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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第六章 鬼城御三家2

 暮れの六つ(午後六時)
「明継ちゃんは本当かわいいわ〜。この可愛さはマホロバ一ね〜!」
 母親としての幸せを抱きしめながら、葛葉 明(くずのは・めい)は子をあやしている。
 明継を抱っこし、『天鬼神』の血によって、徐々に失われつつある右足を引きずりながら、貞継の部屋を訪れた。
「さて、明継ちゃんをつれてきたわよ」
 マホロバの前将軍、鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)はこれまでの通り、返事も返さず、ぼんやりしている。
 明はそれでも話しかけ、貞継の身体を拭いてあげたり、食事を食べさせたりしていた。
 大奥に女官として奉公していた明ならではである。
 しかし、何の反応もなく、ただの骸(むくろ)のような姿に、空しさを禁じえない。
「わかってはいたけど……これじゃね。今日は一緒に寝ましょうか」
 親子三人、川の字になってみる。
 明は貞継の横顔を眺めながら、いつしか目を閉じていた。



「やっと夜か……不便な身体だにゃー」
 むくりを身を起こした貞継は、大きく伸びをして立ち上がる。
 暗闇の中で目を凝らすと、愛刀『宗近』がアキラの手で元の場所に戻されていた。
「大層なこと誓ってくれたなぁ――あの若造。鬼城御三家と大名役を相手に渡り合おうとは、そんなヤワにつくってないがの」
 貞継はさっさと身支度を整え、『宗近』を腰に差す。
 誰もいないのを見計らって、床の間に向かう途中、「ぐえっ」と声が聞こえた。
「ん、何か踏んだか。まあ、いいか」
 手探りで仕掛けを探る。
 カチッと音がすると同時に、貞継の体はするすると小さな穴倉へ消えていった。



「……お城のあらゆる場所に隠し通路。さすが忍者を使役してただけあるわね」
 明は起き上がり、感心したように言ったが、内心穏やかではない。
 彼女は『八咫烏(やたがらす)』の忍者を呼び、貞継の尾行を依頼した。
「あたしには明継ちゃんがいるから、無理よ。何をしてるのか、調べてきて。もし何かあったら……」
 明は忍者を前に言葉を飲み込んだ。
「ううん、あたし信じてるから、きっと戻ってくるよね……貞継さん」

卍卍卍


 東雲の大門が開き、夕闇が迫る頃から本格的に遊郭が活気付く。
 葦原明倫館ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は仕事に来たフリをして、将軍そっくりの影蝋を捜していた。
 とはいってもあてはなく、道行く夜の誘いを断り続けるだけだ。
「今夜はお仕事で参りましたの。主人に怒られてしますので、ごめんなさいね」
 歩き疲れて黒墨どぶまで付きあたりで引き返そうとしたとき、目の前にいる人影が気になった。
 ずっと黒い水の流れを見つめている。
「あの……どうかしましたか」
 ルディが思い切って声をかける。
「どこか思い詰めているように見えたので、身投げするのではないかと心配してしまって……」と、魔道書ルディ・スティーヴ(るでぃ・すてぃーぶ)そして、ロビン・クリスーン(ろびん・くりすーん)が続く、
「身投げだったら全力で止める為、お名前を伺いたいですわ」
 ようやく、その人影は口を開いた。
「……また、死人が出るかもだし。止めにゃーと」
「え?」
 意外な言葉に、ルディが驚く。
「貞継公……? いえ、貴方は……?」
 その人影は確かに貞継公そのものだと、獣人オブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)は思った。
 しかし、なんとなく言葉にするのは、はばられる。
「あの……何らかの目的があって、影蝋のフリをなさってるんですか?」
 彼女の疑問を代弁するかのように、スティーヴが問うたが、貞継そっくりの人影は苦笑しながら言った。
「わしは影蝋じゃにゃーし。そう思わせた方が都合が良かったし」
 四人が不思議そうにしていると、貞継そっくりのニセ影蝋は言った。
「さて、こんなところいにいてもしょうがにゃーて。ちゃっと遊郭にいって、あったまろうか、お嬢さん方……?」