏していた山城 樹(やましろ・いつき)も館内に潜入し、煙幕ファンデーションで警備にあたる兵らをかき乱している。あちこちで、窓や壁の打ち破られる音がする。
「……降伏せぬ! わしは、教導団に降伏なぞせぬぞ!」
「ならば」
 刃を突きつける、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)
「いえ、待って。……お眠りなさい。」
 宇都宮は、子守唄を歌い始めた。



「お姉様……」
 ドリヒテガを境界の戦線に導いたあと、最も遠い位置から館に走ったセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)
 いくら、お姉様たちが不意打ちに出たところで、数で負けそうな気が……
 セリエがそう心配し、駆け付けたときには、すでに民衆や、それに教導団の部隊が貴族館を取り囲み、突破せんとするところだった。
 民衆を率いるエル、館を取り巻く教導団の部隊に指示を出す、戦部の姿が見える。
 ここだけでない、丘上に押し寄せた民衆は、貴族区のあらかたの貴族らを取り押さえた。
 最後に、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)が怒涛のごとく、駆け付けた。
「貴族! 出てくるのだ! 自身の利権がために、このような街にしたことは許されない!」
 わずかな抵抗を続けていた私兵も、たじろぎ、館のなかへ逃げ去ろうという者もあるが、そのとき、扉が開き、貴族らの主が出てきた。貴族を連れて出てきたのは、教導団の宇都宮 祥子だ。
 一瞬、しん、となる。
「貴族は捕えられた。これで、こちらの勝利だ」
 エルが静かに言い放つと、民らに歓声が上がった。
「宇都宮殿」
 戦部、鷹村は、宇都宮に駆け寄る。
「この状況下。ここに引き連れてきた兵を入れ、敵拠点を制圧としましょう」
「ええ、とりあえずはね」
 宇都宮は、意味深な微笑を湛えた。「ん?」と思いつつも、戦部は兵に指示を出し、貴族館を押さえた。
 ……湖にでも沈めてやりたいところだが。と、貴族を睨みつける鷹村。貴族は、今やただのみずぼらしい老いぼれ。ただぶるぶると震えるばかりだった。



