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リアクション
第19章 妨碍! アジ・ダハーカ討伐隊
「何事だ! 一体!」
爆発音を聞きつけ、重騎兵左将軍ハンが天幕から飛び出した。直後、ビュウと強い向かい風が吹きつけ、立っておれず膝をつく。
彼の視界に入ったものは、闇に伸び上がる赤黒い影、爛々と輝く黄色の双眸が3つ。
そして猛き咆哮。
「……くそ。おそれていたことが起きたか」
いずれはこのときが来ると分かっていた。そしてそうなれば、狙われるのはわが軍の兵士であると。
それを防ぐのは、装甲の厚い重騎兵の役目だ。
だが、あの化け物を相手に?
「ええい……シュダ! セドウ!」
ハンは、ふと差し込んだ己の弱気に苛立ち、副将軍の名を呼んだ。
すぐさま返事が返り、甲冑をまとった2人の副将軍が現れる。
「打ち合わせ通り、兵をまとめろ! 今すぐだ! ダハーカを討つ!」
「――はッ」
「承りました!」
副将軍が一礼し、命令を遂行すべくきびすを返す。
彼らが去ると同時に、伝令兵が彼の元に駆け寄った。
「将軍、バァル様がダハーカの元へ向かわれました!」
「なんだと!? なぜ行かせた!!」
「わずかでも言うことをきく可能性があるのはバァル様のお言葉だけだからと」
「ばかな…!」
ハンは今一度ダハーカを仰いだ。
雷や炎、吹雪を絶え間なく吐き出し、解放感に身を震わせている。どう見ても興奮した野獣だ。
しかも、飢えた獣。
ひとの命令などきくはずがない。
「バァル様を連れ戻すのだ! 急げ!! ……う?」
ハンは突然めまいを覚えた。膝から力が抜け、腕が萎える。急速に襲ってくる睡魔――この伝令兵……まさか…。
「それは俺たちにまかせてください」
足元に倒れたハン将軍につぶやく。
彼の服に手がけたとき、ようやくハン将軍の目が閉じた。
「孝明、こっちはすんだわよ」
副将軍の格好をした益田 椿(ますだ・つばき)がハン将軍の天幕に現れたとき、孝明もまた将軍からはぎとった甲冑を手早く身につけていた。
あとは兜をかぶるのみ。
「ところでさっきの伝令ほんと?」
「本当だよ。伝令が向かったのは速騎兵将軍の元だったけどね。だから俺たちも急がないと」
バァルの天幕は大事をとって、ダハーカからかなり距離をとった位置に張られていた。ほかの将たちも止めているだろうし、急げば間に合うはずだ。
「行くよ。でも椿は口をきいちゃ駄目だよ。女性だってすぐばれるから」
「うん。分かった」
彼女が頷くのを確認して、孝明は兜をかぶる。そして混乱しきった外へと出て行った。
人喰いの化け物アジ・ダハーカの解放された姿に、正規軍の兵のほとんどがパニックを起こしていた。
世話係が生きながらむさぼり喰われたのはだれもが知っている。そしてそれは想像力という力を借りて、彼らの頭の中ではこの世で一番の悪夢と化していた。
「う……うわあああああああーーっ」
恐怖に耐え切れず、兜を落とし、逃げた。
1人逃げれば、2人、3人と追従する。上官から集合がかかっていたが、本能的な恐怖に勝てるものはなかった。
どこというあてがあるわけでもない。ただひたすら、悪夢の根源ダハーカから一歩でも遠ざかることだけを考えて足を前に出す。
彼らも相手が人であるならば、こんな無様な敗走は見せなかっただろう。奇襲を受けたところで、恐慌を起こしたりはしない。だが人喰いの化け物――しかも巨大な――であれば、話は全くの別物だ。
敵前逃亡は死罪……そんな軍紀は、頭にちらとも浮かばなかった。
盲目的に荒野に逃げ出した彼らの面前で、突然強い光が上空を照らす。つい、吸い寄せられるように目で追った光の先には、何か乗り物らしき物の上にかしこまって立つ、1人の男がいた。
「……龍牙様、本当にするんですか?」
中空に浮かんだ男――神薙 魔太郎(かんなぎ・またろう)は、大勢の注目を浴びたことに所在なさげにもじもじしながら、下にいるはずの龍牙を見下ろす。
逆光のため、龍牙の姿は全く見えない。闇が広がるばかりだ。
「いいからやれ! さっさと!」
闇から龍牙の声がする。
(龍牙様…。私のこの姿を使うとは……酷なお方です。ですが、貴方はこの姿に関し、何とも思わない。それだけで私は救われたのでしたね)
魔太郎は思いを定めた。目を閉じ、あえて視界に兵たちを入れないことで集中力を増す。
鬼神力を発動した魔太郎の両こめかみから、めきめきと音をたてて角が生えた。肌が青みを帯び、みるみるうちに背が伸びていく。2回りほども巨大化しただろうか。その姿で、魔太郎は飛空艇の上で伸び上がった。
