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リアクション
第六章 鬼城御三家1
鬼城御三家。
将軍家を補佐する役目にあり、将軍継嗣が絶えるのを防ぐため、鬼城家の血(天鬼神の血)を監視するために、初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が遺したものであると言われている。
水登(みと)鬼城家当主鬼城 慶吉(きじょう・よしき)は、幼少時から英明との声が高かった。
貞継のときでさえ、彼を将軍後見職にと押す動きもあった。
そして、時を経てなお旧大老派の推挙もあり、将軍後見職として登城することになったのである。
マホロバ城西の丸。昼の八つ(午後二時)
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、マホロバ前将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)の部屋にいた。
将軍職を退いたものは歴代、妻子共々ほとんどが西の御殿に転居している。
「オイ、夜な夜な遊郭に遊びに行ってるってウワサがあんぞ。本当なのか?」
「……」
貞継は返事もなく、空を見つめている。
桜の世界樹『扶桑』の『噴花』を止め、桜の花びらの下から発見されてから今日、ずっとこの様子である。
「まったく、オメーときたら。もし、オメーっも心のどっかであがいてんなら、俺も俺の約束を果たすためにあがくぜ。約束……だからな。将軍の子の後見人……やってやらあな」
アキラはつと立ち上がり、飾ってある鬼城家代々の刀――『宗近』を手に取り、鞘を抜く。
「オメーが還ってくるときまで、俺が子供たちを守り続けることをここに……」
――誓う。
刀が閃き、チンッとの音とともに再び鞘に収まる。
アキラは、自分が将軍家の正式な後見人であることを認めさせるため、マホロバ城へと向かっていった。
新将軍鬼城 白継(きじょう・しろつぐ)が誕生して後、大奥には生母である樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)や、将軍家に輿入れした葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)などがいた。
樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は大奥の大台所として、後見職鬼城 慶吉(きじょう・よしき)と対面する。
「若輩ながら、将軍後見職を賜りました、慶吉(よしき)でございます。白継将軍様御生母、大台所におかれましてはご機嫌麗しゅう、恐悦至極に存じます」
無難な挨拶をすませる慶吉。
しかし、幕臣たちの間には慶吉公は信用ならんとの猜疑の声もあった。
白姫はそこを見抜こうと、注意深く観察した。
「今はマホロバの大事のとき。後見職の方のご見識をお聞きしとうございます。マホロバの進むべき道を、いかにするべきか。どのようにお考えになりますか」
「――と、いいますは? 私にそのようにお尋ねになられるからには、大台所はすでに何かお考えありと、心得ますが」
「……エリュシオンに従えば、カナンやコンロンのように荒れ、前大老様暗殺のようなことが再び起きるかもしれません。扶桑はまだ復活の鍵があるとのこと。ですから、今エリュシオンに従うのは得策ではないと思います」
「それは、私も大台所様と同じ意見です。外国に従う道理はありません」
そうきっぱりと言い切る慶吉に、白姫は少し拍子抜けした。
大台所は根気よく続ける。
「白継様はまだ幼いですが、天鬼神の力でマホロバを守ってきた将軍様のご苦労とご意思を無駄にする事はできません。マホロバの武士道に反します」
「ごもっともです。我ら鬼城御三家。将軍様を身命を賭してお支えする所存です」
再度、同意と唱える慶吉。
貞継との血判書を脇に抱え、正当な後見人であるからと、傍らでずっと控えていたアキラも、この人物がもつどこかしらな不快さを鋭敏に感じ取っていた。
「なんだ……アンタ。さっきから白姫さんに合わせて調子よくいってるだけにしかきこえねーけど」
「セイルーン殿と申したか。ともに将軍家を支えましょうぞ」
そういって、将軍後見職は颯爽と立ち去る。
慶吉が退出した後、アキラは白姫にこう切り出した。
「なんか信用できねーんだけど、アイツ」
「悪い方には見えませんでしたが……お心は、はかりかねますね」
「白姫さんもそう思った? んー……どうしたもんかな」
アキラはふと白姫の脇にあるかばんの目を留める。
中からしゅうー、しゅうーと空気がような音が漏れ聞こえている。
『托卵』でだめになりつつあった心臓のかわりにつけた『人工心臓』を維持するためのものだ。
「……心臓、悪いんだな。俺に出来ることがあったらいってくれ」
「ありがとうございます、アキラ様。でも、白姫より、白継様たちのほうが心配です。まだ幼いのに、大人たちの都合に巻き込まれてしまうのではないかと恐れています」
アキラは以前、貞継が話したことを思い出していた。
兄や父親が急遽したのは、毒殺されたためだという噂が、当時からあったとのことだ。
「ああ、目を離さないようにしよう。俺も、国から色々呼んであるからさ」
アキラはそう言って、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を紹介した。
金色の髪に、青い目をした人形だ。
「白継将軍に何かあっても困るが、母親の白姫さんにあっても困る。この子を置いておくから、いざってときに使ってくれよ」
「ワタシは『アリス』。白継将軍のお人形になって、将軍をお守りシマ〜ス」
アリスはエプロンドレスの端を掴んで、お辞儀をする。
白姫は嬉しさのあまり、涙をこぼした。
卍卍卍
「これから御花実様たちへの食事のお毒見役は、私
セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が承りますので。万事ご承知置きください」
しかし、大奥の女官は『大奥取締役がおらず、代理も不在である。そちらに許可をもらうのが筋である』と、なかなか取り合おうとしなかった。
「公方様にお仕えする我ら大奥女官を疑うのか?」と、セレスティア。
お互い譲らないままでいると、
ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が配膳所に飛び込んできた。
「大変じゃ!白継様以外にも『天鬼神の血』を引くをお子を、すべて鬼城家幕府お預かりにするとのことじゃ! 将軍後見職様が、旧大老派の意見にのまれたみたいじゃぞ!」
卍卍卍
「あ、あっちいけですう〜。白継様はどこもお悪くないです〜!」
白姫の従者
土雲 葉莉(つちくも・はり)が箒を振り回して、城の護衛たちを追っ払おうとしていた。
忍犬の音々(ネネ)と呼々(ココ)も吼えている。
「我ら、御従人(ごじゅうと)は将軍後見職慶吉により新しく任命された。お子達に『鬼』の兆候がでてはいないか、監視するよう言い付かったのだ。そこをお通し願いたい!」
「将軍様は『鬼』じゃないですうー!! こんなに可愛らしく眠っていらっしゃるのに!」
白継は布団の中で人形アリスの指をしゃぶっていた。
大奥で嵐の起る気配がする中、幼い将軍は、まだ何もわかってはいない。