2‐07 街中の激戦

 さて今やバンダロハムの街は、混乱の真っ只中。
 境界、それに丘上の貴族館の方で起こった騒ぎが、徐々に街中へ広がり、雑居区や酒場や商店の並ぶ通り、貧民窟やマーケットまでを巻き込み、誰が誰かもわからない暴徒や、逃げ惑う民で大騒ぎだ。立ち上る煙、悲鳴、散在する物、硝子片、死体。
 龍雷来来! 龍雷来来!
 龍雷去去! 龍雷去去!
 これを追ってきた戦部配下アドルフが、呼びかける。
「所属を申せ! この略奪行為はいかなる理由によるものか、説明、……なっなんじゃぁ!?」
「はぁぁぁぁぁぁー!!!」「待つのよぉーん」「ええい、いい加減にせぬかぁ、龍雷連隊の名を汚した偽者め、成敗してくれるでござる!!」
 龍雷来来! 龍雷去去!
 龍雷去去! 龍雷来来!
 どどどどど……。
 この大騒乱を、建物のてっぺんより眺めるのは、
ロザリオ
「にゃんだね。三郎よ」
「ああ。この分だと、龍雷の戦いは、戦場だけで済まされそうもないな。……お、隊長さんも来たな。えらい勢いだ」
「行かなくていいんか?」
「我ら、影に生きるもの故。
 なに、この程度で死ぬ隊長さんではないさ。我らの役目は、戦いの後にある」
「ん」
 そう言うと、二つの影は、街の宵闇へと姿を消すのだった。
 同じ建物の二階から外を覗くのは、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)。バンダロハムの宿に宿泊していた。部屋には、フォルテの姿もあるが、彼の方は疲れで眠っている。
「うわー。派手なことになってるね」
 もちろん、見ているだけではない。彼女は、本営に残るアーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)に先ほど、メールを済ませていた。
「遅いな。そろそろ、来てもいい頃なんだけど……」
「助けてー! 助けてー」
「あ。アーシャ。こっち、ここだよ!」
 宿の前で、暴徒に襲われそうになったアーシャ。夏野の姿を見つけると、すぐに建物へ退避し、二回へ駆け上がってきた。
「はあ、はあ。夢見、メールにあったとおり、持ってきましたよ」
 何か包装紙でくるんだものを抱えている。どん。台だ。何に使う。
「それより……はあ、はあ。トリ男(フォルテの悪口)と夢見を二人っきりにして、わたくしは心配でした。
 何もしませんでした? あ、あんなところで悠々と寝てますね。あのトリ男……きーっ」
 夏野の方は、包まれたものを取り出して、こっそりつぶやく。
「いつまでも、お人好しの学生じゃいられないよね、うん」
 ……スナイパー・ライフルだ。
「まだスナイパーライフルを人に向けて撃ったことなんてないんだけど、練習は遠征前にしてるし、大丈夫だよねっ。
 頭かち割ってやんよ! さて、台の上に乗ってと、誰を撃とうかなぁ……」
 バンダロハムの街の中心部。
 丘上から駆け戻ってきた偽龍雷と、境界からなだれ込んできた龍雷が混ぜこぜになって、激しく打ち合っている。浪人浪人浪人勢。逃げ惑う人々。
 斬り結ぶ岩造と岩造。
 激しい戦いだ。
「団員と戦闘している武装した人間を敵と見なす……誰が誰かわからないっ。まあいいや、撃っちゃえ」どんどーん。
 岩造、「きゃー」。岩造、「いやー」
 龍雷連隊と龍雷連隊の間に降り立った、この男。
「街を見てきたが、随分とひどいことになってるじゃないか。
 お前らみたいな連中が、戦場を混乱させ戦闘自体を長引かせるんだ」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)
 駆けつけた者からすればここにいる者らは暴徒でしかない。
 国頭は、煙幕ファンデーションを投げ込んだ。辺り一帯が煙に覆われる。
「うわぁ」「げげっ」「ごほ、ごほ」
「らァ!!」
 混乱を極める暴徒の群れを、片っ端から木刀でなぎ倒していく国頭。
「暴徒連中にも言い分はあるかもしれないが、妄言を聞いてやるほどオレは優しくない」
 煙の中、尚も激しく打ち合う岩造と岩造がいる。「暴徒の頭は教導の軍服を着てると聞いたが……? どいつだ!」どんどーん「おっとあぶねえ! だ、誰だオレを狙撃するのは!」
「みなさん、暴れるのをやめて教導団に投降してください。今ならまだ間に合います」
 シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)も呼びかける。
 アシッドミストを放ち、暴徒らを抑えにかかる。
「二度は言いません! 投降してください」
 あちこちへ逃げ惑い、あちこちでまた打ち合う暴徒暴徒。
「ええぇい、待てぃ!
 そこまでだ、暴徒ども。う、げほげほ、……貴様らの存在、黙って見過ごすわけにはいかんのだよ」
 レーゼマンの部隊だ。
「レーゼ殿!」「レーゼ殿!」
「あ、待て」
 レーゼセイバーズが、次々と浪人暴徒の群れに突っ込む。
「レーゼマンはヘタレ!」「レーゼマンはヘタレ!」
 エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)が、レーゼセイバーズとレーゼマン自身を鼓舞する。
「……」
「指揮官レーゼマンさん」
 レーゼ部隊に身を置いている、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)だ。
「あ、ああ、レジーヌ。どうした」
「あの……ご無事ですか」
「うむ。私はまだまだ大丈夫であるぞ」
「よかったです。あの、ここは街中。人々に被害が広がってはいけませんし、敵を何とか街の外へ遠ざけるべきでは」
「うむ、無論だ。市街戦は避けるべし」
 レーゼマンは、争う者どもに向かって叫んだ。
「ええぇい、所詮貴様らは弱い者を相手にすることしかできん暴徒か!」
 レーゼマンに注目が集まる。
「よ、よし……奴ら、挑発に乗ってきたぞ……。
 貴様らの相手はこのレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)なのだよ。かかってこい!!」
 こうしてレーゼマンは、暴徒を市街へ誘い込む作戦に移った。
「いいぞ。……一時撤退! 撤退だ!」レーゼセイバーズらに小声で、敵を街から引き離すぞ、と付け加える。
「レーゼ殿!」「レーゼ殿!」
 レジーヌは、至れり尽せりで暴徒の好みそうなものをかき集め、暴徒誘導作戦を見事に強化した。
 龍雷連隊は、レーゼ部隊を追って、街中を逃れていく。それを龍雷連隊が追う。黒豹分隊も追いつき、すぐに龍雷連隊を追った。
 そして――
 時刻はほぼ真夜中に達しようとしていた。
 ――香取の隊だ。



