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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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第四章 疾退

(1)橋頭堡−3

「くっ……」
 本来なら『ハルバード』といった中距離接近戦となる武器との戦いは得意なはずなのに……。
 白星 切札(しらほし・きりふだ)は二丁の『魔銃カルネイジ』を悪魔兵に向けながらに考察した。
 苦戦の理由は簡単、敵は悪魔兵だけでなくグリフォンも居るからである。しかもここ、橋頭堡の西側は他の三方に比べてグリフォンの多いようで、空を飛ぶもの、地に足をつけるもの、低空飛行で突撃してくるものまでいる。悪魔兵だけに集中するなど、とても出来る状態ではなかった。
「痛ててっ! ててててっ!」
 すぐ後方で猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)グリフォンに腕を噛みつかれていた。というより、このままでは―――
「だぁあああああ! ぁおりゃああああ!」
 喰い千切られる直前だったろうに。その前にどうにか『轟雷閃』を放ち、左腕を救い出した。
「はぁ……だぁ……あのクソ犬公めっ……」
「犬、というよりは鳥獣と言った方が適切ではないでしょうか」
 パートナーのウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)が丁寧に応えた、しかも既に勇平の腕に『ヒール』を唱えているという万能ぶり。う〜ん、至れり尽くせり。
「って! 何でこんな所に居るんだ! 危ないだろ!」
「治療を施している方に邪魔者扱いされたのは初めてですわ」
「じゃ……邪魔者だなんて言ってねぇよ! もちろん感謝はしてる、あ、ありがとな」
「はい。ありがとうございます」
 ありがとうにありがとうで返す。う〜ん、何とも美しい心の会話、言葉というボールはもはや投げずに優しく手渡しだぜ…………って!
「そうじゃなくて! ここは危ないだろ! 治療するんならあっちで―――」
「あら、治療されている方に邪魔者扱いされるなんて初めて―――」
「二度目だろっ! ってまた! そうじゃなくて〜〜〜」
 パートナーや戦友たちを守ると心に決めた、そうして俺はここに立っている。確かに治療してくれたのは助かるし嬉しいけど、本来ならウイシア陣営の中で負傷者の治療にあたっていたはずなのだ。
「それなら問題ありませんわ、彼が来てくれましたから」
「彼?」
 陣営の中に目を向けると、とんでもない速さでドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)が患者をまわしている様が見えた。彼は北側の陣営で負傷者の治療を行っていたのだが、ここ西側の負傷者が多いことを聞いて駆けつけてくれたのだという。
「治療は速い上に知識も実に豊富で、その上、補助をする兵士さんたちへの指示も的確なんです。私は……邪魔だと言われてしまいました」
 パートナーの所にでも行ってろ。最後に一言、ドラニオはそう言ったという。「ここは俺に任せて」という言葉が聞こえてきたような、そんな言い方だったとも。
「だからって……ここは危険なんだよ! つーか斬っても斬ってもあの犬公が減らねぇんだ憎たらしい―――」
 ん……なんだ? 自分で言っていて何か……何かが引っかかった。
 何だ? グリフォンを犬公って言ったことをウイシアにツッコまれるかも? いや違う、もっと何か……
「あ……」
 もう一度、陣内のドラニオに目を向けて、確信した。減らないグリフォンのカラクリ、それってもしかして……
「なるほど、そういうことですか」
「おわっ! 何だ急に?!!」
 すぐ後方で。今度は切札が一人納得していた。
グリフォンを治療してる者が居る、と。そういうことですね?」
「あ……あぁ。つーか何で分かった!」
「それはもちろん、私が切り札(ジョーカー)だからです」
「意味分からんねぇ!!」
「冗談です、あなたの視線を追っただけですよ。なるほど分かりやすかった」
「悪かったな! 分かりやすくて!」
 冗談はここまで。と切札は先にボケたくせに一人でシリアスモードに入っていた。
「行きますよ、カルテ
「はい、ママ」
 ツッコミを待たずに、いや、あっさり放置して駆けだしていた。並び駆けるは白星 カルテ(しらほし・かるて)切札が養子として迎え入れた強化人間である。
 二人が駆けた、その先に、
「あら、見つかったみたいですよぉ」
「ほ〜らっ、暴れちゃダメだってば!」
