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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

リアクション


第三章 乱思

(1)バビロン城−3

「よ〜しよしよ〜し、良い子だね〜」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は「猫なで声」で龍の頬に触れようとして―――
「きゃっ!!」
 寝そべっていた龍が急に起きあがり、咆哮した。
「ちょっ、ハウル! 落ち着いて! ハウル!!」
 二、三度大きく首を振ってから鼻息荒く、龍のハウルシルフィスティを睨みつけてから、再びゆっくりと腰を下ろした。
「なんだ? また機嫌を損ねたのか?」
キュー
 物見から戻ってきたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が笑って言った。シルフィスティと同じくバビロン城には入らずに待機している者の一人だ。
「あんまり怒らせるなよ、暴れ出したりしたら止めるのが大変なんだから」
「分かってるよ、ただ、ちょっと『なでなで』してあげようって思っただけで」
「それは怒るよ、ハウルだって雄だ、気安く触られて気分がいいわけがない」
「男の建前ってやつ? メンドイなぁ」
 ハウルジバルラの相棒の龍。主に似て気性が荒い事はもはや周知の事実となりつつある。
「まぁ、こうして寝そべっている所を見ると、我らへの警戒心も少しは和らいでいるという事なんだろうがな」
 続けてキューは本題の報告をした。城に異常なし。城内から戦音はするものの、救助を求めたり、撤退を指示する合図もない。
 現状維持、撤退の時が来たときに援護できるよう待機する、それが彼らの役目だ。
 一行が潜入してから半刻が過ぎた。彼らの知らぬ城内では今も混乱と乱戦が繰り広げられていた。