 更にその後のこと。
 街からは、教導団の部隊も謎の偽部隊も浪人どもも消え、ただ略奪のために略奪を行う暴徒が残った。
 そこへ……ギチギチギチギチ。巨大な車体軋ませ、オークの人骨戦車に搭乗した「草薙 真矢(くさなぎ・まや)、登場!! がんぞうたいちょおぉぉぉ!!」
 む? 草薙、辺りを見渡す。
「……おかしいな。戦場が、いつものにおいじゃない。なんのにおいだ? こ、これは……」
 目の前に広がる惨状。
「暴徒め! オーク戦車ぁぁぁぁぁ」
「ウガァァァァァァァ」「ダリァァァァァァァ」「ゴルァァァァァァァ」
 どどーん どどーん
 草薙は先行入手していた情報を組み立て、叫んだ。「教導団本部が浪人隊を正式に認めたそうだ! 名を上げれば兵としての身分保障もするそうだ! いざ龍雷と共に!」こうカマかけすれば、潜入員の離脱を図り、浪人達の龍雷への結束力向上も図れる!
「な、ほんとか?」「おい、龍雷ってとこに行くぞ」「どこだ?」「とりあえず戦場は今、あっち(境界)だ!」
「えっへん」
 上の雑居区の方から、何かが来た。
「はっ。戦車発見……ライバル?? いざ勝負ーーー」
「え? え??」
 ビーワンビスだ。黒豹分隊から遅れてここまで来た。
「ウガァァァァァァァ」「ダリァァァァァァァ」「ゴルァァァァァァァ」
「きゃー。きゃー」



 黒豹本隊の方はというと……
 龍雷来来を追って境界へ来た分隊と合流。そして、
「はあはあ、もももうだめだ、はらがそこまで……」
 ドリヒテガ。掴まらないよう逃げつつ、またドリヒが敵を掴まえないよう散らしつつドリヒテガに食糧が渡るのを牽制してきた。
 ふらつくドリヒ。
「ハンターチャ〜ンス〜!!」
 アデライードのゴールドハンマー(光条兵器)、ドリヒテガを討ち取った(捕獲。これから調教?育成?していかなければ……)。



