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リアクション
第20章 強襲! 神聖都の砦(1)
アナト大荒野での戦いとは対照的に、神聖都の砦乗っ取り計画は、夜の暗闇の中で粛々と遂行された。
東カナンに異常はない。今まで通り、何も起きてはいないのだ。
アシラトの町民1人として疑問に思う者が出ないようにしなければいけない。特に、アバドンが迫っているとなれば。
迂回路を経て外壁にたどりついたローザマリアにハインリヒが手で、自分たちは正門に回るとの合図を送った。裏門は1人分しか幅がない。突入には不向きだ。
ローザマリアは上を指差し、フリンガー隊が動き出した3分後に突入すると合図を送り、ハインリヒが了承したとの合図を出す。ハインリヒ率いる反乱軍兵士たちもまた、足音も立てずに闇に紛れた。
計画は細部まで全員の頭の中に叩き込まれている。
裏門の横にぴたりと背を貼りつけ、ローザマリアたちはその瞬間を待った。
「時間です」
ゴットリープのひと言で、飛空艇部隊が山の斜面の影から飛び出した。
「お、おい!? あれは何だ?」
外壁に立つ歩哨が、接近してくる彼らに気づいて指差した。
箒やペガサスと違い、飛空艇はどうしてもエンジン音がする。町中ならともかく、こんな山の中の静かな闇夜では隠しようがない。
だがそれも想定の内だった。
発見されてもかまわない。むしろ、こちらに神官兵たちの目を向けさせる陽動をかねて、一気に屋上を目指す。
偵察飛行のあと、薬入りの水を与えられたワイバーンは、ルイーザと菊の狙い通り屋上で昏倒していた。
「念のため、鎖を確認しておいてください」
「分かった」
レナが5頭のワイバーンの足輪を確認するため走り寄る。
「来ましたよ」
ワイルドペガサスに乗ったまま、滞空していた鼎が下を見下ろしながらつぶやいた。
外階段を使って、直接屋上に向かう兵士たちが数人。
同時に、建物内の階段を駆け上がってくる足音も、ドアの向こうから響いてきた。
「こちらは私がお相手しましょう。
行くよ、サシャ」
鼎は意地悪く、彼らが外階段を半ば以上上がるのを待ってから、階段の一部を銃撃して破壊し、それ以上上れないようにした。
そして階段を壁に固定するためにつけられていた支軸を撃ち抜く。
「……うわあああっ…!」
階段は壁を離れ、ギイイィ……と不吉な音を立てて外向きに傾いた。振り落とされまいと、兵士はあわてて階段にしがみつき、それがさらに階段を建物からはぎ取っていく。
ピンピンピン、とくさびを弾き飛ばし、そのまま地上に激突するかに見えた階段は、しかしそこで意外な弾力を見せ、柳のようにしなだれて止まった。
「そこでおとなしくしていなさい」
必死の形相でしがみついている兵士ににっこり笑ってそう言うと、鼎はあらためて屋上に向かった。
屋上に飛空艇部隊が降下するのと同時に、ローザマリアは爆破ボタンを押した。
ピシッと小さな振動が壁を伝ってくる。閂を固定した鎹が吹き飛んだ音だ。そしてはずれた閂が地面を転がって開門の邪魔をしないよう、今度は閂に付けた爆弾を爆破する。
面倒だが、門を破壊するわけにいかないから仕方ない。
ローザマリアの合図でエシクが門を押し開けた。次は正門の爆破だ。
「エリーと菊はここを守って」
「はわ……ここは1人も通さない、なの」
「おまかせください、御方様」
2人を残し、ローザマリアとエシクは正門に走った。
同じく裏門から入った幻舟が伝書鳥の飼育小屋に向かう。
正門が視界に入り、電波が十分届く距離に入るとすぐ、ローザマリアは正門の爆破を行った。やはり鎹が吹き飛び、宙に浮いた閂が遅れて真っ二つに割れる。
その振動音を聞いていたのだろう、ハインリヒが一気に門を押し開けた。
正門に走り寄るローザマリアとすれ違いに、ヴェーゼル隊と反乱軍兵士が砦の1階へ突入していく。ハインリヒの一撃で厨房の裏口のドアは蝶番ごと吹っ飛んだ。
「なっ? なんだ、おまえたちは!?」
「ごめんなさい」
料理番が驚いている間に、ヴァリアがうなじにエンシャントワンドを叩きつける。
その横で亜衣が、バラバラと持ち場に散っていく仲間たちに向けてオートガードとオートバリアを放っていた。
最後に、しんがりをつとめるハインリヒに。ハインリヒ自身、突入前に全員にかけておいたディフェンスシフトに加え、エンデュアの輝きを流動させている。
「よし。やつらを追い込むぞ」
1階ホールに集結した反乱軍兵士を振り返り、彼は勇ましく叫んだ。
「いいか! オレたちの戦いは決して反乱なんかじゃない! 女神イナンナに反乱を起こしたネルガルを倒すための決起だ! これはその前哨戦と思え!!」
