リアクション
第26章 嵐の予兆
ザムグの町で反乱軍の捕虜となったバァルは、だれの説得も受けつけず、無言を貫いていた。
捕虜とはいえ、バァルは高貴な身分ある身、しかも反乱軍のだれ1人として彼を憎んではいない。もちろん武器になりそうな物はすべて取り上げられていたが、彼は客人待遇でタイフォン家の一室に監禁されていた。
彼が口を開いたのはただ一度だけ。
正規軍がどうなったかということだけを知りたがった。
「まだアナト大荒野に布陣したままです」
「そうか…」
将軍たちとしては、そうして町を囲むことで威圧しているのだろう。バァルをないがしろにすれば、いつでも攻めると。
だがバァルは別の意味でほっとしていた。
今度の件についてアバドンがすべて把握していたのだとしたら、今ごろ正規軍は――というより東カナンは、無事ではすまされないはずだ。
だが丸1日経ってもこの地へモンスターが襲撃するわけでもなく、砂が降るわけでもない。
(ではアバドンはすべてを知っていたというわけではなかったのか? それともまだ何かあるのか…)
バァルは窓際に寄せた椅子に掛け、ずっと外の景色に目を配っていた。
同じ館にいながら、セテカはバァルを訪ねようとはしなかった。
「今はそれより優先しなければいけないことがある」
不思議に思った者たちに、セテカはそう説明した。
それは事実だ。
たいした被害は出なかったとはいえ、ザムグの町に襲撃があったのはたしかで、その説明を求める町の有力者たちの呼び出しもかかっていたし、今度の戦いで亡くなった兵士たちの家族への対処もあった。
どちらも他人任せにはできない。
特に、攻撃に出ていた兵士は、反乱軍の中から精鋭として選出されていた者たちだった。それが、戻ってこれたのはわずか数名……はっきり言えば、ロイの攻撃後もアンデッドに喰われずにすんだのはセテカ(佑一)の周辺を囲っていたうち椿の治療が間に合った5名のみだ。
死者25名。その補充も考えなければいけない。
「きみたちが彼と話したいのであれば、それは許可しよう。だが、部屋からの連れ出しは駄目だ。たとえ庭でもね」
セテカは戸口、廊下、階段、バルコニー下に見張りの兵を置いたが、肝心のドアには鍵を掛けなかった。バルコニーに通じる窓にも鍵は掛かっていない。――バァルがそこから出ることはなかったが。
いつでも会っていいのだと許可をもらったことで、彼らは満足し、セテカの部屋を出て行く。
そして、彼らが出て行くのを待って、トライブ・ロックスターが現れたのだった。
バァルが天幕を出て行った直後、みことたちを連れて正規軍から脱出を果たしたトライブは、ザムグの宿舎――反乱軍や東西シャンバラ人のために町議会が用立ててくれた――に落ち着く間もなく、その足でセテカを訪ねてきていた。
汚れていようが一切無視。執務机で家族への弔意文を書いていたセテカに、単刀直入切り出した。
「弟さんを救出に行きたいんだ。その許可がほしい」
「エリヤを?」
これはただの話ではない。セテカはペンを走らせていた手をとめ、組むとトライブを見返した。
「カナン人のあんたたちにはできなくても、俺たちにはできる」
彼らがそう言い出すのは分かっていた。
バァルは絶対に彼らの説得には応じない。彼らを一切信用していない。その信用を得るためには、エリヤを救出してくるしかない。正規軍、反乱軍ともにここに集結している。バァルのネルガル打倒の宣により、軍を1つに戻すには今がチャンスだ。
自分の計画通りに事は進んでいる。――なのに。
いざトライブからその言葉を聞いたとき、数瞬の葛藤が、彼の中に沸き起こった。
――迷うな。もう決めたはずだ。アガデを出たあの日、決して迷ったりしないと決めた。
(すまない、バァル)
「――分かった。許可しよう。バァルが捕虜となった今がチャンスかもしれない。エリヤが無事救出されればバァルもきみたちの力を認め、東西シャンバラの助力があればネルガルと戦っても勝機があると、説得に応じるだろう」
セテカは立ち上がり、トライブの前に歩み寄った。
「俺も一緒に行こう。反乱軍で宮殿内部を知っているのは俺だけだ」
握手の手を差し出したとき。
「あたしも行く」
決意を秘めた固い声音で、部屋に入ってきた褐色の肌の少女――女神イナンナがそう言った。
同日夕方。
切は捕虜となったバァル救出のためにザムグの町に入り込んでいた。
一刻も早く彼を助け出さなければいけない。
はやる気持ちを抑え込み、彼は何食わぬ顔をしてタイフォン家へと向かった。
彼がバァルの側について戦っていたことは、きっとみんなに知られているだろう。だがなんとでもごまかせるはずだ。別行動をしていたから全然事情を知らなかったとかなんとか、うまく丸め込めばいい。
「や。なんか騒がしいなぁ。ワイも混ぜてくれん?」
内心緊張しつつ、茶化した言葉でホールへ入る。しかし意外にも、そこにいた東西シャンバラ人たちはほんの数名だけだった。
なぜこんなにも人がおらず、閑散としているのか? その理由を聞いて、切は愕然となった。
ほとんどの者がセテカとともに北カナンへエリヤ救出に向かったという…。
「セテカさん……あんた、バァルさんを裏切るつもりか!?」
《第2話 終》
まず。
遅延してしまい、大変申し訳ありませんでした。(土下座)
こんにちは、またははじめまして、寺岡です。
遅延に何か理由があればよかったんですが――体調不良とか、身内に不幸があってとか――これが一切なく、ただ単にわたしのスケジュール管理の問題でした。
書き始めた当初、12ページ前後と予想していたのですが、神聖都の砦を書き上げたあたりから、やばいなぁ……という予感がありました。(わたしは章の順番に書いていません)
バァル捕獲作戦(1)で、ああ完全に17ページだ、と。遅延するのが自分でも分かりました。それでも1日でも早く……と思ってがんばって書いたのですが、過去最悪の遅刻となりました。
次回最終回なので75名に挑戦してみようかと思っていたのですが、こんなていたらくではとてもとても…。皆さんにご迷惑かけちゃうのが一番問題なので、自重しておきます。(でも挑戦してみたい気持ちはあるんですよー。やっていい?(笑))
えーと。
今回、反乱のからくりとセテカの裏切りが発覚しました。というか、発覚したと思います。PL的に。
わたしはそのものズバリってあんまり書きたくないので、ぼかしてぼかして書いたつもりなんですが「あからさますぎじゃい!」とか「説明が足りーん!」とかだったらごめんなさい。
今回、大事なことは2度書……いては駄目だとさすがに思ったので、太字で書かせていただきました。
次回はいよいよ最終回です。北カナンへ殴り込みです。
近日中にガイドを発表させていただきますので、次回もおつきあいいただけましたら、幸いです。
PS
今回遅延のため、提出を優先させていただき、いつも以上に個別コメと称号が出せていません。
こちらについてもごめんなさいです…。
※2/25 誤字・脱字修正、一部文言を訂正させていただきました。