2‐08 追討

 時は少しさかのぼり、谷間に急行し、ロンデハイネを救出と共に、山鬼を攻撃した香取隊。
 ソフソの部隊を連れ、谷間での兵の救出を終え先に三日月湖へ戻ったゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)からの連絡を受け、本隊側の状況を聞くと、山鬼の掃討もほどほどに(実際のところ、蜂の襲撃や火事もあって、山鬼はほぼ討ち果たされたのであったが)、彼女らはすぐに軍を三日月湖へと取って返した。
 まず、三日月湖に戻ったのは、ソフソ隊であった。
 ゴットリープは、本営〜バンダロハムの戦線に向かうつもりだったが、三日月湖の西に砂塵を見ることになる。西回りで本陣を狙った黒羊の一隊と交戦状態にあった大岡永谷らとパルボン私兵団の一部であった。
 永谷は光学迷彩を巧みに使用し黒羊の部隊相手に互角の戦いを演じていたため、ゴッドリープの加勢により、敵を退けた。
 ゴットリープの連絡を受けた香取、マーゼン、皇甫らも間もなく戦線に合流する。西で敵を防いだ部隊も、レナ・ブランド(れな・ぶらんど)の回復によって、士気を上げた。
「フリンガーにはこのまま、一部の兵を渡し大岡殿と西の方から攻めてもらうのがよいですな」
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が言う。
「わ、わかりました!」
 香取 翔子(かとり・しょうこ)は、「私たちはこのまま、一刻も早くバンダロハム北の境界へ」兵を鼓舞する。「激戦になっている筈よ」
「うむ……」マーゼンは尚冷静に、「完全に包囲はせず、北の森への退路は空けておくことが肝要でしょうな。追い詰められた敵が死に物狂いで抵抗すれば、山鬼との戦いで疲弊も残る自分たちの損害も大きくなりましょう」
 香取は頷く。
「ゾルバルゲラ隊は前衛! ソフソ隊は、本隊への奇襲攻撃に備え、後衛防衛!」
「はっ!」
 香取が指示を出す。ロンデハイネの兵のうち負傷者は、拠点に駐留させる。
 バンダロハムの街に入ると、暴徒が暴れていた。
 皇甫伽羅(こうほ・きゃら)が殿軍として、ここを引き受けると言う。皇甫嵩(こうほ・すう)うんちょう タン(うんちょう・たん)もこれに従う。
 いざ境界へ。



 境界では、戦いを繰り広げていた黒羊の軍と教導団の後ろから「龍雷来来!」「龍雷去去!」などを叫ぶ浪人なのか教導団の造反部隊なのか不明の集団がぶつかり、それを追ってきた教導団の部隊が折り重なり、更に街から暴徒らが押し寄せ渾然となっていた。教導団には、後方で反乱が起こったなどとの声が広がり、収拾できない事態になりつつあったが、ここへロンデハイネ到着との報が入る。
 香取が部隊を率い、前線に切り込んでくる。
 疲弊はあったが、山鬼を徹底的に叩いたことと自分たちの到着が教導団側の勝利を決するという意気込みから、士気は高かった。ソフソ・ゾルバルゲラ、それにロンデハイネの兵が加わったとなると、大部隊だ。
 マーゼンは冷ややかな笑みを見せる。「ロンデハイネ殿の救出が、勝利につながったことを示せるであろう」
 後方、ロの旗印の下では、マーゼン配下本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が、油断は禁物! と呼びかける。
 ロンデハイネも負傷は大きい、しかし今倒れるわけにはいかぬと気丈に振る舞う。本能寺は、そんな彼を護り絶対にここには敵を寄せつけない、という意気込みで警備にあたった。
 一つ二つ、北の森へと消えていく黒羊旗。
 龍雷来来! 龍雷去去! の声も、いつの間にか聞かれなくなっている。
「アム」
「……」
 戦場にあっても、至って静かに頷く、アム・ブランド(あむ・ぶらんど)
 バンダロハムの境界から敵が逃走すると、マーゼンは、敵の追討をアムに命じた。期限は、夜明け頃まで。北の森に追い払い、追撃戦を行って後、帰営するように、と。
「敵が完全に退却すれば、それ以上の深追いは避けるのだ」
 アムが北の森へと入ると、逃走した敵兵のかなりが倒れており、更に前方で悲鳴が上がっている。
 光学迷彩で身を潜めていた、ミューレリア率いるみずねこの一隊であった。
「よし、一撃離脱……をする必要もなさそうかな。敵は弱っている。
 ここは、一気に叩き込むぜ!」
「みずねこ隊員には、ヴァイシャリー高級猫缶を褒美として約束するにゃ!」
 ミューレリアの肩の上で兵を鼓舞する黒い仔ねこは、ミューレリアのカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)だ。
「にゃー」「にゃー」「高級猫缶のためにたたかえにゃー」
 アシッドミストで足止めされた敵が逃げ惑ってくるのを、更に後方から追ってきたアムの部隊が討ち取る。
 戦果は、充分だった。北の森には敵部隊はさほどの数残っておらず、敵は北の森の陣も捨てて、更に北へと逃走したのだ。
 アムは、敵が北の森に敷いていた陣営も占拠した。
 こんなところか。アムは思う。これより北は、他国の領地になる。これ以上は、深追いになる……
「追い討ちをかけましょう!」「まだ、我々は行けます!」
 兵は勝ち戦に、意気込む。
「……」
 ミューレリアとみずねこ隊に陣地の制圧を任せ、更に追い討つ。
 結局……アムは北の森を抜けたところに位置する、小城までを落とした。