「どうだ、これが俺様の4つめの作戦「大義を使う」だ」
「グオォォォォォォォォォ!」
勝ち誇る龍牙の前、鬼の咆哮が響き渡る。
兵たちはその変身に驚いたものの、荒野のモンスターに慣れていた彼らはすぐに気を取り戻し、再び走り出した。
宙に浮いた3メートル強の鬼よりも、30メートルの人喰い竜の方がはるかにおそろしい。
「……えっ?」
魔太郎の怒りを『女神の怒り』とし、演説と威圧を行う暇もなく、兵たちは狼狽している龍牙の脇を次々と走り抜けていってしまった。
「もう。全然駄目駄目じゃない」
その光景を見て、チャリオットの上でぷんすか怒る水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)。
「龍牙さんがずいぶん自信たっぷりに「俺様にまかせておけ」なんて言うから、ちょっと期待してたのに」
私のワクドキを返してほしいもんだわ。
「まぁそのへんにしておくのじゃ。だいぶ近づいてきておるぞ」
チャリオットの柵に頬杖をついていた天津 麻羅(あまつ・まら)が身を起こし、てのひらでまとめ持っていた鞭を垂らした。
「戦闘で集中を欠けば大事につながる。ひとのことを笑っておれん破目になるやもしれぬのじゃ」
「はい」
師匠と仰ぐ麻羅の言葉を受け、緋雨の背がすっと伸びた。あきらかに先までと表情も変わっている。
「よし。行くぞ」
満足げに頷き、麻羅はオナガーに鞭をふるった。
大きな車輪で大地を噛み、チャリオットは逃げ出してきた兵士たちに向かって思い切りよく突っ込んでいく。御者である麻羅に、寸止めする気はさらさらない。オナガーたちに踏み潰されたくなければ、向こうが勝手に避ければいいだけだ。
縦横無尽に駆け回るチャリオットの上から、緋雨が兵士たちの足元へ向かって曙光銃エルドリッジを放つ。
チャリオットは機動性が低く、左右に曲がるときには片輪を浮かせて旋回しなければならないため、安定性が悪い。舗装されていない荒野を、しかも夜に全力で走らせるのは、はっきり言って無謀だ。いつバランスを崩して横転するか、放り出されるかしてもおかしくない。
そうならないのはまさに麻羅の神技的テクニックによるものだが、撃つ緋雨に悪条件の中でも通用する射撃力がなかったのが残念だった。
(私の腕で狙ったりしたら、腕に当てるつもりが頭に当たって、殺しちゃいそうだもの。地面狙うしかないわよね)
そのため、もっぱら緋雨の銃撃というよりも麻羅のチャリオットによって、兵士たちは昼間のうちに掘られていた落とし穴の一角へ追い込まれたのだった。
「ごめんね。でも夜の荒野を走り回るよりそこにいる方が安全だから。……多分」
落ちて這い上がれないでいる兵士たちに向かってそう言うと、緋雨たちは新たに兵士を追い込むため、再び戦場へと駆け戻って行った。
恐慌をきたし、散って逃げた兵ばかりかといえばそうでもない。
速騎兵副将軍のサージとセト、弓騎兵右将軍カシアンそして重騎兵副将軍シュダとネハによって編成された対ダハーカ用精鋭部隊はその際たるもので、数百の騎兵が一糸乱れぬ戦列を組むや、まっすぐダハーカに突き進んでいた。
「でも、無茶は無茶なのですぅ」
勇猛な正規軍騎士たちの姿に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はあわれみの眼差しを向けた。
あれほどのモンスターを前に、弓や剣のみの兵士がいかほどのものとなろうか。メイベルの目には、大口を開けた狼の口に突進していく羊たちの群れにしか見えなかった。
「彼らを死なせるわけにはまいりませんわ、メイベル様」
並び立つフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がそう告げる。
「セテカさんやバァルさんが悲しむからというだけではありません。彼らは勇敢な騎士たちです。きっと本当の戦いとなったときも、彼らは雄々しくカナンのために戦ってくださるでしょう。強大な敵であろうと、果敢に」
「こんな所でダハーカの餌になるのはかわいそうです」
シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)も同意を示す。
メイベルは風を確かめるように、一時夜空に顔を向けた。
荒野を吹き渡る風は背後より吹き、少し冷たいが風向きが変わりそうにはない。
「では私たちも行くのですぅ」
メイベルは大きく息を吸い込み、幸せの歌へと変えて放出した。
この力が、もしものときに彼らを少しでも守ってくれますように。そんな祈りを込めて歌われた歌は風に乗り、先頭を行くシュダたち重騎兵の元まで届く。