おお! と上がる喊声を背に、ハインリヒは階段を駆け上がった。
突入に気づいて部屋からばたばた飛び出してきた神官兵あふれる2階へ向けて。
彼らは神官兵。東カナンの兵ではない。手加減は不要だ。
まさか東カナンで敵襲にあうとは。
寝耳に水の襲撃に、神官兵は浮き足立った。
大勢の足音がそこら中を走り回っている。剣の切り結び合う音がすぐドアの向こうから聞こえ、叫声がいたる所で発せられていた。
「一体何事だ!?」
東カナン神聖都の砦指揮官ヤーソンは鎧をまとうのも惜しんで剣を片手に自室から飛び出す。バタバタと走っているうちの1人を掴み、壁に叩きつけた。
「何事だ! 言え!」
「て、敵襲、です…!」
胸倉を掴まれ、壁に吊り上げられた兵士は苦しげな息の下でそう答える。
「敵だと!? ばかな! そんな報は入らなかった!」
「そ……それが……な、中から……い、きなり…」
「中!? そんなわけがあるか!」
ヤーソンの動揺をそのまま受け、ダン! と強く壁に頭を打ちつけられた兵士は、失神してしまった。
「……ちッ。どうしてだれも報告に来ないんだ。ソムリのやつは何をしている…」
だれかを捕まえて、もっと正確な情報を聞き出さなければ。
ぐったりした兵士の体を脇に投げ出す。
「やれやれ。乱暴な男じゃの」
あきれ返った老女の声がした。
「このようなやつが指揮官では、それこそ下につく兵がかわいそうというものじゃ」
「おのれ、きさまいつの間に……そうか、きさまが例の反乱軍とかいう…!」
それ以外、この東カナンで神官軍にはむかう輩がいるはずがない!
彼の用いた名称に、幻舟の目が剣呑さを帯びた。
「反乱軍? おぬしらがその呼び名を用いるのは少々おかしくはないかの? 反乱を起こしたのはネルガルの方なんじゃからして、おぬしら神官軍にはわしらの事は解放軍と呼んでほしいものじゃ」
「う……るさい! この!」
ヤーソンは剣を抜き、鞘を放り捨てると老女に討ちかかった。
相手は反乱軍だ。この老女も、見た目にはただの老女にしか見えないが、並の老女がこのような場所まで来られるはずはない。
そんなヤーソンの思惑通り、幻舟の動きは老女のものではなかった。
渾身の一撃をあっさりかわし、返しをカルスノウトで弾く。大の男の剣をやすやすと老女が弾き返したことにヤーソンが目を瞠る。その隙をついて相手の懐へ飛び込みざま、幻舟はソニックブレードを叩き込んだ。
「……ぐぁ…!」
自らの胸を貫く白刃に……そしてそれを為した者が屈強な兵士ではなく年老いた女であることに驚きの表情を浮かべたまま、ヤーソンはその場に両膝をつき、こと切れた。
「ふん。もはやおぬしに必要な情報など何もない。そうして休んでおるがよいのじゃ」
ヤーソンのマントで血をぬぐい、幻舟はその場をあとにした。
「やれやれ。フリンガーたちはどこじゃ」
ゴットリープが大きくくしゃみをした。
「わっ……なに? フリンガー風邪ひいたの?」
4階で、2つある階段のうち西側の封鎖をしていたレナが、その瞬間ぱっと横に飛び退いた。
荒野は寒暖の差が激しい。風邪をひいてもおかしくはない。が、それをうつされるのはまっぴらだ。
「おかしいですね……さっき急に鼻がグズグズきて」
「風邪っていうのはいきなりひくものなのよ。っていうか、自覚するものなの。――ちょっとそこの樽取って」
「重いですよ?」
開いたドアからゴロンゴロン樽を転がし出して、レナの手元まで持って行く。
階段のすぐ隣の部屋が収納室だったのが幸いだった。バリケードに使えそうな資材が豊富にある。
「たしかに重いわね。何が入ってるのかしら」
ちょっと開けて、と言われるまま、ゴットリープが蓋を一部叩き割った。
勢いあまって入った指先に、トロっとした粘着のある黄色っぽい液体がつく。指先をこすって、鼻に近づけた。
「油、ですか? あかり用の」
「そっか。ここって電気ないのよね」
ピコーン。そんな感じでレナが人差し指を立てた。何か名案が思いついたらしい。
「レナ? 何を――」
「えいっ」
レナは一気に中身を階段にぶちまけた。油が次々と段を伝い、下まで流れ落ちていく。
「えっ? これって相当危ないんじゃ…」
「いいのいいの。どうせここを使うのは敵しかいないんだから」
そして弟分のフリンガーをてきぱきこき使い――もとい、手伝ってもらい、木箱やイスや何やらで、一見無秩序に見えながらもその実びくともしないよう緻密に計算されて作られたバリケードを完成させた。
「さあ、そろそろ亜衣たちと合流しなきゃ。さっきからすごい声がしてるから、下のホールはきっとけが人だらけよ」
「う……うん…」
本当にここ使うの神官兵だけなのかな?