2‐09 道満と清明

 黒羊旗の軍勢は、マーゼン配下アムの隊が追討していったが、騎狼部隊からは、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)も幾らかの兵を率い北の森へ入った。
 デゼルには、気になることがあったのだが。
 林田からの電話にあったように、道満。奴が黒羊旗の軍師に。
 しかし、敵はあっけなく北の森の陣営を放棄し、逃げ散ってしまった。
 ボテインをイレブンが捕えたと言え、道満がいたなら、敵は収拾することもできずこれほどの敗走をしただろうか。
 デゼルは騎狼を駆って北の森を行きつつ、そう思う。
 しかしそのときもう道満の姿はなく、先刻ここで起こったことについて知る由もなかったのだが。



「道満」
「!? ……俺の名を呼ぶその声は、まさか……」
 そこにいるのは、……安倍 晴明(あべの・せいめい)
 しかし、その清明は、おっとりとした小さな少女の姿。清明の後ろには、
「ハルさん(晴明)の星見に従ってきたのはええけど、まさかこういうことだったなんて」
 橘 柚子(たちばな・ゆず)。百合園女学院から、ここまでやって来た、巫女装束のお嬢さまだ。
 つまりこの晴明は柚子の英霊ということであるわけだが。
「晴……明……!」
 道満は、ゆっくりと清明を向き直る。
 晴明は、ふっ、と可憐な少女の笑みを湛えている。
 柚子は、辺りを見渡す。
 森に敷かれた幕舎らしきところで、黒い鎧に身を固めた兵の姿がぽつぽつと見えるのだが。森の向こうでは、剣の響きや喚声が聞こえている。柚子は、教導団に付いてきていたわけでなく、星見により何かを察知した清明と共にここに来たまで。
 兵らは、巫女姿と着物の少女の登場に、いぶかしむばかりだ。
「道満殿? その者たちは……?」
「晴……明……!」
 営舎に、兵が駆け込んでくる。
「道満殿! ボボ、ボテイン将軍が敵の手に……」
「(待て。話しかけるな……)」
「道満殿……?」
 英霊として甦った道満と、晴明とのことについては、教導団の修学旅行(奈良戦役)にて、すでに語られている。京都にいたの晴明は当代(59代目)晴明であったが、ここにいるのは、道満と同じ時代を生きたあの安部晴明である。姿は違っていても、道満は無論それをわかったようである。
 道満の髪がぶゎっと逆立ち、殺気が漲る。
「そうか。京都の縁から蒼空学園に来たのだな。それとも、教導団に雇われたか?
 晴明、まさかここであいまみえることができようとはな」
「いえ、ハルさん(晴明)は今、私と共に百合園女学院にいて(所属して)はります」
 柚子が応える。
「百合園? ということは、晴明、貴様も、おん……な、いやなんでもない。
 さあ、では殺させてもらうぞ」
「道満。おまえは何故、私を殺そうとするのだ?」
「晴……明……!
 ……フン。オレの千年の思いが、貴様にわかろう筈もないだろうが、……とにかく、表に出ろやコラ!!」



「退け! 退くのだ!」
「ど、道満殿はどうした?! 我らでは兵を収拾しきれぬ」
「わからん。とにかく、ここはもう無理だ。北の森は捨て、グレタナシァまで退けィ!」

 その頃、道満は。
 清明、十二神将の天乙貴人を使役(ヒロイックアサルト使用)する柚子と、戦いを繰り広げていた。
「フ……少し、熱くなりすぎたか?」
 道満。
 才はあれど、やはり軍師には不向きな面もあるのか?
 ……道満はこのあと一旦、本国(黒羊郷)に送還されることになる。