闇から聞こえてくる不思議な歌声に、なぜか心引かれてそちらを向く騎兵たち。
それと同時に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)、フィリッパの2人が側面から奇襲をかけた。
1兵でも多く戦闘不能状態にし、ダハーカに近づかせないことが目的だ。周りを埋め尽くした騎兵に向け、得物を振るう。しかし数百の武装集団を相手に2人では、どう見ても不利だった。しかも2人は不殺と心に決め、剣は鞘のまま、則天去私やポイズンアローといった殺傷系のスキルは一切使用していない。
少し距離をとった位置からシャーロットがヒプノシスを放ち、眠らせていたが、それも全体から見れば戦列の一角を崩しているにすぎなかった。
隊の進行は止まらない。
彼らの奮闘を見て、それと気づいたのは影野 陽太(かげの・ようた)だった。
彼は、反乱軍兵士の力でアジ・ダハーカ打倒を成し遂げたのだ、という実績を作りたいと思い、反乱軍兵士の指揮をとり、ダハーカ攻略に向かっていたのだが、正規軍兵士を食い止める層が薄いのを見て、そちらに加わるべきだと悟った。
何をどうするかはザムグでの軍議ですでに周知済みだから、自分が少しの間いなくなったとしても、兵士たちはそれに従い戦っていてくれるだろう。
「すみません、俺はあっちの補助に向かいます」
終わり次第、戻りますから。
そう、すぐ隣にいたセテカの副官の1人、ジルに断りを入れて。
「みんな、行くよ!」
4匹の機晶犬に号令を出し、陽太は戦列を離れた。
「うーっ……駄目、止まらない…!」
セシリアは己の力不足を呪いたくなる気持ちでジェットハンマーを振り切った。
手前の3人は倒れる。しかしその向こうを何十人もの兵が流れて行く。
「! フィリッパっ!」
視界の隅で、フィリッパが重騎兵の剣を受けるのが見えた。間一髪、後ろに飛びのくことで喉を皮一枚裂かれただけにすんだが、流れ落ちた血が襟を赤く染める。だがフィリッパはものともせず、すぐさま相手に回し蹴りを放ち、これを打ち倒した。
首を切り落とされずにすんで、ほっとセシリアは胸をなでおろす。が、その間も与えてくれない兵士の猛攻が、あっという間にセシリアの意識を埋めた。
ハンデがありすぎた。
相手は鎧で武装した屈強な兵士で、大勢で、しかも邪魔するセシリアたちを殺そうと向かってくる。あきらかにほとんどの者は相手が少女たちであることを知った瞬間、とまどい、ためらっていたが、彼女たちが強敵であることを知るや剣をふるうことにためらうのをやめた。彼らは訓練を積んだ兵士だった。命令遂行を邪魔するものは敵、敵は排除するもの。
セシリアは力がほしかった。
たとえば、簡単に周囲の敵を圧倒するような力強さ。
たとえば、敵の攻撃を受け止めてもびくともしない堅牢さ。
たとえば、攻撃がかすりもしない俊敏さ。
数百人を相手にしてもびくともしない、はるかに他を凌駕する力が。
だがそんなものは存在しない。今も、これからだって。
「えーーーいっ!」
疲弊し、重さがこたえ始めたジェットハンマーを、がむしゃらに前方の敵にぶつける。
じわじわと心が折れかけた、そのとき。
さっと風が左右を走り抜けた。
機晶犬がセシリアを同時攻撃で狙っていた3人の兵士にぶつかり、仰向けに倒す。
マシンピストルによる弾幕がセシリアの前方に張られた。
「手伝います!」
陽太が隣に並んだ。
弾幕を抜けて飛び出してきた兵士には甲冑に撃ち込み、その衝撃による気絶を狙う。
セシリアがひと息つけるように陽太は煙幕を張り続け、その煙幕に紛れて4匹の機晶犬が兵を倒していった。
「遅くなってごめん!」
逃亡兵のほとんどを片付け終わった緋雨と麻羅が乗ったチャリオットが後ろを駆け抜け、騎兵たちの前方に躍り出た。
騎馬兵相手にチャリオットでは分が悪すぎる。チャリオットが止まるのを待たず、緋雨はひらりと飛び降りてライトニングウェポンを放ち、前列を乱すことで進行速度を緩める策に出た。
麻羅もまた、チャリオットを乗り捨て、スキル・警告で相手に畏怖を与えつつジェットハンマーを手に緋雨と並び、スタンクラッシュで目についた先から殴り倒していく。
「くそっ! おまえたちは何なんだ!? どうしてわれらの邪魔をする!!」
ネハが悲鳴のように叫ぶ中、中列を陽太、セシリア、フィリッパが、後列をシャーロットと、やはりジェットハンマーによる接近戦に切り替えたメイベルが、軍団の切り崩しを図る。
「いまいましい反乱軍どもめ、まったくよけいなことを…! あの赤い悪魔が見えんのか! この先にはザムグがある! あれを食い止めねばならぬのだ!
