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リアクション
(2)龍の逝く穴−1
空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は逃げていた。龍の逝く穴、その薄暗い洞窟内をカナンの女神官ニンフ(ニンフルサグ)を抱いて抱えて逃げていた。
「ちょっと狐樹廊っ! ニンフさんを下ろしなさいよ」
パートナーのリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が叫んでいたが、
「いま下ろしたら、追いつかれるでしょう!!」
「そんなこと言って! ニンフさんとくっついてたいだけなんじゃないの?!!」
「なっ……何を言うのですか?!! オレはそんな……」
ロングスカートのままでは彼女が走りにくいと思い、とっさに彼女を抱き抱えた、それだけだ。
確かに、いわゆる「お姫様抱っこ」をした状態は体の密着度が高い。走っている分、振動からなる接地面も普段より多いかもしれない、それでも、オレは決してヤマシイ事なんて考えてない。
「冗談を言っている場合ではないでしょう、老竜に追いつかれます……よ―――おや?」
一つ、冷静に考えてみた。リカインの声は後方から聞こえてきた、それも相当に離れた所から。という事は……
立ち止まり、後方を振り返ってみれば、老竜の姿はそこには無かった。
「あ……その…………失礼しました」
「いえ、こちらこそ」
悪いことなど何もしていない。無警戒だった壁面からいきなり老竜が現れた、だからニンフの手を取り共に逃げた、ただそれだけなのだ、それだけのはずなのに……なぜか二人して顔を赤らめ俯いていた。
「それにしても、『ディテクトエビル』にかからないなんて……一体なぜでしょう」
「死に損ないだったからだろ?」
狐樹廊の問いに瓜生 コウ(うりゅう・こう)が乱暴に答えた。
「ここに居る竜は死を待っている奴がほとんどだ、さっきの奴もそうだったんだろ? 邪念なんて無ぇんだよ」
「……しかしそれでは襲いかかってきた理由にはなりませんよ」
「んなこと知るか。竜の本能が騒いだ、とかそんなんだろ? 本当ここの竜は面倒な奴が多くて困るぜ」
それでは何も解決していないのだが、そうも言っている間に、今度はコウが立ち止まった。
「へっ、中でも一番面倒な奴に出会しちまったみたいだぜ」
「え?」
闇雲に走っていたからだろうか、気付けば道の途絶えた行き止まり、その手前に一頭の竜の姿が見えた。
「よう、ラグスク、久しぶりだな」
「人間の尺度ではそうなのかもしれんが、我らにしてみれば、瞬き一つ、といった所か」
「…………なっ? ひねくれてるだろ?」
どこか嬉しそうにコウは古龍ラグスクを皆に紹介した。「永く生きてるだけあって頭でっかちで知恵比べ大好きドラゴンだ」などと、嫌みたっぷりな紹介しておきながら、直後に頼みごとをしようというのだからコウも相当に肝っ玉が大きい。
「ティアマトに会いたいんだ、それも急ぎで」
「道を教えろと? 笑止―――」
「笑止でも何でも構わねぇ、時間が無ぇんだ、知恵比べでも何でも良い、教えてくれ」
こうしている間にも橋頭堡での戦いは止まらない。のんびり構えて知恵比べなんてしてる時間は無い。
「『この世に未練は無いと言う、されどその場を動く気はない。持っては行けぬ繋がりと分かっていれども捨てるも叶わん』」
「ん?」
「さぁ述べよ、グレータードラゴンへ続く道はどこにある?」
「………………へっ、んなもん答えるまでも無ぇよ」
「おお! もう分かったのか?」
天津 麻羅(あまつ・まら)が驚嘆の声をあげたが、コウは、
「こんなん、謎でも何でも無ぇ」
とだけ言って歩み始めた。最後に小さく「恩に着る」と呟いたように聞こえたのは麻羅の気のせいだったのかもしれない。
「来た道を……戻っておるのか?」
「あぁそうだ」
コウの先導、それに従う一行、その中にあって、狐樹廊と同じく麻羅も周囲への警戒を強めての進行に務めていた。
『ディテクトエビル』が通用しないと分かった以上、『殺気看破』ももはや気休め。となれば不測の事態をいち早く察知するべく、周囲に目を光らせているのだが、瞳に飛び込んでくる光景というのが、どこか見覚えのある、いや、元来た道をそのまま逆走しているだけにしか見えない光景だったのだ。
「簡単な事だ。その竜はこの世に未練は無いという、しかしその場を動く気はない。敬愛するグレータードラゴンの寝床へと続く道、そんなことをしても心まで繋がれるわけではないと分かっていても、その道を捨てる事はできない。死を待ちながらも、その入り口は守り続ける。って事だ、つまり、」
辿り着いたのは「老竜」と出会した壁のある通路。
「なるほど、竜が退いた先に「道」がある、と」
「そうだろうな、そうとしか考えられん」
「で? ここからどうするのじゃ? 素直に退いてくれるとは思えぬのじゃが」
道を守るためとはいえ、不審者を発見した途端に襲いかかってきた竜である。交渉も楽ではないだろう。
「まぁ、そこは、な。頼む」
「何がじゃ?」
不審者を見つけたなら襲いに来る、ならば一人が囮になって襲われている隙に他の者たちが通ってしまえばよい。
「覚えておれよ! おのれら〜〜!!!」
誰もが心の中で「ごめん」と呟きながらに通路を行った。老竜を引きつけ逃げた麻羅は『ダッシュローラー』や『ヴォルケーノ・ハンマー』での威嚇を織り交ぜながら、どうにか老竜を撒き、さらに竜が戻るより前に道の入り口に回り込むというミッションを見事に成功させたのだが、いまいちその苦労が伝わりきれてないような、そんな不憫な気分を味わう機会となったようだ。
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