2‐10 未明

 やがて、境界での戦いは、黒羊側が撤退し片が付き、追討を終えた部隊も戻り教導団は多くが破壊され煙を上げるバンダロハムを抜け、ウルレミラの本営へ引き上げていった。
 静かになった境界を訪れる女性、シーツをマントのように羽織っている。ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
 谷間でロンデハイネ救出を手伝った彼女は、香取隊らと同じく真夜中頃に三日月湖に戻り、隊を離れたあとは一人で、救援活動を開始したのだった。
 少し前までは、まだ暴徒の荒らし回っていた街。ロザリンドは、まだけたたましく叫び声や悲鳴や物の割れる音等が生じては混ざり合う街で、必死で救助を行った。
 戦いの最中、倒れている者になど目を向ける人はいない。ロザリンドはそういった人々に、歩ける者には自らの肩を貸して、重症の者はシーツで包んでかかえ、まずは激戦になっている街の中心から遠ざけた。貧民窟の方に向かうと、自警団だという人々が一部残っていたので、そこが安全であった。
 街で救助を行うロザリンドに話しかけてくるのは……
「教導団か。人手は足りてるか?
 足りていても勝手に手伝わせてもらうぜ。そのつもりできたからな」
 ウッド・ストーク(うっど・すとーく)だ。隣にはもちろん、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)
「いえ、私は百合園の……」
「百合園? そうか……教導団で救援活動をしてるってやつはいなんだな」
「ともかく、今は!」
 セレンスが、負傷者にヒールをかける。
「おっ。お前いつの間に回復魔法覚えたのか」「えへへっ♪ まだ覚えたばっかりだけどね」
「頼もしいな、戦闘はビビッてばっかなのによ。……いや、そっちの方がお前にぴったりなのかも知れないな」
 ウッドは、セレンスの癒す姿を見て、そう思う。思えばセレンスがなかなか戦闘に慣れないというのも。人を傷つける武器や術は無意識に嫌ってて。……たぶん、この子は底抜けに明るいだけなんだろう。魔法だけじゃなく、笑顔で人の心も癒し、時に涙する。ただの夢見がちな娘じゃなかったってことだ、と。それでこそウッドも、胸を張ってシャンバラの大地を護ってゆけると。
 ロザリンドも、そんな二人を微笑ましく思い、自分もまた彼女と同じように回復を続ける。谷間でも多くの兵を治療し消耗していたロザリンドだが、今は自分のことを気にせず、傷の深い者には惜しまずヒールを。この状況の中で、厳しい顔になりがちなのを、セレンスらのように優しい顔で人に接するのも忘れてはならないなと。
 ロザリンドはそして、救助しては、シーツを纏い、戦場となっている街へ……ということを、幾度となく繰り返したのだった。
 未明まで。
 領主館が占拠されて後は、街を巡回に来た自警団や、教導団の兵らに押さえられ、暴徒(もともとはただここで暮らしていた民や食い詰めたちなのだが)は、どこへともなく、消えていった。
 民を助けた後は、ロザリンドはもっと激戦になっている前線(北の境界)にも、向かうことになる。
 その頃には、シーツもぼろぼろで血にもまみれていた。
 明るくなり始めた境界の地平には、北に広がる森の手前まで、どれだけの兵が倒れていたことか。
 すでに勝敗は決しており、その多くは黒の鎧を纏った兵たちであった。粗末な装備の浪人らも少なくはない。
 軍服姿の死者もあり、幾らか残された兵が手を合わせたりしているのも見える。
 負傷者は、本営の方へと運ばれていっている。
「はっ」
 そんな中、苦しそうにもだえている兵が。まだ、息がある。黒羊の兵だ。
 ロザリンドは、ヒールを……
「何をしている!」残っていた教導団の者が来る。「そいつは、敵兵だ。もはや手遅れ。死んでいく者だ。
 貴殿は街の者……ではないな、傭兵……治療の方の手伝いで来てくれている者か?
 もう、ここには教導団の負傷兵はいない。本営の方で、治療にあたってくれないか」
「ですけど……」
 ロザリンドの手をあてていた兵が、がくりと首を垂らす。亡くなったようだ……。
「ああ、……」
「無駄だ。もうここに倒れておる者は助からん」
 周りでは、死んでいこうとしている者たちの、うめきが聞こえている。ロザリンドの耳にはそれが増幅して聞こえてくるようであった。
 ロザリンドは立ち上がり、シーツをぎゅっと握り締めると、北の方へ駆けていった。
「おい、どこへ行く! 本営はそちらではない……!」



