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リアクション
第六章 鬼城御三家3
「ごしきさん、私があなたを買います」
影蝋茶屋の奥の間で、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は座敷に入ってきた影蝋に言った。
大奥で御花実様の身分の彼女がここまで来るのに、どれほど手間を費やしたろう。
影蝋は鈴鹿を、着物から何までじろじろと眺めている。
「随分と大胆なひとだな。拝見したところ、それなりの地位にある方のようだが?」
「私のことはお気になさらずに。ただ貴方の事が知りたいのです」
「私のこと?」
部屋の中は薄暗く、ごしきは念入りに頭巾をかぶっているため、顔も表情もよく分からない。
「私は女は抱かない、信条なので」
ごしきの高慢なもの言いに、鈴鹿はムッとなって言い返した。
「まず、お顔をみせてください。それによって、こちらもどうするか決めます」
彼女はときどき胸の痛みを押さえながら苦しそうに話す。
ごしきはややあって頭巾を取った。
鈴鹿は逃さないよう、その一部始終を見ていた。
彼を覆っていた布が畳の上に落ちる。
噂どおり整った顔立ちだが、貞継とは似てもにつかない。
「貞継さまじゃ、ない……!」
鈴鹿は安心したような、残念だったような気持ちに包まれた。
「どうされた。私の顔に何か?」
「あなたが……本当にごしきさんであるなら、じゃあ、貞継様の影蝋とは……」
「貞継?」
「もう結構です、帰りますから」
用は済んだとばかりに立ち退く鈴鹿を、ごしきが後ろから抱きつく。
「な、何を!」
「……今は出ないほうがいい」
「え?」
「キミたちをつけているものがいる。城からずっと……気づかなかったか? 大奥の奥方様が男を買い漁ってるとなれば、大火傷どころではではあるまい?」
ごしきはうっすらを笑みを浮かべていた。
「あなた……私のことを?!」
「ここは大奥と同じと思われない方がいい。大奥のように外の世界から守られてる場所とは違うのだ」
ごしきはまだ笑っている。
「自らが滅ぼしあっていることにすら気付かないとは……私がマホロバを離れている間にも、鬼城も幕府も随分と地に落ちたものだな」
鈴鹿はハッと我に返った。
「まさか珠寿(すず)姫に身に何か……イル様!?」
鈴鹿はごしきを突き飛ばし、外で待っている織部 イル(おりべ・いる)に、事の次第を話した。
「なんじゃと。珠寿(すず)姫は乳母に預けておるが……?」
「何だかとても嫌な予感がするの。戻りましょう!」
貞継公の『天鬼神の血』を引くお子は、例外なく、鬼城家お預かりとなった。
将軍継承権のある男の子はもちろん、姫もである。
鬼城の血は鬼城のものによって管理される。
この二千五百年ずっと続いてきたことだ。
地球人や城下から娘たちを大奥に入れたり、子をもうけるといった貞継の在職期間が異質であり、特異であっただけだ。
『鬼』を統制することが、鬼城を支える術でもあるとの習わしだった。