踊り場から下を覗きこんでいたゴットリープだったが、レナに促されるままその場を離れる。
そのとき3階では、この上で2人が封鎖作業をしているはずと階段を上っていた幻舟が、流れてきた油に足をとられてすっ転んでいた。
一方、東の階段では。
月谷 要(つきたに・かなめ)と霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が、それぞれ得物を手に、ぺったり床に座り込んでいた。
お互い思うところが少しずつあって、なんとはなしに背中を向け合い、互いの顔を見ないようにしている。
そこには、かつて2人の間には存在しなかった、ちょっと気まずい空気が流れていた。
「暇ね…」
ぽつっと悠美香がつぶやく。
「う、うん…」
「考えてみたら、あたりまえよね。襲撃を受けてパニック起こしてるからって、上に逃げてくる人なんかそんなにいるわけないわよね」
逃げ場ないし。
外階段壊れちゃってるし。
「…………」
いや、一応3人ほど上がってきたドラゴンライダーがいたのだが、ただ、彼らの敵ではなかったというだけだ。
しょせん相手は一般人の兵士。階段という足場の優位もあって、ドラゴンアーツで当て身をするだけで相手は吹っ飛び、気絶したところを武装解除してロープでグルグル巻きにすれば終わりで、ほんの数分しかかからなかった。
ああしかし。
背中合わせでほんとーによかった。今の顔、見られずにすんだ。
要はひそかに胸をなでおろしていた。
顔を合わせていたら、今ごろバレバレだっただろう。そう考えたからこそ、ここの守りを志願したんだということが。
(だってさあ…)
ちら、と背後の悠美香を伺う。
その袖口から見える手首の細さとか、目の下のクマとか。いまだに食欲減退も睡眠障害も解消されてないらしい。
多少強引に食べさせた菓子パンや高栄養携帯缶スープでも、改善は見られなかった。というか、身体的にも精神的にも、ますます悪化してるっぽい。
(こんな状態の悠美香ちゃんを戦わせるわけにはいかないよねぇ)
「ずいぶん時間経ったし。もうだれも来ないんじゃないかな。なんだったら悠美香ちゃん、寝ててもいいよ?」
そこの壁、もたれてさ。
要の提案に、悠美香はぶんぶん首を振った。
「いいの。眠くないから」
そう言う声にも横顔にも、かたくなな響きがある。
「そう」
無理押しはできない。要は退いて、再びうずくまった。
一体なぜこんなになってしまったのか。要には全く見当がつかなかった。蒼学襲撃事件はもう大分前のことだ。あのとき同じように石を受けた者たちは、みんな日常生活に不都合なく戻っている。
自分はてっきりあの事件のせいだと思っていたけど、あの事件のせいじゃないとしたら?
だとしたらそんな兆候、いつからあった? こんな大事なことを、自分は見落としてしまっていたんだろうか?