 ロザリンドは、少し悲しげな面持ちで、北の森を歩く。
 ここにも、黒羊の紋章を付けた兵がちらほらと、倒れている。動く者はない。皆、死んでいる。
 森を出たところに、教導団の一隊が陣を張っていた。ロザリンドはそちらには行く気にならず、何となく、足を北へ、やや北東寄りへ向けた。北へ進むと、他国のグレタナシァに着いてしまう。ならず者の国と聞く。
「霧島さんは、無事回復されるでしょうか……」
 ロザリンドは山鬼と勇敢に戦い傷を負った霧島を助け、戦線に戻る香取らと本営まで運んでいった。彼を心配するが、今すぐ教導団の本営に戻る気には少しなれないでいる。無論、戦を予想していなかったわけではないが……。
 幾らか遠くに見える小さな出城にも、教導団の旗が立っている。教導団はあんなところまで落としたのだ。更に遠くには、もうグレタナシァ国境に点在するという廃墟群が影のように浮かび上がって見える。もうすぐ、夜明だ。
「あれは?」
 東の方につながっていく森のなかに、何か動いている者が見える。
 そこまで、ふらふらと足を運んでみると、何やら話し声が聞こえてくる。
「何でしょう」
 また、シーツに身を隠し、木陰に身を潜めて近付いてみる。
「それなりに懐は温かくなったろうけど、今更三日月湖に戻ろうなんて了見の奴はいないだろうね? もしいたら……」
 ロザリンドが見たのは、
「判るね?」
 機関銃をかざしている。アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)だ。
 こんなところにも、教導団の部隊?
 何かのときのための、伏兵……?
「戦功発表する。
 まず戦功第一は貴殿じゃ、ええと、名はなんと申す」
「へっへへ。投擲の名手ジヴダってんだ。さいさきいいね、戦功第一かい。ゆくゆくは、将軍かねぇ」
「おいおい待てゃ。あんた何見てたんだ。戦功一は俺だろ。こいつの投擲があたったのは俺の頭だけだよ!」
「何言ってる、戦功いちばんは、お前でもお前でもない、俺様だよっ」「何を!」
 兵? ……には見えない。
 そんなのを微塵も気にとめず戦功発表していくこの男はというと……
「文句は余に言うがよい。モンクなだけに」
 モンク僧……ではない、教皇アレクサンデル6世、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)。英霊だ。となると……
「斥候が戻ったようですな」
「はっ。……」
「……うむ。グレタナシァに入って集結・再編中であるとな。うむ」
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)だ。



 わ、わしは死んだのか……。
 こ、ここは天国か。至極心地好いものだのお。
「ふふ。お目覚めですか? パルボン殿。僕は……」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)
 と、その美しい顔立ちの青年は名乗った。
「おほっ。て、天国……ではない、わしは死んでおらぬのだな? 天音、か……ほう。ほほぅ」
 にやりと笑みを浮かべる、パルボン。
 天音も、微笑して返す。
「ほ。ほっほほ。わしを救ってくれたのは、おぬしなのかな。天音」
「ええ。戦地を避け、ひとまず安全なこの森に。
 そろそろ、戦も一段落着いていることでしょう。戻られますか、本営に?」
「……ふむ。まあ、ちょっと待つか。足を挫いたようでもある」
「肩をお貸し致しましょうか? それとも?」
「天音……」
 そんなやり取りを、少し、心配そうに見守る、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)