行けシュダ、サージ! ここはわたしが抑える!! ――皆の者、続け!!」
カシアンが剣を抜き、雄叫を上げた。
行く手を邪魔していた緋雨と麻羅に弓騎馬隊をぶつけてくる。
「ち……ちがっ、私たちは――きゃわっ」
2人はあっという間に質量で押し負かされ、流された。
「まかせたぞ!」
シュダが先頭に踊り出る。
「ひるむな! 隊列を整えろ! 赤い悪魔はすぐ目の前だぞ!」
切り崩しを受けながら、なおもダハーカを目指そうとする重騎馬兵の足元が、このとき、重い砲撃音とともに砕けた。
ダハーカとの中間距離に2人の人間――いや、ブラックコートを夜風になびかせた1人の人間と重火器で完全武装した機晶姫の姿が立ちはだかっている。
「不殺の戦いってのは、結構しんどいものだ」
普通これだけコントラクターがいれば十分のはずなんだが、とレン・オズワルド(れん・おずわるど)はだれに聞かせるでもなくそうつぶやいた。
「うぬぅ……まだいたのか! ええい、どけ! 重騎馬兵前進!」
レンたちを踏み砕こうと迫る重騎馬兵に向け、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が六連ミサイルポッドを撃ち込んだ。ミサイルは精密な計算により、前進を続ける騎馬兵からはわずかに弾道をずらし、その周囲に着弾するよう撃ち込まれている。不殺の意味もあったが、爆発で起きる爆音と爆風によって馬を恐慌状態にさせ、その制御を失わせることが最大の効果を上げると見越しての行為だった。
今回用意したのは六連ミサイルポッド8基。それらを黙々と、メティスは最大の効果を狙って一定のリズムで撃ち続ける。
あっという間に硝煙のにおいたちこめる砂埃で視界は覆われた。
その奥、馬のいななきとそれを抑え込もうとする兵たちの影が見受けられたが。
「こんな子どもだましの手にかかるか!!」
苦もなく愛馬の動揺を御したシュダたちが煙を突っ切って現れた。
カナンではカタパルトやバリスタによる戦いがある。今回は速度を優先したため、そういった兵器は置いて来ざるを得なかったが、戦闘で巨大な岩を用いて敵を砲撃するのは常用だ。そのための訓練を施された軍馬は、砲撃音には当然慣らされていた。
「その方がお互いのためだったんだがな」
とことん人の厚意を無にする無粋なやつらだ。
あのでかぶつは、俺たちコントラクターと反乱軍に任せておけばいいものを。
「やはり行くしかないな」
面倒くさそうな言葉とはうらはらな笑みを口元に刷いて。魔銃モービッド・エンジェルを手に、レンは、襲い来る騎馬兵に向かって走り出した。
押し潰そうと迫る蹄を前に跳躍し、シュダ含め前列の兵に回し蹴りを入れる。
ひるがえるブラックコート、繰り出される銃床。仲間の影から攻撃を仕掛ける者には容赦なく銃弾を撃ち込む。
周囲全てが彼を殺そうとする敵のただ中で、レンは銃舞を発動させた。
メティスもまた、8基の六連ミサイルポッドをその場に落とし、自らの軽量化を図った上で飛び込んでいく。
「馬から引きずりおろし、足を砕け!」
「分かりました」
レンからの指示に従い、手近な兵を次々と地面に落とすメティス。
そしてそこに、強烈な光術を直接軍馬の顔に叩きつけることで混乱させる方法に出たグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)とそのパートナーのレイラ・リンジー(れいら・りんじー)、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)も加わったとき、正規軍騎兵は完全にダハーカ攻略どころではなくなったのだった。
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