 見ようとする物が変わっただけで、それは簡単に見えてくる。カラクリさえ分かってしまえば見つけるのは簡単だった。グリフォンを治療する水引 立夏(みずひき・りっか)も、彼女の護衛にあたる四季 椛(しき・もみじ)の姿もすぐに見つけることができた。
立夏さん、相手方の走路に入っていますので、少し下がっていただけますか?」
「痛くないぞ〜、ほら、『大地の祝福』なのだ〜」
「聞いてませんねぇ。はぁ……困ったものです」
春華ちゃんたちで守りましょう」
 同じく護衛役の厳島 春華(いつくしま・はるか)が、既に万全、戦闘態勢な佇まいをして、
「それで問題ないですよね?」
「まぁ、予想はしていましたが。仕方がないですねぇ」
 口調とは裏腹には豪快に『ファイアストーム』を放った。
 迫り来る切札カルテも武器は銃。弾を防ぐような装備は誰もしていない、故に、
「んあっ! ちょっと〜」
「少しの辛抱です」
 春華立夏の腰を抱いて駆けだした。『ファイアストーム』がブラインドになっている今のうちに。『ロケットシューズ』の加速で一気に逃げだし―――
「逃げちゃダメだよ」
 カルテがこれにピタリとついた。彼女も『小さな翼』を用いているが、単純なスピード勝負というよりは、人も悪魔も幻獣もが混在する戦場の中を、うまく抜けて先回りした結果だった。
「足なら良いよね?」
「撃ち抜くつもりです?!! 可愛い顔して冷徹です!!」
「撃たれたら、あたしが治してあげるよ〜」
立夏ちゃんは静かにしてて!」
 追うカルテ、逃げる春華はと言えば、切札を足止めしておくために『ファイアストーム』や『サンダーブラスト』といった大技を放ち続けている。春華たちのフォローに駆けつけるのは不可能。故に―――
「治療が止んでいるなら、今がチャンス!」
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は『小型飛空艇ヘリファルテ』上から天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)に声をかけた。
「周りを頼む! 僕はビーストマスターを探し出す!」
「急ぎで頼むぞ、そろそろ疲れてきたからのう」
「もちろん、時間をかけるつもりはないよ」
 グリフォンの数が減っていない事には薄々気付いていた。治療している者が居たのなら、それも納得だ。そして今、その治療は止んでいる。
「泣きごと言ってないで、さっさと働いて下さい、怪我したら治しますから」
 レナ・ブランド(れな・ぶらんど)のこの言葉に、
「治してほしいのは怪我ではなく疲労じゃ。おぉそうじゃ、『グレーターヒール』でもかけてくれんかのう? 気休めにはなるじゃろう?」
「はいはい。わかりました」
 『小型飛空艇アルバトロス』に幻舟を寄せると、レナは『パワーブレス』を唱えてかけた。
「もっと働けと?」
「そう言われたでしょう? はい、元気百倍、行ってらっしゃい」
「…………良い妻になりそうじゃな」
「ありがとう」
 幻舟は背中の魔法翼を大きく広げて、再び空に飛び立った。ゴットリープの機体に迫るグリフォンを『スタンクラッシュ』で叩き落としてゆく。彼がビーストマスターを発見できるように。
「見つけたよ!」
 綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)の声がした。彼女も戦場で戦いながらにビーストマスターの炙り出すべく動いていた。
 橋頭堡の西側は特にグリフォンの数が多い。にも関わらずグリフォンたちは、悪魔兵ほどではないにしろ、ある程度統制がとれているようにも見えた。
 つまり、悪魔兵の中にグリフォンを飼い慣らす技に長けた『ビーストマスター』のような者が居るはずだ。
麗夢! 逃がすなよ!!」
「当たり前でしょっ!!」
 麗夢が「油の入った袋」を空に投げると、呼応するようにカナン兵たちも同じに袋を投げ始めた。
 袋が破ければ中の油が溢れて飛び散る。グリフォンの体が油まみれになった所で、麗夢は『火術』を放って火達磨にする。これが彼女の策。数名の兵と共にグリフォンを沈めてきたこの方法を、今度は戦場の隅に一人で居るグリフォンを狙って仕掛けたのだ。
 炎上するグリフォンの巨体、その影から一人の悪魔兵が慌て出た。
「鬼さん、見ぃつけたっ!!」
 速度重視の『雷撃』を叩き込み、そこに加えて『サンダーブラスト』もお見舞いした。グリフォンとは違った形の全身丸焦げ。グリフォンの指揮を執っていた悪魔兵が、ここに倒れた。
「よし、これで」
 ゴットリープは『サイドワインダー』を放ち、空飛ぶ幻獣の羽を刺し破いた。
「あとは単純に数を減らしてゆくだけだ! 行くよっ!!」
 グリフォンを操る者も、また回復する者も居ない。ようやく通常の戦場の形に戻った事で、契約者たちも、またカナン兵たち志気も一気に高まっていった。