「くっそ」
 分かっていた、バラケれば不利になる事は分かっていた、なのに……
「どわぁあああっ!!!」
 回り込まれて敵は目前、葉月 ショウ(はづき・しょう)は『我は射す光の閃刃』を放って強引に間合いを取った。
ショウ! あまり離れないで―――」
「分かってる! 分かってるんだ! でも―――」
 二体の『紫銀の魔鎧』は、レネット・クロス(れねっと・くろす)には目もくれずにショウを狙い撃ちにしていた。
 逃げれば追われ、戦えば囲まれる。当然レネットも援護に入っているのだが、ショウにしてみれば常に2対1で戦っているような心持ちだった。
「くそっ!!」
 一人を狙うのは常套、それをされているというのなら、こちらもそれをやり返すまで、やり返せばいい。だが―――
「ぐうっ……」
 敵もそれを分かっている。位置を変え、攻めては退くを織り交ぜている。『サイドワインダー』を直撃させても、次弾を放つより前にもう一体が割って入ってくる。そうした結果が今の現状。
「……行きなさい」
 声に従い、一機のイコンが……いやイコンのプラモデルが飛び出した。
「うぉっ!」
 ショウの眼前に『戦闘用イコプラ』が飛び出してきた。東 朱鷺(あずま・とき)が『●式神の術』で強化したからだろうか、イコプラは『紫銀の魔鎧』の槍突を両腕を組んだ状態のまま受け、そして弾き返していた。
「……良いわ、そのまま」
 貴重な実戦の場。イコプラがどこまでやれるのかを計るには最適の場だ。そして、
「……次は」
 試したい事がもう一つ。自身が習得した『オンミョウジ(陰陽師)』の力。
 『裂神吹雪』に蛇の姿を形取らせた状態で、『紫銀の魔鎧』の片割れに向いて行く。自身が装備する『黄金の聖甲冑』には4匹の『使い魔:智慧の蛇』を絡ませてある。魔鎧からすれば、朱鷺が体から無数の触手を出したかのように見えたかもしれない。
 その特異画に驚いたのか、一瞬、確かに魔鎧の動きは止まった。そして隙を朱鷺レネットも逃さなかった。
 レネットの斬撃、朱鷺は使い魔の蛇を魔鎧の体や槍に巻き付かせて動きを封じ、さらにレネットの斬撃を加える。好機を逃すまいとした二人の連携により、驚くほど簡単に魔鎧の一体を仕留めて地に伏せた。
「こっちも終わったぜ」
 ショウが明るい顔で寄りてきた。こちらも気を失った『紫銀の魔鎧』をズリ引いている。
「こいつのおかげで助かったよ、2対1になれば何て事なかったな」
「……なるほど、それはなにより」
 その働きを自分の瞳で確かめたかったというのが本音だが、「動きとしては決して悪くなかった」というショウが感じた印象が何よりの成果だ。
 自分で試した「蛇の操舵」に関しては、心象はイマイチ。時間が短かった事もあってか、あまり効果的に操れたという気がしない、こちらは更なる検証が必要になるだろう。
「ところで、こいつらって契約できるんだっけか?」
 『紫銀の魔鎧』とは言え、魔鎧は魔鎧。無論、同意があれば契約は可能だ。「一つどうだ?」と訊いたショウの問いに、
「……魔鎧は既に所有している。……強力で頼りになるパートナーだ」
 と朱鷺は応えた。
「……あ、そう。じゃあ、俺らは……」
「………………好きにすれば?」
「うぉ、冷たいな」
 契約するか否か。『紫銀の魔鎧』が目を覚ますまで時間はある。魔鎧は2体。ショウ朱鷺、共に一体ずつ所有した訳だが、果たして彼らは契約を果たすのか、それとも―――。
 その答えは、またの機会に。
「悪く思うな」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)の巨剣『梟雄剣ヴァルザドーン』が『紫銀の魔鎧』の槍を薙ぎ斬った。
 『一刀両断』。槍身は真っ二つ、それでも魔鎧は自らの手刀で突きを放ち―――
「動くな」
 首もとに寒気を覚えて動きを止めた。ルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)の『六花』が首に当てられている。感じた寒気は「氷の刀」が故のものだけではない。
「二度と主の顔を拝めなくなるぞ」
「………………」
「大した忠誠心だ。だが、おまえは今ここで死ぬ、それで終いだ」
 『ヘルハウンドの群れ』に囲わせ、更にサイドから迫らせた。逃げ場などない、逃がす気もない。
「我も魔鎧だ、今はカイと共に戦い、カイと共に生きている。これが我の生きる道だ」
「………………」
「おまえは誰と共に戦っている、誰に力を貸しているのだ」
「……貸してなどいない。私の全てはパイモン様の為にある」
「それは単なる「王と一兵卒」の関係に過ぎない、我ら魔鎧の生き様はそれだけではないだろう」
「……生き様?」
「そうだ、主と認めた者と共に戦い共に生き共に果てる。主従の関係でありながらパートナーとして生きる、それはおまえにも可能な生き方なのだぞ」
「……何をバカな事を。私の全てはパイモン様の為に―――」
