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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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(5)キシュの神殿−2 , 龍の逝く穴−2

「来ました!」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の声に、室内はざわめいた。
 北カナン、キシュの神殿内に設置された【カナン諜報室】は、契約者たちが「カナン」「イルミンスール」そして「ザナドゥ」の情報を共有できるようにと設立された機関である。そこに最新の、それも待望の情報が飛び込んできた。
龍の逝く穴にて、イコン『エレシュキガル』の回収に成功、現在こちらに向かっているとのこと」
!」
「はいな、少々お待ちを」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の催促には最速で打ち返すのが武神 雅(たけがみ・みやび)の信条。言葉と音はユルリとしてみせたが、パソコンを操作する手は刹那にも止めることなくボードを叩き踊らせた。
「はいどうぞ」
 巨大モニターに映像が映し出される。飛行中の『エレシュキガル』の姿に、室内が再びざわめいた。
「そしてこれが、5分前のザナドゥの映像だ」
 モニターに追加されたのは「橋頭堡にいる契約者が送った映像」、激しい戦いの様子と、やや劣性に立たされている事が映像からも見て取れた。
「『エレシュキガル』の稼働は『正常』、戦闘も可能だそうです。音声、繋ぎます」
 の声の後に、室内に通話による音声報告が流れ始めた。イコンにはニンフが搭乗していること、また『龍の逝く穴』に向かった契約者たちは全員無事ということも報告された。
「援軍は? 現在どこに居るのです?」
「こちらです」
 イナンナの問いに、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が丁寧に応えた。モニターとは別に「3Dの戦術マップ」が投影し、解説する。
「西カナンの援軍は、この位置です。すぐに出陣されるおつもりならば、キシュで合流するよりも、橋頭堡に向けて進路をとってもらった方が早いと思われます。『エレシュキガル』と飛空艇等の速度を考えますと……各軍ともにほぼ同時刻に到着できるのではないかと」
 カナンの立体地図に、それぞれの進路と速度が表示され、それらが橋頭堡の位置で同時に一致した。
「準備は出来ている。いつでも出撃可能だ」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)の報告に、イナンナが決断する。
「全軍出撃! 橋頭堡に向かいます!」
 北カナン軍にとっては待ち焦がれた出撃宣言。進軍の指揮を任された淳二は必死に高揚を抑えて軍本部へと向かった。
「女神イナンナ、一つだけ良いだろうか」
 出撃が成される前にどうしても、という事でエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が問いた。その内容は「イコン『ギルガメッシュ』の修復に『エレシュキガル』のパーツを使っても良いだろうか」というものだった。
「先程の報告の中に、予備パーツを回収した、ともありました、それを使わせては頂けないだろうか」
 『エレシュキガル』と同様にカナンに伝わる伝説のイコン『ギルガメッシュ』。先の戦いで魔族に敗北を喫して以来、修復が完遂できずにいた。しかし『エレシュキガル』のパーツを使うことが出来るなら。
「『ギルガメッシュ』の力は必要です! 一人でも犠牲者を少なくするために、この戦を集結させるために!」
 もちろん、『エレシュキガル』の整備と機能テストが完全に終わった後に、不要となった予備パーツを拝借する。パーツに互換性がないという可能性や数の不足も考えられるが、それでも現状よりは確実に前進する。
「わかりました。ただし橋頭堡での戦いが終わってからです、着手はそれからにして頂けますね?」
「ありがとうございます」
 腰掛けるイナンナの耳元にアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が寄りて、小さく告げた。
「わかりました。行きましょう」
 予備パーツの使用許可に関すること……ではなく、出撃に合わせて軍を見送る、その準備も整ったという報告だった。エヴァルトは内心ホッと厚い胸板をなで下ろした時だった。
「なんだ…………?」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)がパソコン画面にそう呟き、そして、
「まさか……」
「ん? どうした?」
 の問いにも応えずに牙竜はパソコンを操作してゆく。
 と引けを取らない速度で、また眼球は忙しなく……いや、まるで何かから逃げるように動いていた。
 恐怖と焦り。気付けば牙竜の額には汗が滲み溢れていた。
「ハッキングされてる」
「ハッキング?!!」
「ここだ、不正にアクセスされた形跡がある、ここにも」
 情報の解析、アクセスの追跡。そして判明した驚愕の事実。
 ハッキングをしていたのは魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)だった
「そんなバカな」
 【カナン諜報室】のシステムは世界樹のネットワークであるコーラルネットワークを軸としている。世界樹クリフォトの力を操る事のできるパイモンであれば理論上はハッキングは可能。クリフォトに対する防壁は当然構築していたが、今回はそれを抜けてきたということになる。
イナンナ、こちらへ」
 軍の見送りは中止。葉月 可憐(はづき・かれん)は直ちにイナンナに対する警護を強化すべきだと提案した。
「ハッキングをされていたということは、こちらが得た情報は全てパイモンに知られてりいる可能性があるという事です」
 軍が動けば「キシュ」の兵は減る、その隙にイナンナを狙う事だって十分に考えられる。仕掛けてくるなら、このタイミングということだ。
 ハッキングを行った時、まず初めに疑うのは得られた情報の信憑性だ。その情報は確かなものなのか、ダミーや罠である可能性はないだろうか、と。
 ここで浮かび上がる新たな可能性。橋頭堡襲撃はそれらを確かめるためのブラフだった可能性もあるということ。
「どういうことです?」
「橋頭堡を包囲した上で無茶な要求を突きつける。そうした時にこちらが取るべき行動は幾つか予想できます。ハッキングをした際にそれらの光景や情報が得られるなら「ハッキングは可能」という何よりの証明になるというわけです」
 もちろん要求通りイナンナの身柄を確保できたり、橋頭堡を破壊できればそれもまた良し。多少の兵は失っても、得られるものはそれ以上に多く大きい。
 もっとも、パイモンが得ようとしていたのは世界樹セフィロトからの情報、セフィロトを介してイナンナ本人から情報を得ようと考えていたのだが、接触を試みて初めてコーラルネットワークの接続に気が付いた。
 完全なる「たなぼた」、しかも得られた物は予想以上に大きかった。
 それでも、ハッキングが事実だとしても、軍は変わらずに橋頭堡に向けて出撃する。
 例え魔王の手のひらの上だとしても、仲間を救うべく、各戦力は橋頭堡を目指し、進軍してゆくのだった。