悠美香は強化人間だ。その精神はささいなことで揺れ動く不安定要素を常に抱えている。何が引き金になってもおかしくない。
なのに自分は、悠美香がいつも悠美香であることに慣れて、それを当然と思い――怠慢になった。
(本当なら、シャンバラに帰ってもらった方がいいんだろうなぁ…)
こんな何もかも不便な土地にいるよりも、何かあればすぐ病院に駆け込める体制の整ったシャンバラの方が断然いいにきまっていた。
だがそうして悠美香と離れて要1人このカナンに残っても、きっと悠美香の具合が気にかかって仕方ないだろう。
電波状況が劣悪なカナンでは、携帯で話したり様子を聞くこともなかなかできない。そう思うと踏ん切りがつかず、今日までずるずる来てしまったが、いいかげんきっぱり結論を出すべきかもしれなかった。
「悠美香ちゃんさぁ……シャンバラ、帰りたい?」
「――えっ…?」
悠美香がパッと振り返ってきた。それは「帰れるの?」という期待の目でも「それって無責任じゃない?」という非難の目でもなかった。
暗く沈んだ目とよそよそしい表情。揺れた声は、不安にかすれてしまって…。
(ああ、駄目だ。マズった。決めるのは悠美香ちゃんじゃないだろ、ボケカス。俺なの俺!)
優柔不断だよなぁ。
ため息をつき、要は立ち上がった。そのまま、階段を下りて行く。
「ど、どこ行くの? 要」
悠美香もあたふた立ち上がる。
「おなか減っちゃってさぁ。食堂行って、何か食べ物取ってくる。悠美香ちゃんはそこで待っててくれていーよ」
「ううん、私も行くっ」
踊り場に立つ要の元に、大急ぎ階段を駆け下りた。
「2階通ることになるから危ないよ?」
「だって、もう終わってるかもしれないんでしょ。大丈夫よ」
悠美香の手が要の肘に伸びて、服をつまむと思った瞬間そこで止まった。
思い直したように手を引き戻す。
要はそっとため息を押し殺した。
階段、廊下、フロアと、いたる所に兵士が倒れていた。鎧やマントからして、ほとんどは神官兵だ。派手に血を吹き出して絶命している者がほとんどだったが、中にはうめき声をあげている者もいる。
あいにく要にも悠美香にも回復系スキルはない。計画通りにことが進行しているのであれば、今ごろ亜衣や麻衣、レナといった回復系に長けた者たちが走り回ってけが人に治療を施しているはずだ。
彼らの元へもすぐ駆けつけてくれますように、と内心祈りつつ、要は厨房の奥にある食糧庫へ入って行く。するとそこには、食料棚を覗き込む六鶯 鼎の姿があった。
「あれ? 鼎さん。どうしてここに?」
奇遇だなぁ。鼎さんもおなか空いたの?
「私は襲撃をかけているときに食糧庫を襲うほど飢えてませんよ」
ちくりと嫌味で刺されたが、いかほどのものでもない。どんな場所でも、どんな料理でも食べ尽くす鉄の胃袋に関しては、もう言われ慣れている。
棚から飛び出しているおいしそうなハムの塊に目をつけ、伸ばした手を、すかさず鼎がはたき落とした。
パシン、と小気味いい音がする。
「……ってぇ!」
「ここにある食べ物は駄目です。ここの物は一部を除き、全てザムグに送って反乱軍に配給してもらいます」
私がここにいるのは目録作りのためです。
「えーっ」
「えー、じゃありません」
でも、これだけあるんだし、ここのハムくらいなら…。
――パシパシパシッ
「ちびっとくらいいいじゃないかぁ〜。俺だって反乱軍だぞっ」
「あなたのちびっとはひとの3人前でしょう!」
10人前だ、と言い返したかったが、さらに冷たい目で見られそうだったので、やめることにした。
しぶしぶ食糧庫を出ようとしたとき。
「ああ、キミ。もしかして暇なんですか?」
「いや、暇っていうわけでは――」
「暇、なんですね?」
「……ハイ、暇です…」
有無を言わせない暗黒オーラに押された気がして、頷く要に、ぽい、と鼎が紙をはさんだボードとペンを放ってきた。
「外の武器庫の目録を作ってください。それもザムグに送ります。私たちには不要ですが、あちらの民兵には必要でしょう」
はい、ごもっともで。
もう逆らう気にもなれず、要はドアのはずれた裏口へと方向転換をした。
同じく、たたたっと回れ右する悠美香。
「あ、悠美香ちゃんはいいよ。外寒いから、中で待ってて」
「……いいの、私も行くから」
その言葉か、張り詰めた声か。それとも必死に駆け寄る姿か。
瞬間、何かが要の頭の中でパン! と白く弾けて、彼は何もかもを理解した。
ああ……そうか。
「悠美香ちゃん。もしかして、俺に置いてかれると思ってる?」
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