「それはいつ決めた事だ」
 カイの問いに、『紫銀の魔鎧』は言葉を詰まらせた。
パイモンに忠誠を誓うと心に決めたのはいつだ、いつ決めた、何がキッカケで決めた事だ、お前がなぜ奴に仕えている」
「そんなものは生まれた時から―――」
「ならそれは、お前の意志で決めたことじゃない、誰かに決められたことだ、誰かが決めたことだ、違うか?!!」
「違う! 私は……私はパイモン様の為に生まれたの、パイモン様のお力になる、そのためだけに生まれてきたのよ!」
「ただ一つの目的のために生まれる奴なんて居やしない! それが魔鎧なら尚更だ!」
「違う! 違う違う違う!!!」
 混乱と悶絶。『紫銀の魔鎧』は頭を抱えて叫声を上げ始めた。
「思い出せ! パイモンや奴らと出会う前の事を! 本当のお前を思い出せ!!」
 『紫銀の魔鎧』に施された精神操作をブチ壊すため。カイは声を荒げて浴びせ続けた。この魔鎧は精神操作されている節がある、ならばせめてそれを解いてやろうじゃないか。
 説得できれば城攻略の大きな戦力となる。ここで時間が掛かろうとも、必ず説得してみせる。
「私たちは「説得」しなくても良いのですよね?」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)は『バニッシュ』を直撃させて『紫銀の魔鎧』の一体を吹き飛ばした。
「吹き飛ばした後に言う事かよ、ったく、善人ぶりやがって」
 背中を預けて戦うソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が毒づいたが、クナイは冷静に、
「そんな事はありませんよ、加減はしています。派手に飛んでも気絶はしない、そんな絶妙な力加減です」
「はぁ?!! 気絶はさせろよ! 数が一向に減らねぇだろうが! つーか、お前のせいか!!」
「なるほど、とにかく一度気絶させて黙らせておき、用があるときだけ叩き起こすというわけですか………………鬼畜ですね」
「何がだよ!! そういう話じゃねぇだろ! マジメにやりやがれ!!」
 ツッコミながらもソーマは魔鎧の頭を鷲掴みにすると、『奈落の鉄鎖』の威力も加えて床に思い切り叩きつけた。
「遊んでる余裕は無ぇんだ、さっさと行くぜ!」
「えぇ」
「ん? あぁああああー!!」
「……貴様は」
 クナイが加減抜きで『バニッシュ』を放った時、パートナーの清泉 北都(いずみ・ほくと)は「ある再会」を果たしていた。
「あぁあーーーー………えぇと君は確か……」
 思わず叫んでみたものの北都自身、その記憶は実に曖昧だった。
ペオルの集落で……」
「やはりそうか……覚えがある」
 間違いない、ペオルの集落から撤退する時に……そう、あの混乱の中で確か―――
「そうだよねぇ! やっぱり、僕とぶつかったよねぇ?」
ぶつかった?
 急に表情が険しく……というよりも怒気を帯びているような……いや間違いなく憤怒を纏いつつある。
「貴様はあれをただぶつかっただけだと言うつもりか?」
「へ?」
「我に口づけをしておきながら…………貴様はそれを認めぬつもりか!!」
「くっ、口づけって! ちょっと待って、僕そんな事は―――」
(あ…………ヤベェ…………)
 遠巻きにやり取りを見ていたソーマはすぐに気付いた。その原因が自分にあることに。
 北都が対峙しているのは『紫銀の魔鎧』、ペオルの魔鎧保管庫で出会った魔鎧だ。
 一刻も早く集落から退却しなければならない状況の中、北都は彼と出会い、足を止めてしまった。それどころか、顔を近づけて、ジッと魔鎧状態の彼を見つめてフリーズしてしまっていた、だから、「間が抜けてんのは平常時だけにしろ!」と頭を押してツッコんだのだ、その時に、北都の唇が鎧に触れたのだ。
「契約をしたにも関わらず、貴様は我を捨てて行った」
「捨ててなんかないよぅ! それにそもそも契約なんてしてないじゃないか…………あっ!
 北都の脳裏に蘇る、二人との契約の誓い。クナイの時は強引なキス、ソーマの時はディープなキスをされた。彼も「キス」を「契約の証」と考えているのなら……いや、さっきの口振りならそう考えている、だとしたら―――
「違う!! 僕は捨ててない! 捨てるはずない、君みたいなステキな人を」
「人ではない、我は魔鎧だ」
「二度とそんな……そんな悲しい想いはさせない! 絶対に、だから! だから僕と一緒に行こう!
「………………ふん。もとよりそのつもりだ、貴様にはその責任がある」
 集落に残されてしまったが為に『紫銀の魔鎧』の軍勢に加えられ、この城に帯同させられたのだという。
「我の名はモーベットモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)だ」
 地上兵が居ると聞いて戦場をさまよっていたが、どうにか無事に契約者の元へ辿り着けたようである。